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生き長らえる道はない
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定信と共にこの地へやって来た三人の家族の事。何故ここへやって来たのか。この村での待遇。自分と弟が見たもの。自分がやってしまった事。三人の家族の最期。
そして、この村で起きた異変。
旅人は時折険しい顔をしながら黙って話を聞いていた。
全てを聞き終えた旅人は納得の表情を浮かべ数回深く頷いた。
「やはりな」
その言葉で、村に起きた恐ろしい異変は自分達の所業のせいだと飲み込まざるを得ない。
偶然立て続けに人が変な死に方をしただけだ、と笑い飛ばしてくれたらどんなに良かっただろうか。
「貴方は一体」
その問い掛けの答えを待つように全員の視線が旅人へと注がれた。
鋭い眼光で返された視線に、村人達は身を竦める。
「ただの僧侶だ。こんなもの小さな村で育てていたら被害は此処だけじゃ収まらなくなる」
「こんなもの、とは?」
「分からんのか」
僧侶はフッと鼻で笑うと、馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべる。その目は笑ってはいなかった。
「お前等は小さな恨みの種を蒔いてしまった。その種はお仙という女性の中で芽吹き、彼女がお前達を恨めば恨む程大きくなっていく。
彼女の体から飛び出した大きな恨みの気持ちは、今もお前達の生命を蝕みながら成長を続けておる」
淡々と話す僧侶に、村人達が息を飲み続きを待った。
「このままではやがて村全体でも抑えられない程の大きな怨念となってしまうだろう」
「なんだって」
「どうすればいいんだ!」
男達は絶望し空を仰いだり、地に伏したりと様々で、中には出会ったばかりの旅の僧に手を擦り合わせる者もいた。
「待てよ、でもこの人はお坊さんじゃないか」
「そうだ! 坊さんがオレ達を助けに来てくれた」
「そうだよなぁ、その、怨念、が大きくならないようどうにかしてくれるんだろうっ」
旅の僧は村人達を一瞥し、眉を顰める。その目はまるで生ゴミの中から這い出た鼠でも見ているかのようだ。
「お前達を助ける? 馬鹿な事を言うな」
「えっ」
旅の僧は再び鼻を鳴らし、男達は静まり返る。
「何を今更被害者のような顔をして。お前達の行って来た所業のせいで、こうなったのだ。余計な仕事を増やしやがって。貴様等は自業自得という言葉を知らんのか」
その言葉に村人達は返す言葉もない。
「確かに俺は、この大きな怨念の塊を鎮める為にここへやって来た。昨夜この辺りから禍々しいものを感じたからだ」
男達がおろおろしているのを見ながら話を続けた。
「だが今更何をしようとも、彼女のお前達への恨みは晴れはしない。そして、俺はお前達のようなろくでもない人間を助ける気もない」
僧侶はゆっくりと淡々と、そしてはっきりと彼等を助かる気がない事を告げた。
「い、生きる為に、仕方なかったんじゃっ」
「その通りじゃ……オレ等も生きる為に仕方なくやっていた」
男達は必死に弁解を始めた。
「好きで自分の親や嫁を殺す訳ないじゃろ」
「ああでもせにゃあ食っていけんじゃった」
「家畜を育てて食うのとなんも変わりゃせん、何がそんなに悪かったんじゃ」
男達は互いにそうだそうだと鼓舞しながら意見を述べる。
「黙らぬかっ」
旅の僧が己に縋り付いた男を振り払いながら一括すると、男達は開いた口もそのままに言葉を発さなくなる。
僧侶は黙り込んだ村人達を満足そうに見渡した。
「いいか、お前達は生きていく為等ではない。己の私利私欲の為に他者の命と体を利用した。
本当に人間しか食べる物がなかったのか? いいや、そんな事はなかったはずだ」
村には事実、米や野菜の蓄えも僅かながら残っていた。それにここ最近では農地も粗方元通りとなり新たな作物を育てる事も出来た。
