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強さとぬくもり
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「と、言う事が村で起きていて」
八重子が家から連れ出されお仙と定史が二人きりになると、正座をさせられた定史は頬を引っぱたかれ知ってる事を全て吐かされる。
村では人間の肉を食べていること。男達は肉を産んでもらう為に女達を孕ませているという事。自分より小さな子供を殺し骨から切り離したその肉を家に持ち帰った事。つらくなって一人で逃げ帰って来た事。
それらを伝えると定史はまた引っぱたかれた。その勢いに尻餅をつく。
お仙は自分の中に怒りやら驚きやら沢山の感情が湧いて来て、何を言えば良いのか思い付かない。
お仙は定史の前に仁王立ちし、黙って話を聞いていたがやがて震える声で尋ねた。
「あんたも、女の人に乱暴したんか」
定史はビクリと背を震わせた。お仙の顔を見ていられず顔を下に向ける。
「でも、一回しか」
ぼそぼそと小さな声で答える。最初の一度、周りの大人達に混じって行為に及んでみた。確かに気持ち良かったが、その後赤ん坊を殺す所を見せられそして手伝いをさせられ、次の機会ではそれを思い出し事に及べなかった。
パシンーー
もう一度、今までで一番強く引っぱたかれる。定史の目に涙が滲む。
「痛かったんはあんたじゃないやろ。悪い方が泣くな」
そろりと目線だけ上げれば、姉は見た事もない恐ろしい顔をしていて再び正座し直した。
いつからこんなに逞しく恐ろしくなってしまったのだろう。
あの大人しい姉をこれ程までに怒らせてしまう事を、自分がやらかしてしまったのだ。と定史はより泣きたい気持ちになった。
お仙はふと思い出した。
「定信はどうしたん」
もう既に三発も手を上げてしまったが、自分から帰って来たこの愚弟は100歩譲って許すとしよう。私が許したからって罪が無くなるわけではないが。
しかしもう一人の大変愚かしい弟は一体どこに行ってしまったというのか。あの子のことも何発か叩いてやらなければ。
そう思い尋ねるが、定史は困ったように眉を下げまた目に涙を溜めた。
「聞こえんのか。定信は、どこに、おるん、」
お仙は正座している定史の目線の高さに合うようしゃがむと、一言一言よく聞こえるようゆっくりと発した。
「兄ちゃんは、もうだめじゃ。おかしくなってまった」
「おかしくなった?」
お仙は前の村にいた頭のおかしいお爺さんのことを思い出す。毎朝山に向かって犬のように遠吠えをし、服を着たまま小便を垂らす。
母ちゃんは「お爺さんは寂しいんよ」と訳の分からないことを言っていたが、定信もああなってしまったとでも言うのだろうか。
「兄ちゃんは村の男達とおんなじようにもう女の人に乱暴するのも、肉を食べるのも、何の抵抗も感じんようになっとる。オレにもどうにも出来んかった」
「そんな……」
あの正義感の強い定信が。にわかには信じられなかった。
定史もきっと同じ気持ちだ。定信の後にくっついて真似ばかりしていたが、それ程尊敬の念もあり今回のことは悲しいはずだ。
お仙はそっと定史を抱き寄せ後頭部を優しく撫でた。何度も何度も撫でた。
「そうか。よく無事で帰って来たね、よく無事で……」
生まれた赤ん坊を食べようとしている人達だ。この子だって殺されてもおかしくはなかったのかもしれない。
定史は姉の背にぎゅっと抱き着くと、今度こそ声を出して泣いた。沢山の人が殺された。その近くにいたのだ。酷く悲しく、恐ろしかった。
小さな頃に戻ったように泣く定史を見て、お仙は少し安心した。
「全く、男の子がわぁわぁ泣かんの」
くすくすと笑いながら頭を撫でてくれるその姉の姿は、いつも見た優しい姉そのものだった。
