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第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
第二十七話: 附言は混沌の檄
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【聖浄の星祭り】に幕を引くアドニス司祭の祝詞が祭り会場に余韻を響かす中、矢庭に天より落ちてきた流星は、村人たちに叫声一つ上げる暇さえ与えぬまま、跡形もなく霧散していた。
世界を覆いつくさんばかりだった眩い光は、何故か目に焼き付きすら残さず消え去っており、あってしかるべき衝撃や轟音なども一切感じられない。
しかし、ただ一つだけ、直前まで存在しなかったものがそこにはあった。
祭り会場の小舞台と手前の広い領主卓、その中間、仰ぎ見るほどの高さに浮かぶもの。
姿形は華奢でありながら優に身長二メートル以上はあろう性別不詳の人間だ。
白く半透明な、襟元から足の先までの長さがあるポンチョに似た外衣をまとっている。
中は全裸かと思えたが、隙間無く肌に密着し、金属的な光沢を放つ黄銅色のボディスーツか。
模様や凹凸が存在しない、つるりとした白いフルフェイスの仮面を被り、頭上にはうっすらと光り輝き、地上を仄かに照らす小さな冠が何の支えもなく浮いていた。
『天使?』
「宇宙人?」
僕の貧相な感性では、そういったコメントしか出てこない……が。
「……星の神」
「神殿の絵で――」
「なんと、星神の降臨とは……」
そこかしこより漏れる村人たちの呟きが次第にざわめきへと変わっていく。
「あなた……」と、すかさず母トゥーニヤがマティオロ氏に耳打ちすれば。
「ハッ! ひ、控えろ! 神の御前だ! ……司祭殿、いいか?」
「ええ、お任せあれ、ベオ・エルキル」
我に返ったマティオロ氏は、周りのざわめきを抑えると一歩引いてアドニス司祭へ後を託す。
『むむ、大丈夫なのか? モンスターとかじゃないのだろうか?』
――ザザザァッ!
つい懐いてしまう僕の警戒心を余所に、この場の全員が一斉に膝を突く。
上位者の前ではお行儀よくするという常識は、こんな田舎でも人々に染みついているものだ。
おっとと、とりあえず空気を読んで皆に倣っておくとしよう。
アドニス司祭を先頭に身を低くして頭を垂れる一同、世界に静寂が満ち、待つこと暫し。
「子らよ……いまだ天への崇敬を忘れぬ愛しき者たちよ」
星神?は言葉を発した。少年か、少女か、意外にも幼さを残す高音ながら美しい声だ。
「大儀なり。其方らへ授くものはないが、グイド・ハマン・ニルヴィシアのあるようにあれかし」
――どよっ。
困惑、歓喜、畏怖……並み居る聴衆が様々な感情から身を震わせ、どよめきを起こしかけるも、振り返ったアドニス司祭が視線と手振りを送れば、徐々に鎮まっていく。
そうした光景を気に留めた風もなく、星神は言葉を続ける。
「これよりは多衆の識りおよべる要無きこと。識らぬままに聞くがよい。……神の言葉を伝える」
――あー、あー、てすてす……聞こえてます? もしもーし!
「ぶっ!?」
『おい?』
――なんちゃって! ぷぷっ、録音中に返事あるわけないよね。それじゃ本番。えふん、けふん。
星神が宣言した直後、虚空より流れ始めるは、場にそぐわないにもほどがある女性の声だ。
――そっち、どのくらい時間経ってるんだろ。調べんの面倒だからあんまり経ってないっていう体で喋りますけど。こっちはまだお二人と別れたばっかりなんですよぉ。正直、すごい眠いです。残業やだー。あ、関係ないですね。えっと、そうそう、ちょっと気付いちゃったことがあるんで伝えとこうと思ってメッセ送りました。これ使うの久しぶり。ビックリさせちゃったらごめんね。
『……なぁ、この声……この口調……覚えがあるぞ』
――お二人とも、まだ赤ちゃんかな? 元気でやってます? ふふふん、裕福なお家の子でしょ? パラメータ高めで病気とかもあんまりしないはずですよ。これでもう異世界だって怖くない! ……ただ、もしかすると、二人とも離ればなれになっちゃってたりしませんか? 実は、転生先ちょぴっとずれちゃうみたいなんです。いえいえ、うっかり設定し忘れてたんじゃないですよ? 生まれる時代はなんか上手く揃ってましたしね! 場所ね、場所だけね、離れちゃうみたいで。
相変わらずの要領を得ない話だ……が、なんとか集中しなければ。
これは僕以外に理解できないであろう神の言葉、絶対に聞き逃すわけにはいかない。
戸惑っている周囲のことも、今は意識から追い出しておく。
――でもでも! きっと一緒に生きたいだろうなって気持ちをお察しして、ちゃーんと出逢える運命にしといたので、そこは安心ですよ。ほら、よく言う、腐れ縁? じゃなくて、赤い糸! お互いが側にいれば自然と縁が結ばれるんです。たとえ相手に気付けなくても。だから、もしも会えなかったら、あちこち出掛けてみてください。だいじょぶ! 愛を! 愛を信じてゴーゴー!
