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トゥーリとヌーッティのなにげない日常

シナモンロール争奪戦

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 湖に浮かぶ雪深い小さなサーリ。雪を被った白樺の木々は、まるで粉砂糖をまぶしたお菓子のようである。
 小熊の妖精ヌーッティは、人間の足で踏み固められた雪道を、スキップしながら一匹で島を散策していた。時々、スキップしているため、転んだりしていたけれども、そのまま雪の上でごろごろしたりもしていた。とっても楽しい時間を過ごしていた。天気はあいにくの曇りではあったけれども、気分は上々。ヌーッティは起き上がると、またスキップをし始める。
 まさにそのときであった。
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 ヌーッティの目の前に、真っ白な毛並みで、ヌーッティと同じ体長三十センチ程の小さな熊が立っていた。
 ヌーッティの顔から笑みが消える。
 白い毛並みのその小熊は薄い茶色の体毛のヌーッティを見つめている。
「ひさしぶりだポン」
 小さな白い小熊は厳しい表情でヌーッティに話しかけた。
「まさか、また会うとは思ってなかったヌー。ポントゥス」
 ヌーッティは不敵な笑みを浮かべて、白き小さな小熊の名を口にした。
 名前を呼ばれたポントゥスは少し驚いた面持ちをした。
「ボクの名前を覚えていたとは意外だポン」
「こっちもだヌー。三年前のあのことを、ヌーは一度だって忘れたことはないヌー」
 ヌーッティは警戒しているのか、少し身構えた。
「三年前のあのことさえなければ、ボクは今日この場できみと戦おうとは思わなかったはずだポン」
 ポントゥスは道の脇に積まれている雪に手を伸ばすと両手で雪の玉を作る。
 そのポントゥスから目を逸らさずに、ヌーッティも雪玉を作る。
「そっちがその気なら、その戦い受けて立つヌー!」
 偶然なのか、必然なのか。これが二匹にとって因縁の再会であった。
 そして、今まさに、二匹の小熊たちの戦いの幕が切って落とされた。
 否——戦いの火蓋はすでに三年前のあの日に切って落とされていたのだ。
 語らなければなるまい。
 三年前に起きた二匹の小熊たちの出来事を。


