異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
168 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて

第四十九話: 翼に翻弄される幼児

しおりを挟む
 空中をざっと百メートルあまり吹き飛ばされた後、かろうじて体勢を立て直した僕は、雨雲を突き抜けた彼方かなたでこちらへ向かって反転しつつある鳥のジャンボの姿を捉えた。

「ちょっ! ちょお! ちょっと! 話が違わない!?」

『これほどの雲でもまだ足りなかったと言うのかっ!? ……待て。そもそも、大きな雨雲を奴が必ず・・けるだなんて話は誰もしていなかったかも知れないな』

 だが、あのジャンボが雲を嫌い、意図的に散らすという話に関しては本当だったようだ。

 飛び去っていくことなく、東の空で大きく旋回した巨鳥は、再びこちらへ向かって飛んでくる。

――ズズズズズズズズズズズズズズゥゥゥゥゥ…………。

 旋回する際、その両足からほうられ、遠くへと落ちていった大岩が地上を激しく揺るがす。
 大地のとどろきがこんな高空にまで響いてくる中で、更なる轟音を伴った暴風をき起こしながら叢雲むらくもを掻き分け、全長一四〇メートルに及ぶ巨体がほとんど目と鼻の先を突っ切ってゆく。
 雲中に発生している放電により羽根先をバチバチ焼かれるも、まるで気に留める様子はない。

 僕は、赤マントをはためかせながら高速で接近し、散っていく雲を留めようとする、が。

水の精霊に我は請うデザイアウォーター、つどえ……くっ、ごっそり吹き散らされたぁ! 速すぎる!」

『あの圧倒的質量の恐ろしさは言うまでもないが、想定外の飛行速度も脅威的だな』

「何百メートルも向こうから一瞬で飛んでくるからね。正直に言えば、かわすだけで精一杯だし、このまま雨雲を維持し続けるのは流石さすがに難しそうだよ」

『となれば、作戦は失敗か。いさぎよく出直すとしよう』

 そのとき、三度みたび飛来したジャンボが、全力で飛び退いた僕らのやや下方を通過する。
 先ほどまでと同様、空中に浮かぶ小島のような巨体は、ほんの一秒足らずで飛び去っていく。
 違う! 直前! 確かに見た! 奴の巨大な目玉が……。

――ギロリ!

『まずい、見られた!?』

「んん? 見られたからって、別に僕のことなんて気にもめないんじゃない?」

 それは楽観的に過ぎるというものだろう。
 確かに、本来ならば、ちっぽけな人間ごときを気にする生物ではなかろうが、今はそいつらに留守宅を荒らされ、わざわざ出張でばってきている最中だということを忘れてはならない。
 よしんば空き巣の一味とはバレずとも、この雲と僕との関連性は明白、言い逃れるのは困難だ。

 そんな危惧きぐに応えるかのように、ジャンボは驚くべき速さで縦方向の急旋回を決める。
 なめらかな機動で真っ直ぐ巨体を起こし、そのまま、こちらの方へ向き直ると、左右にそれぞれ五十メートル以上も広げた翼をやや後ろまで一瞬だけ振りかぶり……力強く羽ばたかせた。

「どっ!? ひゃあ――――」

 ゴオオオッと苛烈かれつ暴威ぼういもって襲い掛かってくる突風! 抗うことなどできようはずもなく、僕の身体からだはバランスを失って上下左右も分からぬまま高速で墜落していく。

 数百メートル落とされ、地面まであと数十……そこで姿勢制御を果たし、辛くも墜死ついしは免れる。
 眼下では、村を囲むさくの一部が土居どいと共に、この突風の余波によって吹き飛ばされていた。

 が、まだ危機は去ってなどいない!

