闇喰

綺羅 なみま

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器が息絶えようとも

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月明かりが射し込むだけの薄暗い部屋に、息絶えたお仙の姿がぼんやりと浮かぶ。

彼女は吐き出した血液で顔をドロドロに汚し、裂けた腹部からも大量の血を流している。
目を見開き真っ赤な口角を上げるその姿は異様なものだった。

誰も言葉を発する事が出来なかった。

お仙の腹を突き破り産まれたこの子は、ずっしりと重く定信の腕の中でじっとしている。

「この赤ん坊、生きてる」

静寂を破る。しかし、その言葉にまた場が静まり返る。
静かな中で互いに互いの戸惑いと緊張を感じた。

腕に抱かれている黒い子は、胸を上下させ静かに寝ているようだった。

「生きているのか、それは」
「赤ん坊……なのか?」

やがて男達はゆっくりと定信に近付き、腕の中で眠る子を覗き込む。

「自分で腹を割って出てきたのか?」
「勝手に腹が裂けた」
「こんな赤ん坊見た事ねえ」

息が詰まる思いで事の成り行きを見ていた男達は、一斉に騒ぎ出す。

「おい、定信。大丈夫か」

顔色が悪く今にも倒れそうな定信に、男が声を掛ける。
今まで何人を殺めてきただろうか。それでもお仙の最期は最も不気味な死に様だった。

「お仙ちゃん、今にも目が合いそうで怖えよ」
「そうだな、はよ埋めよう」

男達は無意識の内に死んだお仙の目を見ないように気を付けていた。
目が合えば連れていかれる気がして、首元から下だけを見るようにしていた。

部屋の中は嗅ぎ慣れた血液の匂いでいっぱいになっている。
よく知った匂いとは言え、あんな風に死なれては後味が悪い。
男達はそそくさと部屋を出る。

「おい、お仙ちゃん、誰が運ぶんだよ」
「オレは嫌だぞ」
「オレだって嫌じゃ」

血塗れの不気味な遺体を誰が運ぶかで揉め始める。
誰も触りたいとは思わなかった。

「こっちなら持てるのか」
定信は自分も関わっているとは言え、殺すつもりで来たくせに死んだ途端お仙を祟り神のように扱う男達に少し苛つきを覚える。
抱いていた赤ん坊を隣にいた男に渡した。

渡された男はぎゃあぎゃあと騒いでいたが、定信は黙ってお仙の遺体を担ぐ。視線で「早く行け」と男達を促した。

「とっとと墓を掘っちまおう」
「あんまり家に近くないと悪い夢でも見そうじゃ」
「村の端に埋めよう」

男達は定信の様子に肩を竦めながらも、お仙を埋める算段をつけ始める。

ぞろぞろと村の端までやって来た。
ここまで来ると家の建つ集落には少し距離があり、気休めになった。

「ここにしよう」
「ああ、ここが良い」

男達は、早く終わらせたかった。
誰もが早く終わらせここから離れたいと思っていた。

鍬で地面を掻く。
そこに居た全員が、土を掘りながら不思議と自分が手に掛けた家族の顔を思い出していた。

自分達は何と恐ろしい事をしていたのだろう、と今になって彼等の所業がいかに非人道的であったかに気が付き中には涙している者もいる。
 
もう全ては終わってしまったというのに。

大きな穴がそこに完成した。
丁度人が一人寝られる。

定信は出来るだけ静かにお仙の体を降ろそうと、そっと穴に運ぶ。
穴の縁に跪き彼女の体を腕で支えながら降ろすが、最後はどさりと音がした。

その瞬間、お仙と目が合った気がした。
姉はオレを恨んでいるに違いない。
心の中で必死に頭を下げる。

「この赤ん坊は、どうすんだよ」
「どうするっつったって……動いちゃいるけど目も口も塞がってるじゃねえか」

赤ん坊は赤ん坊の形をして胸を上下させているだけで、本来体と繋がっているはずの口の中には空洞がない。
瞼もそう作られたかのように真っ直ぐ線を結び閉じている。

「何も食えないんじゃ生きていけねえよ」
「呼吸してるんだぞ?」
「いや、動いているだけだ」

確かに胸が上下しているからと言って、呼吸をしているかどうかは定かではなかった。

村人達の視線が、お仙に謝るのに必死でまだ身動きを取れずにいた定信へと降り注がれる。

「定信、聞いてるか?」
「お、おい、どうした」

墓に入れたお仙の遺体を見つめたままピクリともしなくなった定信に、男達は恐る恐る声を掛けた。

声を掛けられた事をどこか遠い場所での出来事に感じていた定信は、一拍置いてから自分が話し掛けられているのかと反応を示した。

「うわあっ!」
「いきなり振り返るなよ」

男達は夜の空の下死体と一緒にいるせいか、些細な出来事にも神経が過敏になっていた。

「なんだ?」
「なんだじゃねえ、赤ん坊、どうする」
「どうって、元から赤ん坊は殺す予定だったやろ」

定信は赤ん坊を見遣る。
岩のように真っ黒い子。
生かしておいたとして、今後どう育てると言うのか。

定信の言葉に男達の中で「それもそうだ」という感情が芽生える。責任から逃れられたというような気持ちだった。
全員「埋めてしまいたい」と思っていたが、自分の発言によって赤ん坊を生き埋めにするのはどこか憚られたのだ。

黒い子をお仙の遺体の腹の上に降ろした。

誰からともなく全員が手を合わせ、それから掘り出した土を遺体の上に掛ける。

穴が塞がると男達は散り散りに帰路に着いた。
それぞれ何故か自分の後ろから赤ん坊の鳴き声がするような気がして、何度も後ろを振り返りながら早足で家へ帰る。

それから10日間、眠っていた定信の枕元に血を吐きながら笑うお仙が現れた。
きっと自分を恨んで成仏出来ないのだ。

まともに寝付く事が出来ず、毎晩悪夢にうなされた。
定信は日に日に体力を低下させる。

もう一度墓に手を合わせに行こう。許して貰えないかもしれないが、成仏してほしい。
そう思った定信は、一人村の外れに作ったお仙の墓へと足を運ぶ。

「なんだ、これは」

墓に着くと、その様子に定信は言葉を失った。
あの日確かに埋めたはずの穴が、荒らされている。まるで掘り返されたかのようだった。

違う。これはーー

「中から……出てきた?」

上から掘り返したのではない。土の下から何かが出て来たような穴の開き方をしている。

そんな馬鹿な、と定信は汚れるのも気にせず穴に手を突っ込むと、その穴の周りの土を掘り出した。

中にはお仙の遺体が横たわっている。
体は既に腐敗が始まりジロジロと見れたものではなかったが、そこにいるのは確認が出来た。

「なんだ。いるじゃないか」

ほっとしたのも束の間。
定信は異変に気が付いた。

穴の中にはお仙一人の遺体だけが眠っている。
あの日共に埋めたはずの赤ん坊がいない。

ここから出たとでも言うのだろうか。
定信は背筋がゾッとし、汗が吹き出るのを感じた。
そんな事があるはずない、と言い聞かせるが嫌な想像が頭を過ぎる。

誰かに知らせなければ、そう思い、急いで土を戻すと集落の方へと駆けた。
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