198 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
第十八話: 聖浄の星祭り
しおりを挟む
先述の通り、この【聖浄の星祭り】は、大草原の先住民に伝わる祭りが元になっている。
そちらはよくある収穫祭や謝肉祭に近く、些か理解に苦しむ乱痴気騒ぎをするようなのだが、我が村においては多少変わった趣はあれど宴会の範疇を越えるほどではない。
楽器の演奏はいまいちな吟遊詩人が、控えめに音楽を奏でつつ、意外と達者な朗唱を披露する。
他方、酒食に満足した村人たちが手近の者を誘って適当なダンスを始めたり、新興の村らしく、特に決まった流れなどもないまま銘々勝手に盛り上がる素朴な祭り風景を繰り広げている。
「それはそうと、今更ながら、ラーテルの肉は美味しいなぁ」
『前世で一度だけ食べたことがあるアナグマに味は似ている気がするよ』
「おいしいねー、おいしいねー」
「油がすげえから、あまり食い過ぎんなよな、白坊ちゃん、ファルも」
子どもたちに囲まれた大テーブルの真ん中には料理を載せた大皿がいくつも並ぶ。
中でも、ラーテルの串焼きは、サバナ牛にも引けを取らない絶品料理だった。
獲れたてジビエらしい癖の強さやこりこりとした弾力は感じるものの、ハチミツに漬けられて丹念に処理された一口サイズの肉は柔らかく、味と臭いは多様なハーブと絶妙に調和していた。
焦げ目がつくほどしっかり火が通っていながら、旨みたっぷりの肉汁と甘い脂がしたたる。
「こっちのグレイトホーンの焼き肉は言うまでもなく最高だしね!」
「コシャル、私にも取ってくださいまし……あと、あっちのお料理も」
「いっつもよく喰うね、真白お嬢さま」
僕らが仕留め損ねたサバナ牛も、当然、消えてなくなったりしたわけはなく、宴の主菜として各テーブルへ饗され、この場を大いに盛り上げてくれていた。
広場の奥まったところに設えられた領主卓の中央には、巨大なサバナ牛の頭がでん!と置かれ、周りではマティオロ氏と従士たち、村長ら、そんなお歴々が杯を酌み交わしている。
「いいなぁ、雰囲気に当てられてこっちまで酒を呑みたくなっちゃうのが難だよ」
『うう、それを言わないでくれ……ラーメンも食いたい……屋台が恋しい……』
――スッ。
突然、僕らの大テーブルの上にボウルのような深い杯が差し出されてきた。
振り向けば、カーテンのように大きく白い布を頭からすっぽりと被った怪人の姿があった。
不意に目が合うも、その大きな顔は表情を浮かべぬぬっぺらぼうの仮面だ。
申し訳程度に目と口を表す切れ込みが入っていようとシミュラクラ現象を疑うレベルである。
大輪のゼラニウムに似た黄色い花で身を飾り立てており、印象的には不気味とまでは行かない。
とは言え、性別すら分からない扮装をいきなり目にすれば少しばかり驚いてしまう。
微かに身体を竦ませた僕の様子を笑ったのか、怪人も白布を微妙に揺らす。
だが、すぐに視線をテーブルの上へと向け、やはり白い長手袋を着けた手を伸ばすと、大杯の中に満たされた水を小さな柄杓で掬い、さあっと辺りへ振りまいた。
あちこちで燃えている篝火の灯りを反射し、夜空を背景に無数の水滴がキラキラ光る。
白ずくめの衣装を始め、テーブルや周囲の建物にも飾られている黄色い花まで色味を増す。
そうした光景に満足したかのように怪人は大杯を持ち上げ、テーブルから離れていった。
「なぁなぁ、今のモイモ姉ちゃんじゃねえかな?」
「俺はメシ屋のゾネットに一票」
「もしかするとジェルザ姐さんかも?」
「アホか! ジェルザねーちゃんがあんなちっこいわけねーだろ」
「「「「「そりゃそーだ、あはははは」」」」」
あの無貌の仮面を着けた白ずくめは【聖浄の星祭り】の特色と言えるだろうか。
この世界で主神として広く信仰を集める創造神レエンパエマは月を司る女神ともされている。
