異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

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第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて

第三十三話: 未知なる世界と無知な僕

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 僕と斥候せっこうが悪漢どもを制圧し、ほどなくすると町の衛兵が駆けつけてきた。
 ファルーラ失踪直後、各所へ連絡に向かわせた【草刈りの大鎌おおがま】の魔術師も同行している。

 イーソーに乗ったユゼクとファルーラの合流を待ち、僕たちは全員で衛兵の詰め所へ向かう。

「んー? よく分かんないの」

 詰め所に到着し、まずは一連の流れをまとめるための聞き取りが始まるも、ファルーラはまだ幼いこともあり、どうにも話が要領を得なかった。

「ファル、最初から思い出してみて。一緒にお店を見てたとき、どうして急にいなくなったの?」

 という僕の問いに対する返答が先の言葉である。

「急に何も見えなくなってねー、声も出せなくて、白ぼっちゃんの手も離れててねー」
「そんなわけ――」
「はああぁ、そいつは……また【隠蔽いんぺいの包み】だな……」

 と、僕の言葉に被せられた声の主は衛兵の一人、くたびれた雰囲気の中年男性だ。

「【隠蔽の包み】っうと、あれかい? 魔道具の?」
「ああ、最近、この町じゃ似たような手口で何件も起きててな。誘拐やら盗みやら」
「高価な魔道具を持った連中がそんなケチなことしてるんですか? 何件も?」

 話によると、魔道具【隠蔽の包み】とは、その名の通り、包んだ物を隠す魔法の布らしい。
 キーワードを唱えれば中の物と共に、見えず、聞こえず、触れた感触さえなくなるのだと言う。
 使い道は限られそうだが、魔道具の例にれず、比較的高価で入手困難な品のようだ。

大概たいがい、お粗末なやり方なんで、すぐに捕まえられるんですがね。どうも主犯は別にいるらしく、実行犯を押さえてもらちが明かない。さっきの奴らもただのチンピラ、魔道具は借り物だったから、すぐ返しちまったと来たもんだ。……大方おおかた、蛮族どものまじない師が何か仕掛けてきてんでしょうよ」

 チラっと僕らの背後を一睨みしつつ、衛兵は語る。
 その視線から己の黒い肌を隠そうとするかのようにユゼクがフードを上げ、深く被り直した。

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 あくまでも被害者と連れであり、この町には着いたばかり、加えて男爵家子息ベインの関係者たち、粗方あらかたの事情聴取が済めば、時間を取らせたことへの丁重な謝罪と共に僕らは解放された。

「それにしても、活気がある町だと思ったら、意外と治安が悪いんだね」
「そりゃそうだぜ、ボンよお。なんてったって荒くれもんが集まってくる辺境の最前線だからよ」
「十分に気を付けてるつもりだったんだけど、着いて早々、ケチが付いちゃったな……」

『僕にも起こったのか分からなかった。魔道具を使った人攫ひとさらいとは、何とも悪質なことだ』

 ともあれ、今日はもうそんな気分ではなかろうと観光を切り上げ、揃って帰途きとく。
 僕とファルーラを乗せて並足で進むイーソーの周囲を、ユゼクと斥候せっこう並びに魔術師が固める。

「けどよ、たまげたぜ、嬢ちゃん。かどわかしどもの隙をいて召喚術で自力脱出たぁなぁ」
「ひひっ、すまねえな、耳長ちゃん。俺が付いてながら怖え目にわせちまった」
「……ぅん」

 妖精の取り替え子チェンジリング……と言うか妖精族エルフのことが大好きな斥候に話し掛けられ、珍しく嫌そうな表情を浮かべるファルーラだが、別に危ない目にわされたことを恨んでいるわけではない。
 意外と人の好き嫌いがハッキリしたこの幼女、実は大鎌メンバーを苦手としているのだ。
 初めて会った二年前、小汚い身なりで悪人面をしていた彼らの第一印象が悪すぎたせいだろう。

 まぁ、それはさておき。

「ファル、明日の買い物はどうする? 人混みが怖くなったのならやめとこうか?」
「え!? やー! お買い物、行く! 靴、白ぼっちゃんに買ってもらうの!」
「……靴を買ってあげるなんて言った覚えないけど。まぁ、気にしてないんだったら、いっか」

 帰りしな、ささやかな観光の続きとして上層エリアの大広場に立ち寄り、屋台の串焼き片手に雄大な大草原サバナの遠景をまったり眺めた後、僕たちは宿屋【幸運のターコイズ亭】へ戻った。


 宿にはまだ誰も戻ってきていなかったが、羽車ばしゃから取ってきた自分の荷物や衣服・装備などの手入れをしていれば時間はすぐに過ぎ去ってゆく。
 鐘楼しょうろうの鐘の音が【海ノ二刻(十六時頃)】を告げた頃、城へ挨拶にうかがっていたノブロゴたちも戻り、フルメンバーとなった【草刈りの大鎌おおがま】と共に夕食がてらの報告会が始まるのだった。

「おう、魔道具使い、な。その話は俺らも城で聞いたぜ。先に知ってりゃ警戒もしたんだがよ」
「アンタたちが付いてて何やってんだい! このすっとこどっこい!」
「すまねえ、姐御あねご
面目めんぼくない……」
「……エルフは高く売れる」
「確かにな。ここのスラムにゃ闇結社クランがありやがるかんなぁ」

 誘拐事件について聞かされた大鎌メンバーたちは、案の定、口々に斥候せっこうと魔術師を責め立てた。

『二人の名誉のためにフォローしておくと、奴らの狙いがファルーラだったことが、わずかな隙になってしまったんだろうな。護衛対象の僕がさらわれそうになればすぐに気付けたんじゃないか?」

「だから仕方ないよね……とはいかないけど――」
「お酒、お持たせしましたあ。追加のパンはここ置いときますねえ。焼きたてですよお」

 ぽっちゃりとした黒髪ウェイトレスが、空のびんや皿と入れ替えに新しい料理を並べていく。

 周りを見ると、いつの間にか食堂は空きテーブルが見当たらないほどの盛況となっていた。
 宿泊客だけでなく地元民も交え、酒食に、談笑に、賭けゲームにと、わいのわいの興じている。
 店員はウェイトレスとバーテンダー三人ずつに増え、出番を待つ楽士や芸人の姿もあった。

 特に賑わっているのは、言うまでもなく、カウンターに向かって右側の酒場だ。
 しかし、流石さすが上宿じょうやど繁華はんかにも一定の秩序が保たれており、たちの悪い酔客などは見当たらない。
 少なからずいる冒険者や兵士らしき風格ある客が抑止力になっているのだろうか。

 反対の左側――食堂の方では幅広い層の客が食事を楽しんでいる。
 親子連れの団欒だんらんもちらほら、静かにうなずき合う老夫婦、従者を連れた身なりのいい女性一人……。

「こうして見ると、本当に人が多いね。それに色んな人がいる」

長閑のどかな村とはやはり違うな。これは町中だったら何が起きてもおかしくない、か』

 未知なる異世界の都市、無知な自分、改めてそれらを認識する。
 どこか前世の海外旅行くらいでいた心構えを、数段、引き締め直した僕である。
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