定史が落ち着くと、お仙は野菜のおみおつけを出してきた。
温かい湯気が揺れるのに食指が動く。肉は入っていない。
「食べて、お腹空いとるやろ」
定史は頷くと温かい汁を息を吹きかけ冷ましながら啜る。空腹の胃を満たす美味しいおみおつけの味が心も満たした。
囲炉裏を挟んで正面でお仙も同じように椀を傾けた。
「母ちゃんは無事なんやろうね?」
「お腹大っきくなっとったね。赤ちゃんおるやろ?あいつらそれ欲しいんよ。暫く大丈夫なはずじゃ」
「一回、お腹の大きな女の人ばっかし集めた部屋を見た……母ちゃんもそこに?」
「知っとったんか」
定史は驚いた顔をした。一体いつから知っていたのだろうか。
「知っとったって言うか。洗い物の帰りに見ただけじゃ。生まれたばかりの赤ん坊を男の人が取り上げてて」
あの時「もう母親と子供は再会出来ないかもしれない」と頭に過ぎったが、あの子供ももう食われてしまっただろうか。
「この村に元々建っていた家の中で女の人がまとめて生活させられとる」
「まとめて?」
「うん。身籠っとらん人、身籠っとる人って。それぞれ三軒くらいずつ家を用意しとる。オレ達は別の家で暮らして、男達が行こうと思った時に身籠っていない女の人を集めた家に行く」
定史は空になった椀をしばし見て、その様子に気付いたお仙が椀を受け取る。
「なんで母ちゃんは身籠っとらん人の家に連れてかれんじゃったの?」
お仙はその椀に再びおみおつけをよそうと定史に渡した。定史はそれを受け取り、またふうふうと冷ます。
「中におる女の人と話したら、この村を出て行くと思ったみたい。あの人らは子供を食べること知っとるから」
確かにこうなる前にお腹の子が食べられると分かっていたらさっさとこの村から逃げ出していただろう。
「もうお腹におるもんは仕方ない。出来てしまったし。母ちゃんは産んだら戻って来るんか」
「分からん。母ちゃんがあいつらに上手く言って戻って来ると良いけど」
二人は顔を見合わせ溜息をついた。
八重子が家から連れ出されお仙と定史が二人きりになると、正座をさせられた定史は頬を引っぱたかれ知ってる事を全て吐かされる。
村では人間の肉を食べていること。男達は肉を産んでもらう為に女達を孕ませているという事。自分より小さな子供を殺し骨から切り離したその肉を家に持ち帰った事。つらくなって一人で逃げ帰って来た事。
それらを伝えると定史はまた引っぱたかれた。その勢いに尻餅をつく。
お仙は自分の中に怒りやら驚きやら沢山の感情が湧いて来て、何を言えば良いのか思い付かない。
お仙は定史の前に仁王立ちし、黙って話を聞いていたがやがて震える声で尋ねた。
「あんたも、女の人に乱暴したんか」
定史はビクリと背を震わせた。お仙の顔を見ていられず顔を下に向ける。
「でも、一回しか」
ぼそぼそと小さな声で答える。最初の一度、周りの大人達に混じって行為に及んでみた。確かに気持ち良かったが、その後赤ん坊を殺す所を見せられそして手伝いをさせられ、次の機会ではそれを思い出し事に及べなかった。
パシンーー
もう一度、今までで一番強く引っぱたかれる。定史の目に涙が滲む。
「痛かったんはあんたじゃないやろ。悪い方が泣くな」
そろりと目線だけ上げれば、姉は見た事もない恐ろしい顔をしていて再び正座し直した。
いつからこんなに逞しく恐ろしくなってしまったのだろう。
あの大人しい姉をこれ程までに怒らせてしまう事を、自分がやらかしてしまったのだ。と定史はより泣きたい気持ちになった。
お仙はふと思い出した。
「定信はどうしたん」
もう既に三発も手を上げてしまったが、自分から帰って来たこの愚弟は100歩譲って許すとしよう。私が許したからって罪が無くなるわけではないが。
しかしもう一人の大変愚かしい弟は一体どこに行ってしまったというのか。あの子のことも何発か叩いてやらなければ。
