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第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて
第五十二話: 巨きな樹の下で
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その場所は、先日以来となるダンジョン【紅霧の荒野コユセアラ】の出入り門だった。
すり鉢状になった盆地の中に位置するが、あまりにも広大なため、こうして高空から眺めてもややもすれば単なる坂の下としか思えないほどである。
盆地の底は、奇妙に揺らめく薄紅色をした霧が立ちこめており、丸く大きく盛り上がった様は半透明のドームのように感じられる。あるいは高級料理に被せる金属蓋といったところだろうか。
そんな霧の壁に半ば以上めり込んだ状態で、途轍もない大きさの巨樹がそびえ立つ。
「ほへぇ~、ルフよりおっきい!」
トレントと呼ばれる樹木型モンスターにして、このコユセアラの門番、通称・大枯木である。
だいぶ弱った様子でゆっくり滑空しながら、鳥のジャンボは大枯木の傍らへ舞い下りていく。
クチバシの先から尾羽の端まで全長一四〇メートル近く、両翼の幅――翼開長はその倍に迫り、地面に立った状態の全高でさえ一〇〇メートルに達しようかという大怪鳥がこのジャンボだ。
樹高一五〇メートル超、高層ビルを思わせる大枯木には及ばないものの、それでも隣に並んで引けを取らないサイズと迫力は流石と言って良いだろう。
しかし、ふわり地に降り立つも束の間、その巨体はぐったり前倒しとなり、うつ伏せる。
「どうしよう? トドメを刺してもらうべきか」
「ぼるるるる……」
『いや、どうやら、それをさせてはくれないようだぞ』
僕とファルを背に乗せたままの雷ドンキーが、上空よりジャンボの側へ駆け寄ろうとすれば、驚くことに動きを見せたのは大枯木であった。
大草原でよく見られる樹木バオバブのように幹の上部から空へ向かって伸ばされた枝のうち、一際太く長い一本がゆっくりと動き出し、手招きに似た軌道で百メートル以上も下がっていく。
そうして、奇妙に拗くれたその枝は地面に蹲るジャンボの背にそっと添えられた。
花一輪どころか葉の一枚すらない不気味な枯れ枝にも拘わらず、動きの印象はどこか森厳《しんげん》だ。
「大枯木! そいつを庇うって言うの!?」
僕の叫びに対し、またもや大樹は動きを見せる。
直径二十五メートルはあろう不格好に脹れた幹の表面に浮かぶ凹凸が波打つように暴れ出し、やがて、宙に浮かぶ僕らの真正面に一つの大きな瘤として寄り集まってきた。
だが、それは断じて普通の瘤などにあらず。
表面に巨大な二つの目・高く尖った鼻・深い洞の口を備える……言わば、巨人の顔となる。
『見たところ、こちらに対する敵意までは感じられないが……』
「オオオオオオオ! アアアアアアア!」
「ん? それはまぁ、どうしても殺したいわけではないけど。ちょっと食べるには大きすぎるし」
口の形をしている大きな洞の奥から響く声に、僕は大枯木の確かな意志と知性を感じた。
それをなんとか汲み取りながら言葉を返していく。
流石に詳しい理由までは不明だが、要するにジャンボを殺されては困るということなのだろう。
「ウウウウウウウ! オオオアアアア!」
「でも、凄く迷惑してるんだよ? 毎朝、空から大岩を放られるは、さっきも殺されかけるは」
「ンンンンンンン! オオオオオオオ!」
すると、下ろされている枝の中程から新たに別の細い枝が生え、ぐんぐんと伸び始める。
あたかも人間の手のような、先端に短い枝を五本揃えた新枝はジャンボの後端まで辿り着くと、おもむろに尾羽を一本ブチッ!と引っこ抜いた。
「ビエエェェェっ!」
「ひゃっ、いたそう……」
勢いよく頭を持ち上げて一声鳴き、涙目になったジャンボを意に介さず、尾羽を持った新枝は先ほどとは逆にぐんぐん縮み、今度は空中に佇む僕らの方へと伸びてきた。
