異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
210 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて

第二十九話: 少年が見た城下町

しおりを挟む
 城郭都市モットスの外壁を右手上方に望みながら、三台の羽車ばしゃが丘を登っていく。

 並みの馬にも勝る馬力を誇る鳥型魔獣モントリーが二羽掛かりでく羽車は、細く険しい勾配こうばい――鳥道ちょうどうだろうと何するものぞ、ぐんぐん進んでゆく。

 対して、同行している冒険者たちは大分だいぶへたり気味に見える。
 いや、中級冒険者一行パーティー【草刈りの大鎌おおがま】は相変わらず不安げのない達者な足取りだった。
 へたっているのは初級冒険者【真っ赤な絆】の三人組だけである。

「ひひっ、おめえら、そんなんじゃまだまだ行商の護衛も務まらないぜえ。根性見せろや!」
「「「ぜーひー」」」

 ほぼ戦力外の駆け出し護衛を気遣って余計な休憩を取るなんてことは流石さすがにできない。
 あと、もう少しだけ、彼らには頑張ってもらおう。

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 それから四半刻しはんこく(約三十分)ほどで僕たちは町の入り口へと到着した。

 近くに寄ってみれば、町を囲む外壁は遠間での印象を超えて一層高く感じられた。
 壁自体は高さ三四さんしメートルほどだが、周りに深いほりが掘られ、底から見れば二倍以上となる。
 壕の幅も五六ごろくメートルはあり、高い身体能力を備える異世界生物に対しても頼りになりそうだ。

「おおーい! 入れてくれや!」

 壕を挟み、門の対岸で羽車を止めたノブロゴ翁が、物見櫓ものみやぐらの上にいる兵士たちへ声を掛ける。
 この炎天下、兜を被り、細い金属鎖を編んだ鎧チェインメイルを着込んだ衛兵が、弓矢を手に見下ろしてきた。

 本来、町のこちら側からやって来る者は多くないらしい。
 このモットスを治めるオギャリイ城爵の領地は町の反対側――北へと広がっており、そもそもここは王国のほぼ最南端に当たる。
 南方に現れるのは余所者よそものか外敵ばかり、うちのような新参開拓者は数少ない例外なのだ。

 とは言え、のんびり丘を登ってくる僕らをうに捕捉していたのだろう、さして警戒もされず、簡単な質疑応答だけを経た後、上がったままになっていた跳ね橋を下ろしてもらえた。

 橋を渡ると、壁よりも一段高いやぐらを左右に備えた門の手前で再び羽車ばしゃが止められるも……。

 こちらは身元のハッキリしたエルキル男爵家の従士長に神殿司祭まで連れたご一行である。
 翼の生えた恐竜プテラノドンに似た魔獣の姿――我らがエルキル家の紋章が刻まれたメダルを身分証代わりに見せれば、積み荷をあらためられることさえなく門をくぐらせてもらえたのだった。

「わー、人いっぱい!」
「そんな驚くほど多かないでしょうに。通りをうろついてる人数が村とは違うってだけです」
「確かに、うちだと誰も彼も軒先で涼んでる時間帯だしね。暑いのにずいぶん往来が多いなあ」
「こんな昼間に走り回されてるのは雑役ざつえきの使用人ですよ。同情してしまいますね」

 今にも羽車ばしゃから飛び出していってしまいそうなファルーラの手を握って押さえ、気怠けだるげな声で答えたのは神殿巫女みこのミャアマだ。
 並んで座っていると、ともすれば大して年が変わらないくらいに見えかねない小柄な女性だが、身にまとう雰囲気と声音を思えば、彼女を子どもと間違えるような者ははいないだろう。

「ハァ……あたしも早いとこ宿に落ち着きたいもんです。車に揺られんのは苦手なんですよ」
「フフッ、不得手ふえてを押して付いてきてくれたことには感謝していますよ」
「甲斐性のない坊やに一人旅なんてさせた日には、結局、後で困るのはこっちですからねえ」
「おや、ああ見えて彼らも日々成長しています。少しは信じてあげてはどうか?」
「司祭さま、鏡は持ってませんでしたか?」

 羽車は石畳が敷かれた通りをゆっくりと進んでいる。

 改めて周りを見渡してみると、立ち並ぶ建物の密度は思っていたほど大きくなさそうだった。
 一軒一軒の高さも二階建てがせいぜい、町並から歴史の浅い町であることがうかがえる。

『城郭都市は発展するにつれて内部の土地問題に悩まされるんだ。周りを囲む外壁はそう簡単に広げられないため、限られた面積を有効利用する必要が出てくる。ここは余裕がありそうだな』

「それでも、やっぱり畑はほとんど見当たらないか」
「丘のあっち側にゃ街道が通ってまして、壁の外はけっこう農地も広がってますよ」
「ああ、領内には別にいくつも農村があるんだっけ」

 聞くところによると、この城郭に囲まれた町だけで領民一八〇〇人ほどが暮らしているらしい。
 我がエルキル開拓村の人口が現在六〇〇人足らずなので、ざっと三倍は下らない計算になる。
 数十人の従士を抱え、いざというときには数百人規模の兵を動員することができると言う。

『ふむ、なんだかんだ言っても、中世の下級貴族として考えると相当な規模だな』

「その気になれば領内の村や冒険者の手も借りられるわけだしね。ゾウのジャンボ辺りが来ても、どうにか撃退できるんじゃないかな」

『いや、あのゾウは無理だろう。怖いことを言うなよ。本当に来たらどうする』

「ナイコーンさまも連れてくればよかったかな」
「おう、シェガロ様? 町にアルミラージなんざ持ち込んだ日にゃ、みんなまとめて縛り首ですぜ? 何、やくいこと言ってやがんですか」
「ああ、うん、だったね。あのウサギのヤバさ、ときどき忘れそうになっちゃうんだよね」

 と、六年も前に北方より移住してきて以来、ご無沙汰ぶさたに過ぎる都市風景を興味深く眺めながら駄弁だべっているうち、どうやら羽車ばしゃは目当ての宿へと無事到着したようだ。

 まだ昼前なので、この後もやることは山積みだが、一服くらいは期待できるだろうか?
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

〖完結〗旦那様には本命がいるようですので、復讐してからお別れします。

藍川みいな
恋愛
憧れのセイバン・スコフィールド侯爵に嫁いだ伯爵令嬢のレイチェルは、良い妻になろうと努力していた。 だがセイバンには結婚前から付き合っていた女性がいて、レイチェルとの結婚はお金の為だった。 レイチェルには指一本触れることもなく、愛人の家に入り浸るセイバンと離縁を決意したレイチェルだったが、愛人からお金が必要だから離縁はしないでと言われる。 レイチェルは身勝手な愛人とセイバンに、反撃を開始するのだった。 設定はゆるゆるです。 本編10話で完結になります。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

処理中です...