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第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
第二十三話: 交錯、真っ赤な作意
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【聖浄の星祭り】の夜はゆるゆると更けゆく。
新月、満天の星の下、僕とライレはもたもたと歩いていた。
幾億もの星明かりを以てしても辺りは薄暗く、そろそろ本格的な肌寒さも感じられる。
祭りの会場となっている中央広場はまだ数十メートルほど先にあり、篝火も、熱気や喧騒も、ここまではほとんど届いてこなかった。
人通りが途切れている今は、内緒話にうってつけのロケーションとも言えるだろう。
『思い返してみれば、今夜の彼ら【真っ赤な絆】には、何かと違和感があったんだ』
まず最初は、この村の住人でもないのに星娘をやっていたシイリンのことかな。
「星娘を務めるシイリン……それ自体は別段おかしくないけどね。大方、村の女の子たちにでも頼まれて、数合わせに駆り出されたってところでしょ」
「……ああ、小遣い稼ぎに祭りの準備とか手伝ってたら、そっちにも誘われたんだってよ」
「君とアザマースは関与せず。彼女から詳しい話を聞かされたりもしていない、と」
「まあ、男に隠れて女だけで用意しとくもんだろ、あんなん」
「当然、【名指し】を示し合わせてたわけもなく。君たち以外……たとえば村の男が彼女と――」
「ンなことあるわきゃねえだろ!」
ふむ……では、次。今宵の催しをまるで把握していなかったらしきアザマースについてだ。
「アザマース……仲間のシイリンが出し物をしようというのに、知りもしなかったのは妙かな?」
「あいつ、ああ見えて祭りとかあんま興味ねえんだよ」
「ふーん、そうなんだ? それでもどこかで話くらいは聞いていそうなものだけど」
まぁ、いい。ひとまずはよしとしておこうか。
『しかし、だとすると……』
やはり、気になってくるのが、ライレの強行した【名指し】である。
賑やかしの星娘として参加しつつ、誰にも当てさせる気はなかったシイリンを狙って。
不自然なほど催しの内容をまったく知らないアザマースが席を外した隙に。
「うん、気になる。気になっちゃうなあ。つまりライレ、君は……」
「なんだってんだ。もういいじゃねえか。終わったことだよ。ほら、さっさと戻ろうぜ」
「……抜け駆け」
「うぐっ」
突然、ライレが脚をもつれさせ、よろよろとふらつく。
「察するところ、アザマースにはずっと情報を与えないようにしてたのかな?」
「かはっ!」
「ひょっとすると、シイリンに星祭りの手伝いを勧めたりとかも……?」
「ひぎい!」
「なのに、お目当てがまだ会場入りしてないのを気付かず【名指し】しちゃったんだ?」
「ぐぼああぁ!」
鉄壁の衛士、形無しだ。連打を喰らうサンドバッグの如く、ライレは右へ左へ身を揺るがす。
「あはははは、詰めが甘すぎたねえ」
「ああ、そうだよ! この星祭りのことを聞いてチャンスだと思ったんだよ! 上手くいったらシイリンに告白しようと思ってたよ! 悪ぃか、こんチクショー!」
『向こう見ずで考えなしの少年という印象だったが、なかなかどうして策を弄するじゃないか』
「結局、アザマースの奴に持ってかれるオチとかよう! なんでいつもこうなっちまうんだ~」
仰向けで転がって両手足を投げ出し、地面に大の字を描いたライレが悔しそうに嘆く。
「おや、実はアザマースとは合わない感じ?」
「そんなわけあるか! あいつは好い奴だ……けどよ、色恋じゃあいつにはとても敵いっこねえ。腕っ節なら負けなくても、町育ちで気が利いてやがるし、何より俺と比べて面が違いすぎるだろ。なんもせずにいりゃあ、いつシイリンが惚れちまうか知れやしねぇ」
「んん? そ、そう……かなあ?」
僕にはどうにも恋愛感情というものが理解しがたく、気休めや助言などはしてやれないのだが、現時点で彼ら二人にそう大きな差などないように思われる。どっちもどっちだろう。
「少なくても、まだあの二人はそんな仲にならないだろうし、ふてくされるのはやめときなって。あ、あと、もう悪巧みもしない方がいいかもね。あの子、そういうの嫌いそうじゃない?」
なりふり構わず人を想うことは、たとえ傍目にみっともなかったとしても尊いものだ。
ただ、願わくば、誰も傷つくことなく、収まるべき形に収まってもらいたいものである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そのまま暫し、ライレの気が晴れるまで話を聞いてやってから、僕らは会場へ戻ってきた。
すると、そのタイミングを見計らっていたかのように広場の奥まった方で歓声が上がる。
見れば、神殿の中から巫女のミャアマに先導された一組のカップルが現れるところだった。
「……ぐぅ」
「ほらほら、何も結婚式とかじゃあるまいし――」
「けけけけっこ! く、くそう……」
あからさまに不機嫌さを増すライレをなだめつつ、僕らもそちらの方へ向かう。
ゆっくりと領主の下へ導かれてゆくカップルは、言うまでもなく、星を掴んだ男アザマースと彼の手に落ちた星娘シイリンの二人である。
シイリンはまだ白い布を羽織っているが、仮面を外して胸元に持ち、素顔を晒していた。
眉を八の字にして引きつった笑顔を浮かべ、困ったような、居心地悪そうな様子だ。
周囲の篝火に照らされた頬は赤く染まっているものの、一体、何に対して照れているのやら。
意外と言っていいものか、隣に並んだアザマースも普段のおちゃらけた態度を窺わせない。
へらへらと笑う顔はどこか作り物めいており、周囲のからかいに振る手もおざなりに感じる。
あんな風でいて、存外、衆目を集めるのは苦手なのだろうか。
そんな彼らを、僕の隣で眺めているライレの表情は複雑で、喜怒哀楽、どれともつかない。
『これが青春というものか。ははっ、大いに謳歌するといい、若人たち』
村の顔役たちが集まった大テーブルにて領主マティオロへの挨拶が済み、周囲の観衆へ向けてシイリンとアザマースの名前が紹介されれば、途端に盛大な歓声と拍手が湧き上がる。
夜空に月はなく、流れる星々の瞬きが、地上の星の子たちを仄かに照らしていた。
新月、満天の星の下、僕とライレはもたもたと歩いていた。
幾億もの星明かりを以てしても辺りは薄暗く、そろそろ本格的な肌寒さも感じられる。
祭りの会場となっている中央広場はまだ数十メートルほど先にあり、篝火も、熱気や喧騒も、ここまではほとんど届いてこなかった。
人通りが途切れている今は、内緒話にうってつけのロケーションとも言えるだろう。
『思い返してみれば、今夜の彼ら【真っ赤な絆】には、何かと違和感があったんだ』
まず最初は、この村の住人でもないのに星娘をやっていたシイリンのことかな。
「星娘を務めるシイリン……それ自体は別段おかしくないけどね。大方、村の女の子たちにでも頼まれて、数合わせに駆り出されたってところでしょ」
「……ああ、小遣い稼ぎに祭りの準備とか手伝ってたら、そっちにも誘われたんだってよ」
「君とアザマースは関与せず。彼女から詳しい話を聞かされたりもしていない、と」
「まあ、男に隠れて女だけで用意しとくもんだろ、あんなん」
「当然、【名指し】を示し合わせてたわけもなく。君たち以外……たとえば村の男が彼女と――」
「ンなことあるわきゃねえだろ!」
ふむ……では、次。今宵の催しをまるで把握していなかったらしきアザマースについてだ。
「アザマース……仲間のシイリンが出し物をしようというのに、知りもしなかったのは妙かな?」
「あいつ、ああ見えて祭りとかあんま興味ねえんだよ」
「ふーん、そうなんだ? それでもどこかで話くらいは聞いていそうなものだけど」
まぁ、いい。ひとまずはよしとしておこうか。
『しかし、だとすると……』
やはり、気になってくるのが、ライレの強行した【名指し】である。
賑やかしの星娘として参加しつつ、誰にも当てさせる気はなかったシイリンを狙って。
不自然なほど催しの内容をまったく知らないアザマースが席を外した隙に。
「うん、気になる。気になっちゃうなあ。つまりライレ、君は……」
「なんだってんだ。もういいじゃねえか。終わったことだよ。ほら、さっさと戻ろうぜ」
「……抜け駆け」
「うぐっ」
突然、ライレが脚をもつれさせ、よろよろとふらつく。
「察するところ、アザマースにはずっと情報を与えないようにしてたのかな?」
「かはっ!」
「ひょっとすると、シイリンに星祭りの手伝いを勧めたりとかも……?」
「ひぎい!」
「なのに、お目当てがまだ会場入りしてないのを気付かず【名指し】しちゃったんだ?」
「ぐぼああぁ!」
鉄壁の衛士、形無しだ。連打を喰らうサンドバッグの如く、ライレは右へ左へ身を揺るがす。
「あはははは、詰めが甘すぎたねえ」
「ああ、そうだよ! この星祭りのことを聞いてチャンスだと思ったんだよ! 上手くいったらシイリンに告白しようと思ってたよ! 悪ぃか、こんチクショー!」
『向こう見ずで考えなしの少年という印象だったが、なかなかどうして策を弄するじゃないか』
「結局、アザマースの奴に持ってかれるオチとかよう! なんでいつもこうなっちまうんだ~」
仰向けで転がって両手足を投げ出し、地面に大の字を描いたライレが悔しそうに嘆く。
「おや、実はアザマースとは合わない感じ?」
「そんなわけあるか! あいつは好い奴だ……けどよ、色恋じゃあいつにはとても敵いっこねえ。腕っ節なら負けなくても、町育ちで気が利いてやがるし、何より俺と比べて面が違いすぎるだろ。なんもせずにいりゃあ、いつシイリンが惚れちまうか知れやしねぇ」
「んん? そ、そう……かなあ?」
僕にはどうにも恋愛感情というものが理解しがたく、気休めや助言などはしてやれないのだが、現時点で彼ら二人にそう大きな差などないように思われる。どっちもどっちだろう。
「少なくても、まだあの二人はそんな仲にならないだろうし、ふてくされるのはやめときなって。あ、あと、もう悪巧みもしない方がいいかもね。あの子、そういうの嫌いそうじゃない?」
なりふり構わず人を想うことは、たとえ傍目にみっともなかったとしても尊いものだ。
ただ、願わくば、誰も傷つくことなく、収まるべき形に収まってもらいたいものである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そのまま暫し、ライレの気が晴れるまで話を聞いてやってから、僕らは会場へ戻ってきた。
すると、そのタイミングを見計らっていたかのように広場の奥まった方で歓声が上がる。
見れば、神殿の中から巫女のミャアマに先導された一組のカップルが現れるところだった。
「……ぐぅ」
「ほらほら、何も結婚式とかじゃあるまいし――」
「けけけけっこ! く、くそう……」
あからさまに不機嫌さを増すライレをなだめつつ、僕らもそちらの方へ向かう。
ゆっくりと領主の下へ導かれてゆくカップルは、言うまでもなく、星を掴んだ男アザマースと彼の手に落ちた星娘シイリンの二人である。
シイリンはまだ白い布を羽織っているが、仮面を外して胸元に持ち、素顔を晒していた。
眉を八の字にして引きつった笑顔を浮かべ、困ったような、居心地悪そうな様子だ。
周囲の篝火に照らされた頬は赤く染まっているものの、一体、何に対して照れているのやら。
意外と言っていいものか、隣に並んだアザマースも普段のおちゃらけた態度を窺わせない。
へらへらと笑う顔はどこか作り物めいており、周囲のからかいに振る手もおざなりに感じる。
あんな風でいて、存外、衆目を集めるのは苦手なのだろうか。
そんな彼らを、僕の隣で眺めているライレの表情は複雑で、喜怒哀楽、どれともつかない。
『これが青春というものか。ははっ、大いに謳歌するといい、若人たち』
村の顔役たちが集まった大テーブルにて領主マティオロへの挨拶が済み、周囲の観衆へ向けてシイリンとアザマースの名前が紹介されれば、途端に盛大な歓声と拍手が湧き上がる。
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