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第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
第十三話: 角笛の音に勇む少年たち
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――ぼわわわぁ~お!
草原を吹き抜けていく強い風の音に紛れ、時折、伸びやかな音が聞こえてくる。
遠くの方で大人たちが吹き鳴らす角笛の音だ。
この角笛、鳴らし方によって様々な合図ともされるが、基本的には単なる時報である。
陽射しが落ち着く昼下がりから始まった子どもたちの狩猟大会もぼちぼち折り返し時刻らしい。
「イヌオ! サルフ! キジィ! 貴方たち、まさか私を手ぶらで帰すおつもりなのかしら?」
ここまで、僕が仕留めたモンスターから得た魔石を除けば、まったくの実入り無し。
例年、収穫ゼロで終わる参加者も珍しくないイベントなので、特に恥じる必要はないにしても。
「あっは、まさかだよ!」
「今まで力を蓄えてたんだ!」
「ふん、俺が付いてて『何も見つからなかった』とは言わせられないな!」
姉クリスタの声に応え、三人の少年たちは揃って気炎を吐いた。
各自、腰に吊した水袋を手に取り、ごくごくっ!と水を呷ると、真剣な表情で探索を再開する。
疎らに立つ樹木、枯れ草ばかりの藪の中、盛り上がった土や岩の陰……そんな地形を転々と、僕らの一行は獲物を求めてじっくり辿っていく。
傍らには、干上がって谷状に窪んだ川の跡が続き、底の方にちょろちょろと水が流れている。
『運が好ければ、この辺りで何かしら獲物にはありつけるんじゃないかと――』
「ヤバイ! みんな、動くな!」
そのとき、川の側にいたイヌオ――最年長十八歳になる赤毛少年ハイナルカが警告を発した。
鋭い声に全員が動きを止める、と
数メートル下を流れる細い小川に沿って遠くから走ってくる生き物の姿が目に入った。
頭頂と背中は白っぽく、それ以外の腹や脚は黒、特徴的なツートンカラーの毛皮を持つ獣だ。
体高は三四十センチ、体長一メートルほど。細身のクマにも、ごついイタチにも見える。
「季忘れの……よりによってラーテルか。しかも一メトリ(およそ百二十センチ)はありやがる」
「うは、でっかい。魔獣じゃないのは良かったけど……でも」
「あいつはスルーですわね」
ラーテルとは、アナグマやマングースなどに似た雑食性の哺乳動物である。
確か、地球のアフリカ辺りにも棲息していたはずなので、ご存じの方もいるかも知れない。
従士見習いとして戦闘訓練を受けているハイナルカと魔術師見習いであるクリスタがいれば、決して狩れない相手ではなく、肉は食用になるし、なかなか良い毛皮も取れる。
だが、ああ見えて気性が荒く、目に付くものは何でも襲う危険生物として恐れられているのだ。
いくらなんでも、子どもたちだけで無理に挑むほどの獲物ではないだろう。
――ぼぉーおっ! ぼぉーおっ! ぼぉーおっ!
折良く、要注意の生き物が出現したことを表す警戒の角笛が辺り一帯に響き渡った。
僕ら全員、じっと息を潜め、幅二十メートルほどの小さな谷底を行くラーテルを見守る。
「ハッ!? 待ちなさい! シェガロ様、急ぎ哨戒を!」
「えっ? いや! 風の精霊に我は請う……」
突如、何に思い当たったのか、今度はアドニス司祭が声を上げた。
怪訝な顔をする一同を余所に、僕は素早く請願し、十メートル近い高さまで垂直に急上昇する。
すかさず周囲を見渡してみれば、遥か遠くで慌てふためく大人たちの姿と……。
「うわっ! みんな、急いで川上の方へ……って、間に合わない!?」
そこで、地上の少年少女も異変に気付く。
緩やかな丘の向こうより伝わってくる微かな地響き……しかし、既に刻は遅すぎた。
徐々に……いや、瞬く間に高まる地響きを伴って猛烈な勢いで草原を走り込んできたものは、体高二メートル超、全長では四メートル超という前世地球のワゴン車並みのサイズを誇る巨体と、それにまったく見劣りしないほど巨大な二本の角を持つモンスターだった。
グレイトホーンとも呼ばれるそのモンスター――サバナ牛は、川縁に固まっている僕ら一行に気付くと、前方で停止し、前足で盛んに地面を引っ掻く威嚇行為を始める。
そして、谷底へと追い立てるかのように、ヴォオオオ!と凄まじい吼え声を上げた。
『まずいな。ラーテルにも気付かれてしまった。前門の牛、後門のアナグマ、挟み撃ちだ』
「クリスタ姉さん! サバナ牛は僕が! 姉さんたちは川縁を降りて――」
「シェガロ! 姉に指図は無用ですわ! イヌオ、やれますわね?」
「ああ、問題ない。季忘れのグレイトホーンなんて大物は俺も初めてだけどな」
「うきっ! 気張ろうか、キジィ」
「けけっ! これは土産話には困らないよ、サルフ」
どうやら、姉クリスタと仲間たちはすっかりサバナ牛とやる気のようだ。
僕の見立てによれば、彼らの手には少々余る強敵ではないかと思われるものの……。
いや、万が一があってもアドニス司祭が控えている。ひとまずは任せても大丈夫だろう。
「分かった……でも、皆、無茶なことはしないでよね」
「フッ、シェガロ様。こちらのことは私が確と見守っておきましょう。女神もご聖覧《しょうらん》あれ」
「お願いします」と、アドニス司祭へ返し、僕はきょとんとしている残る一人に目を向けた。
「それじゃ、ファル、君にはラーテルの方を手伝ってもらおうかな」
「なになにー?」
それぞれやるべきことは決まった。
いよいよ戦いの火蓋が切って落とされる。
草原を吹き抜けていく強い風の音に紛れ、時折、伸びやかな音が聞こえてくる。
遠くの方で大人たちが吹き鳴らす角笛の音だ。
この角笛、鳴らし方によって様々な合図ともされるが、基本的には単なる時報である。
陽射しが落ち着く昼下がりから始まった子どもたちの狩猟大会もぼちぼち折り返し時刻らしい。
「イヌオ! サルフ! キジィ! 貴方たち、まさか私を手ぶらで帰すおつもりなのかしら?」
ここまで、僕が仕留めたモンスターから得た魔石を除けば、まったくの実入り無し。
例年、収穫ゼロで終わる参加者も珍しくないイベントなので、特に恥じる必要はないにしても。
「あっは、まさかだよ!」
「今まで力を蓄えてたんだ!」
「ふん、俺が付いてて『何も見つからなかった』とは言わせられないな!」
姉クリスタの声に応え、三人の少年たちは揃って気炎を吐いた。
各自、腰に吊した水袋を手に取り、ごくごくっ!と水を呷ると、真剣な表情で探索を再開する。
疎らに立つ樹木、枯れ草ばかりの藪の中、盛り上がった土や岩の陰……そんな地形を転々と、僕らの一行は獲物を求めてじっくり辿っていく。
傍らには、干上がって谷状に窪んだ川の跡が続き、底の方にちょろちょろと水が流れている。
『運が好ければ、この辺りで何かしら獲物にはありつけるんじゃないかと――』
「ヤバイ! みんな、動くな!」
そのとき、川の側にいたイヌオ――最年長十八歳になる赤毛少年ハイナルカが警告を発した。
鋭い声に全員が動きを止める、と
数メートル下を流れる細い小川に沿って遠くから走ってくる生き物の姿が目に入った。
頭頂と背中は白っぽく、それ以外の腹や脚は黒、特徴的なツートンカラーの毛皮を持つ獣だ。
体高は三四十センチ、体長一メートルほど。細身のクマにも、ごついイタチにも見える。
「季忘れの……よりによってラーテルか。しかも一メトリ(およそ百二十センチ)はありやがる」
「うは、でっかい。魔獣じゃないのは良かったけど……でも」
「あいつはスルーですわね」
ラーテルとは、アナグマやマングースなどに似た雑食性の哺乳動物である。
確か、地球のアフリカ辺りにも棲息していたはずなので、ご存じの方もいるかも知れない。
従士見習いとして戦闘訓練を受けているハイナルカと魔術師見習いであるクリスタがいれば、決して狩れない相手ではなく、肉は食用になるし、なかなか良い毛皮も取れる。
だが、ああ見えて気性が荒く、目に付くものは何でも襲う危険生物として恐れられているのだ。
いくらなんでも、子どもたちだけで無理に挑むほどの獲物ではないだろう。
――ぼぉーおっ! ぼぉーおっ! ぼぉーおっ!
折良く、要注意の生き物が出現したことを表す警戒の角笛が辺り一帯に響き渡った。
僕ら全員、じっと息を潜め、幅二十メートルほどの小さな谷底を行くラーテルを見守る。
「ハッ!? 待ちなさい! シェガロ様、急ぎ哨戒を!」
「えっ? いや! 風の精霊に我は請う……」
突如、何に思い当たったのか、今度はアドニス司祭が声を上げた。
怪訝な顔をする一同を余所に、僕は素早く請願し、十メートル近い高さまで垂直に急上昇する。
すかさず周囲を見渡してみれば、遥か遠くで慌てふためく大人たちの姿と……。
「うわっ! みんな、急いで川上の方へ……って、間に合わない!?」
そこで、地上の少年少女も異変に気付く。
緩やかな丘の向こうより伝わってくる微かな地響き……しかし、既に刻は遅すぎた。
徐々に……いや、瞬く間に高まる地響きを伴って猛烈な勢いで草原を走り込んできたものは、体高二メートル超、全長では四メートル超という前世地球のワゴン車並みのサイズを誇る巨体と、それにまったく見劣りしないほど巨大な二本の角を持つモンスターだった。
グレイトホーンとも呼ばれるそのモンスター――サバナ牛は、川縁に固まっている僕ら一行に気付くと、前方で停止し、前足で盛んに地面を引っ掻く威嚇行為を始める。
そして、谷底へと追い立てるかのように、ヴォオオオ!と凄まじい吼え声を上げた。
『まずいな。ラーテルにも気付かれてしまった。前門の牛、後門のアナグマ、挟み撃ちだ』
「クリスタ姉さん! サバナ牛は僕が! 姉さんたちは川縁を降りて――」
「シェガロ! 姉に指図は無用ですわ! イヌオ、やれますわね?」
「ああ、問題ない。季忘れのグレイトホーンなんて大物は俺も初めてだけどな」
「うきっ! 気張ろうか、キジィ」
「けけっ! これは土産話には困らないよ、サルフ」
どうやら、姉クリスタと仲間たちはすっかりサバナ牛とやる気のようだ。
僕の見立てによれば、彼らの手には少々余る強敵ではないかと思われるものの……。
いや、万が一があってもアドニス司祭が控えている。ひとまずは任せても大丈夫だろう。
「分かった……でも、皆、無茶なことはしないでよね」
「フッ、シェガロ様。こちらのことは私が確と見守っておきましょう。女神もご聖覧《しょうらん》あれ」
「お願いします」と、アドニス司祭へ返し、僕はきょとんとしている残る一人に目を向けた。
「それじゃ、ファル、君にはラーテルの方を手伝ってもらおうかな」
「なになにー?」
それぞれやるべきことは決まった。
いよいよ戦いの火蓋が切って落とされる。
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