異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

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第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて

第三十四話: 初陽の宿、モーニング

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 城郭都市モットス、二日目の朝。
 僕は枕が変わったことを感じさせないくらいに快適なベッドの上で目覚めを迎えた。

『気持ちのいい朝だな。長い夜が終わる、この目覚めの瞬間はいつでも最高だ』

「そうだね? ふわああぁ――」
「白ぼっちゃん、起きた? おはよう!」
「ああ、ファル、おはよう。砂埃すなぼこりが入ってきそうだから窓は閉めておいてくれるかな? あと、危ないからそこを降りなさい」

 先に起きていたファルーラが、すかさず声を掛けてきた。
 が、見れば、高価なガラス窓を全開にして木製の鎧戸を跳ね上げ、窓枠に腰掛けている。
 外へ向かって両足をぶらぶらさせているが、この部屋は宿の三階、見るからに危なっかしい。

「フーセンの鳥さんに餌をあげていたの?」
「うん、昨日がんばったご褒美!」

 ずんぐりむっくりした体長五十センチほどの茶色い鳥が、出窓の内側でパンくずをついばんでいる。
 こう見えて、風船のように大きく膨らむ能力を持つ、アドブルブルと呼ばれる雑級魔獣モンスターだ。
 ファルーラの【精霊召喚術】で呼ぶことのできる精霊獣の一つでもあり、昨日の誘拐事件では、彼女が悪漢あっかんどもの手を逃れるときに活躍したらしい。

 ちなみに、僕たち人間が生きるこの世界と重なり合うように存在しながら、互いに見ることも触れることもできない別領域【精霊界】に棲む生き物の総称が【精霊獣】である。
 フーセンの鳥さんなどはこちらの世界――自然界、または物質界と呼ぶ――にもいると言うが、僕の精霊術が力の源とする精霊はすべて精霊界におり、物質界の事象にのみ干渉しているそうだ。
 そうした精霊に頼み事ができる僕や精霊界が見えるファルーラは、相当、特殊な例だと聞く。

「ばいばい、鳥さん。またねー」

 その言葉に「ピュロロッ」と鳴き声を返すと、フーセンの鳥さんは小さな旋風つむじかぜを巻き起こし、後に影も形も残さず精霊界へと還っていった。

 どうやら現在時刻は【山ノ二刻(午前四時頃)】くらいだ。
 まだ少し薄暗いが、早寝早起きをむねとするこの世界では、ごく普通の起床時間と言える。
 部屋の入り口に用意されたみ置きの水でファルーラと二人して顔を洗っていると、ほどなく同室のノブロゴ翁もベッドから起き出してきた。

 と言っても、村での生活とは異なり、特に早朝やるべきことなどありはしない。
 身支度を整えてから、ひとまず三人で階下へと向かう。

 一階の食堂にはまだ客の姿はなく、テーブルをいて回るウェイトレスがいるだけだった。

「営業開始時間には、流石さすがにちょっと早かったかな?」
「おっはよおございまあす。お泊まりの方にはお食事、出せますよお?」
「俺はまだいいが、どうする? 軽く食っとくか?」
「ファル、食べるー!」
「それなら僕も食べちゃおうかな」

 仕込みはできていたのだろう、すぐに二人分のモーニングが運ばれてきた。
 ポケット状の大きなパンにあぶった羊肉とナッツや野菜をぎっしり挟み、濃厚な溶かしバターと酸味の強いヨーグルトをかけた、この宿の名物料理を両手で持って豪快にかぶりつく。

『とても軽く・・っていうような料理じゃないよなぁ。生活習慣の違いに、まだ少し慣れない』

 朝食をがっつり、ボリュームと品数豊富にるのが我が国の流儀だ。
 起きたての子どものために出された軽食でさえコース料理のメインディッシュ並みである。

 僕たちが料理を粗方あらかた食べ終えた頃、他の客と共に冒険者たちが食堂へ現れ、更にしばらく後、昨夜は神殿に泊まっていたアドニス司祭とミャアマも宿へやって来て合流した。

「フッ、それでは、まずは予定を決めるとしましょうか」
「アタシらは合わせるよ! こっちのことは気にせず決めちまってくれるかい! ノブロゴじじ!」
「おうよ。そんじゃ最初は――」

 柑橘かんきつ系の果物で香り付けされた濃いハーブティーにたっぷりのハチミツを溶かしながら、僕とファルーラはそんな大人たちの打ち合わせを聞いていた。

 昨日とは違い、本日は相当忙しくなるはずだ。
 トラブルで満喫できなかった観光の続きをする時間があればいいのだが……。

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 村の若者ユゼクが御者を務める羽車ばしゃの車輪がガラガラと石畳を鳴らしていく。
 今日は三台の羽車をそれぞれ二台と一台――二班に分け、全員で買い出しをすることになった。

 開拓村から運んできた大量の交易品を売り、様々な必需物資を買い付ける役目のノブロゴ翁は、二台の羽車に従士たちと【草刈りの大鎌おおがま】メンバーを連れて別行動中である。

 一方、僕たちは村人たちの要望を中心とする比較的こぢんまりとした――ありていに言えば、おみやげを買ったり、手紙や荷物を運んだりというような――雑多な用事を片付けていく。

 メンバーは、僕とファルーラ、ユゼク、アドニス司祭と巫女みこミャアマ。
 護衛には大鎌のリーダーであるジェルザが付いてくれた。【真っ赤な絆】の三人組も一緒だ。
 これだけの人数と面子めんつで固めていれば、そうそうトラブルに見舞われることはないだろう。

 向かう先は、昨日、ファルーラがさらわれた……もとい、彼女と一緒に見て回った下層エリアの商業通りではない。

 徐々に幅を広げる長く緩やかな坂道を登っていくと、やがて真正面に高い建物が見えてきた。
 この城郭都市モットスのほぼ中心に位置する聖堂の鐘楼しょうろうだ。
 そして、僕たちの視界が一気に開ける。

「ふぁあ~、ミャアマ! あれ、何? 鳥?」
「おや、珍しい。ヒッポグリフですよ……んにゃ、よく見りゃ馬に被り物させてるだけですね」
「フッ、なかなかよく出来た見世物ではありませんか」
「早くも賑わってるなぁ。ファル、今日はちゃんと僕のそばにいるんだよ」

 まだ早朝にもかかわらず、多くの人が行き交い、露店が軒を連ね、大道芸人の姿もある。
 ワシの前半身と馬の後半身を合わせた奇妙な魔獣――ヒッポグリフ?の背に跨った軽業師かるわざしが、派手な衣装の楽士がく弦楽器ウードの音色に合わせて曲乗りを披露していた。

 そこは、神殿施設の聖堂に面し、直径一五〇メートルほどの円形に開かれた一画だった。
 左右に伸びてゆく大通りに沿って様々な施設や店舗も立ち並び、往来はひっきりなしである。

 この場所は上層エリアの大広場。

 今日の僕たちの主戦場だ。
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