家畜は大雨で流されてしまったものの、今は再び育てる事が出来る環境にあった。
その事を彼等は知っているからこそ、黙って俯いているしかない。
「分かったか。お前達のような人間は恨まれて当然だ」
僧侶は冷たく言い放つ。
男達はこの時になって漸く自分達の犯した過ちの大きさに、罪深さに気が付いた。
「お前達は遅かれ早かれ全員お仙に連れて行かれる」
それを聞き、村人達の中には泣きだしてしまった者もいる。
過去の過ちをやり直せないのであれば、どうする事も出来ないではないか。
「殺されるのを、ただ待てということか」
何でも良い、手段は問わないからどうにか助けてほしい。
彼等の中にはこのような思いがまだあった。
昨日見たように死んでいくのをただ待つなんていうのは恐怖でしかない。
「ただ、待てと、いうことだ」
僧侶は呆れた顔をし、錫杖を突き鳴らして言った。
「どこに逃げようとも、彼女をここに抑えつけようとも、お前等だけは絶対に逃しはしない。必ず見付けて連れて行かれるだろう」
男達の頭に絶望の二文字が浮かぶ。
余す事なく今から順に殺されていく。知らない方がどれだけ良かったか。
「必ず死ぬが、今すぐではない。俺がお前等の死を10日、先延ばしにしてやろう」
「10日、何故だ」
「一つはその間恐怖の感情を育てて貰うため」
僧侶は人差し指をぴっと空に向けて立てる。
男達はざわついた。
10日も恐ろしい女が我が元へ来るのを待たねばならないのかと。
「そしてもう一つは、子を成す為だ」
「子を成す? 10日でか」
「もう村には女が残っとらん。無理じゃ」
信じられないといった面持ちで、僧侶に訴え掛けた。
「無理ではない。必ずこの村の事を知らぬ女を連れて来て、子を成せ。お前等は子作りに成功したか否かを知らずに死ぬだろうが、絶対に成功する」
「どうして言い切れる」
「これも術の一つだ。お前達は知らんで良い。とにかく少しでもマシな死に方をしたかったら言う事を聞け」
従わなければどんな酷い死に方をしてしまうのか、男達は想像を巡らせてしまいこれは言うことを聞くしかないと観念した。
中には「10日でどうにか出来るわけがない」と半ば諦めている者もいた。
「お前達の誰か一人が女を産む。そうしたらお前が育てろ」
僧侶は錫杖の先を定信に向けた。
「坊さん、育てるっつったって定信も死ぬんだろ」
「いいや。こいつはすぐには死なせてもらえねぇ」
村人の言葉を否定すると、僧侶はより険しい顔をした。
「定信と言ったな。お前が一番恨まれておる」
「そうなのか」
「ああ、死ぬより辛い毎日を送る事になる。お前は罪の意識で死ぬまで苦しむ」
死ぬより辛い事など、彼等には想像できなかった。
「最期は彼女に連れて行かれるだろうが、お前にはまだやるべき事がある」
「分かった」
定信も他の者と同様に迫る死を恐れていた。
しかしお仙が自分達のせいで今も尚苦しんでいるのであれば助けてやりたいと強く思った。
「それで、オレはどうしたら」
「そうだな。まず10日の間、お前は子作りをしなくて良い」
「そうか」
「先程行った通り、女が産まれたらお前が引き取るんだ。その女がお仙の年になったら、一緒になれ」
「育てた子供と夫婦になるんか」
僧侶はわざとらしく肩を竦め言った。
「そうだ」
定信は眉間を寄せながらも何も言わない。僧侶はこれを了承と受け取った。
「それで話は終わりか」
「そうだなぁ」
定信の言葉に旅の僧は顎に手を当て考える素振りを見せた。
「村の東西南北に石碑を建て、結界を張ることにしよう」
「石碑……そんなもので本当に姉の怒りを鎮める事が出来るんか」
話を聞いている限りでは四つ石碑を建てた位でどうこうなるようにも思えなかった。
「もちろんただの石碑ではない。お前等の血液をそこへ吸わせる」
「血液?」
「そうだ。彼女の恨みとお前等の恐怖心、どちらが強いかといったところだな」
恐怖心をより強める為に10日の猶予を与える。これから毎晩彼等はお仙の影に怯えるだろう。
「定信、お前が死んだこいつらの血を石碑に垂らして周れ」
