異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
187 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて

第七話: 欠食時代を振り返る

しおりを挟む
 とある日の朝、だだっ広い農地の片隅。
 なんとなしに見渡せば、辺り一面、すっかり茶色くなった地面ばかりが目に入る。

 収穫を終えて次の種蒔たねまきを待つ休閑地や春蒔き耕地は当然として、耕作中の秋蒔き農地でさえ未だ地表に芽吹く様を見せないこの乾期の眺めは、干涸ひからびた風景としか言いようがない。

 そうして砂埃すなぼこり混じりの乾いた風に吹かれていると、否応なしに二年前を思い出してしまう。

 最初にイナゴの大群をしのいだ後にも、繰り返し襲来する小規模な群れと戦い続けたこと。

 鳥のジャンボが落としていった多数の大岩を崩す人手も時間もなく、クレーター状にえぐyられた地面と辺りに堆積《たいせき》した土砂、そして岩表面に積もり積もった砂埃が砂嵐さながらに吹き荒れる中、イナゴどもによって食い散らかされた畑と草原サバナを皆でさらい、せせこましく落穂おちぼ拾いにも励んだ。

 たとえ畑に作物の姿がなくなろうと、秋耕地にうずまる種籾たねもみや冬芽、土壌どじょうを肥やすためのわらさえかじりつく奴らとの生存競争は、誇張抜きで永遠に続くのではないかと思われた。

『始めの頃は余裕がなくて、村人同士、寄ると触ると喧嘩していたな。食糧が減らされてきたら、そんな気力さえなくなって今度は冷戦状態だ。あれも険悪で居たたまれない雰囲気だった』

「ホント、最近の村で起こってるいさかいなんか可愛いもんだって思うよ」

 栄養価などなさそうな、紙か何かを思わせる食感のイナゴ肉を含めたとしても心許こころもとない保存食、日持ちのする穀物は例年のおよそ六割ほどしかなく、行商は途絶、国や他領からの支援も無し。

 そんな状況で飢饉ききんが本格化してくれば、死傷者がまったく出ないはずなどない。

 栄養失調から病気をこじらせ、亡くなる子どもや年寄りがいた。
 先行きへの不安から暴動が起こり、巻き込まれてしまう無辜むこの者もいた。
 すべての食糧を一括管理していた領主の倉を襲い、厳罰に処された者まで。
 挙げ句、狩猟と採集のために飢餓きがを押して遠征し、空振りで犠牲者だけを出してしまった。

 それでも……。

 結局、翌年の収穫までの間、我が領では直接の餓死者だけはゼロに抑えることができた。

 その最大の救いとなったものが、ダンジョンで見付けてきた奇妙な魔樹まじゅ――牧羊樹ぼくようじゅである。

 どうにか村の畑に根付かせることができた数本ばかりの牧羊樹は、乾期が訪れるまでに数十頭……もとい、数十個もの元気な果実ヒツジを実らせてくれた。

 一個の果実から取れる肉の量でさえ、数百人いる領民全員の食事一日分にも迫るほどであり、生きたヒツジとして長期保存できるため加工は不要、栄養価に関しても申し分ない。
 おかげで、僕らは乾期の盛りまでのおよそ二ヶ月間、さほど飢えることなく過ごせたのだった。

「後から聞いた話だと、同時期の他領では早くも相当な数の餓死者が出ていたらしいから……」

『と言っても、うちだって飢えをしのげていたのはかろうじて乾期の序盤だけだ。頼みの牧羊樹の葉が落ち、すべての果実ヒツジを収穫し終えた頃には、その他の保存食も尽きようとしていた』

「あの頃は……みんな、おかしくなりかけていて怖かったよ。モントリーを潰して食べようとか言い出すバカもいたっけ」

『うん? あー、あぁ、思えば、お前も大分だいぶおかしくなってたな』

 いざというときの足になるオオスズメをたかだか数人分ないし数食分の肉にするなど、実際、ありえない話だが、楽天家の奴は発案者にキレちらかすほど危うい様子を見せていたものだ。

――お前らにも焼き鳥にされる気持ちを味わわせてやろうか!! どいて、ノブさん! そいつら!

『いや、うん……僕は何も聞かなかった。見なかった。忘れよう』

 さておき、とうとう食糧の底が見え始め、エルキル領も進退極まったかという乾期の終盤――。

「これに助けられたというわけなんだよ」
「「「おおお~っ!」」」

 片手を大きく横へ伸ばし、てのひらで指し示せば、引き連れてきた同行者たちから歓声が上がる。

 その視線の先には、真っ赤に燃え盛る一本の樹が生えている。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約したら幼馴染から絶縁状が届きました。

黒蜜きな粉
恋愛
婚約が決まった翌日、登校してくると机の上に一通の手紙が置いてあった。 差出人は幼馴染。 手紙には絶縁状と書かれている。 手紙の内容は、婚約することを発表するまで自分に黙っていたから傷ついたというもの。 いや、幼馴染だからって何でもかんでも報告しませんよ。 そもそも幼馴染は親友って、そんなことはないと思うのだけど……? そのうち機嫌を直すだろうと思っていたら、嫌がらせがはじまってしまった。 しかも、婚約者や周囲の友人たちまで巻き込むから大変。 どうやら私の評判を落として婚約を破談にさせたいらしい。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜

早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

処理中です...