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前世の推しと、語られる真実(エレノアside)
しおりを挟む前世で恋い焦がれた最高の推し。
その推しが、今···私の目の前にいる。
真っ黒で艶やかな漆黒の髪、年齢を重ねても美しく整った顔。優しげな目元に、その目元から覗く深海のような深い青色の瞳、耳に優しい低音のバリトンボイス、引き締まった美しい筋肉。
前世であれほど好きだった、推しのエヴァン侯爵が目の前にいる。
今、目の前で息をしている。
動いている···。
それなのに···。
私の胸は、どうしてときめかないの?
あれほど会いたかった推しのはずなのに···。
私の頭の中は、エリックの顔ばかり浮かぶ。
エリックのはにかんだ笑顔や困った顔。
満面の笑みを浮かべたエリックの顔ばかりが頭の中に思い浮かぶ。
どうしてなの···?
「初めまして。貴女はランバート公爵家のご息女エレノア嬢で間違いないかな?私の名はエヴァン・アーツブルグ。最近まで父が王城で一緒に働いていたからね···みんな私の事をエヴァン侯爵と呼んでいるよ。どうかエヴァンと呼んでほしい。」
実際のエヴァン侯爵は、ゲームよりももっと若々しく感じた。
「どうして私の名前を知っているの?」
ゲームでは、断罪後···エヴァン侯爵と無理矢理結婚させられて、顔を合わせるのも、その時初めてだったはず。
「私は、君のお父さんであるジョシュアの従兄なんだよ。直接会ったのは、まだ君が赤ん坊の時だから覚えていないだろうけど、君とは初対面じゃないんだよ。君の目は···お母さんのエメリアにそっくりだね。」
私の目をとても優しく見つめるエヴァン侯爵。
その優しげな瞳を見てすぐに気付いた。
エヴァン侯爵は、私の母エメリアを愛していたことに。
だから···ゲームで私を心良く妻に迎え入れてくれたのね。
愛する女性の娘だったから。
きっと、前の私なら傷ついたかもしれない。
でも···私の胸は痛まない。
それは···ああ。私はやはりエリックを愛してしまったのね。
エリックの優しさに触れ、エリックと共に過ごすうちに···私は彼を一人の男性として愛してしまっていた。
全く私のタイプではなかったのにね。
理想と、現実に好きになる人は違うって本当だったのね。
前世では、エレノアに冷たく、エレノアを裏切り、違う女性に行ったエリックが大嫌いだった。
誠実さの欠片もない王子様なんて、何の魅力もなかったから。
でもあれは、やはりゲームだったのだ。
ちゃんとエリックにも事情があり、エレノアにもまた深い事情があった。
ゲームと現実は全く違う。
ここはゲームの世界に似ているが、現実に存在する世界なんだ。
もしかしたらあの時も···エリックに何かがあった?
あれは“強制力”ではなかったとしたら?
私の頭の中はそんな考えが浮かびグルグルした。
「どうしてエレノア嬢は泣いていたのか聞いてもいいかな···?もし言いたくないのなら無理には聞かない。でも溜め込むよりはよっぽどいいだろう?」
優しくエヴァン侯爵が微笑んだ。
この人になら···全部話してもいいかもしれない。
きっとこの人は、私の話を笑わない。
きっと真剣に聞いてくれる確信があった。
それに、一人で抱えるのに限界が来ていた。
私は前世の記憶がある事、前世の乙女ゲームの事、この世界がそのゲームに似ている事を全てエヴァン侯爵に話した。
そしてエリックを愛してしまった事、今日起きた出来事と自分がどうしたらいいかわからなくなっていることを丁寧に話した。
始めは驚いていたが、エヴァン侯爵は私の話を疑わなかった。
真剣に話を聞いてくれて私の話を信じてくれた。
「その“げーむ”では、エリック殿下は、嫌がらせで私を君に押し付けたと言ったよね?」
私は、エヴァン侯爵の言葉に頷く。
「もしかしてだけど···それは嫌がらせじゃないかもしれない。」
私はエヴァン侯爵の言葉に目を見開いた。
「えっ···?それはどうしてですか?」
私はエヴァン侯爵に尋ねる。
「もしかして···だけど。その“げーむ”では、ヒロインにとってはハッピーエンドであってもエリック殿下にとっては、バッドエンドだったかもしれないからだよ。」
エヴァン侯爵が言っている事が理解出来ない。
それは、どういう意味なの?
「その“げーむ”ではエレノアの死っていうエンドはなかったんだよね?他の“おとめげーむ”では悪役令嬢の死がよくあるって言ってたけど···。」
エヴァン侯爵は何が言いたいのだろう。
「はい。確かにこのゲームにはエレノアの死はありませんでした。普通の乙女ゲームでは、ヒロインがハッピーエンドだと悪役令嬢は、国外追放や処刑や何かで命を落とすことが多いのに、このゲームでは、王になったエリックの命令で、エヴァン侯爵と無理矢理結婚させられましたね。」
私がそう説明すると、エヴァン侯爵はどうやら自分の仮説が合っていると納得したようだ。
「エリック殿下が王になってからの命令で納得できたよ。やはり“げーむ”で無理矢理エレノア嬢に私を押し付けたのは嫌がらせでも何でもない。逆だよ逆。エリック殿下は、君を守りたいから私に託したんだ。」
エヴァン侯爵は何を言っているの?
「これは、誰にでも話していい話しではない。君だから話すからどうかここだけの話にしてほしい。約束してくれるかい?」
真剣なエヴァン侯爵の表情に私は首を縦に振る。
「この国の王になった者にしか伝わらない話になるんだが···王国の影を統括する一族を知っているかい?」
急な話で私は首を横にブンブン振る。
「そうだよね。これは国王になる者にしか教えられる事はない。知っているのは、国王に選ばれた者と歴代の王とその一族の人間だけ。そう、我がアーツブルグ家は影を統括する一族。君を私に託したということは、余程の事態でエリック殿下が君を守れる状況ではなかったことを意味する。もうわかって来たかな?」
私は、今の情報を頭の中でまとめた。
「つまり···エリックは余程追い詰められた状況にいて、エレノアを守ることが出来なくなったから、一番信用出来る人間···エヴァン侯爵に“嫌がらせ”という名目でエレノアを託したということですか?」
私がそう答えると、エヴァン侯爵は頷き微笑んだ。
「そう。そして、私は歴代最強の暗殺者としての顔もある···。私に託すのが一番安全だったから、ヒロインにバレないように···わざわざ“嫌がらせ”なんて名目でエレノア嬢を守ったんだろう。つまり、ヒロインから君を守る為に一番嫌いな人間と自分は結婚し、最愛の君を私に託した。ヒロインにとってはハッピーエンドだが、エリック殿下にとってバッドエンドのなにものでもないだろう?」
ということは····ゲームのエリックもエレノアを愛していたというの?
確かにゲームでは、エリック目線がなかった。不思議に思っていたんだ。
メイン攻略対象なのに、どうしてエリック目線の話がなかったのか。
エレノアが、エヴァン侯爵と式を挙げるスチルも今見れば、遠くからヒロインと一緒にエレノアが“不幸な結婚”をする姿を見るエリックの表情は、とても悲しげにも見える。
本当に嫌がらせならば、あんな表情はしないはずだ。
きっともっとスッキリした笑みを浮かべてもいいはず···。
つまり···エヴァン侯爵が言うように、エリックにとってはバッドエンドだったと···。
それならあのスチルの表情は納得できる。
私は、エリックを誤解していたのかもしれない。
自分の殻に籠りすぎて、自分が傷付かないように、エリックを遠ざけようとばかり考えていた。エリックを近くで見ていればわかったはずなのに。
ゲームのシナリオを過剰に恐れ、見るべき真実を見ようとしなかった。
私はエリックの本当の気持ちにも気付かず、エリックを傷付け続けていたのかもしれない。
ちゃんと向き合って真剣に話せばそんな人間ではないことがわかったはずなのに。なんて愚かだったんだろう。
エリック···。
今まで本当にごめんなさい。
今からでも間に合うだろうか?
前世での推しに出会ったことで、私は大事なことに気付いた。
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