闇喰

綺羅 なみま

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親切への見返り

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それぞれに汁を渡す。
奥さんが人数分の白米を運んでくると、いよいよ空腹は最高潮に達した。こんなに白米を保管しているなんてここのご夫婦は村の中でも位が高いに違いない、と四人は感じた。
全員、手を合わせると飲み込むように掻き込んだ。
野菜はこの村で取れたものだろうか。よく育てられていて甘かった。お仙が肉を食べたのはこれで三度目であった。幼い頃父が鶏を持ち帰ったことが二度だけあったのだ。この肉は強い弾力があり、食べたことのない味がした。

「この村もね、あそこの川が溢れてしまって何人も死んじまった」
「そうだったんですね。そんな時に良くして頂いて……」
「お互い様だよ。こんな時だからこそ助け合わんとね」
奥さんと八重子が談笑しているのを見て、お仙は「私が考えすぎていたかもしれない」と再び汁を啜った。
「畑も飼っていた豚達ももう滅茶苦茶だ」
あの水害は自分達が住んでいた村以外にも甚大な被害をもたらしていたのだ。やはりと言うべきだろうか。この村でも食糧は足りていないだろう。そのような大変な時分の中本当に優しい人達に助けられたと八重子は胸を熱くした。

程無くして旦那さんが戻ってくる。
太一たいちさんちが空いとるってよ」
その太一さんちが何故空いているかを考えると悲しくもあるが、何より水浸しになっていない部屋で眠ることが出来、病気にかかる心配をしなくても良いと思うと嬉しさが勝る。

食事を終えた四人は、何度もご夫婦に礼を言い旦那さんに太一さんちまで送られた。

太一さんちに着いた四人はようやく肩の力を抜いた。
やんちゃな定史さえも、見知らぬ夫婦の家で世話になっていると少しは緊張をする。
四人は久しぶりに家族だけの空間を得られたのだ。

「親切な人たちで良かったな」
「こうして家まで世話してもらって、礼を言っても足りないくらいだ」
二人は食材をいくらか持たせてくれた。妊娠している人がいるのだ。自分達も栄養が必要だというのに、身元の怪しい四人の面倒を見た。

最近まで使用されていたのだろう。敷かれたままのむしろに身を寄せ二組の夜着やぎを分け合う。
疲れがどっと押し寄せ、四人はすぐに眠ってしまった。

狭い村だ。四人が隣の村からやって来たという噂は瞬く間に広がって行った。翌日には近隣住民が次々に挨拶に来た。
口々に「大変だったね」「これをお食べ」と言っては自分らで育てたと言う食材を八重子達に置いて行った。

「みんな大変だろうに、本当に親切だ」
「何故こんなに食材があるのかしら」
八重子は大量に集まってしまった食材を見て、これでしばらく子供達を食わせていける、と胸を撫で下ろす。お仙はあまりの羽振りの良さに村人全員を怪しく思ってしまい、その度に厚意を悪く捉えてはいけないと自分を律した。しかし不思議な点があることも事実だった。

何せ村人の持ってくる食材はどれもとても美味しい。こんなに良い食材を他人に分け与える程この村は裕福だったのか?村人達も大雨で生活を苦しめられているはずだ。
野菜の育ちの良さもさる事ながら、この肉の旨味といったら言葉にもならない。
どうにか水難を逃れた農地が村の端にわずかに残っているようだったが畜産特有の匂いは感じられず、お仙は一体どこで家畜を育てているのだろうか、と考えずにはいられなかった。
良質な肉をこれだけの量持ってくるということは、どこかで家畜が育てられているはずだ。肉などという贅沢品も村が一個違うだけでこんなに食べられるのか。
それに今まで食べたこともない食感、味。もしかして、近くに猪や鹿が頻繁ひんぱんに出る山でもあるのだろうか。 弾力があり噛めば噛むほど美味しく感じる。最初は匂いが気になったが、これも慣れればクセになる。一度食べれば忘れる事など出来ない。もっと食べてみたいと舌が欲する。
お仙は、これ程までに執着を感じている自分が恐ろしく思えた。
自分だけではない。二人の弟も食事時になると「肉が食べたい」と血相を変える。

3日程経った日の事。この頃になると、もう知らない人が家を訪ねてくる事はなかった。というより、次々に挨拶に来てくれた為もう知らない人はいないのかもしれない。
夕方頃、中年のおじさんがやってきた。この人も以前食材を持って挨拶に来てくれた。
調子はどうかと聞くと、八重子がお蔭様でと頭を下げる。

この中年男性を含め、挨拶に来る男性の比率の高さにもお仙は不信感を抱いていた。
女性ばかり死んだのですかとは聞けないが、最初に世話をしてくれた奥さん以外に見かけた女性は僅かに二人でいずれも妊婦だった。
もしかすると男性が挨拶に来るのがこの村では普通なのかもしれない。そうでなければ女性に比べて男性が多すぎる。

そしてこの村の男性達が時折見せる獣じみた視線にも寒気がしていた。お仙ももう嫁に行ってもおかしくない年頃だ。結ばれた男女がいずれ何をするかも、女性にとって男性は安全なだけの生き物ではない事も分かっている。
しかしこれは何かが違っていた。ただ性的に見られていると言うよりは、狩られそうで恐ろしかったのだ。

この男性が定信と定史を呼んだ。
「八重子さん、体調が良くなってきていたら二人に畑仕事を手伝ってほしいのだが。畑が流されとるから、また一から作らにゃならん」
八重子は村に恩返しが出来る絶好の機会だと思った。ちらりと二人を見遣ると、久々に体を思いっきり動かせるからか役に立てそうだと思ったのか喜色が伺える。
八重子は二つ返事で引き受け、二人の息子は我こそがと飛び出して行った。

「定信と定史は暫く帰って来んって」
「暫く?畑を耕すだけやろ?」お仙は首を傾げる。「夜に畑仕事なんて出来っこない」
「色々覚えることがあるんやと」
胸騒ぎがした。お仙は嫌な事が起きている気がした。

一週間程経ち二人は大きな肉の塊を持って帰ってきた。二人が帰ってくるまで、お仙は気が気じゃなかった。母は何も思わないのだろうか、と憤りを感じる時もあった。
しかし二人は無事に帰ってきたのだ。

「これ、褒美にって……」
定信は力なく肉塊を縛る紐を持ち上げ、お仙がそれを受け取った。
二人は肌艶も良く多少逞しくなったようにも見えたが、顔色が悪い。
いつも騒がしい定史が何も言わずにまた外へ出ていく。

八重子は二人の様子がおかしい事に気が付くと、定信の肩を掴み顔を覗き込む。
「二人ともどうしたん?何か嫌な事でもあったん?」
定信は俯き何も答えない。
イジメにでも遭っただろうか。きっと余所者だと除け者にされているんだ。八重子はそう思って、定信をきつく抱き締めた。
「頑張ったねぇ」
その言葉に、定信は静かに首を振るだけだった。

二人の異変にはお仙も気が付いていた。お仙は定信に聞いても本当の事は答えないと考え、裏の井戸に向かう定史を追った。
「定史」
「、姉ちゃん」
定史はビクリと肩を震わせ、恐る恐るこちらを振り向く。
「あんたら、この一週間何しとったん」
「畑を……」
「夜までか。本当は何しとったんか言え」
普段は大人しい姉の、鬼の形相に定史は「こりゃ黙っとれん」と口を割りかける。
「何しとんじゃ」
そこへ定信が現れる。お仙が定史を追った事に気付き、心配する八重子から離れ急いで二人を追ってきたのだ。そんな様子は感じさせず、只水を浴びに来たというような出で立ちでそこに立っていた。
定信がわざとからかうように「姉ちゃんも行水に来たんか」と言うと、お仙は鼻を膨らませて部屋へ戻って行った。

お仙が立ち去りしんと静り、二人の兄弟は顔を見合わせる。定信が水を浴びると、弟もそれに従った。
「言おうとしたんか」
「ごめん、兄ちゃん……でもまだ言っとらん」
「姉ちゃん凄い顔しとったな」
「絶対気付かれとる!黙っとれん!」
「静かに」
パニックになり始める定史を冷静に落ち着かせる。
「大丈夫、気付いとるはずない」
「そうやな、そうやな」
定史は自分に言い聞かせるように何度もそうだと言った。
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