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変わってしまった婚約者2(エリックside)

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彼女が目覚めたとの知らせが入り、慌てて彼女の家へ向かうが「お嬢様は、まだお話ができる状態ではございませんのでお引き取りを···」と門前払いされてしまった。

まだ···体調が良くないのだろうか?

彼女が階段から落ちたあの瞬間、私は頭が真っ白になり記憶があやふやだ。

ただ覚えているのは、ガツンという鈍い音とともに頭から血を流し、動かなくなる彼女。

血の気を失い、顔は真っ青だった。


私は慌てて彼女を抱き寄せ、周りで見ていたメイドに指示を出し、すぐに医者を呼んだ。

運ばれて行く彼女を、ただ見ているしかできなかった。

かなり血を流していた···。
顔もあんなに真っ青になって···。

彼女がもう二度と目覚めなかったら?と不吉な考えが過る。

彼女にもう会えないかもしれない···。
そう思ったら、手が震え、体は恐怖に硬直した。

どうやって呼吸をしていたのかわからなくなり、息がうまく出来ない。

そこで私の意識は途絶えている。

彼女が、目の前で大ケガをしたショックに耐えきれず、その場で倒れてしまったみたいだ。

彼女が助かったことは、奇跡だったのかもしれない。
それほどの大ケガをした。

あんな大ケガをして···後遺症などは残っていないだろうか。

もしかして、そのせいで会えない··?
彼女は、本当に無事なのか···?

思考は、悪い方へ悪い方へと引き摺られる。

自ら動かなければ、もう二度と彼女に会えない。
そんな予感がした···。

すぐに、父である国王陛下への謁見を求めた。
私は、父に全てを話した。

彼女に冷たい態度を取り続けてしまった事。
私が側にいたのに、大ケガをさせてしまった事。

どうして彼女にあんな態度を取ってしまったのか···。
その始まりの記憶があやふやな事も。

そして、気づいたばかりの本当の気持ちと反省と後悔を···。

私は、父に叱責される事を覚悟していた。

しかし、その日初めて父が涙を流した。
そして···、泣きながら私に謝ってきたのだ。

父は、エレノアが···。
彼女がなぜ変わってしまったのかを話してくれた。

淑女教育が始まったばかりの頃、彼女の母親が病で倒れた。

その頃、長く争っていた隣国とやっと休戦条約を結ぶ事が決まり、記念のパーティーが開催される予定があった。

彼女との婚約は、幼い頃からの婚約ではあったが、彼女の身を守る為、この年まで彼女との婚約は秘されていた。

休戦条約のパーティーが決まったのが、婚約発表後の事であった為、隣国の王家が総出で参加するのに、私の婚約者であるエレノアが欠席するわけにもいかず、彼女を実家に帰してあげる事ができなかった。

周りも、彼女の母親は、すぐに元気を取り戻すと思っていたのもあったのかもしれない。

だから、エレノアが母親の側にいたいという気持ちよりも、淑女教育と王妃教育を優先させてしまった。

あの時、彼女の気持ちを思えば、無理強いするべきではないとわかっていたはずなのに···。

判断を誤ったのだ。

父であるランバート公爵も、国の公式な行事だったので、それを理解し、その決定に抗議はしなかった。


全てのタイミングが悪すぎたのだ。


そして、エレノアは···。
そのせいで···母親の最後に立ち会えなかった。

淑女教育と王妃教育を強行したせいで、大切な母親との時間を奪ってしまった。

あの頃のエレノアは13歳···。
つらい王妃教育と、厳しい淑女教育を詰め込みで学ばされ、最愛の母が、病で苦しんでいても帰るどころか···会うことすら許されない。

そして、全ての行事が終了するまで、母親の死を知らされる事もなかった。

彼女の心を折るには、十分すぎた。
結果···彼女から、笑顔を奪う事になってしまったのだ。

それどころかエレノアは、母親の最後を見届けられなかった事、そして母親の死に酷くショックを受け、一時的な記憶喪失になってしまった。

私がその辺りの記憶が曖昧だったのは、彼女が私の事を一時的に忘れてしまったショックから···。
私もまた、現実を見る事ができない状況に陥ったからだったのだ。

無表情な顔で「貴方は誰?」と首を傾げる彼女の顔は、私の知らない人間みたいだった。

大好きだった彼女の···光のない、絶望に染まった瞳が怖かった。

私の存在が、彼女の中から全て失くなってしまった事は、あの時の私にはとてもショックで···現実を受け止める事が出来なくなり、自分の記憶に蓋をして、思い出さないように記憶の底に閉じ込めたのだった。

「エレノアとエリック二人を傷つける結果になってしまった。
私達大人の勝手な都合で···。お前達のその後の関係にも影を落とすような歪みを残してしまった事···本当にすまなかった。」

父は私の手を握り、涙を流しながら謝ってきた。
こんなに取り乱した父は···初めてだった。


あの時の記憶を今···。鮮明に思い出す。


だから私は、彼女が自分を忘れてしまう事を、彼女の中から、私への思いが失くなる事を極度に恐れていたのか。

彼女が記憶を取り戻した頃、母がいなくなった寂しさからか、彼女は私に執着するようになった。

私が素っ気なくする事で···彼女は私を見てくれる。
彼女の瞳に私を映してくれる。

私を···忘れないでくれる。
完全に歪んでしまっていた。

忘れられる事への恐怖から···私は、あんな身勝手な行動を取るようになったのか。

「彼女に二度と忘れられないように」との一心で···。
間違った方向に努力した結果が、今のこの状態···という有り様なのか。


私は大切な気持ちを忘れてしまったまま、彼女に酷い態度を取り続けていた。

なんて愚かなのか···。


その話を聞いて、ますますこのまま会わずに終わる事は絶対にダメだと思った。

やり直す事が···たとえ無理でも、私は彼女と話をしなくてはいけない。そう強く思った。


私は、今までの事を全てランバート公爵に会って話し、謝罪した。

それから、今までの事を誠心誠意説明し、謝罪をすると···ランバート公爵は、渋々ではあったがやっと彼女に会わせてくれた。

やっと彼女に会えたが、手遅れだった事を悟った。
彼女は、まるで別人のように変わってしまっていたからだ。

彼女の瞳には、私への気持ちは全く残っていなかった。
それどころか、私の顔、名前···様々な事を覚えていなかったのだ。

前は、“エリック様”と優しく名前を呼んでくれたのに···。彼女は、私を“王太子殿下”と呼んだ。

もう···私を追いかけてくれた、私を想ってくれた彼女はいない。

あの瞬間、彼女は全てを諦めたのだろう···。
私の“思い出の中のエレノア”は消滅してしまった。


きっと、これは罰なのだ···。

彼女を蔑ろにし続けた自分への罰は、一番恐れていた形で返って来た。

立場は、完全に逆転してしまった。

今度は、私が···彼女を追いかけよう。
彼女が、一生懸命歩み寄ってくれたように。

今まで、彼女が私に尽くしてくれた分以上に···今度は、私が彼女に尽くそう。

私はずっと、現実から逃げ続けてきた。
もう逃げない。逃げるのは終わりにしよう。

例え、もう君の心に私がいないのだとしても···。
私は、私だけは···君を思い続けよう。

もう二度と君を一人ぼっちにしない。

私の残りの人生全てをかけて。
君を必ず幸せにしよう。

エレノア···今まで一人つらい思いをさせてしまってすまなかった。

これが···。私のできる唯一の償いだと思う。









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