 三年前の冬の日も、同じ場所で、道の脇に積まれた雪の上に座って、ヌーッティはシナモンロールをぱくついていた。
 そこへ一匹の白い小熊ポントゥスが、ヌーッティの前にひょっこりと現れた。
 ヌーッティは、自身と同じ二足歩行の熊を見て、少し驚いた。
「ねえ。きみ、ボクと同じ熊だポン? ボクお腹がへってるんだポン。それ、少しちょうだいポン」
 白い小熊はヌーッティに頼んだ。よほど空腹なのか疲弊しているようにも見えた。
 けれども、ヌーッティは食べることを止めずに、
「やだヌー。あげないヌー。名前を言わないやつになんてあげないヌー」
 もぐもぐ頬張りながら言い放つ。
 白い小熊はぺこりとお辞儀をする。
「ごめん。ボクはポントゥスだポン。この近くの森に住んでるんだポン。きみは?」
 その言葉を聞いたヌーッティは目を細めた。
 ——ふぅーん。ここらへんの森に住んでる、ただのくまかヌー。
 ヌーッティは優越感に浸った。というのも、ヌーッティは自分自身が特別な存在くまであると思っているからであった。
「ヌーッティだヌー」
 ポントゥスを見下ろしながら食べながら名乗った。
 その時、ポントゥスのお腹が鳴った。
「ヌーッティくん。それをボクに少しでいいからちょうだいポン」
 ポントゥスは再度ヌーッティにお願いした。
「ただのくまにあげるものはないヌー。ほかを探すヌー」
 ヌーッティはそっぽを向いた。
 ポントゥスはヌーッティの言葉に苛立ちを覚えた。
「きみだってただの熊だポン」
 見たままのことをポントゥスは口にした。それにヌーッティは反応した。「ただの熊」という言葉に。ヌーッティは食べる手を止め、
「ヌーはえらい妖精さんだヌー!『ただのくま』のきみとは格が違うヌー!」
 そのとき、雪の玉がヌーッティの顔面に当たった。
「なんだヌー!」
 ヌーッティは両手で顔に付いた雪を払い落とす。
 見れば、ポントゥスは二個目の雪玉を作り両手で抱えていた。
「さすがの温厚なヌーッティも怒ったヌー!」
 雪山の上に立とうとしたヌーッティは雪に足を取られバランスを崩し、転がり落ちた。
 当然、手に持っていたシナモンロールはヌーッティの手から離れ、地面に落ちた。
 それを目にしたヌーッティは、
「ヌ、ヌーのシナモンロールが落ちたヌー!」
 ヌーッティは泣きながら起き上がった。
 ポントゥスも地面に落ちたシナモンロールを残念そうに見つめている。
 そこへ一羽の鳥が飛来した。
 鳥は嘴で器用にシナモンロールを咥えると空の彼方へ飛び去った。
「行っちゃだめーっ!!」
 ヌーッティとポントゥスの声が重なった。
「ポントゥスのせいだヌー!」
 ポントゥスに責任を押しつけるヌーッティ。
「ヌーッティくんが分けてくれないから悪いポン!」
 ポントゥスも泣きじゃくりながら反論する。
 しばらくの間、口げんかをしていたが、やがて疲れた二人は互いに背を向けて、その場を去った。
 これが三年前に起きた出来事。別名「シナモンロール争奪戦」である。
 ヌーッティの胸中に、あのときの苛立ちと悔しさが混ざった感情が湧き上がってきた。
「あのときの恨みは忘れてないヌー」
 つぶらな瞳を鋭くしてポントゥスを見据える。
「責任転嫁も甚だしいポン」
 冷静な口調でポントゥスは反論した。
 ヌーッティは右手で手招きをした。
「相手になってやるヌー。かかってくるヌー!」
 好戦的なヌーッティにポントゥスは、
「決着の時だポン!」
 ヌーッティにめがけて雪玉を投げ放ち、後ろにある山積した雪へ身を隠す。
 迫り来る雪玉を避けたヌーッティも、ポントゥスと反対の雪山に隠れ込む。
 二匹はせっせと幾つもの雪玉を作り始める。
 先制攻撃はポントゥス。
 様子を窺うために雪山からぴょこっと顔を出したヌーッティの頭に当たる。
 雪玉がヌーッティの頭で粉砕する。
 ヌーッティも負けずと大きめの雪玉をポントゥスへ向けて投げる。
 しかし、その雪玉はポントゥスに届くことなく、道の真ん中に落下した。
 残念ながらヌーッティの運動能力は並み以下であった。
 かてて加えて、ヌーッティは都会で人間の男の子の友だちアキと暮らしている。
 ごはんは半自動的に提供され、一日をだらだらとアキの部屋で過ごすことも多い。いわゆる温室暮らしの日々を過ごしているのである。対してポントゥスは大自然の中で厳しい生存競争を生き抜いてきた。
 二匹の生活環境を鑑みれば、どう考えてもこの戦いはポントゥスに分がある——と考えるのは性急。こんな成りでもヌーッティは一応妖精である。すなわち、魔術が使えるのである。
 けれども、魔術の発動には詩《うた》を歌う所作が必要である。豪速球を投げ飛ばし続けるポントゥスの攻撃をかわすことで手一杯のヌーッティは詩を歌うことができないでいた。
 二匹の小熊の攻防が続く中、それは突然起きた。
 ポントゥスの投げた雪玉がヌーッティの背後の木の枝に当たった。
 枝に積もっていた雪の塊がヌーッティの頭に落下する。
「な、なんだヌー?!」
 ヌーッティは降りかかった雪を振り払う。
 この隙を逃すまいと雪山からポントゥスが出て、ヌーッティ目指して駆け出す。
 それに気づいたヌーッティは慌てて逃げ出す。
 ポントゥスは一気にヌーッティとの距離を詰める。
 ヌーッティの背後に迫ったポントゥスはヌーッティの片手をさっと掴み取ると、空いている方の腕をヌーッティの首に引っかける。
 ポントゥスは軽く跳躍。
 ぐるっと空中で回転。
 そして、ポントゥスは思いっきり地面にヌーッティを叩きつける。
 完全なるダウン。
 ヌーッティを見下ろすポントゥス。
 だが、ヌーッティとて、ただの小熊のわけがない。
 そのわずかな隙で十分であった。
 ヌーッティが詩を歌い終えるには。
Syttykääシュットゥカー tuliaトゥリア täälläターッラ
 ——火よ、うまれよ、この地に!
 Verhotkaaヴェルホトゥカー vihamiestäヴィハミエスタ!
   火よ、つつみこめ! あいつを!」
 一瞬のこと。
 火が湧き起こったと思ったら、ポントゥスの身体を火が包み込んだ。
「ぎゃぁああああっ!」
 たまらず、ポントゥスは身体を雪山の中に突っ込む。
 肉が焼けたような焦げ臭いが辺りに満ちる。
 満身創痍の二匹の小熊は見つめ合う。
「なかなかやるヌー……」
「そっちもポン……」
 二匹は言いながら構えた。
 そして、
「これで最後!」
 言い終えるが早いか二匹は互いの距離を縮めるべく駆け出した。
 瞬間。
 二匹は背後に立つ何者かによって襟首を掴まれ、ひょいっと持ち上げられた。
「なにやってんだよ。ひとが目を離した瞬間にいなくなって」
 人間の青年の声がヌーッティの背後から聞こえた。
「ヌーっ?!」
 声の主はヌーッティの友だちアキであった。
 アキは呆れた顔でヌーッティを見つめつつ、溜め息をひとつ。
 一方、ポントゥスはというと、
「ちゃんとお兄ちゃんの側にいるんだよって言ったよね?」
 アキよりはるかに大きな体の兄ヨエルの憤怒を秘めた言葉を聞いて、怯えていた。
「ごめん。ヌーが迷惑かけて」
 アキはヨエルに謝った。
 ヨエルは手をひらひらさせながら、
「気にしないで。ポントゥスも迷惑かけたから」
 柔和な表情でアキに答えると視線をポントゥスに移す。
「ねえ、ポントゥス」
 ヌーッティとアキとポントゥスはヨエルの口調と雰囲気が変化したことに気がついた。
「ケンカはしちゃだめってお兄ちゃん言ったよね? なんで守れないの?」
 穏やかな口調とは裏腹な殺気を含んだ言葉にポントゥスは顔面蒼白になり、ヌーッティは怯え、アキは何かを察した。
 ヨエルの強制的な仲裁によってヌーッティとポントゥスの長きにわたるシナモンロール争奪戦は幕引きとなった。
 ヨエルはヌーッティとアキに軽く会釈すると、ポントゥスを摘まんで森へ帰っていった。
 ヌーッティはアキの肩にひょいっと乗ると、
「アキがヌーの友だちでよかったヌー!」
 嬉しそうにアキに頬擦りをした。
 しかし、
「ヌー。明日から二週間おやつ抜きな」
 アキの無慈悲な鉄槌が下された。
 その後、ヌーッティが泣き喚き、謝り倒したのは言うまでもない。
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