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第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
第十八話: 聖浄の星祭り
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先述の通り、この【聖浄の星祭り】は、大草原の先住民に伝わる祭りが元になっている。
そちらはよくある収穫祭や謝肉祭に近く、些か理解に苦しむ乱痴気騒ぎをするようなのだが、我が村においては多少変わった趣はあれど宴会の範疇を越えるほどではない。
楽器の演奏はいまいちな吟遊詩人が、控えめに音楽を奏でつつ、意外と達者な朗唱を披露する。
他方、酒食に満足した村人たちが手近の者を誘って適当なダンスを始めたり、新興の村らしく、特に決まった流れなどもないまま銘々勝手に盛り上がる素朴な祭り風景を繰り広げている。
「それはそうと、今更ながら、ラーテルの肉は美味しいなぁ」
『前世で一度だけ食べたことがあるアナグマに味は似ている気がするよ』
「おいしいねー、おいしいねー」
「油がすげえから、あまり食い過ぎんなよな、白坊ちゃん、ファルも」
子どもたちに囲まれた大テーブルの真ん中には料理を載せた大皿がいくつも並ぶ。
中でも、ラーテルの串焼きは、サバナ牛にも引けを取らない絶品料理だった。
獲れたてジビエらしい癖の強さやこりこりとした弾力は感じるものの、ハチミツに漬けられて丹念に処理された一口サイズの肉は柔らかく、味と臭いは多様なハーブと絶妙に調和していた。
焦げ目がつくほどしっかり火が通っていながら、旨みたっぷりの肉汁と甘い脂がしたたる。
「こっちのグレイトホーンの焼き肉は言うまでもなく最高だしね!」
「コシャル、私にも取ってくださいまし……あと、あっちのお料理も」
「いっつもよく喰うね、真白お嬢さま」
僕らが仕留め損ねたサバナ牛も、当然、消えてなくなったりしたわけはなく、宴の主菜として各テーブルへ饗され、この場を大いに盛り上げてくれていた。
広場の奥まったところに設えられた領主卓の中央には、巨大なサバナ牛の頭がでん!と置かれ、周りではマティオロ氏と従士たち、村長ら、そんなお歴々が杯を酌み交わしている。
「いいなぁ、雰囲気に当てられてこっちまで酒を呑みたくなっちゃうのが難だよ」
『うう、それを言わないでくれ……ラーメンも食いたい……屋台が恋しい……』
――スッ。
突然、僕らの大テーブルの上にボウルのような深い杯が差し出されてきた。
振り向けば、カーテンのように大きく白い布を頭からすっぽりと被った怪人の姿があった。
不意に目が合うも、その大きな顔は表情を浮かべぬぬっぺらぼうの仮面だ。
申し訳程度に目と口を表す切れ込みが入っていようとシミュラクラ現象を疑うレベルである。
大輪のゼラニウムに似た黄色い花で身を飾り立てており、印象的には不気味とまでは行かない。
とは言え、性別すら分からない扮装をいきなり目にすれば少しばかり驚いてしまう。
微かに身体を竦ませた僕の様子を笑ったのか、怪人も白布を微妙に揺らす。
だが、すぐに視線をテーブルの上へと向け、やはり白い長手袋を着けた手を伸ばすと、大杯の中に満たされた水を小さな柄杓で掬い、さあっと辺りへ振りまいた。
あちこちで燃えている篝火の灯りを反射し、夜空を背景に無数の水滴がキラキラ光る。
白ずくめの衣装を始め、テーブルや周囲の建物にも飾られている黄色い花まで色味を増す。
そうした光景に満足したかのように怪人は大杯を持ち上げ、テーブルから離れていった。
「なぁなぁ、今のモイモ姉ちゃんじゃねえかな?」
「俺はメシ屋のゾネットに一票」
「もしかするとジェルザ姐さんかも?」
「アホか! ジェルザねーちゃんがあんなちっこいわけねーだろ」
「「「「「そりゃそーだ、あはははは」」」」」
あの無貌の仮面を着けた白ずくめは【聖浄の星祭り】の特色と言えるだろうか。
この世界で主神として広く信仰を集める創造神レエンパエマは月を司る女神ともされている。
そして、夜空に浮かぶ無数の星々はすべて彼女の忠実なる眷属神なのだと言う。
白ずくめが扮するは、それら星の小神たちである。
周りを見渡せば、くるくるとあちこちへ水を撒いて回る白ずくめの姿は一つだけではなかった。
彼ら……いや、彼女らの正体はと言えば、自ら織った白布をまとう成人済み未婚女性たちだ。
先ほど、子どもたちが騒いでいたように、未婚の男性陣には、彼女たちの手を取ってその名を言い当ててみせることで、二人仲良く、明日の仕事を免除されるというお楽しみ要素もあったり……まぁ、これは余談か。健全な少年少女にはまだ関係のない話である。
――くいくいっ。
行き交う星娘たちを眺め、そんなことを考えていると、小さく袖が引かれた。
「ん? どうかしたかい、ファル?」
「えっとね、ファルがお星さまをやったら、白ぼっちゃんだけ目印を教えてあげるからね」
「え? うん? ありがとう? ははっ」
ぴこぴこと笹穂耳を揺らしながら、ファルーラがそんなことを言う。
大きな翠色の瞳に下から見上げられ、少しばかり照れる。
そう言えば、この名前当てゲーム、実はほとんど出来レースなのだとか。
白ずくめの星神に扮する娘は、あらかじめ意中の相手とサインを取り決めておくというのが、半ば公然の習いとなっているらしい。
『くう……なんとも世知辛い話じゃないか』
「いや、流石に出来レースは言い過ぎだと思うけどねえ」
確かに、皆が皆、そんなことをしているわけではないのかも知れない。
しかし、実際問題として、ヒントも無しに正体を当てるのが困難な扮装ではあるだろう。
早々に正解を引き当ててイチャイチャしている数組のカップルを除けば、今のところ、新たな挑戦者が現れる気配もないまま、賑やかに飲めや食えやと祭りは進行していた。
「シイリン! お前がシイリンだ! そうだろう?」
意気揚々としたその声が、会場となっている広場に響き渡るまでは。
そちらはよくある収穫祭や謝肉祭に近く、些か理解に苦しむ乱痴気騒ぎをするようなのだが、我が村においては多少変わった趣はあれど宴会の範疇を越えるほどではない。
楽器の演奏はいまいちな吟遊詩人が、控えめに音楽を奏でつつ、意外と達者な朗唱を披露する。
他方、酒食に満足した村人たちが手近の者を誘って適当なダンスを始めたり、新興の村らしく、特に決まった流れなどもないまま銘々勝手に盛り上がる素朴な祭り風景を繰り広げている。
「それはそうと、今更ながら、ラーテルの肉は美味しいなぁ」
『前世で一度だけ食べたことがあるアナグマに味は似ている気がするよ』
「おいしいねー、おいしいねー」
「油がすげえから、あまり食い過ぎんなよな、白坊ちゃん、ファルも」
子どもたちに囲まれた大テーブルの真ん中には料理を載せた大皿がいくつも並ぶ。
中でも、ラーテルの串焼きは、サバナ牛にも引けを取らない絶品料理だった。
獲れたてジビエらしい癖の強さやこりこりとした弾力は感じるものの、ハチミツに漬けられて丹念に処理された一口サイズの肉は柔らかく、味と臭いは多様なハーブと絶妙に調和していた。
焦げ目がつくほどしっかり火が通っていながら、旨みたっぷりの肉汁と甘い脂がしたたる。
「こっちのグレイトホーンの焼き肉は言うまでもなく最高だしね!」
「コシャル、私にも取ってくださいまし……あと、あっちのお料理も」
「いっつもよく喰うね、真白お嬢さま」
僕らが仕留め損ねたサバナ牛も、当然、消えてなくなったりしたわけはなく、宴の主菜として各テーブルへ饗され、この場を大いに盛り上げてくれていた。
広場の奥まったところに設えられた領主卓の中央には、巨大なサバナ牛の頭がでん!と置かれ、周りではマティオロ氏と従士たち、村長ら、そんなお歴々が杯を酌み交わしている。
「いいなぁ、雰囲気に当てられてこっちまで酒を呑みたくなっちゃうのが難だよ」
『うう、それを言わないでくれ……ラーメンも食いたい……屋台が恋しい……』
――スッ。
突然、僕らの大テーブルの上にボウルのような深い杯が差し出されてきた。
振り向けば、カーテンのように大きく白い布を頭からすっぽりと被った怪人の姿があった。
不意に目が合うも、その大きな顔は表情を浮かべぬぬっぺらぼうの仮面だ。
申し訳程度に目と口を表す切れ込みが入っていようとシミュラクラ現象を疑うレベルである。
大輪のゼラニウムに似た黄色い花で身を飾り立てており、印象的には不気味とまでは行かない。
とは言え、性別すら分からない扮装をいきなり目にすれば少しばかり驚いてしまう。
微かに身体を竦ませた僕の様子を笑ったのか、怪人も白布を微妙に揺らす。
だが、すぐに視線をテーブルの上へと向け、やはり白い長手袋を着けた手を伸ばすと、大杯の中に満たされた水を小さな柄杓で掬い、さあっと辺りへ振りまいた。
あちこちで燃えている篝火の灯りを反射し、夜空を背景に無数の水滴がキラキラ光る。
白ずくめの衣装を始め、テーブルや周囲の建物にも飾られている黄色い花まで色味を増す。
そうした光景に満足したかのように怪人は大杯を持ち上げ、テーブルから離れていった。
「なぁなぁ、今のモイモ姉ちゃんじゃねえかな?」
「俺はメシ屋のゾネットに一票」
「もしかするとジェルザ姐さんかも?」
「アホか! ジェルザねーちゃんがあんなちっこいわけねーだろ」
「「「「「そりゃそーだ、あはははは」」」」」
あの無貌の仮面を着けた白ずくめは【聖浄の星祭り】の特色と言えるだろうか。
この世界で主神として広く信仰を集める創造神レエンパエマは月を司る女神ともされている。
そして、夜空に浮かぶ無数の星々はすべて彼女の忠実なる眷属神なのだと言う。
白ずくめが扮するは、それら星の小神たちである。
周りを見渡せば、くるくるとあちこちへ水を撒いて回る白ずくめの姿は一つだけではなかった。
彼ら……いや、彼女らの正体はと言えば、自ら織った白布をまとう成人済み未婚女性たちだ。
先ほど、子どもたちが騒いでいたように、未婚の男性陣には、彼女たちの手を取ってその名を言い当ててみせることで、二人仲良く、明日の仕事を免除されるというお楽しみ要素もあったり……まぁ、これは余談か。健全な少年少女にはまだ関係のない話である。
――くいくいっ。
行き交う星娘たちを眺め、そんなことを考えていると、小さく袖が引かれた。
「ん? どうかしたかい、ファル?」
「えっとね、ファルがお星さまをやったら、白ぼっちゃんだけ目印を教えてあげるからね」
「え? うん? ありがとう? ははっ」
ぴこぴこと笹穂耳を揺らしながら、ファルーラがそんなことを言う。
大きな翠色の瞳に下から見上げられ、少しばかり照れる。
そう言えば、この名前当てゲーム、実はほとんど出来レースなのだとか。
白ずくめの星神に扮する娘は、あらかじめ意中の相手とサインを取り決めておくというのが、半ば公然の習いとなっているらしい。
『くう……なんとも世知辛い話じゃないか』
「いや、流石に出来レースは言い過ぎだと思うけどねえ」
確かに、皆が皆、そんなことをしているわけではないのかも知れない。
しかし、実際問題として、ヒントも無しに正体を当てるのが困難な扮装ではあるだろう。
早々に正解を引き当ててイチャイチャしている数組のカップルを除けば、今のところ、新たな挑戦者が現れる気配もないまま、賑やかに飲めや食えやと祭りは進行していた。
「シイリン! お前がシイリンだ! そうだろう?」
意気揚々としたその声が、会場となっている広場に響き渡るまでは。
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