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第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
第三十六話: 止まれ! 暴走にご注意
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村の皆からの頼まれ物やおみやげ等、細々とした買い出しのため城郭都市モットスの大広場へやって来た僕たちは、手始めに前世のフリーマーケットを思わせる露店を巡っていた。
「もうあらかた見て回ったかな?」
「靴、買いに行く?」
「え? あー、それはともかく、そろそろ大通りの方に向かおうか」
と、歩き出した僕の目が、何故か、一つの露店の店先に釘付けとなった。
風除けに張られた幕の奥、見慣れない食べ物を出している屋台風のテーブルだ。
大きな鉄板が置かれ、肉と野菜が雑に焼かれている……いいや、気になったのはそこじゃない。
『この匂い、もしや』
「ゴクッ……もしかするね! ねえ、おじさん、ちょっといいかな? これって――」
周りで訝しげな表情を浮かべるジェルザとアドニス司祭を余所に、露店の店主へと詰め寄り、肉野菜炒めっぽいピラフがジュージュー音を立てている鉄板の方に手を伸ばそうとしたとき。
――ヒヒヒイー……ィン!
突然、高らかな嘶きが広場全体に響き渡った。
「うおぁっわあっ!?」
そちらへ目をやれば、やや間の抜けた猛禽の前半身と荒馬の後半身を持つ奇妙な魔獣が一頭、棹立ちとなり、背に乗っていた若い男を後ろへ振り落とす様子が見て取れた。
後ろ脚で立ち上がり、前脚で空をかいた魔獣――馬脚トンビイが、勢いそのまま走り出す。
大きな翼を左右に広げ、尖ったクチバシを真っ直ぐ前へ伸ばし、四足の蹄で石畳を叩っ蹴る。
「まずいねえ! あのヒッポグリフもどき! こっちに向かってくるよ!」
「わあ、イーソー! 落ち着いて!」
まるで僕らの羽車を目指しているかのように一直線に駆けてくる馬脚トンビイを警戒したのか、僕らのモントリーたちも翼を広げ、「ヂュヂュヂュ、ヂュッ」と威嚇の鳴き声を上げ始めた。
周りを固める【真っ赤な絆】の三人組も防御陣形に移り、大広場の空気が一気に剣呑さを増す。
「暴れ馬だあ!」
「端に避けろーっ! そこのアンタらも早く!」
人々が逃げ惑い、ごった返していた人混みに馬脚トンビイのための走路が開かれていく……が。
『目立たないようにやれよ、楽天家』
「分かってるって。風の精霊に我は請う、しっかり受け止めろ」
空いた路の真ん中に【大気の壁】をこっそり張れば、暴走の勢いは見る見るうちに弱まった。
大きな双翼とワシの頭を象った被り物も、向かい風に煽られて背の鞍もろとも吹き飛ぶ。
それでもなお暴れ馬は昂奮覚めやらず、口の端から泡を漏らして激しく嘶いたものの……。
「ガアアアッ!! 大人しくしなっ!」
「――レエンパエマよ、聞き届け給え。彼の者の荒ぶる心に平穏あらんことを。確と聖覧あれ!」
武技【威風】の効果を乗せたジェルザの呼号、更にアドニス司祭の神聖術【鎮静】を受けると「ぶるるる」と息を吐きながら目を伏せ、その場にゆっくり蹲ったのだった。
しかし、騒動はまだ終わらない!
ホッと弛んだ大広場の空気をかき乱すかのように、突如として一台の馬車が飛び込んできた。
僕らのモントリーが牽いている幌付きの荷馬車とは異なり、小型の一頭立てながら屋根と扉を備えた立派な乗用馬車が、通りから速度を落とさず、広場の人混みに対する配慮すらも見せず、奔馬が拓いた走路をこれ幸いと真っ直ぐこちらへ走ってくる。
そこでようやく進路を塞ぐ暴れ馬(元)と僕ら一行の存在に気付いたのか、御者は少しばかり焦った様子で手綱を引き、ほんの数メートルほど先で急停車させた。
「なんだ、貴様ら! 邪魔だ! 道を開けろ! ベイン・トンヅの馬車であるぞ!」
「『なんだ』はこっちのセリフさ! 通りは向こうだよ! 広場の中じゃ馬車の速度は緩めな!」
開口一番、白髪交じりの口髭をたくわえた神経質そうな御者が居丈高にまくしたててくるも、すかさずジェルザが返した通り、その言葉は完全にお門違いである。
ここは馬車がそのまま走行できる大通りではなく、露店と歩行者でごった返す広場なのだ。
現在はたまたま、暴れ馬によって人混みが大きく切り開かれていたに過ぎない。
「指図する気か、生意気な蛮族女め! この馬車はベイン・トンヅの――」
「ハッ! 貴族だったら尚更ルールは守るんだね! ここの領主さまはティノ・オギャリイさ! ベオ・トンヅじゃないよ! ついでに言っとくとアタシは中級冒険者【草刈りの大鎌】ジェルザ! 文句があるなら相手になってやろうかい!?」
「……くっ、中級か」
ベイン……ということは、この馬車には、僕と同じ男爵に縁《ゆかり》の者が乗っているわけだ。
ちなみに、トンヅ男爵は我がエルキル男爵領の北東に領地を持つお隣さんである。
「おい! 今、大鎌のジェルザと聞こえたぞ? 開けろ」
「はっ!? ははっ、おぼっちゃま、ただいま」
押し問答の最中、馬車の中より響いた声に、チョビ髭の御者は慌てて御者台を飛び降りる。
そして馬車の側面扉を開け放つ……と、現れたのは十五六歳に見える小太りの少年だった。
「……ここは、下賤な市か? どこを見てもゴミだかガラクタだか分からん物ばかり……案外、オギャリイ城爵領も田舎だな。おわっ!? 汚らしいモントリーまでおるではないか! お~ぉ、トリ臭い! トリ臭い!」
ぐるりと周囲を見渡した少年は、嫌悪感たっぷりに顔を顰めて吐き捨て……。
『まずい! ま、待て、落ち着け――』
「ああん? 今なん言った?」
虎の尾、獅子の尾……いや、それはまさに人面獣の毒針尻尾を踏むが如く。一触即発の空気を生み出してしまう。
「もうあらかた見て回ったかな?」
「靴、買いに行く?」
「え? あー、それはともかく、そろそろ大通りの方に向かおうか」
と、歩き出した僕の目が、何故か、一つの露店の店先に釘付けとなった。
風除けに張られた幕の奥、見慣れない食べ物を出している屋台風のテーブルだ。
大きな鉄板が置かれ、肉と野菜が雑に焼かれている……いいや、気になったのはそこじゃない。
『この匂い、もしや』
「ゴクッ……もしかするね! ねえ、おじさん、ちょっといいかな? これって――」
周りで訝しげな表情を浮かべるジェルザとアドニス司祭を余所に、露店の店主へと詰め寄り、肉野菜炒めっぽいピラフがジュージュー音を立てている鉄板の方に手を伸ばそうとしたとき。
――ヒヒヒイー……ィン!
