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トゥーリの片想い

4.トゥーリの片想い

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 リュリュの一言がすべてを止めた。
 トゥーリの動き、ヌーッティとアレクシの怯え、そしてアキの表情を止めた。
 リュリュは上目遣いでトゥーリを見つめる。
「トゥーリ様は、その、アキのことがお好きなんですよね?」
 その言葉を聞くや否や、トゥーリの頬が紅潮した。その赤さは耳まで行き届いた。
 トゥーリは掴んでいた猫型のマウスレストを離すと、
「……違うよ」
 ぽそっと独り言ちるように言うと、くるりと身体の向きを変えて潤んだ瞳でアキを見つめる。
「違うの! 私はアキのこと好きじゃないの!」
 言ってトゥーリは自身の口を両手で覆った。
 その発言を不思議に思ったヌーッティは首を傾げる。
「なに言ってるヌー? トゥーリはアキのことが大好きだヌー!」
 瞬間、どすっと鈍い音が部屋に響いた。
 トゥーリがヌーッティのお腹に腹パン食らわせた音であった。
 ヌーッティは堪らずその場にダウンした。
 ゆらっとトゥーリが伏せているヌーッティの元に立つと、指をぽきぽき鳴らし始める。
「それで、私は誰が大好きなの?」
 お腹を抱えて悶えているヌーッティは顔だけトゥーリへ向ける。全身がびくりと震えた。
「ヌ、ヌーッティだヌー」
 ヌーッティの返答を聞いてトゥーリは両手を下ろした。
「ヌーッティのことが大好きなら、今度から腹パンしたらだめだよ」
 横からアキがトゥーリにやんわりと注意をした。
 その時だった。トゥーリの瞳から一粒の涙が溢れ、彼女の頬を伝いデスクの上にぽたりと落ちた。
「トゥーリ?」
 心配に思ったアキがトゥーリの名を呼んだ。その声を聞いたトゥーリは堰を切ったかのように静かに泣き始めた。
 トゥーリは膝から崩れるようにその場にへたり込んでしまった。溢れる涙は止まらず、トゥーリは両手で何度も何度も拭う。
 不安な表情をしたヌーッティがトゥーリをひしっと抱きしめる。
「ごめんなさいだヌー! もうわがまま言わないから泣き止むヌー! いつもの元気なトゥーリが大好きだヌー!」
 何故かヌーッティも泣き始める。
 そこへリュリュが歩み寄ってきた。
「トゥーリ様、お気をしっかりお持ちください。わたくしにできることがあればお手伝いいたしますから」
 その光景を見ていたアレクシは長い髭をひと撫ですると、3人の側へ寄る。
「やれやれ、まったく手のかかる困ったちゃんだな、君たちは」
 アレクシは白いマントの中から1枚のハンカチを出すと、泣きじゃくっているトゥーリに差し出した。
 トゥーリはハンカチではなく、アレクシのマントの裾を掴むと盛大に鼻をかんだ。それからゆっくりと立ち上がり、アキの真正面に立つと、決意を讃える瞳で真っ直ぐにアキを見つめた。
「アキに好きな女の子がいるのは知ってるけど、私もアキの特別になりたい! アキのことが好き!」
 泣き腫らし赤くなった目元で、赤く染め上げた頬で、はっきりとした口調でトゥーリは自身の想いを言葉にした。
 思いがけないトゥーリの告白を受けたアキは、優しい目でトゥーリを見つめ、そっと彼女の頭を撫でた。
「トゥーリはもう特別になってるよ。ありがとう、好きでいてくれて」
 トゥーリの瞳が再び潤み始めた。
「ほんと?」
「本当だよ」
 トゥーリはアキの肩に飛び移ると、涙を流しながらアキに頬擦りした。アキはそんなトゥーリの両肩をぽんぽんと片手でそっと叩いた。
「これで一件落着だヌー! おやつを食べるヌー!」
「何言ってんの? 今夜はヌーッティとリュリュはおやつ抜きなんだから、ティータイムはこれでおしまい」
 どさくさに紛れたヌーッティの発言に、速攻でアキは訂正と閉会を告げた。

 ティーポットやカップや牛乳の入っていたグラス、ジンジャーシナモンビスケットの残りを片付けて、アキがそろそろ寝ようとベッドに入った時、枕を持ったトゥーリが枕元に立っていた。
「今日だけでいいから、一緒に寝てもいい? アキが嫌じゃなければ」
 俯いて尋ねたトゥーリに、
「一緒に寝よう。別に今日だけじゃなくてもいいんだよ。1人で本棚の奥で寝るのが寂しいときはいつでもこっちへおいで」
 アキは微笑んで答えた。
 そこへ、床を這いずる音が聞こえて来た。
「ヌーッティもいっしょがいいヌー」
 ひょこっとベッドの上に顔を出したヌーッティがアキにお願いした。
 それを見ていたアレクシとリュリュもアキたちの元へやって来て、この日はみんなで一緒に寝ることになった。
 数分後、全員が寝静まった頃、トゥーリはぱちりと目を開けた。隣にはすやすやと寝息を立てているアキがいた。
 トゥーリは唇をきゅっと結んだ。胸がとてもどきどきしていることをトゥーリは感じていた。深呼吸を一つ。それからアキの頬にそっとキスをした。
 アキから顔を離したトゥーリは、さっと毛布の中へ滑り込んで頭まですっぽり全身を覆った。
 毛布に包まりながら、どきどきが止まないトゥーリは心の中で思いっきり叫ぶ。
「アキ、大好き!」
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