『頭がクラクラしてきた。誰か、要点をまとめてくれないだろうか』
――さっきも言いましたけど……って、そちらにとってはさっきじゃないかも? ま、いーや。ともかく、言った通り、こっちからはこれ以上できること何もありませんので、最後にしっかり大事なこと伝えられてよかったー。それじゃ、第二の人生、頑張ってくださいねー、松悟さん、つ――ガッ、ゴトン! いったあ! ブツッ! ツー、ツー、ツー、ツー……。
「……以上である。殊眷者の片割れよ、確かに伝えたぞ」
世界を覆いつくさんばかりだった眩い光は、何故か目に焼き付きすら残さず消え去っており、あってしかるべき衝撃や轟音なども一切感じられない。
しかし、ただ一つだけ、直前まで存在しなかったものがそこにはあった。
祭り会場の小舞台と手前の広い領主卓、その中間、仰ぎ見るほどの高さに浮かぶもの。
姿形は華奢でありながら優に身長二メートル以上はあろう性別不詳の人間だ。
白く半透明な、襟元から足の先までの長さがあるポンチョに似た外衣をまとっている。
中は全裸かと思えたが、隙間無く肌に密着し、金属的な光沢を放つ黄銅色のボディスーツか。
模様や凹凸が存在しない、つるりとした白いフルフェイスの仮面を被り、頭上にはうっすらと光り輝き、地上を仄かに照らす小さな冠が何の支えもなく浮いていた。
『天使?』
「宇宙人?」
僕の貧相な感性では、そういったコメントしか出てこない……が。
「……星の神」
「神殿の絵で――」
「なんと、星神の降臨とは……」
そこかしこより漏れる村人たちの呟きが次第にざわめきへと変わっていく。
「あなた……」と、すかさず母トゥーニヤがマティオロ氏に耳打ちすれば。
「ハッ! ひ、控えろ! 神の御前だ! ……司祭殿、いいか?」
「ええ、お任せあれ、ベオ・エルキル」
我に返ったマティオロ氏は、周りのざわめきを抑えると一歩引いてアドニス司祭へ後を託す。
『むむ、大丈夫なのか? モンスターとかじゃないのだろうか?』
――ザザザァッ!
つい懐いてしまう僕の警戒心を余所に、この場の全員が一斉に膝を突く。
上位者の前ではお行儀よくするという常識は、こんな田舎でも人々に染みついているものだ。
おっとと、とりあえず空気を読んで皆に倣っておくとしよう。
アドニス司祭を先頭に身を低くして頭を垂れる一同、世界に静寂が満ち、待つこと暫し。
「子らよ……いまだ天への崇敬を忘れぬ愛しき者たちよ」
星神?は言葉を発した。少年か、少女か、意外にも幼さを残す高音ながら美しい声だ。
「大儀なり。其方らへ授くものはないが、グイド・ハマン・ニルヴィシアのあるようにあれかし」
――どよっ。
困惑、歓喜、畏怖……並み居る聴衆が様々な感情から身を震わせ、どよめきを起こしかけるも、振り返ったアドニス司祭が視線と手振りを送れば、徐々に鎮まっていく。
そうした光景を気に留めた風もなく、星神は言葉を続ける。
「これよりは多衆の識りおよべる要無きこと。識らぬままに聞くがよい。……神の言葉を伝える」
――あー、あー、てすてす……聞こえてます? もしもーし!
「ぶっ!?」
『おい?』
――なんちゃって! ぷぷっ、録音中に返事あるわけないよね。それじゃ本番。えふん、けふん。
星神が宣言した直後、虚空より流れ始めるは、場にそぐわないにもほどがある女性の声だ。
――そっち、どのくらい時間経ってるんだろ。調べんの面倒だからあんまり経ってないっていう体で喋りますけど。こっちはまだお二人と別れたばっかりなんですよぉ。正直、すごい眠いです。残業やだー。あ、関係ないですね。えっと、そうそう、ちょっと気付いちゃったことがあるんで伝えとこうと思ってメッセ送りました。これ使うの久しぶり。ビックリさせちゃったらごめんね。
『……なぁ、この声……この口調……覚えがあるぞ』
――お二人とも、まだ赤ちゃんかな? 元気でやってます? ふふふん、裕福なお家の子でしょ? パラメータ高めで病気とかもあんまりしないはずですよ。これでもう異世界だって怖くない! ……ただ、もしかすると、二人とも離ればなれになっちゃってたりしませんか? 実は、転生先ちょぴっとずれちゃうみたいなんです。いえいえ、うっかり設定し忘れてたんじゃないですよ? 生まれる時代はなんか上手く揃ってましたしね! 場所ね、場所だけね、離れちゃうみたいで。
相変わらずの要領を得ない話だ……が、なんとか集中しなければ。
これは僕以外に理解できないであろう神の言葉、絶対に聞き逃すわけにはいかない。
戸惑っている周囲のことも、今は意識から追い出しておく。
――でもでも! きっと一緒に生きたいだろうなって気持ちをお察しして、ちゃーんと出逢える運命にしといたので、そこは安心ですよ。ほら、よく言う、腐れ縁? じゃなくて、赤い糸! お互いが側にいれば自然と縁が結ばれるんです。たとえ相手に気付けなくても。だから、もしも会えなかったら、あちこち出掛けてみてください。だいじょぶ! 愛を! 愛を信じてゴーゴー!
『頭がクラクラしてきた。誰か、要点をまとめてくれないだろうか』
――さっきも言いましたけど……って、そちらにとってはさっきじゃないかも? ま、いーや。ともかく、言った通り、こっちからはこれ以上できること何もありませんので、最後にしっかり大事なこと伝えられてよかったー。それじゃ、第二の人生、頑張ってくださいねー、松悟さん、つ――ガッ、ゴトン! いったあ! ブツッ! ツー、ツー、ツー、ツー……。
「……以上である。殊眷者の片割れよ、確かに伝えたぞ」
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