172 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて
第五十三話: 拳と抱擁、そして雨
しおりを挟む
大きな土産を携え、僕たちは意気揚々と帰路に就く。
鳥のジャンボとの間に結ばれた相互不可侵条約は、間違いなく我が領の助けになるだろう。
贈答品は、長さ五メートルの尾羽一枚、三メートルの枯れ枝一本、直径五十センチの果実一個。
僕の手では一つも運べない大きさのそれらは、ドンキーが作ってくれた雲で運ばれている。
『こんな大荷物を載せて浮かぶ雲とは……僕の想像力なんて異世界には遠く及ばないようだ』
「何はともあれ一件落着。一時はどうなるかと思ったけど、最後は上手い具合にまとまったかな」
「あの樹、でっかかったねー。ファルね、はじめ、踏まれちゃうかと思ったよぉ」
「僕も初めて見たとき踏み潰されるんじゃないかと――」
「ひゃあ、イボイノシシ! おいしそう!」
パッカリ、パッカリと蹄の音が……鳴りはしない空中を駆け、ほどなく僕たちは村へ到着する。
――ざわわわっ!
「おう、ありゃあなんだ!? こっちに来るぞ!」
「ロバ!? ……が、と、飛んでる! モンス……っ!?」
「ちょっと待って! あの上に乗ってんのは、もしかして白坊ちゃんじゃないかね?」
「取り替え子のファルーラもおるぞい。あの小僧どん、今度は何しでかしてくれやがった」
ジャンボとの戦闘で少なからぬ被害が出た村の西側には多くの領民が集まり、既に復旧作業も始められているようで何とも賑やかだ。
そこへ、空の上から僕とファルを背に乗せたドンキーが現れれば、辺りは一挙に騒然とする。
村を取り囲む柵のすぐ外側、草を刈り取ってある緩衝地帯へ降り立ったところで、冒険者一行【草刈りの大鎌】が慌てて駆けつけ、やや遅れて領主夫妻とノブさんが姿を見せた。
皆一様に目を白黒させながら、僕とファル、雷ドンキー、それぞれに視線を行き来させている。
思わず吹き出しそうになるのをどうにか堪え、僕はそちらへ足を踏み出していく。
「パパ! ママ! ただいまー、ジャンボの奴をやっつけてきたよー」
『は? お、おい、楽天家……その態度は――』
という僕の言葉よりも早く、マティオロ氏が人垣を置きざりにして飛び出してくる!
――バキイィィ!
耳のすぐ側に感じた、そんな衝撃と共に僕の身体は大きく横へ吹っ飛ばされてしまう。
背中から地面へ倒れ、頭はガンガンワンワン、奥の方の歯が数本まとめてポロリ……。
暫し、痛みは疎か、己が身に何が起こったのか理解すら追いついてこない。
『あ痛た……いや、予感はあったが、幼児の頬を思いきり拳で殴るかねえ……』
「……ふぁ、ファパ?」
身を起こし、尻餅を突いた恰好で前を見上げれば――。
――バギイ!!
更に鈍く大きく響き渡る打撃音! しかし、今度はマティオロ氏が自分の頬を殴った音である。
ぐらりと大きくよろけた後、頭を振って体勢を立て直すと、彼はギロッとこちらを睨みつけた。
「くっ……ぐぅ、シェガロ! 歯を食いしばれ!」
「……ひょれは殴りゅ前に言うものじゃあ?」
反射的にツッコミを入れる……も。
「あらあらまあまあ、ショーゴちゃん。そんなことよりも先に何か言うことがありませんか?」
ゆっくり静々と歩み寄ってきた母トゥーニヤに言葉を咎められてしまう。
彼女は手早く神聖術を祈念し、暖かな光を以て僕とマティオロ氏の外傷を癒やす。
だが、薄いベールに覆われた貌に、いつもの温かな微笑みはまったく浮かんでいなかった。
――ぞくり……。
そこで鈍い僕も自らの置かれた状況に気付く。同時に過ちを犯したことにも。
『あー、子どもが危ない真似をすれば大人は心配するものだろう。……今回は、無茶が過ぎた。と言うか、些か調子に乗りすぎていたかな』
少し離れた場所では、ファルが気の強そうなおばさん――彼女の母親に捕まっている。
小さな尻をバシバシ強く叩かれ、真っ赤にし、さしものマイペース女児も大声で泣いていた。
「なんで! なんで! マーマ! なんでぶつの!?」
「この子は! どこ行ったかと思えば、いっつもいっつも危ないことして! 悪い子だよっ!」
「びゃあああああん!」
「そっか……子ども。子どもか。うん、親子なんだよね……それはそうか」小さく呟き。
「シェガロ!」
「ショーゴちゃん……」
「うん、パパ、ママ、勝手に危ないことをしちゃった。ごめんなさい」
そう謝れば、二人は揃って僕を抱き締めてくれた。
「分かってくれたのなら良いのです。本当に、よく無事に戻ってきてくれましたね」
ぎゅーっと包み込まれた母トゥーニヤの両腕と胸の中はいつも通りの温かさだ。
「ここしばらく、お前に期待を押し付けてきた俺たちの責任もある……だが、いくらなんでも、これはやりすぎだぞ。馬鹿者め」
マティオロ氏の声が微かに震えているのは気付かなかったことにしておこうか。
「「ねえ、しょーご、どこいってたのぉ?」」
「どうせまた一人ですごいことしてたんですわ。弟のくせにナマイキなんだから」
いつの間にか姉妹らもやって来て、エルキル一家が勢揃い、団子状態となっていた。
「ふひひひひぃーん!」
顛末を見届けたと判断したか、ここで雷ドンキーが高らかな嘶きを上げる。
なんとなく固唾を呑むようにしていた群集が、ビクリ!と身を震わせ、一斉に注目すると――。
瞬間、地上から天空へ向けて逆さまの落雷が奔り、その眩い光が収まった後には、もうロバの姿は影も形も見当たらず、ただ運んできた大荷物だけが地面の上に残されていた。
そして。
――ぽつっ……ぽつっ……。
未だ上空に止まっていた雨雲より、雨粒が零れてきたかと思えば、あっという間にザーザーと滝のような俄雨が降り始めた。
「ハッ! 言いたいこたァ山ほどあるけどね! これで乾期が遠のいたのも間違いなさそうだよ! ホントに大したガキんちょさあ! あのルフを実質一人で追い払っちまうなんてねえ!」
たちまち激しさを増すスコールの中、ジェルザさんの称賛や村人たちの大歓声が遠く聞こえる。
しかし、それより何より、些か強すぎる家族の抱擁に僕はなんとなし身を委ねていたのだった。
鳥のジャンボとの間に結ばれた相互不可侵条約は、間違いなく我が領の助けになるだろう。
贈答品は、長さ五メートルの尾羽一枚、三メートルの枯れ枝一本、直径五十センチの果実一個。
僕の手では一つも運べない大きさのそれらは、ドンキーが作ってくれた雲で運ばれている。
『こんな大荷物を載せて浮かぶ雲とは……僕の想像力なんて異世界には遠く及ばないようだ』
「何はともあれ一件落着。一時はどうなるかと思ったけど、最後は上手い具合にまとまったかな」
「あの樹、でっかかったねー。ファルね、はじめ、踏まれちゃうかと思ったよぉ」
「僕も初めて見たとき踏み潰されるんじゃないかと――」
「ひゃあ、イボイノシシ! おいしそう!」
パッカリ、パッカリと蹄の音が……鳴りはしない空中を駆け、ほどなく僕たちは村へ到着する。
――ざわわわっ!
「おう、ありゃあなんだ!? こっちに来るぞ!」
「ロバ!? ……が、と、飛んでる! モンス……っ!?」
「ちょっと待って! あの上に乗ってんのは、もしかして白坊ちゃんじゃないかね?」
「取り替え子のファルーラもおるぞい。あの小僧どん、今度は何しでかしてくれやがった」
ジャンボとの戦闘で少なからぬ被害が出た村の西側には多くの領民が集まり、既に復旧作業も始められているようで何とも賑やかだ。
そこへ、空の上から僕とファルを背に乗せたドンキーが現れれば、辺りは一挙に騒然とする。
村を取り囲む柵のすぐ外側、草を刈り取ってある緩衝地帯へ降り立ったところで、冒険者一行【草刈りの大鎌】が慌てて駆けつけ、やや遅れて領主夫妻とノブさんが姿を見せた。
皆一様に目を白黒させながら、僕とファル、雷ドンキー、それぞれに視線を行き来させている。
思わず吹き出しそうになるのをどうにか堪え、僕はそちらへ足を踏み出していく。
「パパ! ママ! ただいまー、ジャンボの奴をやっつけてきたよー」
『は? お、おい、楽天家……その態度は――』
という僕の言葉よりも早く、マティオロ氏が人垣を置きざりにして飛び出してくる!