「分かった」
「だが先に、」
旅の僧は素早く定信へ近付く。間合いを詰める間に懐から小刀を取り出し、目にも止まらぬ速さで定信を斬り付けた。
そして、この村で起きた異変。
旅人は時折険しい顔をしながら黙って話を聞いていた。
全てを聞き終えた旅人は納得の表情を浮かべ数回深く頷いた。
「やはりな」
その言葉で、村に起きた恐ろしい異変は自分達の所業のせいだと飲み込まざるを得ない。
偶然立て続けに人が変な死に方をしただけだ、と笑い飛ばしてくれたらどんなに良かっただろうか。
「貴方は一体」
その問い掛けの答えを待つように全員の視線が旅人へと注がれた。
鋭い眼光で返された視線に、村人達は身を竦める。
「ただの僧侶だ。こんなもの小さな村で育てていたら被害は此処だけじゃ収まらなくなる」
「こんなもの、とは?」
「分からんのか」
僧侶はフッと鼻で笑うと、馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべる。その目は笑ってはいなかった。
「お前等は小さな恨みの種を蒔いてしまった。その種はお仙という女性の中で芽吹き、彼女がお前達を恨めば恨む程大きくなっていく。
彼女の体から飛び出した大きな恨みの気持ちは、今もお前達の生命を蝕みながら成長を続けておる」
淡々と話す僧侶に、村人達が息を飲み続きを待った。
「このままではやがて村全体でも抑えられない程の大きな怨念となってしまうだろう」
「なんだって」
「どうすればいいんだ!」
男達は絶望し空を仰いだり、地に伏したりと様々で、中には出会ったばかりの旅の僧に手を擦り合わせる者もいた。
「待てよ、でもこの人はお坊さんじゃないか」
「そうだ! 坊さんがオレ達を助けに来てくれた」
「そうだよなぁ、その、怨念、が大きくならないようどうにかしてくれるんだろうっ」
旅の僧は村人達を一瞥し、眉を顰める。その目はまるで生ゴミの中から這い出た鼠でも見ているかのようだ。
「お前達を助ける? 馬鹿な事を言うな」
「えっ」
旅の僧は再び鼻を鳴らし、男達は静まり返る。
「何を今更被害者のような顔をして。お前達の行って来た所業のせいで、こうなったのだ。余計な仕事を増やしやがって。貴様等は自業自得という言葉を知らんのか」
その言葉に村人達は返す言葉もない。
「確かに俺は、この大きな怨念の塊を鎮める為にここへやって来た。昨夜この辺りから禍々しいものを感じたからだ」
男達がおろおろしているのを見ながら話を続けた。
「だが今更何をしようとも、彼女のお前達への恨みは晴れはしない。そして、俺はお前達のようなろくでもない人間を助ける気もない」
僧侶はゆっくりと淡々と、そしてはっきりと彼等を助かる気がない事を告げた。
「い、生きる為に、仕方なかったんじゃっ」
「その通りじゃ……オレ等も生きる為に仕方なくやっていた」
男達は必死に弁解を始めた。
「好きで自分の親や嫁を殺す訳ないじゃろ」
「ああでもせにゃあ食っていけんじゃった」
「家畜を育てて食うのとなんも変わりゃせん、何がそんなに悪かったんじゃ」
男達は互いにそうだそうだと鼓舞しながら意見を述べる。
「黙らぬかっ」
旅の僧が己に縋り付いた男を振り払いながら一括すると、男達は開いた口もそのままに言葉を発さなくなる。
僧侶は黙り込んだ村人達を満足そうに見渡した。
「いいか、お前達は生きていく為等ではない。己の私利私欲の為に他者の命と体を利用した。
本当に人間しか食べる物がなかったのか? いいや、そんな事はなかったはずだ」
村には事実、米や野菜の蓄えも僅かながら残っていた。それにここ最近では農地も粗方元通りとなり新たな作物を育てる事も出来た。
家畜は大雨で流されてしまったものの、今は再び育てる事が出来る環境にあった。
その事を彼等は知っているからこそ、黙って俯いているしかない。
「分かったか。お前達のような人間は恨まれて当然だ」
僧侶は冷たく言い放つ。
男達はこの時になって漸く自分達の犯した過ちの大きさに、罪深さに気が付いた。
