異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
164 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて

第四十五話: 靄に捲かれて虎の口

しおりを挟む
「やっぱりダメだぁ。ごめんなさい」
「いや、気にせんで良い。シェガロのせいではなかろう。不運が重なった」

 上空に浮かんで四方八方を見渡すも、何一つ見覚えのある地形を確認できない。
 思わず謝罪を口にする僕だが、マティオロ氏の言うように、これは別にミスなどではなかった。

 ゾウのジャンボに追い回され、鳥のジャンボに救われた後、再び移動を開始し始めた僕らは、ほどなくして帰路の方角を完全に見失っていることを悟ったのだった。
 気付けば、ずっとナビゲーターを務めていた僕の目もくらまされており、もう役には立たない。
 その原因はいつの間にやら地上十メートル以上の高さにまで立ち上っていた紅靄あかもやである。

「おうおう、あのルフが低いとこ飛んでったせいかね、こりゃ」
「ちと参りやしたね。時間が経ちゃ元に戻るやも知れねえっすが」
「どうする、領主様! まだかなり早いけど、今日はここまでにしとくかい!?」

 探索隊リーダーとして判断を委ねられたマティオロ氏は、腕を組んで皆を見渡す。
 先ほどの休憩時、神聖術の祈念【疲労回復ワス・ミーネ】と地の精霊術【命の精髄ライフエッセンス】を掛けておいたため、まだまだ誰の顔からも体力的な不安は感じられない。
 荷車にった牧羊樹ぼくようじゅかげぷぅぷぅヽヽヽヽといびきをくナイコーンの奴については言うまでもなく。

「いや、移動を続ける! 幸い、この場は上り坂。現在地を確認できる高所へ向かうぞ」
「はいよ! そら、気張んな! アンタたち!」

 号令ごうれいに従い、一団はゆっくりと慎重に進み始めた。

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 小高い丘となっている岩場を登りきってみれば、ようやく立ちこめる紅靄の上へと出た。
 すると、記憶にある大枯木おおかれき方面への目印は、すぐ視界の内に捉えることができた。
 危惧きぐしていた通り、これまで通ってきた既知のエリアからは相当外れてしまっていたものの、最低限、紅靄の状態さえ落ち着いてくれれば迷子にはならず済みそうである。

 と、安心したところで改めて、上空から周辺の様子を見渡してみる。
 この丘にはさほど草木が生えておらず、そこら中にゴロゴロと岩石が転がっていた。
 今、僕が浮かんでいる高さに達する十メートル級の巨石も多く、相応に視界はふさがれ気味だ。

 ひとまず開けた場所を探そうと、一団は巨石群の間を縫うように通り抜けていく。
 僕は、見通しのかない岩陰を警戒し、ぐるりと巨石の上部周りをなぞりながら飛んでみる。
 そこで、ふと視界の端に映り込んだ物があった。

「あ! 宝箱!」
「シェガロ、でかした!」

 周りの巨石群と比べれば小さめな岩の根元にひっそり鎮座する、石棺せきかんに似たその器物こそは、いくつ見付けようとも有り難さしかないダンジョンの贈り物――宝箱だった。

 全員、喜び勇んでそちらへ向かい、早速と斥候せっこうさんの手によってふたが開けられる。

「これは、苗木だな? 誰か、詳しく知る者はおるか?」
生憎あいにくと思い当たらないねえ! けど、火属性の魔樹まじゅは珍しいはずだよ!」

 箱の中に納められていたのは、まるで燃えているように真っ赤な色をした小振りな苗木だ。
 小さな土の鉢に、小指の爪にも満たない大きさの赤いクズ魔石が無数に入っており、そこから枝も葉もない十二三じゅうにさんセンチ程度の細い幹が真っ直ぐ一本だけ立っていた。

『鉢がなかったら指揮棒タクトか何かと間違ってしまいそうだ。ん? なんだか煙が出てきてるぞ』

「うわ!? 勝手に燃え始めたよ!」
「おいおい、線香せんこうやら蝋燭ろうそくやらじゃあるめえし」

 鉢に植わった苗木を皆で調べていると、突然、幹の先端から一筋、白い煙が上り始める。
 かと思えば、すぐにかすかな火が灯り、気付けば幹の全体からもほのかな熱が放射されていた。

「ハン! 今はそれくらい良いだろう! そろそろ出発しないかい!?」
「そうだな。調べるのは後だ。荷台に積んでおけ! 他の物には燃え移らんよう気を付けてな」
「……っと、ああ、ウサ公とは別にしとかねえとまずいのか。あぶねえ、あぶねえ」

 マティオロ氏の命に従い、苗木が荷車の空きスペースに積み込まれていく。
 それが終わる頃には隊列も整え直され、準備万端、いつでも出発可能な状態となっていた。

「では、出発す――」

 そのとき、何処いずこともなく悪寒おかんめいて大気の震えが伝わってくる。

――ゴゴゴゴゴゴゴ!

「あれ? この音って……まさか!?」

 他の皆も同じことに思い至ったか、バッ!と一斉に空を見上げれば、彼方かなたに浮かぶ巨影が一つ。
 言うまでもなく、飛来せしは先刻ぶりとなる鳥のジャンボだ!
 どこかへ置いてきたか、それとも別個体なのか、両足にゾウのジャンボは掴まれていないが。

――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

「なんか真っ直ぐこっちに向かってくるみたいだよ!」
「やりすごす! 岩陰に隠れろ!」
「俺らのことなんざ、奴の目にはアリんこ程度にしか見えんだろうがなァ」
「……ジンクスの目は良い」
「不吉なこと言ってんじゃねえや!」

『ジンクスというのは、草原サバナでよく見られる野鳥だな。好んでアリを餌とする。和名はアリスイ』

「そんなこと、今はどうでもいいって!」

 幸い、この場には多くの巨岩が点在しており、隠れる場所には事欠かない。
 ヒツジたちを静かにさせながら、気配を消し、僕らは手近な岩陰に潜り込んでいく。
 そこは、地面に半ば埋もれて半球状に高くそびえる、乳白色の粘土っぽい岩石の基部だった。

 頭上を飛び去ってくれという皆の願いもはかなく、鳥のジャンボは岩山へと降りてくる。
 体長一〇〇メートルに達するほどの巨躯きょくに似合わず突風や地響きをほとんど起こすことなく、直径二十メートルはあろう鉄塔じみた脚の先に広がるあしゆびが、前方にふぅわりヽヽヽヽと着地した。

「下手をすれば潰されかねん。移動するぞ」

――コクリ。

 だが、その判断はいささか遅きに失したようだ。
 奴は初めから僕たちの存在を認識しており、うにこちらへ狙いを定めていたのである。
 気付けば、遙か上空より、視界すべてを覆うほどに巨大なクチバシが迫ってきていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

処理中です...