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お月見大騒動

3.森からの使者

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「だ、誰だヌー!」
 ヌーッティの叫びが陽光差す小さな公園に響いた。
 木陰から現れた大きな姿の何かの体が、顔が、太陽に照らされ、次第に正体を露わにさせていった。
「熊っ⁈」
 ヌーッティとトゥーリ、そしてアキの声が重なった。
 三人の前に、優に二メートルを超える巨大なヒグマが一体立っていた。
 焦げ茶色の体毛のヒグマは、濃い灰色の丈長のチェスターコートを襟を立てて身にまとっていた。
 ボルドー色のハンチング帽をかぶり、足にはダークブラウンのブーツを履いていた。
 そんなヒグマのつぶらな目がアキたちを捉える。
「トゥ、トゥーリの出番だヌー!」
 ヌーッティがトゥーリの腕を引っ張って、ヌーッティ自身とアキの前に立たせる。
 気づいてアキは咄嗟に身を屈めると、トゥーリを庇うようにヒグマとトゥーリの間に割って入る。
 トゥーリはアキの肩越しに巨大なヒグマを見据えると、
「ねえ、あなたは誰? もしかして、白くて小さくてもちもちした丸いもの食べた?」
 ヒグマを恐れることなく尋ねた。
 問われたヒグマは首を傾げると、握りしめていた手のひらを開き、中のものをトゥーリたちに見せた。
「そう、それ。私たちその丸いお団子を探してここに来たの。それで、あなたは名前何て言うの? 私はトゥーリ」
 やや間があった。
「僕はオッツォ。森のみんなから、そう呼ばれてるよ」
「しゃべったヌー! 熊がしゃべったヌー!」
 オッツォと名乗ったヒグマに驚きを隠せないヌーッティであったが、
「ヌーッティだって話すだろ?」
 アキに突っ込まれた。
「ということは、ただの熊じゃないのか。おれはアキ。この小人トントゥトゥーリと小熊の妖精ヌーッティの友人だよ。それで、オッツォは妖精? それとも、精霊?」
 オッツォから視線を外さずにトゥーリからそっと身体を離すと尋ねた。
「僕は熊の精霊だよ。森の番人をしているんだ。アキは人間なのかい? でも、トントゥと妖精の友だち?」
「そう。人間でトントゥと妖精と友だちだよ」
 オッツォは不思議そうな面持ちで、和やかな表情のアキをまじまじと見つめた。
「ところで、森の番人がどうしてこんな街中にいるの?」
 アキの左肩に腰かけているトゥーリがオッツォに向かって問いかけた。
「えーっと、僕は、ある小熊の精霊を探してここにやって来たんだ。だけど、途中で彼女の気配の跡が消えちゃって、そしてら、美味しそうな匂いがしてきたんだ。何かと思って人間の家に入ったら、これがあったんだ」
 オッツォは手のひらの中の小さな団子をトゥーリたちに見せた。
「これは何て言う食べ物なの?」
「お団子だヌー! ヌーたちが食べるおやつだったヌー!」
 ふくれっ面のヌーッティは、アキの右肩の上に両足で立ちながら答えた。
「まあ、団子はまた作ればいいよ。オッツォ、もしまだ空腹ならうちに来て何か食べる?」
 アキの提案を聞いたオッツォは丸い目をさらに丸くしてアキを見つめ、
「いいのかい? 僕、けっこう食べるよ?」
 心配そうに訊いた。
「大丈夫だよ。空腹で困ってる人を放っておくのもなんだし、ヌーッティがどうせおやつおやつ言い始める頃合いだから。うちにおいでよ。満腹になってから人探し……じゃなくて、熊探しを再開させても遅くはないんじゃない?」
 アキは柔らかいまなざしをオッツォに向けていた。
「おいでよ、オッツォ。食べてから探そう。私たちも手伝うよ。この辺のことなら、私たちのほうが詳しいし。ね、アキ」
 トゥーリに呼びかけられたアキは「うん」と答えて、オッツォの返答を待った。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 そう答えたオッツォの大きな手をアキは取ると、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。
 森の番人オッツォとの出会いが、ヌーッティの運命を大きく揺らすことになろうとは、このとき、まだ誰も知らないのであった。
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