異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
212 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて

第三十一話: トラベル気分とトラブル気質

しおりを挟む
 オオスズメが駆ける。
 両の翼を広げ、道行く歩行者を驚かせ、石畳をザッシャ! ザッシャ!と強く蹴り出しながら、町の大通りを全力疾駆する大きな鳥は僕の愛羽あいばイーソーだ。
 背中に僕と大人二人を乗せながら苦にした様子もないのは流石さすがモンスターと言うべきか。

斥候せっこう、まだ見つからないの?」
「ひひ……いくら俺が耳長好きでも、そう簡単なこっちゃないぜ、この広い町中の雑踏ざっとうじゃあよ」
「町の衛兵が見付けてくれたらいいけど……あ、スピード緩めた方がいい?」
「こんまま頼まあ。建物たてもんの中、深いとこにいたらお手上げだが、まずは辺りかっかさってこうや」
「まったくもう、どこ行っちゃったんだよ、ファル……」

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ファルーラが姿を消したのは、まだほんの十数分前のことである。

 宿で一服し、旅疲れを癒やした僕ら一行は、本日の用事を片付けるため数組の班に分かれた。

 ノブロゴ翁と従士たちは、この地を治める領主・オギャリイ城爵のもとへ挨拶に向かう。
 ジェルザ以下【草刈りの大鎌おおがま】の数名も、護衛と顔見せを兼ね、彼らと城まで同行する。
 アドニス司祭と巫女みこミャアマは神殿関係の用事で出掛けるとのこと。今日は戻らないそうだ。

 そして、宿に残った僕とファルーラは、大鎌の斥候を始めとする数人の大人たちに付き添われ、この城郭都市モットスの観光に繰り出したのだった。

 ただの民家一つ取っても、開拓村や幼少期を過ごした北の町とは趣が異なる。
 いくらか発展した我がエルキル領でも見られない様々な商品を扱う大店おおだな、そこかしこの露店が陳列させている珍品の数々、それらは買い物をせず眺めるだけでも十分に楽しめた。

 そんなこんなで、僕も大分だいぶ浮かれていたのだろう。
 露店の前でしゃがみ込み、品物を物色していたとき、引かれた手に反応するのがわずかに遅れた。
 それは、隣にいたファルーラが不意に立ち上がり、繋いだ手を引いた感覚だった。

 しかし、その感覚は一瞬のうちに消失し、振り向いたとき目に入ったものはまばらな雑踏のみ、伸ばした手の先にいたはずの幼女もまた忽然こつぜんと消え去っていたのである。

 すぐそばにいた大人たち……しかも、警戒・探査行動のエキスパートとされる職能ジョブ斥候せっこうを持つ中級冒険者の目さえもかいくぐったのは、どんな魔法マジックによるものか……いや、今は考えまい。

 慌てて周囲を探すも、幼き妖精の取り替え子チェンジリングの姿は見当たらず、今に至るというわけだ。


 イーソーに跨った僕ら三人は、店舗と露店が立ち並んだ商業通りを探し終え、そこはかとなく風紀の悪そうな歓楽通りへ進んでいった。
 と言っても、まだ明るい時間帯なので、開いているのは飲食系の屋台くらいのものだが。

『食べ物の臭いが漂うこの通りは、いかにも、あの子が誘い込まれてきそうだ』

「そろそろ僕はまた上に登って見渡してみるよ」
「待った! 俺も一緒に行くぜえ。この先はみちが細くて入り組んでらあ」
「ホントだ。イーソーに走ってもらうより屋根の上からの方が探しやすそうだね」
「ひひっ、一番早えのはボンが空飛んでくことなんだけどなあ」
「なるべく町の中で精霊術を使わないようにって言われてるんだよ。目立つ使い方はちょっと」
「……おい、俺はこいつイーソーでアンタらの下を追いかけていけばいいんだな」
「分かってるじゃねえの。頼むぜえ」

 イーソーから降りた僕と斥候は人目に付かない路地裏へと踏み込む。

風の精霊に我は請うデザイアエアー、跳ね上げろ」

 精霊術【高飛びハイジャンプ】ならば、二人まとめて二階建ての建物まで跳び上がるのは苦でもない。

「ひひひ、精霊術は使わねえとかなんとか言ってたか?」
「目立たなければいいんだよ」

『緊急事態だからな。でも、騒ぎになったり、衛兵にいぶかしがられたりしないよう気を付けろよ』

 一二いちにメートルほどの間隔で軒を連ねる建物の屋根から屋根へと僕たちは跳び移っていく。
 その間、僕は風の精霊術によって周囲の音と声を集め、ファルーラの痕跡を探し続ける。
 だが、こういった状況で頼りになるのは、やはり斥候スキルだった。

「お、やっとこ感ありヽヽヽだぜえ! 可愛い耳長ちゃんの気配……んんんんむ、あそこだ!」

 と、地上五六ごろくメートルはある現在地より更に上方……斜め上を斥候が指し示す。

 丘の斜面に広がっているこの町は、段々状に下から上へ、いくつかの区画エリアに分かれている。
 僕らの宿【幸運のターコイズ亭】があり、先ほどまで観光をしていたのはその下層エリアだ。
 家屋の屋上から見ても、一つ上の中層エリアまで高さにして軽く十数メートルはへだたっていた。

「あっ、見えた……って!?」

『あれは、まさか』

 仰ぎ見れば、水平方向にも百メートルほど離れた中層エリア、確かに小さな姿があった。

 大きな風船のようなものにぶら下がり、ゆらゆらと空中を流されながら。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

禁断の関係かもしれないが、それが?

しゃーりん
恋愛
王太子カインロットにはラフィティという婚約者がいる。 公爵令嬢であるラフィティは可愛くて人気もあるのだが少し頭が悪く、カインロットはこのままラフィティと結婚していいものか、悩んでいた。 そんな時、ラフィティが自分の代わりに王太子妃の仕事をしてくれる人として連れて来たのが伯爵令嬢マリージュ。 カインロットはマリージュが自分の異母妹かもしれない令嬢だということを思い出す。 しかも初恋の女の子でもあり、マリージュを手に入れたいと思ったカインロットは自分の欲望のためにラフィティの頼みを受け入れる。 兄妹かもしれないが子供を生ませなければ問題ないだろう?というお話です。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

処理中です...