突然、高らかな嘶きが広場全体に響き渡った。
「うおぁっわあっ!?」
そちらへ目をやれば、やや間の抜けた猛禽の前半身と荒馬の後半身を持つ奇妙な魔獣が一頭、棹立ちとなり、背に乗っていた若い男を後ろへ振り落とす様子が見て取れた。
後ろ脚で立ち上がり、前脚で空をかいた魔獣――馬脚トンビイが、勢いそのまま走り出す。
大きな翼を左右に広げ、尖ったクチバシを真っ直ぐ前へ伸ばし、四足の蹄で石畳を叩っ蹴る。
「まずいねえ! あのヒッポグリフもどき! こっちに向かってくるよ!」
「わあ、イーソー! 落ち着いて!」
まるで僕らの羽車を目指しているかのように一直線に駆けてくる馬脚トンビイを警戒したのか、僕らのモントリーたちも翼を広げ、「ヂュヂュヂュ、ヂュッ」と威嚇の鳴き声を上げ始めた。
周りを固める【真っ赤な絆】の三人組も防御陣形に移り、大広場の空気が一気に剣呑さを増す。
「暴れ馬だあ!」
「端に避けろーっ! そこのアンタらも早く!」
人々が逃げ惑い、ごった返していた人混みに馬脚トンビイのための走路が開かれていく……が。
『目立たないようにやれよ、楽天家』
「分かってるって。風の精霊に我は請う、しっかり受け止めろ」
空いた路の真ん中に【大気の壁】をこっそり張れば、暴走の勢いは見る見るうちに弱まった。
大きな双翼とワシの頭を象った被り物も、向かい風に煽られて背の鞍もろとも吹き飛ぶ。
それでもなお暴れ馬は昂奮覚めやらず、口の端から泡を漏らして激しく嘶いたものの……。
「ガアアアッ!! 大人しくしなっ!」
「――レエンパエマよ、聞き届け給え。彼の者の荒ぶる心に平穏あらんことを。確と聖覧あれ!」
武技【威風】の効果を乗せたジェルザの呼号、更にアドニス司祭の神聖術【鎮静】を受けると「ぶるるる」と息を吐きながら目を伏せ、その場にゆっくり蹲ったのだった。
しかし、騒動はまだ終わらない!
ホッと弛んだ大広場の空気をかき乱すかのように、突如として一台の馬車が飛び込んできた。
僕らのモントリーが牽いている幌付きの荷馬車とは異なり、小型の一頭立てながら屋根と扉を備えた立派な乗用馬車が、通りから速度を落とさず、広場の人混みに対する配慮すらも見せず、奔馬が拓いた走路をこれ幸いと真っ直ぐこちらへ走ってくる。
そこでようやく進路を塞ぐ暴れ馬(元)と僕ら一行の存在に気付いたのか、御者は少しばかり焦った様子で手綱を引き、ほんの数メートルほど先で急停車させた。
「なんだ、貴様ら! 邪魔だ! 道を開けろ! ベイン・トンヅの馬車であるぞ!」
「『なんだ』はこっちのセリフさ! 通りは向こうだよ! 広場の中じゃ馬車の速度は緩めな!」
開口一番、白髪交じりの口髭をたくわえた神経質そうな御者が居丈高にまくしたててくるも、すかさずジェルザが返した通り、その言葉は完全にお門違いである。
ここは馬車がそのまま走行できる大通りではなく、露店と歩行者でごった返す広場なのだ。
現在はたまたま、暴れ馬によって人混みが大きく切り開かれていたに過ぎない。
「指図する気か、生意気な蛮族女め! この馬車はベイン・トンヅの――」
「ハッ! 貴族だったら尚更ルールは守るんだね! ここの領主さまはティノ・オギャリイさ! ベオ・トンヅじゃないよ! ついでに言っとくとアタシは中級冒険者【草刈りの大鎌】ジェルザ! 文句があるなら相手になってやろうかい!?」
「……くっ、中級か」
ベイン……ということは、この馬車には、僕と同じ男爵に縁《ゆかり》の者が乗っているわけだ。
ちなみに、トンヅ男爵は我がエルキル男爵領の北東に領地を持つお隣さんである。
「おい! 今、大鎌のジェルザと聞こえたぞ? 開けろ」
「はっ!? ははっ、おぼっちゃま、ただいま」
押し問答の最中、馬車の中より響いた声に、チョビ髭の御者は慌てて御者台を飛び降りる。
そして馬車の側面扉を開け放つ……と、現れたのは十五六歳に見える小太りの少年だった。
「……ここは、下賤な市か? どこを見てもゴミだかガラクタだか分からん物ばかり……案外、オギャリイ城爵領も田舎だな。おわっ!? 汚らしいモントリーまでおるではないか! お~ぉ、トリ臭い! トリ臭い!」
ぐるりと周囲を見渡した少年は、嫌悪感たっぷりに顔を顰めて吐き捨て……。
『まずい! ま、待て、落ち着け――』
「ああん? 今なん言った?」
虎の尾、獅子の尾……いや、それはまさに人面獣の毒針尻尾を踏むが如く。一触即発の空気を生み出してしまう。
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