異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
182 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて

第二話: 朝飯時、新参者と農奴

しおりを挟む
 元より、開拓村へ移住してくるような連中が品行方正・お行儀良い者などであるわけもなく、我が領でもちょっとした喧嘩ケンカくらいであれば珍しくはない。
 とは言え、全員で力や物を出し合い、助け合わなければ生きられないのもまた開拓地の流儀。
 身体からだを壊したり、長く遺恨いこんを残したりするほどのいさかいなど滅多に起こりえないはずなのだ。

 にもかかわらず、近頃、頻発するガチめの喧嘩に我がエルキル家は頭を悩まされている。

「そこまで! 全員そのまま!」
「「白坊ちゃん」」
「「ショーゴぼん……ホッ」」
「「「……シェガロ様?」」」

 喧騒けんそうしずまった隙を見計らい、僕は声を張り上げながら群衆の前へと飛び出していく。

「アドニス司祭、暴徒鎮撫ぼうとちんぶの協力に感謝します」
「これはシェガロ様。フッ、領民として女神の使徒としてすべきを為したまでのこと。感謝は無用に願います。私としても、俗な鞘当さやあてなど朝から見ていたくはありませんでしたからね」

 先ほど、暴徒を一瞬で落ち着かせたのは、感情のたかぶりを抑える効果を持つ神聖術【鎮静ロウホ・スユ】だ。
 それを祈念きねんした美青年司祭殿は、近くの屋外用テーブルで一人、優雅に喫茶きっさの準備をしていた。
 今回、村人同士による争いの現場となったここは、料理上手な村人夫妻が営む食事処なのだ。

「いがみ合いの原因は、また似たような感じですか」
「そのようですよ。やれやれ、『気に食わないことがあれば手を上げる』では、まるでゴブリン……いえ、ザコオニのようではありませんか、ふふっ」

 店主が運んできたカップを手に取り、この村でしか飲むことができない珈琲コーヒーの香りを満足げにぎつつ、争いについては不快さを隠そうともせず当てこするアドニス司祭。

『まぁ、呆れるのも無理はない。こんなつまらない騒ぎが毎日のように起こっていればな』

「ザコオニと違って、彼らは愛すべき領民なので……ホント困ったもんだよ、です」

 彼の辛辣しんらつな評に苦笑し、僕は大人しくしている暴徒たちのもとへ向かう。

 見たところ、争いの中心となっていた暴徒は十二人か。
 周りに集まっていた野次馬やじうまたちの中にも騒いだり、あおったり、暴れ出す寸前だった連中がおり、ほぼ同罪として合わせれば当事者は二十人に迫った。
 さして広くもない村の中、逃げ出す者など居はすまいが、それぞれ地面に座らせておく。

「ファル、この人たちのこと、少しの間だけ見ていて」
「うん、わかった。じぃ~……」
「……あたま?」
「「「「「ひいいいっ! 復讐ウサギさま!?」」」」」

 どうやら新参の領民たちにもナイコーンさまのことはしっかり周知されているようだ。
 最近は一緒にいるファルーラまで【アルミラージ使いのエルフ幼女】として怖れられつつある。
 冷静になった今、この子たちの前で喧嘩を再開するほど血気盛んな奴はいないだろう。

 そうして一人ずつ聞き取りしていくと、十二人の暴徒たちも大半は、仲裁しようとしていた者、単に巻き込まれただけの者、あるいは面白半分で騒いでいた者ばかりだと判明する。
 野次馬ともども、彼らの処分は、押っ取り刀で騎羽きばを走らせてきた従士ら自警団に一任した。

 問題は、後に残された五人――実際に取っ組み合いでつの突き合わせていた者たちだ。
 詳しく事情を聞けば、予想にたがわず、喧嘩ケンカの原因は呆れるほどの下らなさだった。

「だから、なんで奴隷が俺らよりいいもん食ってんだって!」
「こっちは金払ってるのによ。あいつらはただでメシ食えるっうじゃねえかよ!」
「はいはい、落ち着いて」

 最近、村に越してきた新顔の領民たちが二人、やかましく騒ぎ立てる。

「だから説明しただろが! 俺たち農奴は朝晩ここで定食が用意されてんだよ!」
「オラたちゃ、一日中ずっと畑仕事すんだから、メシは量喰わなきゃ身体からだもたねえしよぉ」
「奴隷の食い扶持ぶちは主人が出してんだから、文句があんなら領主様に言ってくれよ!」
「君たちも黙ってね。説明は僕がするから」

 三人の農奴、こちらは口調の割りに落ち着いているものの、うんざりした様子だ。

 さて、印象のよろしくない言葉が出てきてしまったので、まずは少し説明させてもらおうか。

 お聞きの通り、この異世界……と言うか、この国には奴隷制度が存在する。
 しかし、それは前世地球の現代人がイメージするであろう奴隷とはいささか様態をことにするものだ。

 強制的かつ終生的な公務員雇用契約……そのように呼べば分かりやすいかも知れない。

 奴隷は財産を持つことができず、自身の身体からだを含め、すべての所有物を主人に帰属する。
 そうして生涯に亘り、与えられた労働に従事しなければならず、逃亡や反逆すれば厳罰が待つ。
 ここまでは想像とさほど大きくは変わらないだろう。

 しかし、一方で主人の側にも奴隷の衣食住を調ととのえ、健康を守る義務が定められているのだ。
 チップのように多少の小遣いを与えられ、労働時間外には羽目を外す者でさえ珍しくはない。

 その出自も、ほぼ例外なく犯罪者や戦争捕虜や貧困者などであり、どこからか連れてこられた無辜むこの一般人が奴隷として売買・譲渡されるようなことは認められていない。
 しっかりとした法的手続きのもと、為政者によって隷属契約が結ばれるのである。

 ちなみに、この契約は奴隷に対して魔術的な……一種の呪詛じゅそを掛けるものとなっている。
 効果としては、主に対する叛意はんいを妨げる程度で大した強制力を持たないが、首輪のようなあざがくっきりと首の周りに記され、奴隷であることを衆目に知らしめる副次的効果が強い。

「――ということで、君たちには彼らを従わせる権利なんてないんだ。分かった?」
「だけどよぉ……奴隷ってのは、俺らよりも下だろ?」
「いや、そこは勘違いしちゃダメだってば。領主ベオ・エルキルが農作業に従事させている奴隷――農奴ではあっても、君たちのしもべなんかじゃないからね」

 実際、奴隷には主人以外に従う義務などありはせず、平民との間に身分差も存在しない。
 揉め事を起こせば主人の不利益になるのだから、態度は大人しくなるよう最初に教育・・されるが。

『まぁ、どうしても差別を受けやすい立場だし、奴隷に関わることも稀な田舎の平民はえてしてあんな認識になりがちなようだ。周知徹底させなければな』

「とにかく、奴隷相手だからって何かしでかせば奴隷落ちもありえるんだし、明日は我が身だよ。うちの領民になったんだから、しっかり覚えておくように!」
「「へ、へえ」」

 自警団の若者たちと共に、関係者たちへそれぞれ処分を下し、ほどなくその場は解散となった。
 農奴に絡んでいた二人組を始め、たちの悪い連中は罰金と数日間の強制労働を課してやった。
 暴れる元気があるなら領のためにしっかり働いてもらおうじゃないか。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

結婚するので姉様は出ていってもらえますか?

基本二度寝
恋愛
聖女の誕生に国全体が沸き立った。 気を良くした国王は貴族に前祝いと様々な物を与えた。 そして底辺貴族の我が男爵家にも贈り物を下さった。 家族で仲良く住むようにと賜ったのは古い神殿を改装した石造りの屋敷は小さな城のようでもあった。 そして妹の婚約まで決まった。 特別仲が悪いと思っていなかった妹から向けられた言葉は。 ※番外編追加するかもしれません。しないかもしれません。 ※えろが追加される場合はr−18に変更します。

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

処理中です...