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とても温かい人でした。
しおりを挟むさすがに起こした方がいいよね?
しばらく、気持ち良さそうに眠るイクスを見ていたが、さすがに起こした方がいいと思い、声をかけた。
「気持ち良く寝てる所ごめんなさい。起きてください。」
軽く肩を揺すり、声をかけるが、イクスはむにゃむにゃとまだ少し寝惚けているようだ。
( 男性に言うべき言葉ではないけど···可愛い。)
思わず、フフッと笑ってしまった。
なんだろう。この方といるととても落ち着く。
気持ちが穏やかにいられる。
イクスの飾らない人柄は、すり減った心を癒してくれるような不思議な温かさがある。
エリザベートはもっと目の前の青年の事が知りたいと自然と思っていた。
「 うわっ!?もう暗くなってる···色んな事話したいと思ってたのに。眠ってしまって申し訳ありません。せっかくの王女の貴重な時間を無駄にしてしまいました。」
落ち込む彼に、飼い犬の叱られた時の姿が重なる。
「 私が眠ってしまったせいなのだから、気にしなくて良いのよ。むしろ、私が眠ってしまったせいだから。こちらが謝る方でしょう···?眠ってしまってごめんなさい。そして、ソファーまで運んでくれてありがとう。」
私がそう言って、ニコリと微笑むと、彼の顔が赤くなったような気がしたのは気のせい?
日が落ちて、少し肌寒いのかもしれない。
風邪をひいたのではなければいいけど···。
申し訳ないことをしてしまった。
「 挨拶も出来ずに眠ってしまってごめんなさい。私はエリザベート・エルガドル。どうかエリザベートと呼んで下さい。」
私が自己紹介すると、イクスは臣下の礼を取る。
「私はブルクミュラー公爵家次男。イクス・ブルクミュラー。どうかイクスと気軽に呼んで下さい。」
自己紹介するとイクスはフワッと笑う。
イクスの纏う、柔らかい空気に私も思わず笑みが溢れた。
「今日エリザベート様が、何の為に私を呼んだのか理解してます。どうか私を貴女の夫にして下さい。私は、貴女を守る覚悟を持ってここへ来ました。」
私は驚いて目を見開いた。
他の夫候補にも打診したが、誰も即答はしなかったのに···。
イクスは私が打診する前に、話す内容を理解し、イクスから夫にしてほしいと言ってくるとは思わず、逆に驚かされた。
「 ずっと王宮に閉じ込められ、味方もいない状態で不安だった事でしょう。私は、貴女の心に寄り添い、貴女を守る盾になりたい。どうか私の前では無理をせず、その思いを吐き出してくれたら嬉しいです。」
そう言うと、イクスは照れくさそうに笑った。
今まで···こんな事を言われたのは初めてだった。
両親にさえ見捨てられたのに。
涙が無意識に溢れていた。
冷えきった心が、じんわり温かくなる。
まるで氷を溶かすように···。
急に涙を流した事に驚き、イクスは慌ててしまった。
あっ!ハンカチ···!と慌てるイクスに思わずふっと笑ってしまう。
イクスが、涙を拭ってもいいですか?とおずおずと聞いて来たのでコクリと頷く。
宝物を傷つけない様にするかの如く、イクスは私の涙をハンカチで拭ってくれた。
「ごめんなさい···。今までそんな事を言ってくれた人がいなかったから、嬉しくて泣いてしまったの。」
涙が落ち着いて、イクスにそう伝えると、イクスがいきなり土下座したのだ。
私は驚いて、イクスの前にしゃがみ込むと、イクスと目線を合わせた。
「 イクス。お願い···。顔を上げて?」
それでもイクスは、頑なに頭を上げようとしない。
「 エリザベート様に言わなければならない事があります。今日お会いする前に、貴女との結婚は嫌だと、父に言ったのです。貴女に関する良くない噂を信じて、貴女を誤解したんです。こんなに純粋な方だと言うのに···噂を信じて。本当に申し訳ありません。」
