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雪を苦しめる過去
しおりを挟む自分の部屋へ戻った雪はその場で崩れ落ちた。
ソムーアはきっと悪い人間ではない。
今日、直感で感じたのだが···。
それでも···雪は過去の恐怖からあと一歩が踏み出せない。
自分の気持ちを打ち明けたいと願うも、過去のトラウマが顔を出し···体を硬直させてしまうのだ。
信じたい···なのに···信じられない···。
どうして俺はこんなにも臆病になってしまったんだろう···。
信じたい····でもまた裏切られるのが怖い。
また···人を信じるのが怖い···。
叔父さん·····。
俺はどうしたら前に進める?
信じることが···すごく···怖い···。
でも俺···ソムーアを信じてみたいって思ってる···。
それなのに···あと一歩がどうしても踏み出せないんだ。
ガタガタ震える体をギュッと強く押さえつける。
ダメだ···このままだとまた悪い思考に支配されてしまう···。
雪は必死に今日の楽しかった出来事を思い出す。
頭に浮かぶのはソムーアの無邪気な笑顔ばかり···。
ソムーアの笑顔は俺の心を温かくしてくれる。
でもソムーアは俺の事をどう思ってるんだろう···。
俺が“流れ人”だから良くしてくれているだけだろうか···?
それとも、何か俺を利用したいから···?
いや···ソムーアはそんなやつじゃない···だけど──。
もし“アイツ”と一緒だったら···?
また悪い思考に飲まれそうになったその時···。
ソムーアの温かな優しい声が頭の中に響いた。
「また明日ね。」
優しい笑みを浮かべてソムーアが俺に言った言葉。
ソムーアのその言葉を思い出すと、急に心の中が軽くなったかのように感じる。
すると、硬直していた体から徐々に力が抜けていく。
同時に体の震えもゆっくりと落ち着いてきた。
「また···明日···か···」
また明日ソムーアに会える。
会えるということは···いきなり目の前からいなくならない証。
(また明日···。)
小さな誓いだが、その言葉を呟くと次第に心が落ち着いていくのを感じた。
雪にとって、また明日があるという事は何よりも安心できる事だったのだ。
(もうこれ以上悩むのはやめよう。今は···この言葉があればそれだけでいい。)
眠りに着く直前、雪は今日の出来事をまた思い出していた。
ソムーアとの時間は···すごく楽しかった。
久しぶりに心から笑った気がする。
もしかしたら···彼は····。
こんな俺を変えてくれるかもしれない。
たった一言でこんなに心が落ち着いたのだから··─。
彼は···他の人とは何か違うのかもしれない。
発作のように急に襲いかかる恐怖と不安。
いつもなら治まらなかった。
でも、何故かあの時···ソムーアの優しくて温かい声が俺を包み込んだ。
恐怖に支配されそうな雪の心を、優しく包み込んだのだ。
彼なら····もしかして···。
そんな事を考えながら眠りにつくと、ずっと悩まされ続けてきた悪夢をその日は一切見なかった。
────────
外の明るさに、自然と目が覚めた。
俺が目を覚ますのを見計らっていたかのように、侍女達が部屋に入ってきた。
毎朝、朝の支度を手伝いにやってくる王宮の侍女達。
嫌な表情一つしない侍女達は、とても優秀だと思う。
昨夜は、湯浴みもせずに眠ってしまったので湯浴みをする準備をしてもらった。
この世界で驚いたのは、侍女達が浴室まで入ってきた事だ。
この世界では、侍女が入浴補助をするのが当たり前の様だが···俺は当たり前じゃない。
なので、入浴補助は丁重にお断りしている。
侍女達は残念そうにしていたが···さすがにそれは譲れない。
(知らない女性に素っ裸見られるとかどんな罰ゲームなの?現代っ子にはハードルが高すぎる···)
湯浴みが終わり、着替えを済ませた俺は、天気もいいので王宮の庭園を散歩する事にした。
庭園には、見た事ある花もあれば、あちらの世界では見た事もない珍しい植物もたくさん植えられている。
庭園の花を夢中で見入っていると、ふいに誰かがものすごい勢いでこちらに向かって来る音が聞こえる。
急な事に驚いて、その場に硬直してしまった。
···そして俺は、すぐにその場から逃げなかった事を後悔する事になる。
やって来た人物の顔を見て、俺は恐怖で体が竦んでしまった。
その人物の顔は、もう二度と会いたくないと思っていた···俺のトラウマを生み出した人物と瓜二つの顔をしていたからだ。
「莉奈···ど···うして·····お前がここに····?」
俺のトラウマを生み出した女性···。
上野部 莉奈(かみのべ りな)と瓜二つの顔をした女性は、俺の顔を見るとニタリと恐ろしい笑みを浮かべた。
「あら!やっと噂の“流れ人”様とお会い出来ましたわ····。ふーん?貴方がソムーア殿下が溺愛してらっしゃる“流れ人”様ですのね。」
ニタリと品のない悪意に満ちた笑顔を浮かべる目の前の女性に恐怖し、呼吸の仕方がわからなくなるほどのパニックを起こす。
「····るな···。頼むからこっちに来ないで···!!いや···嫌!!いや···っ···」
雪はその場に崩れ落ち、呼吸もうまく出来ていないのかゼェゼェと苦しそうにもがく。
雪の異常なまでの取り乱し方を見た侍女と護衛騎士は、雪の前にスッと立つと、雪を背に隠すように庇った。
「あらあら!初対面ですのに···さすがに無礼じゃありませんこと?私まだ名前すらも名乗ってませんのに···傷付きますわぁ~。」
しかし、全く傷付いたようには見えない。
むしろ雪が苦しむ姿を楽しんでいるように見える。
「私の名前はエベリーナ・シルクスタインと申します。シルクスタイン侯爵家の長女でソムーア殿下の婚約者ですわ。」
ニタリと浮かべる笑みはまるで女狐の様に狡猾そうな残忍な笑みだった。
(ソムーアの···婚約者···?)
