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第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
第八話: 火炎樹と命脈のせせらぎ
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樹高はざっと二七〇センチ、幹や枝振りは前世の沖縄でよく見た鳳凰木に似ているが葉は無く、代わりに枝の先端から幹の根元までを覆っているのはめらめらと赤く燃える炎だった。
ここは通常の農作物を育てる畑とは別に、様々な植物を少しずつ栽培している試験農園だ。
村の環境で育つかどうか、育ったとして出来や採算はどうか、ついでに品種改良の試みなども、あくまで片手間に細々とではあるが、すべてこの小さな農場で実験されているのである。
見るからにおかしな、まんま炎樹とでも呼ぶ他はない眼前の樹木もそうした中の一つ。
以前、ダンジョンで僕らが知らず足を踏み入れてしまった巨鳥ジャンボの巣。そこで発見した苗木が生長を果たした魔樹だ……と言って、はたしてどれだけの方が覚えておられるやら。
実を言えば、当時の僕たちも存在を忘れかけていた……。
そう、飢饉が本格化し、もはや何でも良いから食べられる植物はないものかと見て回っていた試験農園の片隅で塀に囲まれ、立ち木のまま炎を吹き上げるこいつを見付けるまでは。
「実は、見かけ倒し、幻の火なんだけどね」
そう言って枝の先に手をかざすも、ぬるま湯よりは熱いかなという程度にしか感じられない。
『藁くらいだったら、しばらく当てていれば火が着くかもな』
「うおおっ! マジだ! ちっとも熱かぁねえなっ」
「ふはっ、なんだこりゃ。超ウケる」
「驚いたぁ。へぇ、樹自体も火に炙られているわけではないんですね」
初級冒険者一行【真っ赤な絆】のライレ、アザマース、シイリンが僕と同じように手をかざし、次々と驚きの声を上げていく。まだ十五六歳の少年少女たち、その様子はなんとも微笑ましい。
笑みを噛み殺しつつ、僕は炎樹の幹へと近付いた。
そして、腰帯に吊してきたコップを取り外し、さして熱くはない火の中へ突っ込むと、樹幹に深々と差し込まれている小さな金具の上部を指でひねった。
途端に、ジャーッ!と勢いよく、金具下部より真下へ向かって液体が流れ出す。
十を数える暇も与えずコップが満たされ、金具上部を逆にひねれば、ピタッと流れは止まる。
「はい、これはサービス。我が領でしか飲めないスペシャルドリンク【養命の蜜】をお試しあれ」
ご覧の通り、この液体は炎樹の幹から採集することができる樹液である。
気になる味の方は、やや甘みの少ないスポーツドリンクといった感じで素直に――。
「「「美味ぁい!」」」
『だろう。なかなか侮れないほどに』
「それに冷たい! なんでかしら?」
「シュワシュワして頭シャキっとすんなぁ、あざーす」
「おい、早くこっち回せよ!」
ところで、お分かりいただけただろうか? この異常さ。その意味を。
改めて言っておくと、現在、この地は乾期の真っ只中だ。
にも拘わらず、水道の蛇口をひねる感覚でドリンクを垂れ流す不思議植物がここにある。
しかも、これ、スポーツドリンクどころか栄養ドリンクほどの滋養強壮効果を有するらしく、一口飲めば数時間は動けるだけのエネルギーを補給できてしまうのだから驚くばかりである。
流石に、たった一本の樹から採集できる樹液の量はたかが知れている。
しかし、二年前のあの飢饉、乾期の後半から次の収穫期まで餓死者を出さずに乗りきれたのは、間違いなく、この炎樹がもたらした養命の蜜のお蔭だと言いきってしまって構わないだろう。
「それじゃ、水袋をこっちに寄越してくれるかい」
と、まだカップを回しながらチビチビやっている三人組へ手を差し出す。
彼らは、先輩冒険者たちの使いっ走りとして、この養命の蜜を汲みにやって来たのだ。
当然、ここからはサービスではなく有料となる。
「毎度あり。早く君たちも冒険にこれを持っていけるくらい稼げるようになってよね」
「なにおう!」
「くーっ、こんガキんちょ。マジ腹立つわー」
「昇級はまだ当分先だと思います……はぁ、もうちょっとお行儀よくできないと」
「シイリン、阿呆! 諦めてどうする!」
「こんなもん、俺がいつでも好きなだけ飲めるようにしてやるって!」
「もー、うるさい。二人して叫ばないでちょうだい」
ツンツン赤髪のライレと金髪ロン毛のアザマース、二人の少年から左右同時にまくしたてられ、黒髪ショートポニーの紅一点シイリンが面倒臭そうにひらひら片手を払う。
「あはははは」
こうして元気で賑やかな声を聞いていると、二年前とはまったく違う村の様子に安堵する。
姉クリスタの社交界デビューとなる王城の【綻蕾の舞踏会】まではもうあと一年半しかない。
そろそろ領地開拓と資金稼ぎも大詰めなのだから。
ここは通常の農作物を育てる畑とは別に、様々な植物を少しずつ栽培している試験農園だ。
村の環境で育つかどうか、育ったとして出来や採算はどうか、ついでに品種改良の試みなども、あくまで片手間に細々とではあるが、すべてこの小さな農場で実験されているのである。
見るからにおかしな、まんま炎樹とでも呼ぶ他はない眼前の樹木もそうした中の一つ。
以前、ダンジョンで僕らが知らず足を踏み入れてしまった巨鳥ジャンボの巣。そこで発見した苗木が生長を果たした魔樹だ……と言って、はたしてどれだけの方が覚えておられるやら。
実を言えば、当時の僕たちも存在を忘れかけていた……。
そう、飢饉が本格化し、もはや何でも良いから食べられる植物はないものかと見て回っていた試験農園の片隅で塀に囲まれ、立ち木のまま炎を吹き上げるこいつを見付けるまでは。
「実は、見かけ倒し、幻の火なんだけどね」
そう言って枝の先に手をかざすも、ぬるま湯よりは熱いかなという程度にしか感じられない。
『藁くらいだったら、しばらく当てていれば火が着くかもな』
「うおおっ! マジだ! ちっとも熱かぁねえなっ」
「ふはっ、なんだこりゃ。超ウケる」
「驚いたぁ。へぇ、樹自体も火に炙られているわけではないんですね」
初級冒険者一行【真っ赤な絆】のライレ、アザマース、シイリンが僕と同じように手をかざし、次々と驚きの声を上げていく。まだ十五六歳の少年少女たち、その様子はなんとも微笑ましい。
笑みを噛み殺しつつ、僕は炎樹の幹へと近付いた。
そして、腰帯に吊してきたコップを取り外し、さして熱くはない火の中へ突っ込むと、樹幹に深々と差し込まれている小さな金具の上部を指でひねった。
途端に、ジャーッ!と勢いよく、金具下部より真下へ向かって液体が流れ出す。
十を数える暇も与えずコップが満たされ、金具上部を逆にひねれば、ピタッと流れは止まる。
「はい、これはサービス。我が領でしか飲めないスペシャルドリンク【養命の蜜】をお試しあれ」
ご覧の通り、この液体は炎樹の幹から採集することができる樹液である。
気になる味の方は、やや甘みの少ないスポーツドリンクといった感じで素直に――。
「「「美味ぁい!」」」
『だろう。なかなか侮れないほどに』
「それに冷たい! なんでかしら?」
「シュワシュワして頭シャキっとすんなぁ、あざーす」
「おい、早くこっち回せよ!」
ところで、お分かりいただけただろうか? この異常さ。その意味を。
改めて言っておくと、現在、この地は乾期の真っ只中だ。
にも拘わらず、水道の蛇口をひねる感覚でドリンクを垂れ流す不思議植物がここにある。
しかも、これ、スポーツドリンクどころか栄養ドリンクほどの滋養強壮効果を有するらしく、一口飲めば数時間は動けるだけのエネルギーを補給できてしまうのだから驚くばかりである。
流石に、たった一本の樹から採集できる樹液の量はたかが知れている。
しかし、二年前のあの飢饉、乾期の後半から次の収穫期まで餓死者を出さずに乗りきれたのは、間違いなく、この炎樹がもたらした養命の蜜のお蔭だと言いきってしまって構わないだろう。
「それじゃ、水袋をこっちに寄越してくれるかい」
と、まだカップを回しながらチビチビやっている三人組へ手を差し出す。
彼らは、先輩冒険者たちの使いっ走りとして、この養命の蜜を汲みにやって来たのだ。
当然、ここからはサービスではなく有料となる。
「毎度あり。早く君たちも冒険にこれを持っていけるくらい稼げるようになってよね」
「なにおう!」
「くーっ、こんガキんちょ。マジ腹立つわー」
「昇級はまだ当分先だと思います……はぁ、もうちょっとお行儀よくできないと」
「シイリン、阿呆! 諦めてどうする!」
「こんなもん、俺がいつでも好きなだけ飲めるようにしてやるって!」
「もー、うるさい。二人して叫ばないでちょうだい」
ツンツン赤髪のライレと金髪ロン毛のアザマース、二人の少年から左右同時にまくしたてられ、黒髪ショートポニーの紅一点シイリンが面倒臭そうにひらひら片手を払う。
「あはははは」
こうして元気で賑やかな声を聞いていると、二年前とはまったく違う村の様子に安堵する。
姉クリスタの社交界デビューとなる王城の【綻蕾の舞踏会】まではもうあと一年半しかない。
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