――バキイィィ!
耳のすぐ側に感じた、そんな衝撃と共に僕の身体は大きく横へ吹っ飛ばされてしまう。
背中から地面へ倒れ、頭はガンガンワンワン、奥の方の歯が数本まとめてポロリ……。
暫し、痛みは疎か、己が身に何が起こったのか理解すら追いついてこない。
『あ痛た……いや、予感はあったが、幼児の頬を思いきり拳で殴るかねえ……』
「……ふぁ、ファパ?」
身を起こし、尻餅を突いた恰好で前を見上げれば――。
――バギイ!!
更に鈍く大きく響き渡る打撃音! しかし、今度はマティオロ氏が自分の頬を殴った音である。
ぐらりと大きくよろけた後、頭を振って体勢を立て直すと、彼はギロッとこちらを睨みつけた。
「くっ……ぐぅ、シェガロ! 歯を食いしばれ!」
「……ひょれは殴りゅ前に言うものじゃあ?」
反射的にツッコミを入れる……も。
「あらあらまあまあ、ショーゴちゃん。そんなことよりも先に何か言うことがありませんか?」
ゆっくり静々と歩み寄ってきた母トゥーニヤに言葉を咎められてしまう。
彼女は手早く神聖術を祈念し、暖かな光を以て僕とマティオロ氏の外傷を癒やす。
だが、薄いベールに覆われた貌に、いつもの温かな微笑みはまったく浮かんでいなかった。
――ぞくり……。
そこで鈍い僕も自らの置かれた状況に気付く。同時に過ちを犯したことにも。
『あー、子どもが危ない真似をすれば大人は心配するものだろう。……今回は、無茶が過ぎた。と言うか、些か調子に乗りすぎていたかな』
少し離れた場所では、ファルが気の強そうなおばさん――彼女の母親に捕まっている。
小さな尻をバシバシ強く叩かれ、真っ赤にし、さしものマイペース女児も大声で泣いていた。
「なんで! なんで! マーマ! なんでぶつの!?」
「この子は! どこ行ったかと思えば、いっつもいっつも危ないことして! 悪い子だよっ!」
「びゃあああああん!」
「そっか……子ども。子どもか。うん、親子なんだよね……それはそうか」小さく呟き。
「シェガロ!」
「ショーゴちゃん……」
「うん、パパ、ママ、勝手に危ないことをしちゃった。ごめんなさい」
そう謝れば、二人は揃って僕を抱き締めてくれた。
「分かってくれたのなら良いのです。本当に、よく無事に戻ってきてくれましたね」
ぎゅーっと包み込まれた母トゥーニヤの両腕と胸の中はいつも通りの温かさだ。
「ここしばらく、お前に期待を押し付けてきた俺たちの責任もある……だが、いくらなんでも、これはやりすぎだぞ。馬鹿者め」
マティオロ氏の声が微かに震えているのは気付かなかったことにしておこうか。
「「ねえ、しょーご、どこいってたのぉ?」」
「どうせまた一人ですごいことしてたんですわ。弟のくせにナマイキなんだから」
いつの間にか姉妹らもやって来て、エルキル一家が勢揃い、団子状態となっていた。
「ふひひひひぃーん!」
顛末を見届けたと判断したか、ここで雷ドンキーが高らかな嘶きを上げる。
なんとなく固唾を呑むようにしていた群集が、ビクリ!と身を震わせ、一斉に注目すると――。
瞬間、地上から天空へ向けて逆さまの落雷が奔り、その眩い光が収まった後には、もうロバの姿は影も形も見当たらず、ただ運んできた大荷物だけが地面の上に残されていた。
そして。
――ぽつっ……ぽつっ……。
未だ上空に止まっていた雨雲より、雨粒が零れてきたかと思えば、あっという間にザーザーと滝のような俄雨が降り始めた。
「ハッ! 言いたいこたァ山ほどあるけどね! これで乾期が遠のいたのも間違いなさそうだよ! ホントに大したガキんちょさあ! あのルフを実質一人で追い払っちまうなんてねえ!」
たちまち激しさを増すスコールの中、ジェルザさんの称賛や村人たちの大歓声が遠く聞こえる。
しかし、それより何より、些か強すぎる家族の抱擁に僕はなんとなし身を委ねていたのだった。
1
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説


夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜
早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる