上 下
54 / 159
食べかけのビスケット

5.トゥーリの証言

しおりを挟む
 勝手口からキッチンへ入り、作業台の横を通る。作業台の上には、チョコレートを口の周りに塗りたくって仰向けで寝息を立てているヌーッティがいた。ごにょごにょと寝言を言っているようであるが、くぐもっており何を言っているのかは聞き取れない。寝冷えしてお腹を壊さないように、手近にあったキッチンタオルを手に取り、ヌーッティの体にかける。それから、キッチンを出て、廊下を歩き、階段を挟んで隣にある祖父母の書斎に、扉をノックをしてから入る。
 中は窓のある壁以外すべてが造り付けの書棚となっており、窓の下に置かれた木製の机の上に、茜色のワンピースを着て、ゆるく波打つ亜麻色の髪を頬の位置で切り揃えた小人トントゥの女の子トゥーリの姿があった。
 トゥーリは机に重厚な体裁の百科事典を広げて読み入っていたようであるが、ドアの開く音で顔を上げると、こちらを見る。

「ビスケット? 食べていないよ。ヌーッティがまた食べたの?」
 食べかけのビスケットについて尋ねると、トゥーリはさらっと、いつものことかといったふうに答えた。そして、ここでも、第一容疑者としてヌーッティの名前が挙がった。
「でも、ブルーベリーが付いていたならアレクシかも。ブルーベリー中毒者を気取ってるけど、アレクシもよくビスケットを食べるよ」
 第二容疑者はアレクシになった。
 では、リュリュという可能性はどうであろうか。
「んー、リュリュはストレスが溜まるとやけ食いしちゃうって言ってたから、ないってことはないかな? この前も、アレクシに付きまとわれてるって言って怒ってて、冷蔵庫に一つだけあったバナナのタルトを一人で食べていたよ」
 ここに来て、別件対応中事案の犯人が唐突に判明した。そのバナナタルトは、先日食べようとしてなくなっていたものである。
 それはさておいて、今、トゥーリに尋ねるべきことはたった一つ。トゥーリがビスケットを食べたのかということだけである。
「つまみ食いをしないって言ったらうそになるけど、今日は食べてないよ」
 トゥーリらしい正直な反応であった。
 しかし、気になることがあった。それは、本棚から数冊の本が床に落ちていたことである。
「あ! ごめん! 急いでいたから片付けるの忘れてた!」
 トゥーリは、はっとした表情を湛えて、申し訳なさそうに謝った。
 トゥーリだけ容疑者リストから除外しようかと考えていたところに、
「それなら、一度みんなをアキの部屋に集めて検証したらどうかな?」
 トゥーリがしっかりとした口調で提案をしてくれた。それならばと思い、15分後に部屋に全員集合はどうかと伝えた。
「わかった。みんなを呼ぶね」
 そう言うとトゥーリは両手を使って、分厚い事典をばたんと閉じ、背負うように持つと、机の上から床に飛び降りた。
 トゥーリが床に着地すると、重く軋んだ音が室内に響いた。
 トゥーリは重い本を背負いながらも、軽やかな足取りで本棚へ行くと、棚の一番下の元あった場所に事典を戻した。
「じゃあ、15分後にアキの部屋ね!」
 片手を挙げて挨拶をしたトゥーリは走って部屋を出て行った。
 トゥーリが書斎を出て数秒後、キッチンからヌーッティの泣き叫ぶような悲鳴が聞こえてきた。
 同時に、トゥーリに「ヌーッティを起こすときは腹パンせずにそっと起こしてあげて」と伝えることを忘れていたことを思い出した。
 うな垂れて足元を見ると、トゥーリが片付けた事典の背表紙が目に入った。そこには「格闘技の歴史」という文字が金色の文字で箔押しされていた。
 思わず乾いた笑いを漏らした。

 15分があっという間に経ち、トゥーリ、ヌーッティ、アレクシ、リュリュ、そしてアキが、食べかけのビスケットの残るアキの部屋に集まった。
 こうして、事件はいよいよ佳境を迎えるのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

クッキー星人

はりもぐら
児童書・童話
僕はクッキー星人。僕らは特別おいしいクッキーを作れるんだ!

アンドロイドが知りたいこと

ばやし せいず
児童書・童話
約5万5000字の中編です。 「あらすじ」  「小暮ルナ」は、人工知能の入ったアンドロイド。  小学6年生の女の子、「小暮月渚(るな)」そっくりに作られたロボットだ。人間の「月渚」の代わりとして生活することが、アンドロイドの「ルナ」の役目である。  保健室の春野先生にサポートを受けながら学校生活を送り始めたルナ。人間の月渚について学習してきたつもりだけれど、なかなか彼女のようにふるまうことができない。  幼馴染の昴(すばる)くんや太陽くんは「事故のせいで様子がおかしい」と思い込んでくれているみたい。  ルナはだましだまし、学校生活を送っていたけれど……。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。

ワガママ姫とわたし!

清澄 セイ
児童書・童話
照町明、小学5年生。人との会話が苦手な彼女は、自分を変えたくても勇気を出せずに毎日を過ごしていた。 そんなある日、明は異世界で目を覚ます。そこはなんと、絵本作家である明の母親が描いた物語の世界だった。 絵本の主人公、ルミエール姫は明るく優しい誰からも好かれるお姫さま…のはずなのに。 「あなた、今日からわたくしのしもべになりなさい!」 実はとってもわがままだったのだ! 「メイってば、本当にイライラする喋り方だわ!」 「ルミエール姫こそ、人の気持ちを考えてください!」 見た目がそっくりな二人はちぐはぐだったけど… 「「変わりたい」」 たった一つの気持ちが、世界を救う…!?

私をこの世界に堕としたのは、だぁれ?

ぽんちゃん
児童書・童話
私をこの世界に堕としたのは、だぁれ? アリスが見る悪夢には意味がある。 絶望、恐怖、狂愛と狂哀。 全ては本当の世界にあったモノ。 暗く閉ざされた部屋で、アリスは目覚める。 短いお話しですが、完結しました!

大嫌いなキミに愛をささやく日

またり鈴春
児童書・童話
私には大嫌いな人がいる。 その人から、まさか告白されるなんて…! 「大嫌い・来ないで・触らないで」 どんなにヒドイ事を言っても諦めない、それが私の大嫌いな人。そう思っていたのに… 気づけば私たちは互いを必要とし、支え合っていた。 そして、初めての恋もたくさんの愛も、全部ぜんぶ――キミが教えてくれたんだ。 \初めての恋とたくさんの愛を知るピュアラブ物語/

処理中です...