異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
173 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて

最終話: 雲翻りし朔の頃

しおりを挟む
 あの雲中の決戦から二週間。

 鳥のジャンボはまだ一度も飛来しておらず、遙か上空を飛ぶ姿も目撃されていない。
 逆に、空には季節外れの大きな雲がいくつも浮かび、まるでこれから雨季が始まるかのようだ。
 皆の見立てによれば、今年は遅く乾期が訪れ、やや短く終わるのではないかと言うことだ。

『それはそれで次の雨季に悪影響がないか心配になってくるけどな』

「でも、間違いなく乾期を乗りきるのが楽になるわけだから、今だけは本当に助かるよ」

 どうやら王都周辺も手酷く蝗害こうがいにやられているらしく、どうあっても飢饉ききんの訪れは免れない。
 しかし、イナゴに食い荒らされた大草原サバナにはわずかながら回復の兆しが見られ、ダンジョンから持ち帰った牧羊樹ぼくようじゅなどの物資があれば、ギリギリ我が領地では餓死者を出さずに済みそうである。

――きゃっ、きゃっ。きゃっ、きゃっ。

「わーい、ヒツジふわふわーっ! ひびのつかれがいやされるわぁ」
「早く替われよー。ボクはこいつを一周キメてからじゃないとお昼寝できないんだよー」
「メエエエエ」

 すっかり村の児童遊具と化したメリーゴーラウンド――牧羊樹でたわむれる子どもたちの顔にも、もはや影は見られない。
 ようやくイナゴの後始末が終わり、ここ数日は比較的穏やかな日常が戻ってきた感さえある。

「もっと速く走んなさい、ハイヨー! ですわっ!」
「あんまヒツジを叩かんでやってくれんかね、真白まっしろお嬢さま。こいつらは騎獣きじゅうじゃねえでよォ」
「んベェエエエ」

 ときには、和やかな雰囲気が少しばかり削がれることもあるが。
 ……てか、我が姉であるところのクリス嬢には自分の愛羽モントリーがいるだろう。牧場へ行きなさい!

「あたま?」
「あー、はいはい。もっふる、もっふる……と」

 今は僕ものんびり、午睡がてらナイコーンさまの頭を撫でさせられている最中だ。

「でざいあー、でざいあー……むむむむむぅ……ねーえ、白ぼっちゃん、もういい?」
「だめだよ。まだ一回もできてないじゃないか」
「だって、これ、つまんないんだもん。みんなしてファルのこと無視するんだもん。なんで? でざいあーでざいあーでざいあーでざいあー……」

 あの後、両親からこっぴどく叱られたファルには、更なる厳しいしつけの日々が待っていた。
 その一環として我が領主家での奉公ほうこうも始まっており、お手伝いメイドさんの雑用を手伝わされるかたわら、空いた時間には僕個人のお付きとして行く先々にくっついて回っている。
 と言っても、僕には取り立ててファルの手を借りたいことなんてないため、もっぱら、こんな風に精霊への請願せいがんを練習してもらったりしているのだ……が。

 見ての通り、そちらは非常に難航している。

 はてさて、何がいけないのやら、初歩な精霊術さえ成功しない。あれ以来、ただの一度もだ。

「頑張れ。妖精の取り替え子チェンジリングに限った話じゃなく、妖精エルフという種族は、精霊に好かれやすいって言うからさ。あのとき雲の中ではちょうちょヽヽヽヽヽべたじゃないか」

 聞けば、ファルは辺りに遍在《へんざい》する精霊の姿をぼんやりることはできるものの、声を聞いたり聞かせたり、身振り手振りなども含め、一切のコミュニケーションは叶わないらしい。

『まぁ、明らかにやる気がなさそうだしな。だいぶストレスも溜まっていそうだ。これは気長に興味が向くのを待った方が良いかも知れないぞ』

「精霊術師が領地にもう一人いれば何かと助かるだろうけど……それがファルじゃねえ」
「でざいあでざいあっ! もぉやだぁ! んきゃーっ、オトモシャボテーン!」
「あたま……さわって?」

 突如、奇声を上げたファルが、僕の足下あしもとぐでーっヽヽヽヽと地面に伸びているナイコーンさまの背に全身を投げ出せば、モフモフの長い毛はそれを容易たやすく受け止め、宙高くはずませてしまう。

「ちょおっ! なんで飛び掛かってくるのさっ?」
「あははは! でざいあー!」

 そうしてファルは、さながらボディプレスを繰り出すかのように僕へ激突してきた。

 仰向けに押し倒されつつ、ふと空を見れば、すこぶる好天だ。この後は何をしようかな?





     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





 場面は変わる。

 そこは、今現在のシェガロには知り得ないどこか別の場所。

 窓の一つもなく明かりも灯されていない真っ暗な……おそらくは屋内の一室。

 調度品どころか広ささえも知れないこの場には、ただ、ひそひそと響く小さな声だけがあった。

「――ということです。おそらく、精霊術師であることは確定と見てよろしいかと」
年端としはかぬ平人ノーマンの男の子が大怪鳥ルフを……」
「そちらも確度の高い情報となっています。特級魔獣をたった一人で退けたというだけでもにわかに信じがたいことですけれど」
「くすっ、まるでお伽噺とぎばなしのよう。為人ひととなりは少し、心象から外れていますね」

 声は二つ……どちらも年若い女性のものと思えるが、ささやきであるため、断定するのは難しい。
 互いに言葉遣いは平民のそれでなく、いやしからぬ身分の主従であろうことだけはうかがえるか。

「それで……空を、飛ぶのでしたか?」
「まるで鳥のように身一つでぶのだとか。風の扱いにけているそうです。属性は当てはまり、年齢と性別は一致。お捜しの御方である可能性は、現時点においても相当高いと思われます」
「どうでしょう。実際に会ってみなければ……いつ、べるのですか?」

 その問いに対し、かすかに身動みじろぐ気配が返された。

「……申し訳ありません。召喚に関しては難航し、未だとりつく島もなく」
「あら、貴女あなたにしては珍しい不手際ですね」

 声は決してとがめる調子ではない。
 しかし、投げかけられた側はやや緊張のにじむ声で言葉を発し始める。

「下級とは言え、貴族家の嫡男となれば、年齢や立場もあわせて働きかけは殊更ことさらに難しくなります。方々からのに余計なかんぐりをさせぬためにも慎重を期さねばなりません。加えて戦乱と災害、動きにくい周辺情勢が今後も長く続くことが予想され、現状ではどうしても」
「……わずらわしいこと」

 小さな嘆息たんそくの後、会話が途切れる。
 暗闇の中、物音一つ立たず、誰もいなくなったかのような静寂がどれだけ続いただろうか。

「ふぅ、待つしかないのでしょうね。これまでと同じように」
「非才のこの身をお許しください」
「似合わないへりくだりは結構ですよ。それよりも見極めだけは早急さっきゅうに。できますね?」
「は、はい。他の候補よりも優先度を上げ、ただちに詳しい情報を集めさせます」
「よしなに」

 と、一つの気配がこの場を去る。
 後に残されたのは、先ほどまでとは比較にならない真の静寂。

 それは、もはや気配すら感じられない闇そのものだった。

 やがて、ポツリ……と。

「寒い」

 わずかな衣擦れの音を交えつつ、呟きがれた。

「あなたはどこにいるのですか?」

 かすれるような声、問いは誰のもとへも届かぬまま闇に染み入る。

「ここへ来て、私を見付けてください。名前を、呼んでください」

 たとえ感情を込め、こいねがおうとも何一つ変化は訪れない。

「あなたが足りなくて……このままだと、私……世界を壊してしまう・・・・・・・・・かも知れませんよ?」

************************************************
 第二部第一章はここまでとなります。
 予定していたよりもボリュームが大増してしまい、ようやく一区切り付けることができました。
 もちろん、お話はまだまだ完結しませんが。

 次の第二章ではイケメンな新キャラが登場予定。
 引き続き、お楽しみいただけますように!


 それから、まだの方がいらっしゃいましたら下記の「お気に入り」登録を是非。
 「いいね」や感想なども合わせ、いつでもお気軽にどうぞ。

 もしも面白いところがありましたら、なんらかのリアクションを頂けると大きな励みになります。

 今後ともよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜

早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

処理中です...