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恋する精霊
3.不毛なる決闘 <Hedelmätön taistelu>
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びしっと差したアレクシの指の先には、呆けている表情のトゥーリがいた。
「ルールは簡単さ。相手を行動不能にしたら勝ちだ」
無言のトゥーリに構うことなく、アレクシは話を続けた。
そこへ、すっきりとした面持ちのヌーッティがぽんっと手を打った。
「わかったヌー! これを『不毛』って言うんだヌー!」
ヌーッティの言葉ではっとしたトゥーリは、
「それは合ってるけど、なんでわたしがアレクシと勝負しなきゃいけないの? やだよ」
そう答えた。端から面倒なことに巻き込まれたくなかったトゥーリにしてみれば当然の返答であった。
そんな様子のトゥーリに、目映い笑顔を向けているリュリュは、愛くるしい仕草で、
「宿命なのですよ、トゥーリさま。わたくしのパートナーになるための」
ある意味でアレクシに似通った宿命論を展開した。
トゥーリはリュリュから少し顔を逸らすと、こちらはこちらで話が噛み合わないと内心独り言ちた。
嫌ではある。正直言って面倒くさいし、戦う理由もない。けれども、事態を収拾させるためにはアレクシの決闘の申し出を受諾するほかなかった。戦って勝ち、ねじ伏せて、説き伏せる。
これがトゥーリの思案した勝ち筋、もとい、事態収束の戦略であった。
リュリュに関しては、放っておいてもよいとトゥーリは判断した。やや強引なきらいがあるものの、アレクシほど面倒ではないと思ったからである。
「わかった。その勝負、受けて立つよ」
腹を括ったトゥーリの言葉を聞いたリュリュは歓喜し、アレクシは不敵な笑みを浮かべた。
ヌーッティはというと、何か面白そうなことが始まるくらいの認識ではしゃいでいた。
「ヌーが始まりの合図をするヌー!」
「オーケー。ヌーッティの合図で開戦にしよう。異議は?」
「ないよ」
アレクシの問いに、トゥーリは間合いを取りつつ答えた。
ヌーッティとリュリュの二人は、トゥーリとアレクシたちから離れ、ベンチの上に登った。
重心を低くし身構えるトゥーリに、片手を腰に当て、真っ直ぐ立つアレクシ。
ヌーッティはゆっくりと右手を挙げた。そして、
「スタートだヌー!」
掲げたヌーッティの手が振り下ろされた。
同時に、降り積もった地面の雪を巻き上げるかのように、強い一陣の風が生じた。
巻き上げられた雪はトゥーリの視野を狭める。
魔術を使うための詩歌詠唱なしに風を操ることができるのは、風の精霊たるアレクシの強みであった。
しかし、トゥーリは焦ることなく詩を歌う。
Lumen tiedän syntysanat.
——わたしは知っている、雪の誕生の始まりを
Lumi, taivu käskyihini!
雪よ! わたしの意に従え!
トゥーリが右手を横に薙ぐと、舞い上がった雪がトゥーリの視界から一掃された。
「トゥーリさま! 嬉しいです! 雪の精霊であるわたくしの詩を歌ってくださるなんて!」
浮かれはしゃぐリュリュに構わず、トゥーリは地面に両手をつき、口早に次の詩を歌う。
Huurra maailmaa, Puhuri!
——大地に霜を降ろせ、霜の父プフリよ!
トゥーリを起点に大地が凍結し、氷はアレクシの足元へ迫る。
「ぼくが飛べることを忘れたのかい?!」
アレクシは風を操り、ひらりと宙へ舞う。
氷結がアレクシの足元に到達した、その時。
「Verhotkaa vihamiestä! ——氷よ、包み込め! 彼の者を!」
トゥーリは両手を勢いよく挙げた。
氷は進行方向を上向きに変え、宙を漂うアレクシを捕らえる——はずであった。
だが、アレクシは迫り来る氷を片足で蹴って、風を起こすと、氷柱を粉砕した。
赤リス姿は伊達ではない。風の精霊であることも相まって、アレクシの機動力はトゥーリの動きを上回っていた。
風を身体に纏わり付かせながら空中を浮遊するアレクシが、再び烈風を生み出す。
「きみがぼくに勝てるわけがないだろう! 精霊と小人。格の違いを思い知るんだな!」
アレクシを中心に、目を開けていられないほどの風が吹きすさぶ。
地面の粉雪は巻き上げられブリザード状態。
ベンチで観戦しているヌーッティとリュリュも二人の姿が完全に見えなくなっていた。
トゥーリは両目を閉じ、アレクシによって生み出された猛吹雪の中、じっとしていた。
精霊の序列を鑑みれば、確かに、小人であるトゥーリは精霊のアレクシの下位に属する。予備動作なしに魔術を扱える精霊と、魔術を使う際に詩歌という所作を必要とする小人では、魔術発動時におけるタイムラグの発生という点では小人に不利であると言える。
だが、小人には小人独特の能力もある。つまり、単に魔術の視点から二人を比べ、トゥーリがアレクシに劣るというのは性急な結論なのである。
目を閉じ、大地に立つトゥーリは意識を集中させ、荒ぶる風の中のわずかな動きを探る。
その時、風の動きの乱れを感知した。
けれども、トゥーリは目を見開かない。
風の隙間から赤い毛並の手がトゥーリへと伸びる。
トゥーリはその手首を力強く掴むと、自身へと思いっきり引き寄せた。
そして、勢いそのままにアレクシを背負い投げる。
トゥーリによって力一杯ぶん投げられたアレクシの身体が大地に叩きつけられた。
同時に、風がぴたりと止んだ。
トゥーリは足元で目を回しているアレクシを見下ろしながら、
「わたしの勝ちだね」
淡々とした声色で勝利宣言をした。
「な、なんで?」
「それは、トゥーリが小人だからだヌー。あと、いつも格闘技の動画を観て、まねしてるから強いんだヌー」
額に手を当てながら上体を起こすアレクシの問いに答えたのは、ベンチから降り、二人の側へと駆け寄ってきたヌーッティであった。
ヌーッティと一緒に駆け寄ったリュリュは、トゥーリの両手を取り、嬉しそうな顔でぴょんぴょん跳ねていた。
一方、敗北を喫したアレクシは、
「しまった。このぼくとしたことが、小人の特性を忘れてた」
そう言いながら頭を横に振って、何度もまばたきをした。
小人の特性。それは、一定範囲内のものの動きを極めて鋭敏に感知する能力である。範囲は小人各々に依るが、トゥーリは風の魔術が得意とあってか、感知できる範囲が広い。加えて、トゥーリは日頃から格闘技の動画を視聴し、その技を真似して動き、学習していることもあり、誰かが間合いに入れば、すぐさま対応できるだけの体術をも心得ている。
こうして、トゥーリとアレクシの不毛なる決闘は、トゥーリの勝利で終わったのであった。
しかし、これで、無事に事態が収束するかと言えばそうではないのは、アレクシの目を見れば明らかであった。
そんな様子のアレクシを見つめるトゥーリは不安を抱かずにはいられなかった。
「ルールは簡単さ。相手を行動不能にしたら勝ちだ」
無言のトゥーリに構うことなく、アレクシは話を続けた。
そこへ、すっきりとした面持ちのヌーッティがぽんっと手を打った。
「わかったヌー! これを『不毛』って言うんだヌー!」
ヌーッティの言葉ではっとしたトゥーリは、
「それは合ってるけど、なんでわたしがアレクシと勝負しなきゃいけないの? やだよ」
そう答えた。端から面倒なことに巻き込まれたくなかったトゥーリにしてみれば当然の返答であった。
そんな様子のトゥーリに、目映い笑顔を向けているリュリュは、愛くるしい仕草で、
「宿命なのですよ、トゥーリさま。わたくしのパートナーになるための」
ある意味でアレクシに似通った宿命論を展開した。
トゥーリはリュリュから少し顔を逸らすと、こちらはこちらで話が噛み合わないと内心独り言ちた。
嫌ではある。正直言って面倒くさいし、戦う理由もない。けれども、事態を収拾させるためにはアレクシの決闘の申し出を受諾するほかなかった。戦って勝ち、ねじ伏せて、説き伏せる。
これがトゥーリの思案した勝ち筋、もとい、事態収束の戦略であった。
リュリュに関しては、放っておいてもよいとトゥーリは判断した。やや強引なきらいがあるものの、アレクシほど面倒ではないと思ったからである。
「わかった。その勝負、受けて立つよ」
腹を括ったトゥーリの言葉を聞いたリュリュは歓喜し、アレクシは不敵な笑みを浮かべた。
ヌーッティはというと、何か面白そうなことが始まるくらいの認識ではしゃいでいた。
「ヌーが始まりの合図をするヌー!」
「オーケー。ヌーッティの合図で開戦にしよう。異議は?」
「ないよ」
アレクシの問いに、トゥーリは間合いを取りつつ答えた。
ヌーッティとリュリュの二人は、トゥーリとアレクシたちから離れ、ベンチの上に登った。
重心を低くし身構えるトゥーリに、片手を腰に当て、真っ直ぐ立つアレクシ。
ヌーッティはゆっくりと右手を挙げた。そして、
「スタートだヌー!」
掲げたヌーッティの手が振り下ろされた。
同時に、降り積もった地面の雪を巻き上げるかのように、強い一陣の風が生じた。
巻き上げられた雪はトゥーリの視野を狭める。
魔術を使うための詩歌詠唱なしに風を操ることができるのは、風の精霊たるアレクシの強みであった。
しかし、トゥーリは焦ることなく詩を歌う。
Lumen tiedän syntysanat.
