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第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
第十一話: 冷房下、お茶を飲みながら
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すっかり冷房が効いたリビングでのティータイムが続く。
「ママー、ルッカにそれちょうだい」
「ママー、ラッカもそれほしい」
「あらあら、うふふ、甘えんぼさんですね。はい、あーん……」
ニコニコ顔の母トゥーニヤが結晶化した蜜をまとう天然の食用花をつまみ、妹双子に与える。
「姉さん、ちょっとそれちょうだい」
「アラアラ、くふふっ、甘いですわね。これは一人分なの……あーむっ」
一方、カカオビスケットを一人で食べ尽くしてしまう姉クリスタの所業には呆れるばかりだ。
メーナバがこまめに皆のお茶を注ぎ足し、ノブロゴは配膳車と共にテーブルのすぐ側に控え、ファルーラも欠伸をこらえようとしながらではあるも、どうにかまだ立っていられていた。
心地好い一時が、エントランスホールを一歩出た先に広がる灼熱地獄を忘れさせてくれる。
「先ほどのお話ですけれど、やっぱり、お家の中はもう少し快適になるといいですわね~」
「うーん、流石に【環境維持】でも全館冷房は難しいかな」
「ふん、アンタが家に居るときだけしか使えないようじゃ意味ないですわっ」
「【送風】の魔道具を買い直すついでに数を増やすことは前向きに検討するべきか」
ちなみに、先ほどから繰り返し話に出ている【送風】の魔道具というのは、いわゆる扇風機を思い浮かべてもらいたい。
この世界の誰もが多かれ少なかれ体内に宿す【魔力】と呼ばれるエネルギーを動力源に用いる【魔道具】は、前世の機械と似て非なる、異世界ならではの不思議道具だ。
扇風機、照明、卓上コンロ、冷蔵庫、自動掃除機……など、うちでもいくつか所持している。
ただし、この程度の物であっても一般庶民がほいほい手に入れられるわけではない。
それなりに高価であることに加え、製作・売買……大っぴらに使うのであれば所持についても、一つ一つ、国の許可が必要となるためだ。
『まぁ、流通させるには社会的影響が大きすぎたり危険すぎたりする物もあるのだろう』
なにせ、ここは中世レベルの文明度とされる世界である。
大衆のほとんどは簡単な取扱説明書や注意書きを読むことさえできないくらいだ。
前世で笑い話とされていたような家電絡みの事故など、そこら中で多発しかねない。
特に強力な――ダンジョンで見つかるような――魔道具ともなれば、ヘタをすると国家さえも揺るがすほどの力があるのだから、所有者や所在地を把握しておく重要性は尚更であろう。
「どのみち、こんな僻地じゃあ、魔道具なんて欲しくてもそうそう手に入らないんだけどね」
「ええ、【送風】は王都の工房まで注文しないといけませんから、届くのもいつになるかしら。乾期の盛りには間に合ってくれたら助かるのですけれど」
「それは難しいやも知れんな」
王都までは相当な距離があり、まともな街道はない。加えて乾期には行商の足も鈍りがちだ。
一基だけでなく複数基を魔道具工房に注文し、国にも許可を申請……軽く数ヶ月コースだろう。
「「ええ~、なんで! ずっと暑いのやだあ!」」
「あらまあ、ルッカちゃん、ラッカちゃん、そんな風に怒ると可愛いお顔が台無しですよ」
「「うーっ!」」
「どうせ何ヶ月もこのままなんだったら、魔道具に頼らなくても少しは涼しくなるよう小屋……屋敷をしっかりと造り直しちゃわない?」
「ぬうん、増築したてで改築か。見方を変えれば、村に建築士が留まる今は好機とも言えるが」
半年前のこと、我らが領主屋敷は、ほぼ床面積二倍となる増築を果たしている。
その際、元の二階建て丸太小屋は三方に別棟を付属させる形で母屋となったものの、各棟とは渡り廊下を繋げられたのみ、内部に関してはまったく手付かずのまま流用されたのだった。
施工した建築士たちはまだ村で仕事しているため、アフターサービスを頼めるかも知れない。
『この丸太小屋もなぁ……移住してきて最初に建てたもんだから、直せるなら直したいよなぁ。素人だけで建てたにしちゃ立派だし、思い入れはあるが、気候なんて考慮されてない造りなんだ』
「くふふ、いっそのこと新築にすればいいですわ……ぬりぬり」
「考えておこう……ふむ、なんにしても、また金が掛かりそうだ……もっぐもっぐ」
鱗模様が付いた一口大の平たいパンにディップ――ヨーグルトとたっぷりのオリーブオイルでトマトや青唐辛子を漬けたスパイシーなソース――を塗って食べながら、父と姉が言葉を交わす。
『はは、それにしても、よく食べる二人だねぇ』
昼食を摂る習慣がない我が領では、実質的にティータイムがその役目を担うとは言え、大抵はがっつり食べたりはせず、沢山並べられた軽食の中から四五品をつまむくらいが関の山である。
ちなみに、この地の食事は一日の初めに摂る朝食を最も豪華でボリューム豊富としがちだ。
前述の通り、昼食は一般的ではなく、ティータイムに添えられる軽食類で小腹を満たす程度。
そうして、締めの夕食では、疲労と消化によい料理をメインとするのだ。酒を楽しむ人も多い。
……と話が逸れた。閑話休題。
「お金か……パパ、領の予算には大分余裕があるんじゃないの?」
「無論、余裕はある。デビュタントに備えてな。だが、領内の警邏に冒険者を雇うのは外せんし、農奴も増えた。領民が倍増したと言っても、まだ肝心の税が取れんので先の見通しまでは立たぬ。後で従士どもに勘定をやり直させねばならん」
「うふふ、あの子たちが仕官してきてくれたのは助かりましたわね」
「ああ、内務志望の従士たち。役に立ってるんだ?」
「俺やノブロゴより数字の扱いが得意なのでな」
新たに仕官してきた従士の中には他の貴族家出身者もいた。
と言っても、爵位を得られる可能性がない末子や庶子などだが、それでも普通の平民と比べて遙かに教養は備わっているため、常識知らずの成り上がりである我が家では何かと重宝される。
そんなこんな、ティータイムは話題を変えながらも半刻(一時間)ほど続いた。
冷房の効いたエントランスホールはまさに安息地と呼ぶ他はない。
その後も外の陽射しが落ち着く昼下がりまで、皆、なんだかんだ理由をつけて居座っていたが、やることを放り出して怠けていたというわけでなさそうだし、とやかく言わずにおこう。
とりあえず、この【環境維持】付きアフタヌーンティーはしばらく日課としたいものである。
「ママー、ルッカにそれちょうだい」
「ママー、ラッカもそれほしい」
「あらあら、うふふ、甘えんぼさんですね。はい、あーん……」
ニコニコ顔の母トゥーニヤが結晶化した蜜をまとう天然の食用花をつまみ、妹双子に与える。
「姉さん、ちょっとそれちょうだい」
「アラアラ、くふふっ、甘いですわね。これは一人分なの……あーむっ」
一方、カカオビスケットを一人で食べ尽くしてしまう姉クリスタの所業には呆れるばかりだ。
メーナバがこまめに皆のお茶を注ぎ足し、ノブロゴは配膳車と共にテーブルのすぐ側に控え、ファルーラも欠伸をこらえようとしながらではあるも、どうにかまだ立っていられていた。
心地好い一時が、エントランスホールを一歩出た先に広がる灼熱地獄を忘れさせてくれる。
「先ほどのお話ですけれど、やっぱり、お家の中はもう少し快適になるといいですわね~」
「うーん、流石に【環境維持】でも全館冷房は難しいかな」
「ふん、アンタが家に居るときだけしか使えないようじゃ意味ないですわっ」
「【送風】の魔道具を買い直すついでに数を増やすことは前向きに検討するべきか」
ちなみに、先ほどから繰り返し話に出ている【送風】の魔道具というのは、いわゆる扇風機を思い浮かべてもらいたい。
この世界の誰もが多かれ少なかれ体内に宿す【魔力】と呼ばれるエネルギーを動力源に用いる【魔道具】は、前世の機械と似て非なる、異世界ならではの不思議道具だ。
扇風機、照明、卓上コンロ、冷蔵庫、自動掃除機……など、うちでもいくつか所持している。
ただし、この程度の物であっても一般庶民がほいほい手に入れられるわけではない。
それなりに高価であることに加え、製作・売買……大っぴらに使うのであれば所持についても、一つ一つ、国の許可が必要となるためだ。
『まぁ、流通させるには社会的影響が大きすぎたり危険すぎたりする物もあるのだろう』
なにせ、ここは中世レベルの文明度とされる世界である。
大衆のほとんどは簡単な取扱説明書や注意書きを読むことさえできないくらいだ。
前世で笑い話とされていたような家電絡みの事故など、そこら中で多発しかねない。
特に強力な――ダンジョンで見つかるような――魔道具ともなれば、ヘタをすると国家さえも揺るがすほどの力があるのだから、所有者や所在地を把握しておく重要性は尚更であろう。
「どのみち、こんな僻地じゃあ、魔道具なんて欲しくてもそうそう手に入らないんだけどね」
「ええ、【送風】は王都の工房まで注文しないといけませんから、届くのもいつになるかしら。乾期の盛りには間に合ってくれたら助かるのですけれど」
「それは難しいやも知れんな」
王都までは相当な距離があり、まともな街道はない。加えて乾期には行商の足も鈍りがちだ。
一基だけでなく複数基を魔道具工房に注文し、国にも許可を申請……軽く数ヶ月コースだろう。
「「ええ~、なんで! ずっと暑いのやだあ!」」
「あらまあ、ルッカちゃん、ラッカちゃん、そんな風に怒ると可愛いお顔が台無しですよ」
「「うーっ!」」
「どうせ何ヶ月もこのままなんだったら、魔道具に頼らなくても少しは涼しくなるよう小屋……屋敷をしっかりと造り直しちゃわない?」
「ぬうん、増築したてで改築か。見方を変えれば、村に建築士が留まる今は好機とも言えるが」
半年前のこと、我らが領主屋敷は、ほぼ床面積二倍となる増築を果たしている。
その際、元の二階建て丸太小屋は三方に別棟を付属させる形で母屋となったものの、各棟とは渡り廊下を繋げられたのみ、内部に関してはまったく手付かずのまま流用されたのだった。
施工した建築士たちはまだ村で仕事しているため、アフターサービスを頼めるかも知れない。
『この丸太小屋もなぁ……移住してきて最初に建てたもんだから、直せるなら直したいよなぁ。素人だけで建てたにしちゃ立派だし、思い入れはあるが、気候なんて考慮されてない造りなんだ』
「くふふ、いっそのこと新築にすればいいですわ……ぬりぬり」
「考えておこう……ふむ、なんにしても、また金が掛かりそうだ……もっぐもっぐ」
鱗模様が付いた一口大の平たいパンにディップ――ヨーグルトとたっぷりのオリーブオイルでトマトや青唐辛子を漬けたスパイシーなソース――を塗って食べながら、父と姉が言葉を交わす。
『はは、それにしても、よく食べる二人だねぇ』
昼食を摂る習慣がない我が領では、実質的にティータイムがその役目を担うとは言え、大抵はがっつり食べたりはせず、沢山並べられた軽食の中から四五品をつまむくらいが関の山である。
ちなみに、この地の食事は一日の初めに摂る朝食を最も豪華でボリューム豊富としがちだ。
前述の通り、昼食は一般的ではなく、ティータイムに添えられる軽食類で小腹を満たす程度。
そうして、締めの夕食では、疲労と消化によい料理をメインとするのだ。酒を楽しむ人も多い。
……と話が逸れた。閑話休題。
「お金か……パパ、領の予算には大分余裕があるんじゃないの?」
「無論、余裕はある。デビュタントに備えてな。だが、領内の警邏に冒険者を雇うのは外せんし、農奴も増えた。領民が倍増したと言っても、まだ肝心の税が取れんので先の見通しまでは立たぬ。後で従士どもに勘定をやり直させねばならん」
「うふふ、あの子たちが仕官してきてくれたのは助かりましたわね」
「ああ、内務志望の従士たち。役に立ってるんだ?」
「俺やノブロゴより数字の扱いが得意なのでな」
新たに仕官してきた従士の中には他の貴族家出身者もいた。
と言っても、爵位を得られる可能性がない末子や庶子などだが、それでも普通の平民と比べて遙かに教養は備わっているため、常識知らずの成り上がりである我が家では何かと重宝される。
そんなこんな、ティータイムは話題を変えながらも半刻(一時間)ほど続いた。
冷房の効いたエントランスホールはまさに安息地と呼ぶ他はない。
その後も外の陽射しが落ち着く昼下がりまで、皆、なんだかんだ理由をつけて居座っていたが、やることを放り出して怠けていたというわけでなさそうだし、とやかく言わずにおこう。
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