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第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
第二十九話: 少年が見た城下町
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城郭都市モットスの外壁を右手上方に望みながら、三台の羽車が丘を登っていく。
並みの馬にも勝る馬力を誇る鳥型魔獣モントリーが二羽掛かりで牽く羽車は、細く険しい勾配――鳥道だろうと何するものぞ、ぐんぐん進んでゆく。
対して、同行している冒険者たちは大分へたり気味に見える。
いや、中級冒険者一行【草刈りの大鎌】は相変わらず不安げのない達者な足取りだった。
へたっているのは初級冒険者【真っ赤な絆】の三人組だけである。
「ひひっ、おめえら、そんなんじゃまだまだ行商の護衛も務まらないぜえ。根性見せろや!」
「「「ぜーひー」」」
ほぼ戦力外の駆け出し護衛を気遣って余計な休憩を取るなんてことは流石にできない。
あと、もう少しだけ、彼らには頑張ってもらおう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから四半刻(約三十分)ほどで僕たちは町の入り口へと到着した。
近くに寄ってみれば、町を囲む外壁は遠間での印象を超えて一層高く感じられた。
壁自体は高さ三四メートルほどだが、周りに深い壕が掘られ、底から見れば二倍以上となる。
壕の幅も五六メートルはあり、高い身体能力を備える異世界生物に対しても頼りになりそうだ。
「おおーい! 入れてくれや!」
壕を挟み、門の対岸で羽車を止めたノブロゴ翁が、物見櫓の上にいる兵士たちへ声を掛ける。
この炎天下、兜を被り、細い金属鎖を編んだ鎧を着込んだ衛兵が、弓矢を手に見下ろしてきた。
本来、町のこちら側からやって来る者は多くないらしい。
このモットスを治めるオギャリイ城爵の領地は町の反対側――北へと広がっており、そもそもここは王国のほぼ最南端に当たる。
南方に現れるのは余所者か外敵ばかり、うちのような新参開拓者は数少ない例外なのだ。
とは言え、のんびり丘を登ってくる僕らを疾うに捕捉していたのだろう、さして警戒もされず、簡単な質疑応答だけを経た後、上がったままになっていた跳ね橋を下ろしてもらえた。
橋を渡ると、壁よりも一段高い櫓を左右に備えた門の手前で再び羽車が止められるも……。
こちらは身元のハッキリしたエルキル男爵家の従士長に神殿司祭まで連れたご一行である。
翼の生えた恐竜プテラノドンに似た魔獣の姿――我らがエルキル家の紋章が刻まれたメダルを身分証代わりに見せれば、積み荷を検められることさえなく門を潜らせてもらえたのだった。
「わー、人いっぱい!」
「そんな驚くほど多かないでしょうに。通りをうろついてる人数が村とは違うってだけです」
「確かに、うちだと誰も彼も軒先で涼んでる時間帯だしね。暑いのにずいぶん往来が多いなあ」
「こんな昼間に走り回されてるのは雑役の使用人ですよ。同情してしまいますね」
今にも羽車から飛び出していってしまいそうなファルーラの手を握って押さえ、気怠げな声で答えたのは神殿巫女のミャアマだ。
並んで座っていると、ともすれば大して年が変わらないくらいに見えかねない小柄な女性だが、身にまとう雰囲気と声音を思えば、彼女を子どもと間違えるような者ははいないだろう。
「ハァ……あたしも早いとこ宿に落ち着きたいもんです。車に揺られんのは苦手なんですよ」
「フフッ、不得手を押して付いてきてくれたことには感謝していますよ」
「甲斐性のない坊やに一人旅なんてさせた日には、結局、後で困るのはこっちですからねえ」
「おや、ああ見えて彼らも日々成長しています。少しは信じてあげてはどうか?」
「司祭さま、鏡は持ってませんでしたか?」
羽車は石畳が敷かれた通りをゆっくりと進んでいる。
改めて周りを見渡してみると、立ち並ぶ建物の密度は思っていたほど大きくなさそうだった。
一軒一軒の高さも二階建てがせいぜい、町並から歴史の浅い町であることが窺える。
『城郭都市は発展するにつれて内部の土地問題に悩まされるんだ。周りを囲む外壁はそう簡単に広げられないため、限られた面積を有効利用する必要が出てくる。ここは余裕がありそうだな』
「それでも、やっぱり畑はほとんど見当たらないか」
「丘のあっち側にゃ街道が通ってまして、壁の外はけっこう農地も広がってますよ」
「ああ、領内には別にいくつも農村があるんだっけ」
聞くところによると、この城郭に囲まれた町だけで領民一八〇〇人ほどが暮らしているらしい。
我がエルキル開拓村の人口が現在六〇〇人足らずなので、ざっと三倍は下らない計算になる。
数十人の従士を抱え、いざというときには数百人規模の兵を動員することができると言う。
『ふむ、なんだかんだ言っても、中世の下級貴族として考えると相当な規模だな』
「その気になれば領内の村や冒険者の手も借りられるわけだしね。ゾウのジャンボ辺りが来ても、どうにか撃退できるんじゃないかな」
『いや、あのゾウは無理だろう。怖いことを言うなよ。本当に来たらどうする』
「ナイコーンさまも連れてくればよかったかな」
「おう、シェガロ様? 町にアルミラージなんざ持ち込んだ日にゃ、皆まとめて縛り首ですぜ? 何、厄いこと言ってやがんですか」
「ああ、うん、だったね。あのウサギのヤバさ、ときどき忘れそうになっちゃうんだよね」
と、六年も前に北方より移住してきて以来、ご無沙汰に過ぎる都市風景を興味深く眺めながら駄弁っているうち、どうやら羽車は目当ての宿へと無事到着したようだ。
まだ昼前なので、この後もやることは山積みだが、一服くらいは期待できるだろうか?
