闇喰

綺羅 なみま

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欲に逆らえない

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「定史、あの事二人に喋ったら母ちゃんも姉ちゃんもただじゃ済まんぞ」
「なんでじゃ……なんでオレらにだけ言ったんじゃ……」
もう定史は泣いてしまっていた。今まで我慢していたのだろう。もしくは自分と同様、受け入れられなかったのかもしれない。そう定信は思った。

「男手がいるからやろ。定史はもうしたくないんか。思い出してみ、またしたくなるやろ」
定信の言葉に否定を返すことができない。先程味わった熱は、もう忘れられそうにない。
「男の方が欲望に弱いから、オレ達だけ仲間にされた。肉も美味いやろ。あいつらは味方にする為に世話してくれとった。オレ達はやめられん、それが分かっとるから」
「黙っとれば、母ちゃんと姉ちゃんは本当に何もされんか?」
今度は定信が答えに詰まる。正直駄目かもしれないと思っていた。
「とにかく、何も知らなきゃ殺されはしない」
こう言うしかなかった。

二人が家の中へと戻ると、お仙がじろりと目線だけを向けてきた。定信と定史は互いに視線を交わし、黙って囲炉裏の前に腰を下ろす。
台所からは、八重子が煮込んだ肉の香りがしてきた。定史はその肉の最期の顔を思い出してしまい、わっと泣き崩れる。定信も胃の中がじんじんして、とても食事の気分ではなくなってしまった。

椀を運んできた八重子は、泣き喚く定史と真っ青な顔をした定信を見て目を丸くした。
「本当にどうしたん、あんた達」
お仙は、これはいよいよとんでもないことをして来たに違いないと眉を寄せた。
二人とも肉には手を付けようとしなかった。とてもそれを食べる気にはならなかった。
「今日はいらん」
「オレも」
二人はそういうと、いそいそと筵へ転んだ。

「おかしな子達だねぇ」
村の手伝いをし疲れきっているだろうに飯も食わず、腹は減っていないのだろうか。それに定史はあんなにわんわんと泣いて。泣く程辛い仕事をしてきたのだろうか。
お仙は本当は寝ていないくせに、とこちらに背を向ける二人を見ながら頷いた。
「母ちゃん、明日はもしおじさん達が来ても二人を行かせん方が良いよ」
「そうやねぇ。こんなに辛そうにしてるのに、無理させられないね」
コソコソと話し合う。
申し訳ないが明日は断らせてもらおう、八重子はそう考えていた。

しかし翌日。
また二人を連れに、男性が家へ訪ねてきた。
「申し訳無いけど、二人は具合が良くないみたいで……」
八重子が言いづらそうに伝えると、男性は中を覗き込む。
「大丈夫か」
こそこそと母達の様子を見守っていた定信と目が合うと、そう言葉を掛ける。
「あ、はい」
定信は村の男性と目線を合わせようとせず、小さな声で返答した。普段はこんな事無いのに、と八重子は一層心配した。
すると村の男性は低く威圧的な声で「言ったんか」と呟く。脈絡無い問い掛けを聞き取れず八重子は首を傾げた。定信を振り返ると青い顔でぶんぶんと首を振っていた。

「息子達は朝から晩まで一週間も、何をしてたんです?昨日は夜も食べずに寝てしまって」
八重子が思わずそう尋ねると、男はにこりと目だけで笑ってそのまま立ち去ってしまった。
「どの人もこの人も、一体どうしたんかね」
やれやれと言った風に奥へ入って行った八重子を見送り、定信はまだ青い顔のままその場へ座り込んだ。

「言ったんか」
先程の男性の威圧的な言葉が蘇る。
きっと言っていたらその場で殺されていた。そう思わせる顔をしていた。
だが、自分が黙っていたところで母親が巻き込まれないとも限らない。
この村の女は一所に収容されていた。定信と定史が一週間やったことと言えば主にこの女性らの面倒を見ることだった。
いずれ母もそこに入ることになるだろう。彼らにとって女性の数は多い方がいいに違いない。

最初は肉を拒んだ兄弟だったが、やがて八重子とお仙の食すその香りに我慢できなくなり、また食べるようになっていた。
いくら罪悪感があるとは言え、美味しそうな匂いを嗅げば口にしたときのぶわりと口の中に広がるあの味を思い出し手を出さずにはいられない。
あの褒美を持ち帰ってから、そろそろ食材も減ってきていた。
それだけではない。彼らは一度覚えてしまった快楽を忘れられなかった。夜になれば体が火照り、あの日の事を思い出す。暴れる女性が自分の下で大人しくなる様を思い出せば、いくらか気持ちが満たされた。

血の繋がった姉でさえ、その対象に思えた。衣の下で日に日に成長していく体を味わってみたいとよぎる日もあった。
まだ理性は残っている。
そんなことは許されないと理性に止められた。
ただ己の理性がいつまでもつのか自信はなく、早くその熱を放ちたい。他には何も考えられなくなる時もある。相手は誰だって構わなかった。

定信と定史はどちらからともなく、また手伝いに行くことを決めた。
「本当に行くんか」
八重子が握り飯を二個ずつ持たせ、心配そうに行った。
「無理せんでも、母ちゃんが行こうか」
二人は顔を見合わせ「何て事を言うんだ」と思った。
それは母を思ってだったのか、自分達を思ってだったのか、誰にも分からなかった。
「あれは、男の仕事やから」
「また褒美持って帰ってくるからな」
そう言うと心なしか軽い足取りで家を出て行った。
「あんなに泣いていたくせに」
八重子は変ねぇと首を傾げながらも、男の子はこうして成長をしていくのかしら、と無理矢理納得することにした。
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