その言葉に、雪は完全に凍りついた。
恐怖に震え···体に力が入らず身動きが取れない。
「エベリーナ嬢···貴女は王宮に立ち入る事を禁止されているはずでは?···それにエベリーナ嬢とソムーア殿下の婚約は、とっくの昔に破棄されていると記憶していますが···?殿下の婚約者を語るなど···それこそ無礼な発言ではないでしょうか?」
いつもソムーアに付いているはずの侍女のルシエが、毅然とした態度で応戦する。
「うるさいわね!アンタには関係ないじゃない!たかが侍女ごときが私に指図しないで!!ソムーアにふさわしいのはこの私よ?この国で殿下と年も近くて、一番家格が高いのは、侯爵令嬢であるこの私しかいないわ···。私を押し退けてその座に着こうなど···身分卑しい者に殿下の婚約者が務まるわけないでしょ!」
エベリーナは、手に持った扇子を雪に投げつけようとするが、護衛騎士のルクタスが体を張って雪に当たらないように庇った。
「どうしてこんな得体の知れない男を庇うの!?本当に流れ人かどうかもわからないのにおかしいじゃない!!アンタ本当に邪魔なのよ!!アンタが王宮に来たせいで···私はソムーアに会えなくなったわ。私のソムーアの前から消えなさいよ!!」
怒り狂ったエベリーナは、近くにあるものを手当たり次第に投げつけようとするが···全てルクタスに弾かれる。
その時──。
「消えるのはお前だ、エベリーナ。誰の許可を得てここにいる?お前は王宮に立ち入る事を禁じたはずだ。今すぐここから立ち去れ」
冷気を帯びた、冷たく鋭い怒声がその場に響いた。
声の主ソムーアの、激しい怒りの籠った冷たい声と鋭い視線に、エベリーナの表情が強張った。
「な···なによ···どうしてみんなこんな奴を庇うのよ!?私は悪くないわ!!私は身の程を弁えないコイツに現実を教えてあげただけじゃない!?」
「覚えてなさいよ!!絶対アンタを許さないから!!」
そう捨て台詞を残し、ギッと雪を睨み付けると···エベリーナはその場を慌てて立ち去った。
エベリーナが立ち去ると、ソムーアは雪の元に駆け寄る。
「ユキ···っ。怖い思いをさせて本当にごめん···。」
エベリーナを見てから雪はガクガクと震え子供のように怯え、泣いていた。
端から見ても尋常じゃない怯え方をする雪に、その場にいたもの全員が雪を不安気に見つめている。
(このままじゃいけない···。)
「ユキ···部屋に帰ろう····?」
ソムーアがユキの手を取ろうとすると、ユキにパチーン!と手を叩き落とされる。
「やだ!!俺に···触ら···ないで···!!やだ!嫌だ···怖い···うぅっ···」
ユキは蹲り触れられる事を激しく拒む。
「ユキ···」
手を叩き落とされても、ソムーアは怯む事なくユキを抱きしめた。
「ユキ···!ごめん···。怖い思いをさせて本当にごめんね···。もう大丈夫だから···僕が側にいるから···お願い落ち着いて···?」
ソムーアは、暴れるユキを力いっぱい抱きしめた。
「嫌···っ···!!離せ!!離して···嫌··っ···俺に···俺に触らないで···」
それでも暴れるユキをソムーアはお姫様だっこの要領で抱え上げる。
「ユキ、嫌かも知れないけど···少しだけ我慢して?部屋まで連れていくだけだから···ねっ?」
抱き抱え上げられたユキは、突然の浮遊感に驚いて黙ってしまう。
ユキが大人しくなった隙を見てソムーアは雪を部屋まで運ぶ。
運ばれている間、ユキはずっと震えて泣いていた。
そんなユキの痛々しい姿を見て、ソムーアは血が滲むほど強く唇を噛む。
対策をしていたのに···。
ユキが傷ついてしまった。
ユキは、エベリーナを見て酷く取り乱していたみたいだと侍女とルクタスから報告があった。
もう少し雪から話を聞かなくちゃ···。
雪が落ち着くまで待つつもりだったが···もうそんな事は言ってられない。
このままでは雪の心が完全に壊れてしまう···。
雪が幸せになるには···これ以上先延ばしには出来ない。
ソムーアは雪に嫌われるのも覚悟し、雪の心の傷に触れる事を決めた。
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