 見上げずとも分かる! 遙か上空からハヤブサのように……いや、天が落ちてくるかのように! 真っ直ぐ急降下してくるジャンボの強烈な圧を否応もなく全身で感じさせられる。

風の精霊に我は請うデザイアエアー、全力で――うわああああっ!」

 咄嗟とっさ請願せいがんも間に合わず、凄まじい衝撃波により、またもや僕の幼躯ようくは吹き飛ばされる。

 戦闘機によるアクロバット飛行の如く、垂直に近しい急降下、地面スレスレでの引き起こし、そして垂直急上昇という離れわざを立て続けに披露したジャンボは、もはや巨岩による高空爆撃と区別が付かないほどの衝撃を、風圧のみで大地へと叩きつけていった。

 先日、村の端に建てたばかりの小屋が六むねも、バラバラになって僕と一緒に吹き飛んでいく。
 まだ入居者が決まっておらず無人のまま、付近にも人がいなかったのは不幸中の幸いか。

 ……いいや! 人は、いた!

 洗濯機にでも放り込まれたかのような有様で宙を舞う僕の視界の隅に、それが映り込む。

「ああ、なんであんなところに!」

 夜が明けてなお村上空で不自然に留まり続けている大きな雨雲。
 常の如く飛来したジャンボの常になく執拗しつような旋回行動。

 領民たちはとっくの昔に異変を察し、村の西側からの避難を完了させているようだった。
 少なくとも、先ほどから見渡す範囲内に野次馬やじうまの一人さえ確認できてはいない。
 だが、どうやら物陰に隠れて見物していた変わり者はいたらしい。

 掘っ立て小屋の破片や大量の土砂と共にき上げられたのは小さな子ども……それも女児じょじだ。

「ひゃあああああん!」

 姿勢制御もそこそこに錐揉きりもみ回転しながら力尽くで軌道を変え、空高く舞い上がった女児――ファルの方へと手を伸ばし。そして、どうにか腕の中に、その小さな身体からだつかまえる。

「くうぅっ!」

 ぐるぐる目が回る中、自身の空間識さえ危うくなるが、地面へ落ちぬようにとだけ意識しつつ飛び続けること数十秒、今なお虫食いだらけの大草原サバナの真上でやっとバランスを立て直す。

『ああ、随分ずいぶんと遠くまで飛ばされてきたな。不本意だが、ジャンボの奴に目を付けられた以上、もう村へ戻るわけにはいかないし、これはこれで好都合と言えなくもないか』

「はぁはぁ……うん、後はあいつを村から遠ざけるおとり役を務めないと。でも、どうしよう」

 あたかもコアラ、あるいは前世で往年の大ヒット商品として知られたビニール人形さながらに両手両足でガッシリと僕の胴体にしがみついている女児へと目をやる。

「……ファル」
「あ、誰かと思ったら白ぼっちゃんだった。ぐるぐる! なにこれ? きゃっ、飛んでる!?」

 いくらなんでも、この子を一人、草原サバナの中へ置き去りにはできない。

『ささっと村まで戻って置いてくるか? ……おおっと、そんな余裕はなさそうだ』

「仕方ないね。ちょっと付き合ってもらうよ、ファル! そのまましっかりつかまってて!」

 身にまとう各種精霊術の効果範囲を拡大し、妖精の取り替え子チェンジリングを腕に抱いたまま舞い上がる。

 翼を広げ舞い下りてくる巨鳥ジャンボとすれ違うように。

 目指すは再び遙か上空。今なお散らされず、もくもくヽヽヽヽとそびえる積乱雲の中だ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

〖完結〗旦那様には本命がいるようですので、復讐してからお別れします。

藍川みいな
恋愛
憧れのセイバン・スコフィールド侯爵に嫁いだ伯爵令嬢のレイチェルは、良い妻になろうと努力していた。 だがセイバンには結婚前から付き合っていた女性がいて、レイチェルとの結婚はお金の為だった。 レイチェルには指一本触れることもなく、愛人の家に入り浸るセイバンと離縁を決意したレイチェルだったが、愛人からお金が必要だから離縁はしないでと言われる。 レイチェルは身勝手な愛人とセイバンに、反撃を開始するのだった。 設定はゆるゆるです。 本編10話で完結になります。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

処理中です...