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第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
第二話: 朝飯時、新参者と農奴
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元より、開拓村へ移住してくるような連中が品行方正・お行儀良い者などであるわけもなく、我が領でもちょっとした喧嘩くらいであれば珍しくはない。
とは言え、全員で力や物を出し合い、助け合わなければ生きられないのもまた開拓地の流儀。
身体を壊したり、長く遺恨を残したりするほどの諍いなど滅多に起こりえないはずなのだ。
にも拘わらず、近頃、頻発するガチめの喧嘩に我がエルキル家は頭を悩まされている。
「そこまで! 全員そのまま!」
「「白坊ちゃん」」
「「ショーゴ坊……ホッ」」
「「「……シェガロ様?」」」
喧騒が鎮まった隙を見計らい、僕は声を張り上げながら群衆の前へと飛び出していく。
「アドニス司祭、暴徒鎮撫の協力に感謝します」
「これはシェガロ様。フッ、領民として女神の使徒として為すべきを為したまでのこと。感謝は無用に願います。私としても、俗な鞘当てなど朝から見ていたくはありませんでしたからね」
先ほど、暴徒を一瞬で落ち着かせたのは、感情の昂りを抑える効果を持つ神聖術【鎮静】だ。
それを祈念した美青年司祭殿は、近くの屋外用テーブルで一人、優雅に喫茶の準備をしていた。
今回、村人同士による争いの現場となったここは、料理上手な村人夫妻が営む食事処なのだ。
「いがみ合いの原因は、また似たような感じですか」
「そのようですよ。やれやれ、『気に食わないことがあれば手を上げる』では、まるでゴブリン……いえ、ザコオニのようではありませんか、ふふっ」
店主が運んできたカップを手に取り、この村でしか飲むことができない珈琲の香りを満足げに嗅ぎつつ、争いについては不快さを隠そうともせず当てこするアドニス司祭。
『まぁ、呆れるのも無理はない。こんなつまらない騒ぎが毎日のように起こっていればな』
「ザコオニと違って、彼らは愛すべき領民なので……ホント困ったもんだよ、です」
彼の辛辣な評に苦笑し、僕は大人しくしている暴徒たちの下へ向かう。
見たところ、争いの中心となっていた暴徒は十二人か。
周りに集まっていた野次馬たちの中にも騒いだり、煽ったり、暴れ出す寸前だった連中がおり、ほぼ同罪として合わせれば当事者は二十人に迫った。
さして広くもない村の中、逃げ出す者など居はすまいが、それぞれ地面に座らせておく。
「ファル、この人たちのこと、少しの間だけ見ていて」
「うん、わかった。じぃ~……」
「……あたま?」
「「「「「ひいいいっ! 復讐ウサギさま!?」」」」」
どうやら新参の領民たちにもナイコーンさまのことはしっかり周知されているようだ。
最近は一緒にいるファルーラまで【アルミラージ使いのエルフ幼女】として怖れられつつある。
冷静になった今、この子たちの前で喧嘩を再開するほど血気盛んな奴はいないだろう。
そうして一人ずつ聞き取りしていくと、十二人の暴徒たちも大半は、仲裁しようとしていた者、単に巻き込まれただけの者、あるいは面白半分で騒いでいた者ばかりだと判明する。
野次馬ともども、彼らの処分は、押っ取り刀で騎羽を走らせてきた従士ら自警団に一任した。
問題は、後に残された五人――実際に取っ組み合いで角突き合わせていた者たちだ。
詳しく事情を聞けば、予想に違わず、喧嘩の原因は呆れるほどの下らなさだった。
「だから、なんで奴隷が俺らよりいいもん食ってんだって!」
「こっちは金払ってるのによ。あいつらはただでメシ食えるっ言うじゃねえかよ!」
「はいはい、落ち着いて」
最近、村に越してきた新顔の領民たちが二人、やかましく騒ぎ立てる。
「だから説明しただろが! 俺たち農奴は朝晩ここで定食が用意されてんだよ!」
「オラたちゃ、一日中ずっと畑仕事すんだから、メシは量喰わなきゃ身体もたねえしよぉ」
「奴隷の食い扶持は主人が出してんだから、文句があんなら領主様に言ってくれよ!」
「君たちも黙ってね。説明は僕がするから」
三人の農奴、こちらは口調の割りに落ち着いているものの、うんざりした様子だ。
さて、印象のよろしくない言葉が出てきてしまったので、まずは少し説明させてもらおうか。
お聞きの通り、この異世界……と言うか、この国には奴隷制度が存在する。
しかし、それは前世地球の現代人がイメージするであろう奴隷とは些か様態を異にするものだ。
強制的かつ終生的な公務員雇用契約……そのように呼べば分かりやすいかも知れない。
奴隷は財産を持つことができず、自身の身体を含め、すべての所有物を主人に帰属する。
そうして生涯に亘り、与えられた労働に従事しなければならず、逃亡や反逆すれば厳罰が待つ。
ここまでは想像とさほど大きくは変わらないだろう。
しかし、一方で主人の側にも奴隷の衣食住を調え、健康を守る義務が定められているのだ。
チップのように多少の小遣いを与えられ、労働時間外には羽目を外す者でさえ珍しくはない。
その出自も、ほぼ例外なく犯罪者や戦争捕虜や貧困者などであり、どこからか連れてこられた無辜の一般人が奴隷として売買・譲渡されるようなことは認められていない。
しっかりとした法的手続きの下、為政者によって隷属契約が結ばれるのである。
ちなみに、この契約は奴隷に対して魔術的な……一種の呪詛を掛けるものとなっている。
効果としては、主に対する叛意を妨げる程度で大した強制力を持たないが、首輪のような痣がくっきりと首の周りに記され、奴隷であることを衆目に知らしめる副次的効果が強い。
「――ということで、君たちには彼らを従わせる権利なんてないんだ。分かった?」
「だけどよぉ……奴隷ってのは、俺らよりも下だろ?」
「いや、そこは勘違いしちゃダメだってば。領主ベオ・エルキルが農作業に従事させている奴隷――農奴ではあっても、君たちの僕なんかじゃないからね」
実際、奴隷には主人以外に従う義務などありはせず、平民との間に身分差も存在しない。
揉め事を起こせば主人の不利益になるのだから、態度は大人しくなるよう最初に教育されるが。
『まぁ、どうしても差別を受けやすい立場だし、奴隷に関わることも稀な田舎の平民はえてしてあんな認識になりがちなようだ。周知徹底させなければな』
「とにかく、奴隷相手だからって何かしでかせば奴隷落ちもありえるんだし、明日は我が身だよ。うちの領民になったんだから、しっかり覚えておくように!」
「「へ、へえ」」
自警団の若者たちと共に、関係者たちへそれぞれ処分を下し、ほどなくその場は解散となった。
農奴に絡んでいた二人組を始め、質の悪い連中は罰金と数日間の強制労働を課してやった。
暴れる元気があるなら領のためにしっかり働いてもらおうじゃないか。
とは言え、全員で力や物を出し合い、助け合わなければ生きられないのもまた開拓地の流儀。
身体を壊したり、長く遺恨を残したりするほどの諍いなど滅多に起こりえないはずなのだ。
にも拘わらず、近頃、頻発するガチめの喧嘩に我がエルキル家は頭を悩まされている。
「そこまで! 全員そのまま!」
「「白坊ちゃん」」
「「ショーゴ坊……ホッ」」
「「「……シェガロ様?」」」
喧騒が鎮まった隙を見計らい、僕は声を張り上げながら群衆の前へと飛び出していく。
「アドニス司祭、暴徒鎮撫の協力に感謝します」
「これはシェガロ様。フッ、領民として女神の使徒として為すべきを為したまでのこと。感謝は無用に願います。私としても、俗な鞘当てなど朝から見ていたくはありませんでしたからね」
先ほど、暴徒を一瞬で落ち着かせたのは、感情の昂りを抑える効果を持つ神聖術【鎮静】だ。
それを祈念した美青年司祭殿は、近くの屋外用テーブルで一人、優雅に喫茶の準備をしていた。
今回、村人同士による争いの現場となったここは、料理上手な村人夫妻が営む食事処なのだ。
「いがみ合いの原因は、また似たような感じですか」
「そのようですよ。やれやれ、『気に食わないことがあれば手を上げる』では、まるでゴブリン……いえ、ザコオニのようではありませんか、ふふっ」
店主が運んできたカップを手に取り、この村でしか飲むことができない珈琲の香りを満足げに嗅ぎつつ、争いについては不快さを隠そうともせず当てこするアドニス司祭。
『まぁ、呆れるのも無理はない。こんなつまらない騒ぎが毎日のように起こっていればな』
「ザコオニと違って、彼らは愛すべき領民なので……ホント困ったもんだよ、です」
彼の辛辣な評に苦笑し、僕は大人しくしている暴徒たちの下へ向かう。
見たところ、争いの中心となっていた暴徒は十二人か。
周りに集まっていた野次馬たちの中にも騒いだり、煽ったり、暴れ出す寸前だった連中がおり、ほぼ同罪として合わせれば当事者は二十人に迫った。
さして広くもない村の中、逃げ出す者など居はすまいが、それぞれ地面に座らせておく。
「ファル、この人たちのこと、少しの間だけ見ていて」
「うん、わかった。じぃ~……」
「……あたま?」
「「「「「ひいいいっ! 復讐ウサギさま!?」」」」」
どうやら新参の領民たちにもナイコーンさまのことはしっかり周知されているようだ。
最近は一緒にいるファルーラまで【アルミラージ使いのエルフ幼女】として怖れられつつある。
冷静になった今、この子たちの前で喧嘩を再開するほど血気盛んな奴はいないだろう。
そうして一人ずつ聞き取りしていくと、十二人の暴徒たちも大半は、仲裁しようとしていた者、単に巻き込まれただけの者、あるいは面白半分で騒いでいた者ばかりだと判明する。
野次馬ともども、彼らの処分は、押っ取り刀で騎羽を走らせてきた従士ら自警団に一任した。
問題は、後に残された五人――実際に取っ組み合いで角突き合わせていた者たちだ。
詳しく事情を聞けば、予想に違わず、喧嘩の原因は呆れるほどの下らなさだった。
「だから、なんで奴隷が俺らよりいいもん食ってんだって!」
「こっちは金払ってるのによ。あいつらはただでメシ食えるっ言うじゃねえかよ!」
「はいはい、落ち着いて」
最近、村に越してきた新顔の領民たちが二人、やかましく騒ぎ立てる。
「だから説明しただろが! 俺たち農奴は朝晩ここで定食が用意されてんだよ!」
「オラたちゃ、一日中ずっと畑仕事すんだから、メシは量喰わなきゃ身体もたねえしよぉ」
「奴隷の食い扶持は主人が出してんだから、文句があんなら領主様に言ってくれよ!」
「君たちも黙ってね。説明は僕がするから」
三人の農奴、こちらは口調の割りに落ち着いているものの、うんざりした様子だ。
さて、印象のよろしくない言葉が出てきてしまったので、まずは少し説明させてもらおうか。
お聞きの通り、この異世界……と言うか、この国には奴隷制度が存在する。
しかし、それは前世地球の現代人がイメージするであろう奴隷とは些か様態を異にするものだ。
強制的かつ終生的な公務員雇用契約……そのように呼べば分かりやすいかも知れない。
奴隷は財産を持つことができず、自身の身体を含め、すべての所有物を主人に帰属する。
そうして生涯に亘り、与えられた労働に従事しなければならず、逃亡や反逆すれば厳罰が待つ。
ここまでは想像とさほど大きくは変わらないだろう。
しかし、一方で主人の側にも奴隷の衣食住を調え、健康を守る義務が定められているのだ。
チップのように多少の小遣いを与えられ、労働時間外には羽目を外す者でさえ珍しくはない。
その出自も、ほぼ例外なく犯罪者や戦争捕虜や貧困者などであり、どこからか連れてこられた無辜の一般人が奴隷として売買・譲渡されるようなことは認められていない。
しっかりとした法的手続きの下、為政者によって隷属契約が結ばれるのである。
ちなみに、この契約は奴隷に対して魔術的な……一種の呪詛を掛けるものとなっている。
効果としては、主に対する叛意を妨げる程度で大した強制力を持たないが、首輪のような痣がくっきりと首の周りに記され、奴隷であることを衆目に知らしめる副次的効果が強い。
「――ということで、君たちには彼らを従わせる権利なんてないんだ。分かった?」
「だけどよぉ……奴隷ってのは、俺らよりも下だろ?」
「いや、そこは勘違いしちゃダメだってば。領主ベオ・エルキルが農作業に従事させている奴隷――農奴ではあっても、君たちの僕なんかじゃないからね」
実際、奴隷には主人以外に従う義務などありはせず、平民との間に身分差も存在しない。
揉め事を起こせば主人の不利益になるのだから、態度は大人しくなるよう最初に教育されるが。
『まぁ、どうしても差別を受けやすい立場だし、奴隷に関わることも稀な田舎の平民はえてしてあんな認識になりがちなようだ。周知徹底させなければな』
「とにかく、奴隷相手だからって何かしでかせば奴隷落ちもありえるんだし、明日は我が身だよ。うちの領民になったんだから、しっかり覚えておくように!」
「「へ、へえ」」
自警団の若者たちと共に、関係者たちへそれぞれ処分を下し、ほどなくその場は解散となった。
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