「お前達は遅かれ早かれ全員お仙に連れて行かれる」
それを聞き、村人達の中には泣きだしてしまった者もいる。
過去の過ちをやり直せないのであれば、どうする事も出来ないではないか。
「殺されるのを、ただ待てということか」
何でも良い、手段は問わないからどうにか助けてほしい。
彼等の中にはこのような思いがまだあった。
昨日見たように死んでいくのをただ待つなんていうのは恐怖でしかない。
「ただ、待てと、いうことだ」
僧侶は呆れた顔をし、錫杖を突き鳴らして言った。
「どこに逃げようとも、彼女をここに抑えつけようとも、お前等だけは絶対に逃しはしない。必ず見付けて連れて行かれるだろう」
男達の頭に絶望の二文字が浮かぶ。
余す事なく今から順に殺されていく。知らない方がどれだけ良かったか。
「必ず死ぬが、今すぐではない。俺がお前等の死を10日、先延ばしにしてやろう」
「10日、何故だ」
「一つはその間恐怖の感情を育てて貰うため」
僧侶は人差し指をぴっと空に向けて立てる。
男達はざわついた。
10日も恐ろしい女が我が元へ来るのを待たねばならないのかと。
「そしてもう一つは、子を成す為だ」
「子を成す? 10日でか」
「もう村には女が残っとらん。無理じゃ」
信じられないといった面持ちで、僧侶に訴え掛けた。
「無理ではない。必ずこの村の事を知らぬ女を連れて来て、子を成せ。お前等は子作りに成功したか否かを知らずに死ぬだろうが、絶対に成功する」
「どうして言い切れる」
「これも術の一つだ。お前達は知らんで良い。とにかく少しでもマシな死に方をしたかったら言う事を聞け」
従わなければどんな酷い死に方をしてしまうのか、男達は想像を巡らせてしまいこれは言うことを聞くしかないと観念した。
中には「10日でどうにか出来るわけがない」と半ば諦めている者もいた。
「お前達の誰か一人が女を産む。そうしたらお前が育てろ」
僧侶は錫杖の先を定信に向けた。
「坊さん、育てるっつったって定信も死ぬんだろ」
「いいや。こいつはすぐには死なせてもらえねぇ」
村人の言葉を否定すると、僧侶はより険しい顔をした。
「定信と言ったな。お前が一番恨まれておる」
「そうなのか」
「ああ、死ぬより辛い毎日を送る事になる。お前は罪の意識で死ぬまで苦しむ」
死ぬより辛い事など、彼等には想像できなかった。
「最期は彼女に連れて行かれるだろうが、お前にはまだやるべき事がある」
「分かった」
定信も他の者と同様に迫る死を恐れていた。
しかしお仙が自分達のせいで今も尚苦しんでいるのであれば助けてやりたいと強く思った。
「それで、オレはどうしたら」
「そうだな。まず10日の間、お前は子作りをしなくて良い」
「そうか」
「先程行った通り、女が産まれたらお前が引き取るんだ。その女がお仙の年になったら、一緒になれ」
「育てた子供と夫婦になるんか」
僧侶はわざとらしく肩を竦め言った。
「そうだ」
定信は眉間を寄せながらも何も言わない。僧侶はこれを了承と受け取った。
「それで話は終わりか」
「そうだなぁ」
定信の言葉に旅の僧は顎に手を当て考える素振りを見せた。
「村の東西南北に石碑を建て、結界を張ることにしよう」
「石碑……そんなもので本当に姉の怒りを鎮める事が出来るんか」
話を聞いている限りでは四つ石碑を建てた位でどうこうなるようにも思えなかった。
「もちろんただの石碑ではない。お前等の血液をそこへ吸わせる」
「血液?」
「そうだ。彼女の恨みとお前等の恐怖心、どちらが強いかといったところだな」
恐怖心をより強める為に10日の猶予を与える。これから毎晩彼等はお仙の影に怯えるだろう。
「定信、お前が死んだこいつらの血を石碑に垂らして周れ」
「分かった」
「だが先に、」
旅の僧は素早く定信へ近付く。間合いを詰める間に懐から小刀を取り出し、目にも止まらぬ速さで定信を斬り付けた。
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