そして、夜空に浮かぶ無数の星々はすべて彼女の忠実なる眷属神なのだと言う。
白ずくめが扮するは、それら星の小神たちである。
周りを見渡せば、くるくるとあちこちへ水を撒いて回る白ずくめの姿は一つだけではなかった。
彼ら……いや、彼女らの正体はと言えば、自ら織った白布をまとう成人済み未婚女性たちだ。
先ほど、子どもたちが騒いでいたように、未婚の男性陣には、彼女たちの手を取ってその名を言い当ててみせることで、二人仲良く、明日の仕事を免除されるというお楽しみ要素もあったり……まぁ、これは余談か。健全な少年少女にはまだ関係のない話である。
――くいくいっ。
行き交う星娘たちを眺め、そんなことを考えていると、小さく袖が引かれた。
「ん? どうかしたかい、ファル?」
「えっとね、ファルがお星さまをやったら、白ぼっちゃんだけ目印を教えてあげるからね」
「え? うん? ありがとう? ははっ」
ぴこぴこと笹穂耳を揺らしながら、ファルーラがそんなことを言う。
大きな翠色の瞳に下から見上げられ、少しばかり照れる。
そう言えば、この名前当てゲーム、実はほとんど出来レースなのだとか。
白ずくめの星神に扮する娘は、あらかじめ意中の相手とサインを取り決めておくというのが、半ば公然の習いとなっているらしい。
『くう……なんとも世知辛い話じゃないか』
「いや、流石に出来レースは言い過ぎだと思うけどねえ」
確かに、皆が皆、そんなことをしているわけではないのかも知れない。
しかし、実際問題として、ヒントも無しに正体を当てるのが困難な扮装ではあるだろう。
早々に正解を引き当ててイチャイチャしている数組のカップルを除けば、今のところ、新たな挑戦者が現れる気配もないまま、賑やかに飲めや食えやと祭りは進行していた。
「シイリン! お前がシイリンだ! そうだろう?」
意気揚々としたその声が、会場となっている広場に響き渡るまでは。
そちらはよくある収穫祭や謝肉祭に近く、些か理解に苦しむ乱痴気騒ぎをするようなのだが、我が村においては多少変わった趣はあれど宴会の範疇を越えるほどではない。
楽器の演奏はいまいちな吟遊詩人が、控えめに音楽を奏でつつ、意外と達者な朗唱を披露する。
他方、酒食に満足した村人たちが手近の者を誘って適当なダンスを始めたり、新興の村らしく、特に決まった流れなどもないまま銘々勝手に盛り上がる素朴な祭り風景を繰り広げている。
「それはそうと、今更ながら、ラーテルの肉は美味しいなぁ」
『前世で一度だけ食べたことがあるアナグマに味は似ている気がするよ』
「おいしいねー、おいしいねー」
「油がすげえから、あまり食い過ぎんなよな、白坊ちゃん、ファルも」
子どもたちに囲まれた大テーブルの真ん中には料理を載せた大皿がいくつも並ぶ。
中でも、ラーテルの串焼きは、サバナ牛にも引けを取らない絶品料理だった。
獲れたてジビエらしい癖の強さやこりこりとした弾力は感じるものの、ハチミツに漬けられて丹念に処理された一口サイズの肉は柔らかく、味と臭いは多様なハーブと絶妙に調和していた。
焦げ目がつくほどしっかり火が通っていながら、旨みたっぷりの肉汁と甘い脂がしたたる。
「こっちのグレイトホーンの焼き肉は言うまでもなく最高だしね!」
「コシャル、私にも取ってくださいまし……あと、あっちのお料理も」
「いっつもよく喰うね、真白お嬢さま」
僕らが仕留め損ねたサバナ牛も、当然、消えてなくなったりしたわけはなく、宴の主菜として各テーブルへ饗され、この場を大いに盛り上げてくれていた。
広場の奥まったところに設えられた領主卓の中央には、巨大なサバナ牛の頭がでん!と置かれ、周りではマティオロ氏と従士たち、村長ら、そんなお歴々が杯を酌み交わしている。
「いいなぁ、雰囲気に当てられてこっちまで酒を呑みたくなっちゃうのが難だよ」
『うう、それを言わないでくれ……ラーメンも食いたい……屋台が恋しい……』
――スッ。
突然、僕らの大テーブルの上にボウルのような深い杯が差し出されてきた。
振り向けば、カーテンのように大きく白い布を頭からすっぽりと被った怪人の姿があった。
不意に目が合うも、その大きな顔は表情を浮かべぬぬっぺらぼうの仮面だ。
申し訳程度に目と口を表す切れ込みが入っていようとシミュラクラ現象を疑うレベルである。
大輪のゼラニウムに似た黄色い花で身を飾り立てており、印象的には不気味とまでは行かない。
とは言え、性別すら分からない扮装をいきなり目にすれば少しばかり驚いてしまう。
微かに身体を竦ませた僕の様子を笑ったのか、怪人も白布を微妙に揺らす。
だが、すぐに視線をテーブルの上へと向け、やはり白い長手袋を着けた手を伸ばすと、大杯の中に満たされた水を小さな柄杓で掬い、さあっと辺りへ振りまいた。
あちこちで燃えている篝火の灯りを反射し、夜空を背景に無数の水滴がキラキラ光る。
白ずくめの衣装を始め、テーブルや周囲の建物にも飾られている黄色い花まで色味を増す。
そうした光景に満足したかのように怪人は大杯を持ち上げ、テーブルから離れていった。
「なぁなぁ、今のモイモ姉ちゃんじゃねえかな?」
「俺はメシ屋のゾネットに一票」
「もしかするとジェルザ姐さんかも?」
「アホか! ジェルザねーちゃんがあんなちっこいわけねーだろ」
「「「「「そりゃそーだ、あはははは」」」」」
あの無貌の仮面を着けた白ずくめは【聖浄の星祭り】の特色と言えるだろうか。
この世界で主神として広く信仰を集める創造神レエンパエマは月を司る女神ともされている。
そして、夜空に浮かぶ無数の星々はすべて彼女の忠実なる眷属神なのだと言う。
白ずくめが扮するは、それら星の小神たちである。
周りを見渡せば、くるくるとあちこちへ水を撒いて回る白ずくめの姿は一つだけではなかった。
彼ら……いや、彼女らの正体はと言えば、自ら織った白布をまとう成人済み未婚女性たちだ。
先ほど、子どもたちが騒いでいたように、未婚の男性陣には、彼女たちの手を取ってその名を言い当ててみせることで、二人仲良く、明日の仕事を免除されるというお楽しみ要素もあったり……まぁ、これは余談か。健全な少年少女にはまだ関係のない話である。
――くいくいっ。
行き交う星娘たちを眺め、そんなことを考えていると、小さく袖が引かれた。
「ん? どうかしたかい、ファル?」
「えっとね、ファルがお星さまをやったら、白ぼっちゃんだけ目印を教えてあげるからね」
「え? うん? ありがとう? ははっ」
ぴこぴこと笹穂耳を揺らしながら、ファルーラがそんなことを言う。
大きな翠色の瞳に下から見上げられ、少しばかり照れる。
そう言えば、この名前当てゲーム、実はほとんど出来レースなのだとか。
白ずくめの星神に扮する娘は、あらかじめ意中の相手とサインを取り決めておくというのが、半ば公然の習いとなっているらしい。
『くう……なんとも世知辛い話じゃないか』
「いや、流石に出来レースは言い過ぎだと思うけどねえ」
確かに、皆が皆、そんなことをしているわけではないのかも知れない。
しかし、実際問題として、ヒントも無しに正体を当てるのが困難な扮装ではあるだろう。
早々に正解を引き当ててイチャイチャしている数組のカップルを除けば、今のところ、新たな挑戦者が現れる気配もないまま、賑やかに飲めや食えやと祭りは進行していた。
「シイリン! お前がシイリンだ! そうだろう?」
意気揚々としたその声が、会場となっている広場に響き渡るまでは。
1
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説


結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる