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おぎゃあからちーんまで!
しおりを挟む「カンカンカンカン! 朝ですおはよ!」
「千紗……オイ、やめて」
「ひーどい声だあ!」
心地よい睡眠を突如爆音が破壊した。オレには素敵な朝の一時なぞ存在しない。
今しがたフライパンライブをかまして寝室に上がり込んできたこの女性は、元お隣さんの日和田 千紗。
母親同士が高校時代からの親友らしく、オレたちはどんな時も一緒だった。千紗がよだれかけをしていた頃からよく知っている。
母さんがちょいちょい涙ながらに見せてくるアルバムのどこを取っても彼女がいた。
おぎゃあから今に至るまで、全ての思い出に千紗がいる。
「全く。そろそろ起きないと遅刻だよ?」
「ほん、と……高血圧女め……」
「はっはっは! わたしのお目覚めはおひさまくらい早いのだ!」
おひさまくらいは言い過ぎだろう。しかしそれでも千紗がオレより遅く起きたところを見たことがない。
「よっちゃんは本当に低血圧がすごいな」
「低血圧がすごいって、なんだ」
よっちゃんこと清水 良大とはオレのことである。
朝が苦手なオレが今までの人生で無遅刻無欠席を貫けているのは、千紗のお陰だと言っても過言ではない。
未覚醒のまま会話をしていると、ゆっくりとではあるものの段々と意識がはっきりしてくる。
鼻をくんくんと鳴らす。
「今日は随分ご馳走だな」
「特別な日だから、張り切っちゃった!」
朝食の温かい香りが半開きのドアから漏れてくる。コーンポタージュの香りが眠っていた食欲を刺激した。
千紗の中ではコーンポタージュはご馳走らしく、何か良いことがあると必ず作ってくれる。
急かされ、開かない目を無理やりこじ開けられながらリビングへ行くと、既に朝食が用意されている。
いつからだろうか。こんな風に騒がしい朝がやってくるようになったのは。あれは幼稚園の頃だったか?
「千紗ちゃんは早起きで偉いわね。良大も千紗ちゃんが起こしに来てくれたら、朝起きられるかしら」
なんて母さんが言ったもんだから、それから毎日これだ。
中学生になった頃からだっただろうか。朝食まで用意されるようになった。気付いたら我が家の合鍵まで持っていた。
それから毎日欠かさずこうしてオレにいつもの朝を迎えさせてくれる。嫌な顔一つせず。ありがたくて、一生足を向けて眠れない。
「なんか、いつもありがとな」
「やぁだ、どうしたの?」
「ん。すごく美味しい」
千紗は片手を頬に当て、えへへと照れたような仕草を見せた。
「わたしは、よっちゃんのその顔が見られれば大満足なのです」
昔からオレのためだけじゃない。色んな事に一生懸命だった。健気で、少し頑張り過ぎで、そんなところが愛しくて放っておけない。
しっかり者に見えて、彼女は無茶をするのだ。
この手料理だってそう。
「よっちゃんに美味しいものを食べさせる!」と張り切って、いのししを狩りに行こうとしていた日があった。全力で止めた。
咄嗟に「オレ、豚肉のほうが好きだ!」って言ったら、なんと養豚場へ修行に行こうとしたのだ。
優しめに言ってもちょっと意味がわからないけど、いつでもみんなを喜ばせようと斜め上に頑張ってしまう。それが千紗という生き物なのだ。
慣れれば可愛いものだ。
世界一美味しい朝食を平らげ、準備をし、本日のメインイベント開催地へと向かった。
時間より前に、特に親交の深かった高校時代の旧友たちと集まる算段になっていた。
「みんな元気にしてるかなあ」
「してるから来るんじゃない?」
「そっか」
久しぶりの再会になのか、この後のことでなのか、千紗のテンションは上がっている。オレも楽しみにしていた。
「千紗ーっ!」
到着し、車の助手席から降りた千紗を見るなり飛びついてきたこいつはシンジ。
幼い頃実はオレ、千紗、このシンジと3人でいることが多かった。
シンジは小学校の入学式と同時に引っ越してきたオレのはとこだ。シンジはあからさまに千紗のことが好きだった。
運動神経抜群で、男らしくて、何度か知らない女子に告白もされていたようだが、それでもシンジは千紗を好いていた。
「全く、騒がしいわね。相変わらず」
「生徒会長!」
「やーね、いつの肩書よ。お久しぶり、良大くん」
「お久しぶりです。お元気そうで」
「生徒会長! わたしもお元気です!」
「見たら分かるわ。なによりね」
抱き着こうとしたシンジを華麗に避け、千紗が駆け寄ったのはオレたちの母校である英高の生徒会長、しのぶ先輩。1個上の先輩で、オレたちが高2の時生徒会長だった人。
全女子生徒の憧れていた艶のある長い黒髪はバッサリと切られ、綺麗に揃えられている。
教師陣にも生徒たちにも抜群の人気を誇り、モデルのようなこともやっていたはずだ。
一時期よく生徒会室に呼び出されては、訳のわからない用件を押し付けられた。
「清水センパーイ! お久しぶりです~」
「ちょっとやめて、よっちゃんに触らないで」
「いいじゃないですかぁ。清水先輩、最後にユメと羽目を外しましょう?」
「また! そんな! おっぱい風邪引きそうな格好して!」
「痛い痛い痛い! ちーちゃん先輩痛いです!」
相変わらずの猫なで声で現れたのは、後輩のユメ。
千紗の所属していた水泳部の後輩で、県大会などにも出場し、何かと千紗に張り合っていた。
英高のマーメイドなんて呼ばれていて、ファンクラブ会員が校内外問わず出没するという噂があったが本当だったのだろうか。
よく上級生の教室にやって来ては、千紗やオレにちょっかいをかけていた。
「小野寺先輩! ぎゃああ」
「ち、千紗っ」
「久しぶりだね、日和田くん。キュートな叫び声だ」
「むきゅうう……」
千紗が花束で窒息する前に救出する。
このいけ好かない金持ち野郎は小野寺先輩。この人も元生徒会長と同じく1個上の先輩で、事あるごとに千紗を付け回していた。
この人、実家も金持ちで自分でも何か発明したとかで稼いでいる。嫌なやつだが、凄いやつだ。
いつも大人数の女子生徒を連れていたが、千紗に構うようになってそれもなくなった。
「清水くん、おめでとう」
「小林! 来てくれてありがとな。小林も、おめでとうだな」
「うん、2人目」
「ゆきりん! 久しぶり~!」
「千紗ぁ! 元気してた?」
この子は小林ゆきりん。同級生でオレが所属していた野球部のマネージャー。
とても熱心で、部員の中にも彼女に憧れるやつは多かった。
小林はキャプテンだったオレのこともよく気にかけてくれていて、大事な試合の前にお守りを作ってくれた。
今では立派に1児の母。もうすぐ2児の母になるらしい。
「あーあ、先輩たちもついに結婚かぁ」
「ユメったら。これで2人が結婚しない方が問題だわ」
「本当だよ。ここにいるオレら全員フっといて別れましたじゃ報われねーもん」
オレら全員?
「フられたのはお前だけだぞ、シンジ」
肩を叩いて笑っていると、千紗に足を踏まれた。痛い。
笑っているのはオレだけだった。え、なんで?
「はーーー。本当これだから、清水くんは!」
「とっとと幸せになれって感じ~」
「本当にこんな男で良いのかね、日和田くん」
「こんな男とはなんですか」
シンジが遠い目をした。
「あの時は驚いたよな。お前が卒業文集に書いたやつ」
「ねー、びっくりしたね! それ読んだ千紗は泣き始めるし」
「ちょっと、ゆきりん!」
「なんですかそれ! ユメ聞いてないです!」
「私も聞いていないわね」
卒業文集だからな。クラスメイトくらいしか読んでいないだろう。
内容を思い出してか、千紗は顔を真っ赤にしているが、オレも負けていないはずだ。顔が熱い。
「こいつ、「将来は千紗と結婚して一生幸せに暮らします!」って書いたんスよ」
「付き合ってもないのに! ねえ、千紗?」
「すごく、びっくりした。あれは」
「いやいや、泣かれたオレもびっくりしたわ」
オレはてっきり、オレと千紗は付き合っているものだと思っていた。しかも結婚を前提に。
「幼稚園の頃に「おっきくなったらよっちゃんと結婚します」って七夕の短冊に書いた千紗の言葉を18歳まで信じるか? 普通」
「千紗が言ったんだぞ、信じるに決まってんだろ」
めでたく両思いだったから良かったものの。違えば大事故だった。
「幼稚園の時から扱いが変わらないから、いつまでも幼馴染のままかと思ってたよ」
「そりゃあ、その時からずっと千紗しか眼中にないからな」
自我が芽生えた頃からずっと好きなのだ。態度の変わりようがない。
千紗は耳まで赤くして、オレの腕をポコポコと叩くが可愛いだけだった。
迷い無く書いたあの卒業文集をきっかけに、オレたちはやっと幼馴染を卒業して恋人同士になった。
それと同時に同棲を始め、約3年が経った今、オレたちは夫婦になる。
もちろん、親同士は泣いて喜んだ。「あの時の誓いが現実になった」とか何とか言って抱き合って喜んでいた。
母さん達だけならまだしも父親同士までもががっちりと抱き合い涙していて、大袈裟だと笑いながら千紗も泣いていた。
「清水様、そろそろ……」
「あ、はいっ」
係の人に案内されながら控室に向かう。
オレに手を引かれる千紗の笑顔は、あの頃から変わりなく一番眩しくて。卒業文集を書いた頃のオレに会ったら「とても幸せだぞ」と伝えようと思う。
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