——わたしは知っている、雪の誕生の始まりを
Lumi, taivu käskyihini!
雪よ! わたしの意に従え!
トゥーリが右手を横に薙ぐと、舞い上がった雪がトゥーリの視界から一掃された。
「トゥーリさま! 嬉しいです! 雪の精霊であるわたくしの詩を歌ってくださるなんて!」
浮かれはしゃぐリュリュに構わず、トゥーリは地面に両手をつき、口早に次の詩を歌う。
Huurra maailmaa, Puhuri!
——大地に霜を降ろせ、霜の父プフリよ!
トゥーリを起点に大地が凍結し、氷はアレクシの足元へ迫る。
「ぼくが飛べることを忘れたのかい?!」
アレクシは風を操り、ひらりと宙へ舞う。
氷結がアレクシの足元に到達した、その時。
「Verhotkaa vihamiestä! ——氷よ、包み込め! 彼の者を!」
トゥーリは両手を勢いよく挙げた。
氷は進行方向を上向きに変え、宙を漂うアレクシを捕らえる——はずであった。
だが、アレクシは迫り来る氷を片足で蹴って、風を起こすと、氷柱を粉砕した。
赤リス姿は伊達ではない。風の精霊であることも相まって、アレクシの機動力はトゥーリの動きを上回っていた。
風を身体に纏わり付かせながら空中を浮遊するアレクシが、再び烈風を生み出す。
「きみがぼくに勝てるわけがないだろう! 精霊と小人。格の違いを思い知るんだな!」
アレクシを中心に、目を開けていられないほどの風が吹きすさぶ。
地面の粉雪は巻き上げられブリザード状態。
ベンチで観戦しているヌーッティとリュリュも二人の姿が完全に見えなくなっていた。
トゥーリは両目を閉じ、アレクシによって生み出された猛吹雪の中、じっとしていた。
精霊の序列を鑑みれば、確かに、小人であるトゥーリは精霊のアレクシの下位に属する。予備動作なしに魔術を扱える精霊と、魔術を使う際に詩歌という所作を必要とする小人では、魔術発動時におけるタイムラグの発生という点では小人に不利であると言える。
だが、小人には小人独特の能力もある。つまり、単に魔術の視点から二人を比べ、トゥーリがアレクシに劣るというのは性急な結論なのである。
目を閉じ、大地に立つトゥーリは意識を集中させ、荒ぶる風の中のわずかな動きを探る。
その時、風の動きの乱れを感知した。
けれども、トゥーリは目を見開かない。
風の隙間から赤い毛並の手がトゥーリへと伸びる。
トゥーリはその手首を力強く掴むと、自身へと思いっきり引き寄せた。
そして、勢いそのままにアレクシを背負い投げる。
トゥーリによって力一杯ぶん投げられたアレクシの身体が大地に叩きつけられた。
同時に、風がぴたりと止んだ。
トゥーリは足元で目を回しているアレクシを見下ろしながら、
「わたしの勝ちだね」
淡々とした声色で勝利宣言をした。
「な、なんで?」
「それは、トゥーリが小人だからだヌー。あと、いつも格闘技の動画を観て、まねしてるから強いんだヌー」
額に手を当てながら上体を起こすアレクシの問いに答えたのは、ベンチから降り、二人の側へと駆け寄ってきたヌーッティであった。
ヌーッティと一緒に駆け寄ったリュリュは、トゥーリの両手を取り、嬉しそうな顔でぴょんぴょん跳ねていた。
一方、敗北を喫したアレクシは、
「しまった。このぼくとしたことが、小人の特性を忘れてた」
そう言いながら頭を横に振って、何度もまばたきをした。
小人の特性。それは、一定範囲内のものの動きを極めて鋭敏に感知する能力である。範囲は小人各々に依るが、トゥーリは風の魔術が得意とあってか、感知できる範囲が広い。加えて、トゥーリは日頃から格闘技の動画を視聴し、その技を真似して動き、学習していることもあり、誰かが間合いに入れば、すぐさま対応できるだけの体術をも心得ている。
こうして、トゥーリとアレクシの不毛なる決闘は、トゥーリの勝利で終わったのであった。
しかし、これで、無事に事態が収束するかと言えばそうではないのは、アレクシの目を見れば明らかであった。
そんな様子のアレクシを見つめるトゥーリは不安を抱かずにはいられなかった。
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