そう思い尋ねるが、定史は困ったように眉を下げまた目に涙を溜めた。
「聞こえんのか。定信は、どこに、おるん、」
お仙は正座している定史の目線の高さに合うようしゃがむと、一言一言よく聞こえるようゆっくりと発した。
「兄ちゃんは、もうだめじゃ。おかしくなってまった」
「おかしくなった?」
お仙は前の村にいた頭のおかしいお爺さんのことを思い出す。毎朝山に向かって犬のように遠吠えをし、服を着たまま小便を垂らす。
母ちゃんは「お爺さんは寂しいんよ」と訳の分からないことを言っていたが、定信もああなってしまったとでも言うのだろうか。
「兄ちゃんは村の男達とおんなじようにもう女の人に乱暴するのも、肉を食べるのも、何の抵抗も感じんようになっとる。オレにもどうにも出来んかった」
「そんな……」
あの正義感の強い定信が。にわかには信じられなかった。
定史もきっと同じ気持ちだ。定信の後にくっついて真似ばかりしていたが、それ程尊敬の念もあり今回のことは悲しいはずだ。
お仙はそっと定史を抱き寄せ後頭部を優しく撫でた。何度も何度も撫でた。
「そうか。よく無事で帰って来たね、よく無事で……」
生まれた赤ん坊を食べようとしている人達だ。この子だって殺されてもおかしくはなかったのかもしれない。
定史は姉の背にぎゅっと抱き着くと、今度こそ声を出して泣いた。沢山の人が殺された。その近くにいたのだ。酷く悲しく、恐ろしかった。
小さな頃に戻ったように泣く定史を見て、お仙は少し安心した。
「全く、男の子がわぁわぁ泣かんの」
くすくすと笑いながら頭を撫でてくれるその姉の姿は、いつも見た優しい姉そのものだった。
定史が落ち着くと、お仙は野菜のおみおつけを出してきた。
温かい湯気が揺れるのに食指が動く。肉は入っていない。
「食べて、お腹空いとるやろ」
定史は頷くと温かい汁を息を吹きかけ冷ましながら啜る。空腹の胃を満たす美味しいおみおつけの味が心も満たした。
囲炉裏を挟んで正面でお仙も同じように椀を傾けた。
「母ちゃんは無事なんやろうね?」
「お腹大っきくなっとったね。赤ちゃんおるやろ?あいつらそれ欲しいんよ。暫く大丈夫なはずじゃ」
「一回、お腹の大きな女の人ばっかし集めた部屋を見た……母ちゃんもそこに?」
「知っとったんか」
定史は驚いた顔をした。一体いつから知っていたのだろうか。
「知っとったって言うか。洗い物の帰りに見ただけじゃ。生まれたばかりの赤ん坊を男の人が取り上げてて」
あの時「もう母親と子供は再会出来ないかもしれない」と頭に過ぎったが、あの子供ももう食われてしまっただろうか。
「この村に元々建っていた家の中で女の人がまとめて生活させられとる」
「まとめて?」
「うん。身籠っとらん人、身籠っとる人って。それぞれ三軒くらいずつ家を用意しとる。オレ達は別の家で暮らして、男達が行こうと思った時に身籠っていない女の人を集めた家に行く」
定史は空になった椀をしばし見て、その様子に気付いたお仙が椀を受け取る。
「なんで母ちゃんは身籠っとらん人の家に連れてかれんじゃったの?」
お仙はその椀に再びおみおつけをよそうと定史に渡した。定史はそれを受け取り、またふうふうと冷ます。
「中におる女の人と話したら、この村を出て行くと思ったみたい。あの人らは子供を食べること知っとるから」
確かにこうなる前にお腹の子が食べられると分かっていたらさっさとこの村から逃げ出していただろう。
「もうお腹におるもんは仕方ない。出来てしまったし。母ちゃんは産んだら戻って来るんか」
「分からん。母ちゃんがあいつらに上手く言って戻って来ると良いけど」
二人は顔を見合わせ溜息をついた。
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