並みの馬にも勝る馬力を誇る鳥型魔獣モントリーが二羽掛かりで牽く羽車は、細く険しい勾配――鳥道だろうと何するものぞ、ぐんぐん進んでゆく。
対して、同行している冒険者たちは大分へたり気味に見える。
いや、中級冒険者一行【草刈りの大鎌】は相変わらず不安げのない達者な足取りだった。
へたっているのは初級冒険者【真っ赤な絆】の三人組だけである。
「ひひっ、おめえら、そんなんじゃまだまだ行商の護衛も務まらないぜえ。根性見せろや!」
「「「ぜーひー」」」
ほぼ戦力外の駆け出し護衛を気遣って余計な休憩を取るなんてことは流石にできない。
あと、もう少しだけ、彼らには頑張ってもらおう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから四半刻(約三十分)ほどで僕たちは町の入り口へと到着した。
近くに寄ってみれば、町を囲む外壁は遠間での印象を超えて一層高く感じられた。
壁自体は高さ三四メートルほどだが、周りに深い壕が掘られ、底から見れば二倍以上となる。
壕の幅も五六メートルはあり、高い身体能力を備える異世界生物に対しても頼りになりそうだ。
「おおーい! 入れてくれや!」
壕を挟み、門の対岸で羽車を止めたノブロゴ翁が、物見櫓の上にいる兵士たちへ声を掛ける。
この炎天下、兜を被り、細い金属鎖を編んだ鎧を着込んだ衛兵が、弓矢を手に見下ろしてきた。
本来、町のこちら側からやって来る者は多くないらしい。
このモットスを治めるオギャリイ城爵の領地は町の反対側――北へと広がっており、そもそもここは王国のほぼ最南端に当たる。
南方に現れるのは余所者か外敵ばかり、うちのような新参開拓者は数少ない例外なのだ。
とは言え、のんびり丘を登ってくる僕らを疾うに捕捉していたのだろう、さして警戒もされず、簡単な質疑応答だけを経た後、上がったままになっていた跳ね橋を下ろしてもらえた。
橋を渡ると、壁よりも一段高い櫓を左右に備えた門の手前で再び羽車が止められるも……。
こちらは身元のハッキリしたエルキル男爵家の従士長に神殿司祭まで連れたご一行である。
翼の生えた恐竜プテラノドンに似た魔獣の姿――我らがエルキル家の紋章が刻まれたメダルを身分証代わりに見せれば、積み荷を検められることさえなく門を潜らせてもらえたのだった。
「わー、人いっぱい!」
「そんな驚くほど多かないでしょうに。通りをうろついてる人数が村とは違うってだけです」
「確かに、うちだと誰も彼も軒先で涼んでる時間帯だしね。暑いのにずいぶん往来が多いなあ」
「こんな昼間に走り回されてるのは雑役の使用人ですよ。同情してしまいますね」
今にも羽車から飛び出していってしまいそうなファルーラの手を握って押さえ、気怠げな声で答えたのは神殿巫女のミャアマだ。
並んで座っていると、ともすれば大して年が変わらないくらいに見えかねない小柄な女性だが、身にまとう雰囲気と声音を思えば、彼女を子どもと間違えるような者ははいないだろう。
「ハァ……あたしも早いとこ宿に落ち着きたいもんです。車に揺られんのは苦手なんですよ」
「フフッ、不得手を押して付いてきてくれたことには感謝していますよ」
「甲斐性のない坊やに一人旅なんてさせた日には、結局、後で困るのはこっちですからねえ」
「おや、ああ見えて彼らも日々成長しています。少しは信じてあげてはどうか?」
「司祭さま、鏡は持ってませんでしたか?」
羽車は石畳が敷かれた通りをゆっくりと進んでいる。
改めて周りを見渡してみると、立ち並ぶ建物の密度は思っていたほど大きくなさそうだった。
一軒一軒の高さも二階建てがせいぜい、町並から歴史の浅い町であることが窺える。
『城郭都市は発展するにつれて内部の土地問題に悩まされるんだ。周りを囲む外壁はそう簡単に広げられないため、限られた面積を有効利用する必要が出てくる。ここは余裕がありそうだな』
「それでも、やっぱり畑はほとんど見当たらないか」
「丘のあっち側にゃ街道が通ってまして、壁の外はけっこう農地も広がってますよ」
「ああ、領内には別にいくつも農村があるんだっけ」
聞くところによると、この城郭に囲まれた町だけで領民一八〇〇人ほどが暮らしているらしい。
我がエルキル開拓村の人口が現在六〇〇人足らずなので、ざっと三倍は下らない計算になる。
数十人の従士を抱え、いざというときには数百人規模の兵を動員することができると言う。
『ふむ、なんだかんだ言っても、中世の下級貴族として考えると相当な規模だな』
「その気になれば領内の村や冒険者の手も借りられるわけだしね。ゾウのジャンボ辺りが来ても、どうにか撃退できるんじゃないかな」
『いや、あのゾウは無理だろう。怖いことを言うなよ。本当に来たらどうする』
「ナイコーンさまも連れてくればよかったかな」
「おう、シェガロ様? 町にアルミラージなんざ持ち込んだ日にゃ、皆まとめて縛り首ですぜ? 何、厄いこと言ってやがんですか」
「ああ、うん、だったね。あのウサギのヤバさ、ときどき忘れそうになっちゃうんだよね」
と、六年も前に北方より移住してきて以来、ご無沙汰に過ぎる都市風景を興味深く眺めながら駄弁っているうち、どうやら羽車は目当ての宿へと無事到着したようだ。
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