近くで見てみれば、運ばれてきた尾羽は、本体の巨鳥と比べれば随分と小さいものだった。
と言っても、ざっと四五メートルもの長さはあろうか。
新枝は、その尾羽をダーツの要領で真下へ向けて真っ直ぐ投げ、地面へと突き立てる。
続けて、空になった手の指を一本だけ、こちらを指し示す形に伸ばす。
つられて目をやると、ほとんど丸太と言って良い指の先端下部にぷくーっと滴《しずく》が溜まり始める。
いや、急速に膨らみつつある物は明らかに液体ではなく……。
『果実だな』
瞬く間に大きく――直径五十センチほどに実った黄色い果実はボトッと真下の地面へ落ちた。
「これで手打ちにしろってことかな? どのくらい価値がある物なんだろう」
「エエエエエエエ! ウウウウウウウ!」
別に不満を口にしたつもりではないのだが、僕の言葉に大枯木はやや苛立った声を上げる。
しかし、次の瞬間、一本だけ伸ばしていた指が根元から切り離され、ズズン!と地面へ落ちた。
「アアアアアアア! アアアアアアア!」
「ああ、ごめん。追加を催促する駆け引きとかじゃあないんだよ。……うん、分かった。元々は卵に近付いた僕たちも悪かったからね。そいつがもう大草原の上で暴れ回らずにいてくれるなら、こっちとしてはむしろ願ったり叶ったりだよ」
『こんな大物と事を構えるなんてこと、もう金輪際、御免被りたいものな』
それに、これほど大きな生き物が突然いなくなったりした日には、どこにどんな影響があるか知れたもんじゃない。最悪の場合、先日の蝗害のような自然災害を招いてしまう虞すらある。
「できるだけ巣にも近付かないよう、他の皆にはきちんと言っておくから」
「ンンンンンンン! イイイイイイイ!」
「クエエエエエェェェ……」
今度は明らかに満足げな声が轟き、どことなく情けない鳥鳴もその後に続く。
よく分からないが、僕たちはどうやらジャンボとの間に和平条約を結ぶことができたらしい。
立会人は大枯木ということになるのだろうか?
「ヒー! ホー!」
「わきゃーいっ!」
途端にドンキーとファルもはしゃぎ出す。
聴衆たちの歓声に包まれながら、ようやく張りっぱなしでいた緊張の糸を弛める僕だった。
すり鉢状になった盆地の中に位置するが、あまりにも広大なため、こうして高空から眺めてもややもすれば単なる坂の下としか思えないほどである。
盆地の底は、奇妙に揺らめく薄紅色をした霧が立ちこめており、丸く大きく盛り上がった様は半透明のドームのように感じられる。あるいは高級料理に被せる金属蓋といったところだろうか。
そんな霧の壁に半ば以上めり込んだ状態で、途轍もない大きさの巨樹がそびえ立つ。
「ほへぇ~、ルフよりおっきい!」
トレントと呼ばれる樹木型モンスターにして、このコユセアラの門番、通称・大枯木である。
だいぶ弱った様子でゆっくり滑空しながら、鳥のジャンボは大枯木の傍らへ舞い下りていく。
クチバシの先から尾羽の端まで全長一四〇メートル近く、両翼の幅――翼開長はその倍に迫り、地面に立った状態の全高でさえ一〇〇メートルに達しようかという大怪鳥がこのジャンボだ。
樹高一五〇メートル超、高層ビルを思わせる大枯木には及ばないものの、それでも隣に並んで引けを取らないサイズと迫力は流石と言って良いだろう。
しかし、ふわり地に降り立つも束の間、その巨体はぐったり前倒しとなり、うつ伏せる。
「どうしよう? トドメを刺してもらうべきか」
「ぼるるるる……」
『いや、どうやら、それをさせてはくれないようだぞ』
僕とファルを背に乗せたままの雷ドンキーが、上空よりジャンボの側へ駆け寄ろうとすれば、驚くことに動きを見せたのは大枯木であった。
大草原でよく見られる樹木バオバブのように幹の上部から空へ向かって伸ばされた枝のうち、一際太く長い一本がゆっくりと動き出し、手招きに似た軌道で百メートル以上も下がっていく。
そうして、奇妙に拗くれたその枝は地面に蹲るジャンボの背にそっと添えられた。
花一輪どころか葉の一枚すらない不気味な枯れ枝にも拘わらず、動きの印象はどこか森厳《しんげん》だ。
「大枯木! そいつを庇うって言うの!?」
僕の叫びに対し、またもや大樹は動きを見せる。
直径二十五メートルはあろう不格好に脹れた幹の表面に浮かぶ凹凸が波打つように暴れ出し、やがて、宙に浮かぶ僕らの真正面に一つの大きな瘤として寄り集まってきた。
だが、それは断じて普通の瘤などにあらず。
表面に巨大な二つの目・高く尖った鼻・深い洞の口を備える……言わば、巨人の顔となる。
『見たところ、こちらに対する敵意までは感じられないが……』
「オオオオオオオ! アアアアアアア!」
「ん? それはまぁ、どうしても殺したいわけではないけど。ちょっと食べるには大きすぎるし」
口の形をしている大きな洞の奥から響く声に、僕は大枯木の確かな意志と知性を感じた。
それをなんとか汲み取りながら言葉を返していく。
流石に詳しい理由までは不明だが、要するにジャンボを殺されては困るということなのだろう。
「ウウウウウウウ! オオオアアアア!」
「でも、凄く迷惑してるんだよ? 毎朝、空から大岩を放られるは、さっきも殺されかけるは」
「ンンンンンンン! オオオオオオオ!」
すると、下ろされている枝の中程から新たに別の細い枝が生え、ぐんぐんと伸び始める。
あたかも人間の手のような、先端に短い枝を五本揃えた新枝はジャンボの後端まで辿り着くと、おもむろに尾羽を一本ブチッ!と引っこ抜いた。
「ビエエェェェっ!」
「ひゃっ、いたそう……」
勢いよく頭を持ち上げて一声鳴き、涙目になったジャンボを意に介さず、尾羽を持った新枝は先ほどとは逆にぐんぐん縮み、今度は空中に佇む僕らの方へと伸びてきた。
近くで見てみれば、運ばれてきた尾羽は、本体の巨鳥と比べれば随分と小さいものだった。
と言っても、ざっと四五メートルもの長さはあろうか。
新枝は、その尾羽をダーツの要領で真下へ向けて真っ直ぐ投げ、地面へと突き立てる。
続けて、空になった手の指を一本だけ、こちらを指し示す形に伸ばす。
つられて目をやると、ほとんど丸太と言って良い指の先端下部にぷくーっと滴《しずく》が溜まり始める。
いや、急速に膨らみつつある物は明らかに液体ではなく……。
『果実だな』
瞬く間に大きく――直径五十センチほどに実った黄色い果実はボトッと真下の地面へ落ちた。
「これで手打ちにしろってことかな? どのくらい価値がある物なんだろう」
「エエエエエエエ! ウウウウウウウ!」
別に不満を口にしたつもりではないのだが、僕の言葉に大枯木はやや苛立った声を上げる。
しかし、次の瞬間、一本だけ伸ばしていた指が根元から切り離され、ズズン!と地面へ落ちた。
「アアアアアアア! アアアアアアア!」
「ああ、ごめん。追加を催促する駆け引きとかじゃあないんだよ。……うん、分かった。元々は卵に近付いた僕たちも悪かったからね。そいつがもう大草原の上で暴れ回らずにいてくれるなら、こっちとしてはむしろ願ったり叶ったりだよ」
『こんな大物と事を構えるなんてこと、もう金輪際、御免被りたいものな』
それに、これほど大きな生き物が突然いなくなったりした日には、どこにどんな影響があるか知れたもんじゃない。最悪の場合、先日の蝗害のような自然災害を招いてしまう虞すらある。
「できるだけ巣にも近付かないよう、他の皆にはきちんと言っておくから」
「ンンンンンンン! イイイイイイイ!」
「クエエエエエェェェ……」
今度は明らかに満足げな声が轟き、どことなく情けない鳥鳴もその後に続く。
よく分からないが、僕たちはどうやらジャンボとの間に和平条約を結ぶことができたらしい。
立会人は大枯木ということになるのだろうか?
「ヒー! ホー!」
「わきゃーいっ!」
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