197 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
第十七話: 狩猟納めと夜の宴
しおりを挟む
昼から夕に掛けての【海ノ刻】が過ぎゆく十八時頃、夜の【森ノ刻】へ向かう大草原の気温は、朝方とは逆にゆっくりと下がり始め、強い風と砂埃も徐々に落ち着きを見せてくる。
すっかり過ごしやすくなった屋外、僕らを含む狩猟大会に参加した三パーティー総勢十五名の子どもたちが大きなテーブルを囲み、未だ興奮冷めやらぬといった雰囲気で盛り上がっていた。
「――そこで真白お嬢さまの魔法術が炸裂! ふらふらになったグレイトホーンはバッタリさ!」
「「「すっげえ!」」」
「ふふーんですわ! まっ、眠らせるのは失敗したんですけど」
「ねー、ねー、ハチミツは? このハチミツはどうやって採ってきたの?」
「あ、それ聞いちゃう? 凶暴なラーテルに立ち向かった僕たちの勇姿――」
「ラーテルはおとなでも手をやくって言うわ。サルフにいちゃん、見かけによらず、すごいのね」
狩猟大会で栄冠を手にした僕らの一行は本日の英雄と言って良い。
調子付いたカザルプ少年の語り口が冴え渡る。
そもそもの話、他の参加者たちはモンスターと戦うほどの気概や戦闘力を持ち合わせておらず、休眠中の大ネズミや草の実などを取ってきたくらいのもの、端から勝負にはなっていなかった。
狩猟に参加しなかった子や幼児とも一緒になってやんやと喝采を上げるばかりだ。
開拓村の中央広場、ど真ん中に設置されたその大テーブルの周囲には、数合わせや引率として付いてきていた大人たちを始め、多くの者が集まり、微笑ましそうな顔で子どもたちの武勇伝に耳を傾けている。
「フッ、なんとも牧歌的な光景です。そうは思いませんか、巫女ミャアマ」
その中の一人であるアドニス司祭が、美男子然とした貌を綻ばせ、傍らの少女へ声を掛けた。
前世の記憶にある英国風メイドを思わせる衣装に身を包んだ小柄な少女である。
「話を逸らそうったってそうはいきませんよ、司祭さま。聖務の時間だって言ってるでしょう。観念してさっさと支度してもらえませんか。真白奥さま……エルキル夫人は昼間からお手伝いに来てくださってるんですけど。どっかの宿六が遊び歩いてた間も。そこんとこ分かってます?」
「やれやれ、まるで私の細君にでもなったかのような物言いですね」
「は? 冗談でもよしてください、そういうの」
毛虫でも見るかのような目つきだった。
顔の前に垂らされたベール越しにもハッキリ分かる、可愛らしい衣装にそぐわぬ無表情の中、目だけがあからさまな嫌悪の情を浮かべていた。
遠間の他人事ながら居たたまれない……が、当のアドニス司祭はさして気にする風もなく。
「フ……ともあれ、そういうことなら急ぎ戻るとしましょうか。参りますよ、巫女ミャアマ」
「どういうことでも呼ばれる前に自分で戻ってきてくれませんかね」
「親愛なる君を困らせぬよう、せいぜい善処するとしましょう」
少女に背を押されるかのように神殿の門を潜りゆくアドニス司祭を思わず見送ってしまった。
……っと、広場の外縁へ目を向ければ、そこかしこに数多くの小テーブルが設えられており、それぞれ子ども抜きでどんちゃん騒ぎを始めている。
料理を出し、空いた食器を下げ……と、各テーブルを忙しなく行き来する給仕担当の奥様方。
仕事終わりのくたびれた様子で続々と列を成して広場へ入ってくる労働者たち。
中でも一際目に付くのは、大きな仮面を着け、白ずくめの衣装をまとい、くるくる回りながら人々とテーブルの間を渡り歩いている怪人たちの姿だ。
異国情緒を瞭然と感じさせる祭りの光景がそこにはあった。
実は、昼から行われていた子どもたちの狩猟大会は、この夜祭りの余興に過ぎない。
夜の帳は降ろされた。替わって幕を開けるのが本日のメインイベント【聖浄の星祭り】なのだ。
辺境の小さな開拓村では、日々の生活は苦しく、過酷な自然環境に耐え続けるのが常である。
そんな中、余裕がある節目の時期に催されるいくつかの年中行事は、皆の重要な息抜きとなる。
神殿の暦に従った一般的な宗教行事も少なくないが、出身地を異とする領民それぞれの習俗を取り入れた、この村独自の祭りも近年では少しずつ増えてきていた。
大草原で暮らす先住民の間に伝わる謝肉祭を元とした、この【聖浄の星祭り】もその一つ。
迫り来る乾期の盛りに備え、腹一杯になるまでご馳走を食べ、雲一つ無く広がる夜空へ感謝と祈り、そして魔素を捧げる……ざっくり説明すると、そういった主旨の行事だ。
「昼下がりの狩猟大会と同日開催だから、うちでは大人から子どもまで楽しめるイベントだよ」
余談になるが、その狩猟大会は、獲物が激減する乾期の狩猟納を兼ねている。
枯れ野に居座って気性が荒くなる【季忘れ】の生物を追い立てると共に、年若い子どもたちを草原に慣れさせ、ついでに祭りの肴が何品か増えれば儲け物というのが趣意になるだろうか。
こちらは特に由来となった伝統的行事があるわけではなく、自然発生的に定着した。
『ちょうど組み合わせの相性がいいんだよな。元はと言えば、足の早い保存食や酒類がそろそろ賞味期限切れになる時期だから、盛大に喰い尽くしてやろうっていう――』
「いや、そんな蘊蓄はどうでもいいよ」
『そうか? 伝統行事の成り立ちなんて興味が湧くものじゃないか』
……まぁ、いい。しかし、これだけは言っておかなければ。
この世界に存在しないであろう【サン=テグジュペリ】という言葉に深い意味はない。
例によって、僕の何げない呟きを拾われ、何故か正式採用されてしまっただけのことである。
まったく、我ながら意味不明な連想をしたものだ。
すっかり過ごしやすくなった屋外、僕らを含む狩猟大会に参加した三パーティー総勢十五名の子どもたちが大きなテーブルを囲み、未だ興奮冷めやらぬといった雰囲気で盛り上がっていた。
「――そこで真白お嬢さまの魔法術が炸裂! ふらふらになったグレイトホーンはバッタリさ!」
「「「すっげえ!」」」
「ふふーんですわ! まっ、眠らせるのは失敗したんですけど」
「ねー、ねー、ハチミツは? このハチミツはどうやって採ってきたの?」
「あ、それ聞いちゃう? 凶暴なラーテルに立ち向かった僕たちの勇姿――」
「ラーテルはおとなでも手をやくって言うわ。サルフにいちゃん、見かけによらず、すごいのね」
狩猟大会で栄冠を手にした僕らの一行は本日の英雄と言って良い。
調子付いたカザルプ少年の語り口が冴え渡る。
そもそもの話、他の参加者たちはモンスターと戦うほどの気概や戦闘力を持ち合わせておらず、休眠中の大ネズミや草の実などを取ってきたくらいのもの、端から勝負にはなっていなかった。
狩猟に参加しなかった子や幼児とも一緒になってやんやと喝采を上げるばかりだ。
開拓村の中央広場、ど真ん中に設置されたその大テーブルの周囲には、数合わせや引率として付いてきていた大人たちを始め、多くの者が集まり、微笑ましそうな顔で子どもたちの武勇伝に耳を傾けている。
「フッ、なんとも牧歌的な光景です。そうは思いませんか、巫女ミャアマ」
その中の一人であるアドニス司祭が、美男子然とした貌を綻ばせ、傍らの少女へ声を掛けた。
前世の記憶にある英国風メイドを思わせる衣装に身を包んだ小柄な少女である。
「話を逸らそうったってそうはいきませんよ、司祭さま。聖務の時間だって言ってるでしょう。観念してさっさと支度してもらえませんか。真白奥さま……エルキル夫人は昼間からお手伝いに来てくださってるんですけど。どっかの宿六が遊び歩いてた間も。そこんとこ分かってます?」
「やれやれ、まるで私の細君にでもなったかのような物言いですね」
「は? 冗談でもよしてください、そういうの」
毛虫でも見るかのような目つきだった。
顔の前に垂らされたベール越しにもハッキリ分かる、可愛らしい衣装にそぐわぬ無表情の中、目だけがあからさまな嫌悪の情を浮かべていた。
遠間の他人事ながら居たたまれない……が、当のアドニス司祭はさして気にする風もなく。
「フ……ともあれ、そういうことなら急ぎ戻るとしましょうか。参りますよ、巫女ミャアマ」
「どういうことでも呼ばれる前に自分で戻ってきてくれませんかね」
「親愛なる君を困らせぬよう、せいぜい善処するとしましょう」
少女に背を押されるかのように神殿の門を潜りゆくアドニス司祭を思わず見送ってしまった。
……っと、広場の外縁へ目を向ければ、そこかしこに数多くの小テーブルが設えられており、それぞれ子ども抜きでどんちゃん騒ぎを始めている。
料理を出し、空いた食器を下げ……と、各テーブルを忙しなく行き来する給仕担当の奥様方。
仕事終わりのくたびれた様子で続々と列を成して広場へ入ってくる労働者たち。
中でも一際目に付くのは、大きな仮面を着け、白ずくめの衣装をまとい、くるくる回りながら人々とテーブルの間を渡り歩いている怪人たちの姿だ。
異国情緒を瞭然と感じさせる祭りの光景がそこにはあった。
実は、昼から行われていた子どもたちの狩猟大会は、この夜祭りの余興に過ぎない。
夜の帳は降ろされた。替わって幕を開けるのが本日のメインイベント【聖浄の星祭り】なのだ。
辺境の小さな開拓村では、日々の生活は苦しく、過酷な自然環境に耐え続けるのが常である。
そんな中、余裕がある節目の時期に催されるいくつかの年中行事は、皆の重要な息抜きとなる。
神殿の暦に従った一般的な宗教行事も少なくないが、出身地を異とする領民それぞれの習俗を取り入れた、この村独自の祭りも近年では少しずつ増えてきていた。
大草原で暮らす先住民の間に伝わる謝肉祭を元とした、この【聖浄の星祭り】もその一つ。
迫り来る乾期の盛りに備え、腹一杯になるまでご馳走を食べ、雲一つ無く広がる夜空へ感謝と祈り、そして魔素を捧げる……ざっくり説明すると、そういった主旨の行事だ。
「昼下がりの狩猟大会と同日開催だから、うちでは大人から子どもまで楽しめるイベントだよ」
余談になるが、その狩猟大会は、獲物が激減する乾期の狩猟納を兼ねている。
枯れ野に居座って気性が荒くなる【季忘れ】の生物を追い立てると共に、年若い子どもたちを草原に慣れさせ、ついでに祭りの肴が何品か増えれば儲け物というのが趣意になるだろうか。
こちらは特に由来となった伝統的行事があるわけではなく、自然発生的に定着した。
『ちょうど組み合わせの相性がいいんだよな。元はと言えば、足の早い保存食や酒類がそろそろ賞味期限切れになる時期だから、盛大に喰い尽くしてやろうっていう――』
「いや、そんな蘊蓄はどうでもいいよ」
『そうか? 伝統行事の成り立ちなんて興味が湧くものじゃないか』
……まぁ、いい。しかし、これだけは言っておかなければ。
この世界に存在しないであろう【サン=テグジュペリ】という言葉に深い意味はない。
例によって、僕の何げない呟きを拾われ、何故か正式採用されてしまっただけのことである。
まったく、我ながら意味不明な連想をしたものだ。
1
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説


断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します

強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる