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第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
第二十一話: 流れる星を掴む者
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今夜の星祭りで舞子を務める白ずくめの星娘、その一人に対し、酔っぱらい二人が不埒に絡む。
通り掛かった僕とライレは、それを止めようと一歩足を踏み出そうとする……が、そのとき!
「よぉよぉ、そこのオッサンたち、こんな暗いとこでなに星ちゃん絡んでんの? 超ウケる」
通りの先より、酔っぱらいどもへ向かって微妙にイラッとする声が投げかけられた。
小さな灯りの下、サラサラの金髪を輝かせながら現れたのは一人の少年だ。
「げはぁ? ンだよ、ガキかよ……ひっく」
「…………っ!?」
「ふはっ、今、ガキとか関係ねえっしょ……って、その子は!? お前ら!」
なんとなく機先を制されてしまった僕らを余所に、少年はいきなり大人たちへ食ってかかった。
僅かな戸惑いを見せていた彼らの後ろへ近付き、それぞれの肩を掴んであっさり押しのけると、位置を入れ替えるようにして星娘を背に庇う。
一目で少年と分かるその体躯は、相対する肉体労働者と思しき二人に比して幾分か小さい。
にも拘わらず、まるで臆することなく立ち塞がり、余裕の態度で笑みさえ浮かべてみせる。
「あー、オッサンたちさぁ、まだ悪ふざけで済ませられっから……ここで解散しとかね?」
「こんガキゃあ……チャラチャラと、なめたことぬかしくさって」
「うぃ~っ……大人に対する口の利き方がなってねえなあ」
勧告の内容は尤も……しかし、煽るような口調に酔っぱらいどもは気色ばみ、拳を上げた。
――ゴッ! ガツッ!
二本のごつい腕が無造作に振るわれ、暗がりの中、やけに硬質な打撃音が立て続けに響く。
だが、予想に反し、男たちの拳が捉えていたのは、目標の金髪少年ではない。
「へっ、こんな酔っぱらい相手じゃ加勢なんていらねえだろうけどよ!」
「「いいっ……てえええええっ!」」
「ま、攻撃を受け止めるのは俺の役目だしな。どーよ? この石頭の味はよう。頑丈さだったらジェルザの姐御にだって負けねえ鉄壁の【衛士】だぜ!」
背後に星娘を庇った少年の更に前、素早く割り込んでいたライレが豪語する。
たった今、二発も殴られた頭のことをまるで気にする風でもなく、逆に殴りつけたはずの拳を押さえ、その場にうずくまって呻く酔っぱらいどもへ向けて。
「はい、そこまで! 全員そのまま! 光の精霊に我は請う、小さく閃け」
その機を逃さず駆け寄って、皆を制しつつ、僕は精霊術の光を烽火として打ち上げる。
これで見回り担当の従士率いる自警団か雇われ冒険者の警邏に事件発生が伝わる手筈だ。
『不埒者の鎮圧に成功と。すぐにしかるべきところへ引き渡してしまおう』
いくら駆け出しの初級冒険者と言えど、多少ガタイがいいだけの村人……しかも酔っぱらいに後れを取ったりすることはそうそうありえない。
ほとんど自爆のようにダメージを受けた酔っぱらい二人組はろくに抵抗もできず戦意喪失し、今はライレの前でへたり込んだまま、酔いの回った赤ら顔を一層赤くして居たたまれない様子だ。
「ひっく……ンだよ、チクショウ。おいちゃんが何したってんだ」
「ちぃと酌してもらおうとしただけじゃねえか、なあ? ……うぃっく」
「だとしても飲み過ぎだっての。いいから大人しくしてろよな。そんで、そっちは大丈夫かよ? アザマース……と、えーと、星の……女……でいいんだよな?」
「わりぃわりぃ、助かったわあ、ライレ」
ライレの呼び掛けに対し、サラサラ金髪の軽薄そうな少年が気安く応じる。
そう、僕らに先んじて星娘を庇った彼は初級冒険者一行【真っ赤な絆】のアザマースだった。
暗がりで少々自信がなかった僕と違い、仲間であるライレは当たり前に気が付いていたらしい。
彼の後ろには、頭からすっぽりと白布をかぶって大きな仮面を付けた星娘の姿がまだある。
どこかそわそわとした雰囲気を漂わせながら、水を湛えた大杯を両手で携えている。
「そいや、お前も変なことされてねえかあ、シイリン?」
「……っ!?」
と、振り返り様、アザマースがその手を取ったかと思えば、続けて逡巡すらせず名前を呼んだ。
「へ?」
「ええ、ちょっ!」
「はぁ~あ……」と長い溜息一つ。「あー、もお! これから会場へ向かうところだったのに!」
苦々しげな声を上げた星娘は、アザマースの手を振りほどき、引き替えに大杯を押し付ける。
そうして、自らの手で仮面を外し、フード状になった頭部の白布をまくりあげて素顔を晒せば。
「シ、シイリン? マジかよ! なんで?」
「もー、もー、こんな誰もいないところで当てちゃってどうすんのよ! もお!」
それは、短めの黒髪を小さなポニーテールでまとめ、薄くそばかすの浮いた顔に非難の表情を露わとしている少女――ライレ・アザマースと同じ【真っ赤な絆】の紅一点、シイリンだ。
「はあ? みんなしてなぁに驚いてんだ? どう見てもシイリンだったろ。その布の縫い目とか、仮面の模様とか、妙にキッチリしてるしよ。フツーに足運びの癖とかでも気付くじゃん? てか、『当てる』ってぇ何のことよお? 祭りの、なんか出し物の奴だよな、それ」
更にぷりぷりと怒るシイリン、ガックリ項垂れるライレ、互いの肩にもたれ微睡む酔っぱらい。
彼らを傍目に、訳も分からぬまま戸惑うアザマースへ状況の説明をしてやる僕だった。
通り掛かった僕とライレは、それを止めようと一歩足を踏み出そうとする……が、そのとき!
「よぉよぉ、そこのオッサンたち、こんな暗いとこでなに星ちゃん絡んでんの? 超ウケる」
通りの先より、酔っぱらいどもへ向かって微妙にイラッとする声が投げかけられた。
小さな灯りの下、サラサラの金髪を輝かせながら現れたのは一人の少年だ。
「げはぁ? ンだよ、ガキかよ……ひっく」
「…………っ!?」
「ふはっ、今、ガキとか関係ねえっしょ……って、その子は!? お前ら!」
なんとなく機先を制されてしまった僕らを余所に、少年はいきなり大人たちへ食ってかかった。
僅かな戸惑いを見せていた彼らの後ろへ近付き、それぞれの肩を掴んであっさり押しのけると、位置を入れ替えるようにして星娘を背に庇う。
一目で少年と分かるその体躯は、相対する肉体労働者と思しき二人に比して幾分か小さい。
にも拘わらず、まるで臆することなく立ち塞がり、余裕の態度で笑みさえ浮かべてみせる。
「あー、オッサンたちさぁ、まだ悪ふざけで済ませられっから……ここで解散しとかね?」
「こんガキゃあ……チャラチャラと、なめたことぬかしくさって」
「うぃ~っ……大人に対する口の利き方がなってねえなあ」
勧告の内容は尤も……しかし、煽るような口調に酔っぱらいどもは気色ばみ、拳を上げた。
――ゴッ! ガツッ!
二本のごつい腕が無造作に振るわれ、暗がりの中、やけに硬質な打撃音が立て続けに響く。
だが、予想に反し、男たちの拳が捉えていたのは、目標の金髪少年ではない。
「へっ、こんな酔っぱらい相手じゃ加勢なんていらねえだろうけどよ!」
「「いいっ……てえええええっ!」」
「ま、攻撃を受け止めるのは俺の役目だしな。どーよ? この石頭の味はよう。頑丈さだったらジェルザの姐御にだって負けねえ鉄壁の【衛士】だぜ!」
背後に星娘を庇った少年の更に前、素早く割り込んでいたライレが豪語する。
たった今、二発も殴られた頭のことをまるで気にする風でもなく、逆に殴りつけたはずの拳を押さえ、その場にうずくまって呻く酔っぱらいどもへ向けて。
「はい、そこまで! 全員そのまま! 光の精霊に我は請う、小さく閃け」
その機を逃さず駆け寄って、皆を制しつつ、僕は精霊術の光を烽火として打ち上げる。
これで見回り担当の従士率いる自警団か雇われ冒険者の警邏に事件発生が伝わる手筈だ。
『不埒者の鎮圧に成功と。すぐにしかるべきところへ引き渡してしまおう』
いくら駆け出しの初級冒険者と言えど、多少ガタイがいいだけの村人……しかも酔っぱらいに後れを取ったりすることはそうそうありえない。
ほとんど自爆のようにダメージを受けた酔っぱらい二人組はろくに抵抗もできず戦意喪失し、今はライレの前でへたり込んだまま、酔いの回った赤ら顔を一層赤くして居たたまれない様子だ。
「ひっく……ンだよ、チクショウ。おいちゃんが何したってんだ」
「ちぃと酌してもらおうとしただけじゃねえか、なあ? ……うぃっく」
「だとしても飲み過ぎだっての。いいから大人しくしてろよな。そんで、そっちは大丈夫かよ? アザマース……と、えーと、星の……女……でいいんだよな?」
「わりぃわりぃ、助かったわあ、ライレ」
ライレの呼び掛けに対し、サラサラ金髪の軽薄そうな少年が気安く応じる。
そう、僕らに先んじて星娘を庇った彼は初級冒険者一行【真っ赤な絆】のアザマースだった。
暗がりで少々自信がなかった僕と違い、仲間であるライレは当たり前に気が付いていたらしい。
彼の後ろには、頭からすっぽりと白布をかぶって大きな仮面を付けた星娘の姿がまだある。
どこかそわそわとした雰囲気を漂わせながら、水を湛えた大杯を両手で携えている。
「そいや、お前も変なことされてねえかあ、シイリン?」
「……っ!?」
と、振り返り様、アザマースがその手を取ったかと思えば、続けて逡巡すらせず名前を呼んだ。
「へ?」
「ええ、ちょっ!」
「はぁ~あ……」と長い溜息一つ。「あー、もお! これから会場へ向かうところだったのに!」
苦々しげな声を上げた星娘は、アザマースの手を振りほどき、引き替えに大杯を押し付ける。
そうして、自らの手で仮面を外し、フード状になった頭部の白布をまくりあげて素顔を晒せば。
「シ、シイリン? マジかよ! なんで?」
「もー、もー、こんな誰もいないところで当てちゃってどうすんのよ! もお!」
それは、短めの黒髪を小さなポニーテールでまとめ、薄くそばかすの浮いた顔に非難の表情を露わとしている少女――ライレ・アザマースと同じ【真っ赤な絆】の紅一点、シイリンだ。
「はあ? みんなしてなぁに驚いてんだ? どう見てもシイリンだったろ。その布の縫い目とか、仮面の模様とか、妙にキッチリしてるしよ。フツーに足運びの癖とかでも気付くじゃん? てか、『当てる』ってぇ何のことよお? 祭りの、なんか出し物の奴だよな、それ」
更にぷりぷりと怒るシイリン、ガックリ項垂れるライレ、互いの肩にもたれ微睡む酔っぱらい。
彼らを傍目に、訳も分からぬまま戸惑うアザマースへ状況の説明をしてやる僕だった。
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