そう話すイクスは、今にも泣き出しそうな表情だった。
その噂は、私も知っている。
私を知らない人間ならば、信じても仕方がないと思う。
私は表に出ることはできないし、その噂を止められない、止める力のない私の責任だ。
噂の出所を探り、噂を流した者を突き止め処罰しなければ、噂を肯定するのと同じだ。
だけど、まだその権限が私にはない。
まだ女王になってはいないから。
その権限は父にある。
それに、父が私の為に動くとは考えられない。
父が私の為に動くような人間であれば···今頃、こんな事で悩んでいるはずはないのだから。
力もない···。
ずっと王宮に押し込められていた為に、
味方がいないのだ。
「それは、噂を止める力のない私の責任よ。噂を信じてしまったイクスに罪はないわ。言わなければ、私はわからなかったのに。貴方は私に嘘を付かず、誠実
に語ってくれた。そんなイクスの誠実さが好きよ。話してくれてありがとう。」
「イクスお願い···。顔を上げて?私、イクスの顔を見て話がしたいわ。」
私が優しく語りかけると、イクスは顔を上げた。イクスの目には涙が浮かんでいた。
「 ふふふっ···私達二人共泣き虫ね。今度は私が貴方の涙を拭う番。こうしてちょっとずつでいい。お互いの事を知り、本物の夫婦になりましょう?貴方となら、いい夫婦になれそうな気がする。」
二人顔を見合わせると笑った。
お互い酷い顔だったからだ。
「私も貴女となら、いい夫婦になれる気がします。」
イクスの頬が赤く染まる。
「先ほどのお返事を今すぐ伝えてもいいかしら···?ぜひ貴方に夫になって貰いたいわ。特殊な婚姻だけどイクスは大丈夫?夫が他にもいるなんて···嫌じゃない?」
私が不安気に聞くと、イクスは私を抱きしめた。
「他にも夫がいる事は、正直少し不安だけど···。それでも私は貴女の側で貴女を守りたい。それに、それはエリザベート様だって一緒だろ?不安に思ったり嫌なことは、私の前でだけは我慢しないでほしい。貴女は何も悪くないのだから。私が側にいるから。どうか私の前では素のエリザベート様でいてほしい。」
温かい···。
イクスの腕の中はなんて心地がいいのだろう。抱きしめられる腕のたくましさ、その腕の中にいる温かさ。
私はもう···イクスを離してあげられないかもしれない。この温かさを知ってしまったら···。
「イクス···。二人でいる時は、エリザと呼んでほしい。敬称はいらない。貴方の前でだけは、ただのエリザでいてもいい?王女ではない、ただのエリザでいたいの。」
私がそう言い切る前に、イクスはギュッと強く抱きしめてきた。
「エリザ。」
彼に耳元で名を呼ばれドキッとしてしまう。
心臓の音聞こえてしまいそう。
抱きしめる彼の胸に身を委ねた。
しばらくそうして抱き合っていると···。
「ゴホン··。」
侍女のアネットの咳払いが聞こえた。
すっかり忘れていた···。
侍女のアネットもずっと室内にいたのだ。
ガバッと私達は体を離す。
恥ずかしい····ずっと見られていたのに私ったら···。
イクスも顔を真っ赤にしてあたふたしている。
慌てふためく私達を見て、珍しくアネットが笑った。
「今日の事は、見なかった事にします。イクス様···。どうかエリザベート様の事をよろしくお願いします。」
母からの愛情を得られなかった分、アネットは、まるで母のようにたくさんの愛情を注いでくれた。私からすれば、本当の母親よりも、アネットの方が母親だと思っている。
そんなアネットの言葉に胸が温かくなった。
日が暮れてしまったので、今日はお開きになった。
婚姻の話はこのまま進める事になり、後日ゆっくり話そうと約束し、イクスは帰って行った。
先ほどのイクスのぬくもりが、まだ残っているように感じて···また胸がドキドキしてしまった。
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