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第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
第三十五話: ぶらぶら歩こう大広場
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僕ら一行がまず向かったのは大広場に面して軒を構えている大きめの店舗――運送屋だった。
この世界では荷物や手紙をどこか別の土地へ送ろうと思ってもそう気軽には行かない。
なにせ、主要な町に通っている街道を除けば、路と言っても獣道に毛が生えた程度の荒れ小道、しかも恐ろしいモンスターまでが跋扈するのだ。
普通の村人は疎か、多少腕に覚えのある猛者だろうと、出歩くだけでそれなりの覚悟を要する。
行商人や冒険者にでも頼んで運んでもらうのが一般的だが、彼らは忙しく、別に目的を持つ身、配送事故は当たり前と見るべきだ。確実を期すなら報酬を呈示して依頼しなければならない。
一番楽なのは、自分自身か信用の措ける知り合いに旅慣れた者がいる場合だろう。
小さいながらも腕利き揃いで騎羽までいる我が開拓村は、この点では非常に恵まれていた。
『いや、曲がりなりにも貴族の直轄地だからな。当然なんじゃないか?』
さておき、そんなこんなで不便な郵便事情ではあるものの、流石に遠くの配送先までいちいち、毎回、直接、運んでいく必要はなかったりする。
こうした町にさえ辿り着ければ、平民でも格安で利用可能な国営の運送屋が存在するのだ。
「えっと……ジェルザ、出す手紙はそれだけで全部でしたっけ?」
「ああ! こんだけだよ! 少ないのは、昨日のうちにいくらか片付けちまったからだね!」
「それじゃあ、後は受け取りをしたら、ひとまずお役目終了か」
逆に、他所から送られてきた手紙や荷物の受け取りも最寄りの運送屋で行うことができる。
以前は数ヶ月おきに村を訪れる行商に任せていた配送も、人手に多少の余裕ができた昨今では、こうして自分たちの手で行えるようになって格段に利用頻度が増してきた。
「エルキル男爵領ですね。……ただいま三十七件、お預かりしています」
例によってエルキル家の紋章入りメダルを受け付けで見せ、手紙や荷物を照会してもらう。
『ずいぶん溜め込んだな。まぁ、村全員、ひと月分の郵便物と思えば、これでも少ないか?』
「重要度と緊急性によっては冒険者組合を経由して届いたりもするんだけど……あ! それ!?」
「んん! えらくでかい木箱だねえ! なんだい、王家の封蝋が付いてるよ!」
「やったあ! これ、きっと、頼んでた【送風】の魔道具だよ!」
『ははっ! まさか、こんなに早く届けてもらえるなんてな! この乾期の盛りに』
先頃、領主屋敷の手持ちを壊してしまい、王都の工房に発注しておいた扇風機である。
魔道具の購入には煩雑な手続きが伴うため、まだ配送まで数ヶ月は掛かると踏んでいたが。
「三台もあるよ!? これは、ヘタなおみやげより、よっぽど皆に喜ばれそうだなぁ」
受け取った荷物や手紙を丁重に羽車の荷台へと積みこみ、ホクホク顔で運送屋を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
再び大広場、羽車から降りた僕とファルーラは、アドニス司祭とジェルザをお供に露店を巡る。
「フフ……先に一通り、こちらを見て回るのも悪くはないかと思いますよ」
「店より安く珍しい物が手に入るからねえ! だけど変な物を掴まされないよう気を付けな!」
雰囲気は、前世で言うノミの市――フリーマーケットを思わせる。
そこかしこで適当なテーブルやむしろ的な敷物が広げられ、多くの品物が並べられている。
昨日、ファルーラと見た下層エリアの露店は古着や古雑貨、正体不明の草や石ばかりだったが、こちらは加えて工芸品や書物、植物の種苗、飲食物……など、非常に多種多様だ。
大道芸人や演説、皮革や金属の修繕をする見習い職人、散髪や爪切り、按摩師までいる。
売り手、買い手、通行人……この大広場全体でざっと五〇〇人ほどだろうか。
大八車や荷馬車なども少なからず行き交っているため、実際の数以上の人混みに感じられた。
「あ、なんだかいい匂いの蝋燭がある。クリスが喜びそう」
『さっきの対になったブローチなんて、双子が喜ぶんじゃないか?』
「うーん、全部買っちゃおうかな。どうしようかな」
貴族の子息である僕は、まだ数えで九歳という年齢の割にそこそこ小金持ちである。
村ではあまり使い道がなく貯まる一方だった金銭、今日は思いきって使う絶好の機会だ。
『とは言え、手当たり次第に何でも買えるほどの金額ではないからな。悩むのもいいさ』
歩きながら食べられるような物をファルーラに買い与えて大人しくさせつつ、露店を見て回る。
どれも村では手に入らない物ばかり、大した品ではなくても、ついつい目移りしてしまう。
「この香炉! なんだか好い感じじゃない? ジェルザ、どう思います?」
「ハッ! 十四バロウスはないね!」
「へんなのー」
「フフ……掘り出し物の雰囲気は窺えますよ。夢を買うのもよろしいかと」
ちなみに、バロウスは青銅貨の単位であり、一枚で軽食くらいなら出してもらえる。
ざっくり前世の貨幣と照らし合わせると五〇〇円くらいの価値と言えるだろうか。
少し造形が気に入った七、〇〇〇円の香炉……そう考えると買う気が失せてきてしまうな。
「うーん、ホベウス二枚くらいなら欲しいけど」
「おいおい、坊ちゃん! そんなんで売ったらオイラ干上がっちまうよ」
ホベウスは銀貨。価値はおよそ二、五〇〇円といったところ……二枚で五、〇〇〇円だな。
「二銀貨に……このクズ魔石と、この透明なカタツムリの殻を付けたらどう?」
「むっ、透明な殻はちぃと珍しい屑貨だねえ。よし! いいよ! 売った!」
屑貨というのは貨幣代わりに利用される様々な奇石のことである。
雑魚モンスターの魔石、そこらで拾った珍しい石、鉄屑・ガラス片……基本的に何でもありだ。
その場のノリで適当に価値が決まるが、大体、一つにつき十円から百円ほどが相場か。
銀貨(二、五〇〇円相当)。
青銅貨(五〇〇円相当)。
あとは、最小価値の銅貨(一〇〇円相当)。
これら三種類の硬貨と、雑多な屑貨が、この国では主な通貨となっている。
我がエルキル村だと、未だに物々交換の方が盛んだったりするが、それはさておくとして。
しばらく大広場をぶらつき、僕たちはめぼしい露店でいくつかの買い物を済ませた。
さて、と……そろそろ通りで店を回ろうか?
騒ぎが巻き起こったのは、ちょうどそんなタイミングだった。
この世界では荷物や手紙をどこか別の土地へ送ろうと思ってもそう気軽には行かない。
なにせ、主要な町に通っている街道を除けば、路と言っても獣道に毛が生えた程度の荒れ小道、しかも恐ろしいモンスターまでが跋扈するのだ。
普通の村人は疎か、多少腕に覚えのある猛者だろうと、出歩くだけでそれなりの覚悟を要する。
行商人や冒険者にでも頼んで運んでもらうのが一般的だが、彼らは忙しく、別に目的を持つ身、配送事故は当たり前と見るべきだ。確実を期すなら報酬を呈示して依頼しなければならない。
一番楽なのは、自分自身か信用の措ける知り合いに旅慣れた者がいる場合だろう。
小さいながらも腕利き揃いで騎羽までいる我が開拓村は、この点では非常に恵まれていた。
『いや、曲がりなりにも貴族の直轄地だからな。当然なんじゃないか?』
さておき、そんなこんなで不便な郵便事情ではあるものの、流石に遠くの配送先までいちいち、毎回、直接、運んでいく必要はなかったりする。
こうした町にさえ辿り着ければ、平民でも格安で利用可能な国営の運送屋が存在するのだ。
「えっと……ジェルザ、出す手紙はそれだけで全部でしたっけ?」
「ああ! こんだけだよ! 少ないのは、昨日のうちにいくらか片付けちまったからだね!」
「それじゃあ、後は受け取りをしたら、ひとまずお役目終了か」
逆に、他所から送られてきた手紙や荷物の受け取りも最寄りの運送屋で行うことができる。
以前は数ヶ月おきに村を訪れる行商に任せていた配送も、人手に多少の余裕ができた昨今では、こうして自分たちの手で行えるようになって格段に利用頻度が増してきた。
「エルキル男爵領ですね。……ただいま三十七件、お預かりしています」
例によってエルキル家の紋章入りメダルを受け付けで見せ、手紙や荷物を照会してもらう。
『ずいぶん溜め込んだな。まぁ、村全員、ひと月分の郵便物と思えば、これでも少ないか?』
「重要度と緊急性によっては冒険者組合を経由して届いたりもするんだけど……あ! それ!?」
「んん! えらくでかい木箱だねえ! なんだい、王家の封蝋が付いてるよ!」
「やったあ! これ、きっと、頼んでた【送風】の魔道具だよ!」
『ははっ! まさか、こんなに早く届けてもらえるなんてな! この乾期の盛りに』
先頃、領主屋敷の手持ちを壊してしまい、王都の工房に発注しておいた扇風機である。
魔道具の購入には煩雑な手続きが伴うため、まだ配送まで数ヶ月は掛かると踏んでいたが。
「三台もあるよ!? これは、ヘタなおみやげより、よっぽど皆に喜ばれそうだなぁ」
受け取った荷物や手紙を丁重に羽車の荷台へと積みこみ、ホクホク顔で運送屋を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
再び大広場、羽車から降りた僕とファルーラは、アドニス司祭とジェルザをお供に露店を巡る。
「フフ……先に一通り、こちらを見て回るのも悪くはないかと思いますよ」
「店より安く珍しい物が手に入るからねえ! だけど変な物を掴まされないよう気を付けな!」
雰囲気は、前世で言うノミの市――フリーマーケットを思わせる。
そこかしこで適当なテーブルやむしろ的な敷物が広げられ、多くの品物が並べられている。
昨日、ファルーラと見た下層エリアの露店は古着や古雑貨、正体不明の草や石ばかりだったが、こちらは加えて工芸品や書物、植物の種苗、飲食物……など、非常に多種多様だ。
大道芸人や演説、皮革や金属の修繕をする見習い職人、散髪や爪切り、按摩師までいる。
売り手、買い手、通行人……この大広場全体でざっと五〇〇人ほどだろうか。
大八車や荷馬車なども少なからず行き交っているため、実際の数以上の人混みに感じられた。
「あ、なんだかいい匂いの蝋燭がある。クリスが喜びそう」
『さっきの対になったブローチなんて、双子が喜ぶんじゃないか?』
「うーん、全部買っちゃおうかな。どうしようかな」
貴族の子息である僕は、まだ数えで九歳という年齢の割にそこそこ小金持ちである。
村ではあまり使い道がなく貯まる一方だった金銭、今日は思いきって使う絶好の機会だ。
『とは言え、手当たり次第に何でも買えるほどの金額ではないからな。悩むのもいいさ』
歩きながら食べられるような物をファルーラに買い与えて大人しくさせつつ、露店を見て回る。
どれも村では手に入らない物ばかり、大した品ではなくても、ついつい目移りしてしまう。
「この香炉! なんだか好い感じじゃない? ジェルザ、どう思います?」
「ハッ! 十四バロウスはないね!」
「へんなのー」
「フフ……掘り出し物の雰囲気は窺えますよ。夢を買うのもよろしいかと」
ちなみに、バロウスは青銅貨の単位であり、一枚で軽食くらいなら出してもらえる。
ざっくり前世の貨幣と照らし合わせると五〇〇円くらいの価値と言えるだろうか。
少し造形が気に入った七、〇〇〇円の香炉……そう考えると買う気が失せてきてしまうな。
「うーん、ホベウス二枚くらいなら欲しいけど」
「おいおい、坊ちゃん! そんなんで売ったらオイラ干上がっちまうよ」
ホベウスは銀貨。価値はおよそ二、五〇〇円といったところ……二枚で五、〇〇〇円だな。
「二銀貨に……このクズ魔石と、この透明なカタツムリの殻を付けたらどう?」
「むっ、透明な殻はちぃと珍しい屑貨だねえ。よし! いいよ! 売った!」
屑貨というのは貨幣代わりに利用される様々な奇石のことである。
雑魚モンスターの魔石、そこらで拾った珍しい石、鉄屑・ガラス片……基本的に何でもありだ。
その場のノリで適当に価値が決まるが、大体、一つにつき十円から百円ほどが相場か。
銀貨(二、五〇〇円相当)。
青銅貨(五〇〇円相当)。
あとは、最小価値の銅貨(一〇〇円相当)。
これら三種類の硬貨と、雑多な屑貨が、この国では主な通貨となっている。
我がエルキル村だと、未だに物々交換の方が盛んだったりするが、それはさておくとして。
しばらく大広場をぶらつき、僕たちはめぼしい露店でいくつかの買い物を済ませた。
さて、と……そろそろ通りで店を回ろうか?
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