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第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて
第四十二話: 希望、シュールでナンセンス
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呆然とする一行の前でぐるぐる、ぐるぐる、回る回る、それはまるでメリーゴーラウンド。
――メエェー、メエェー。
「なんだ、これ」
地面からまっすぐ立っている一本の太い支柱、頭上にはキラキラ光を発する大きな傘が広がり、その下を引紐に繋がれたヒツジたちがメーメー鳴きながら、ゆっくりと一方向へ歩き続けていた。
念のため、断っておくが、ここは前世地球の遊園地などではない。
相も変わらず、異世界の屋外型ダンジョン・コユセアラの内部であり、大きな湖の中に浮かぶ小島の中央部、五六十メートルばかり盛り上がった丘の頂上だ。
周囲を取り囲む湖には、いくつもの大きな魚影の他、悠々と胴体をくねらせて泳ぐバカでかい巨大蛇の姿なども見え、このメルヘンチックな光景の場違い感を更に助長してくれている。
つい先ほどまで、水の精霊術【水面歩き】により聖書のイエスよろしく湖の上を歩きながら、生きた心地がしないと漏らしていたことさえ既に記憶の彼方か、皆一様に緊張感を失った表情で立ち尽くすのみだった。
「……っハ! 驚いたよ! こいつはひょっとするとバロメッツじゃないかねえ!?」
と、いち早く気を取り直したジェルザさんが言う。
「なんだ、そのバロメッツ……というのは?」
「領主様は北の出だったかい! それなら聞いたことないかもね! この辺りの冒険者の間じゃ知られた笑い話……んんっ! どうやら冗談なんかじゃなかったみたいだけどさ!」
「へい、南方じゃヒツジは樹に実る。牧草も牧羊犬も羊飼いもいらねえ。畑で水だけやってりゃ羊毛が採れる。ガハハハ、そいつは楽だわな……なんつう、ガキが考えたみてえな馬鹿げた話で」
生きたヒツジが生る樹?
それは何とも夢のある話だ……が、目の前にはそんな光景が確かな現実として顕現している。
改めて見てみれば、中心に建つ支柱はしっかりと地中へ根を張った樹木の幹だった。
広げられた大きな傘のような天井部は、綺麗に重なり合う艶々とした木の葉だ。
引紐と思われたものは幹から伸びる枝だろうか。まるで蔓のように細長く伸縮性もあるようだ。
そして、ヒツジたちは、その枝の先端に繋がれ……いや、生っている巨大な果実であるらしい。
高さ四メートルほどの幹に対し、体高八十センチの灰色っぽいヒツジが十二個も実っている。
「メエーエ」「んメェーエ」「メエエェェェ」
こればかりは、僕の目ではどう見ようとも、ごく普通のヒツジとしか捉えられなかった。
首の後ろから伸びている引紐めいた果序さえ除けば、他には植物的な特徴など見当たらない。
「えっと、これってモンスターじゃないの……?」
「それより気になることが別にあるぞ。まず、これは食えるのか? 本当に水だけで育つのか? どの程度の間隔で収穫できるのだ? どうなのだ?」
「ちょ、ちょお! そこまでは知りやせんぜ。なんせ実在するだなんて思ってもみなかったんで」
「ぬぅん! どうあれ、是が非でも持ち帰らねばならんな」
察するに、こいつは例の魔素とやらが関係している不思議植物なのであろう。
ダンジョンの外で飼育……いや、栽培が可能だとは思えないが、大枯木がそびえ立つ入り口の辺りにでも運んでゆき、上手く根付かせることができるなら、今後の食糧問題は解決へ向かって大きく前進するはずだ。
「ちょいと早いけど、今日はここでキャンプを張ろうかね! 落ち着いて調べたら良いさ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、丘を探索してみると、更に同様の牧羊樹を数本ばかり発見することができた。
どうやら頂上一帯が自生地になっているらしく、実を付けていない若木も僅かながら目に付く。
が、同時に、ここがヒツジを狙う肉食獣やモンスターたちの餌場であることも判明し、激しい戦闘が繰り広げられ……まぁ、それはあえて詳しく語るまでもないか。
苦戦はしたものの、さしたる被害もなく、すべて撃退したというだけで十分だろう。
そう言えば、本日二つ目、コユセアラ通算では三つ目の宝箱を見付けられたことも幸運だった。
「ひひっ、やったな。こいつは大当たりだぜぇ」
「何なんですか、それ?」
「驚け! これがあのブラッドアノマルルスの皮翼よ! しかもでけえ!」
「何ですか、それ?」
宝箱を開けた斥候さんが、中から大きな布のような物を取りだし、広げて見せる。
色は赤、質感はビニールっぽく、特に風も当たっていないのにヒラヒラとはためいている。
「ありゃ? 知らねえか? よく貴族のボンボンが欲しがる素材なんだけどよ」
「うむ、風属性の高級素材だな。【身躱しの衣】や【矢避けの外套】を制作するのに使われる。本来、俺のような貧乏貴族には縁がない代物だが――」
「欲しいんなら、こっちに相場の半値いただくよ! 今回の探索で手に入れた物は山分けにする約束だったはずだからね!」
「分かっておる。悪くないな。考えておこう」
そんなこんなでダンジョン探索の三日目はなかなかの成果と共に終了したのだった。
……と、そうそう。念のため、収穫したヒツジの可食テストをしてみたのだが。
満場一致で、この果実は中身の肉もヒツジそのものだという結論を得た。
食事を摂っている様子などないにも拘わらず一通りの内臓が備わっている珍妙さはさておき、可食部は身体全体の五六割といったところか。
これ一頭……いや、一個で領民全員の腹を一日くらいは紛らわすことができる計算になる。
『三ヶ月以上も続く乾期を乗りきるには、これだけではまだ心許ないかな』
「たぶん、乾期になったらヒツジは死……いや、枯れちゃうんだろうしね。だけど」
ようやく、僕らは大飢饉に対抗するための手段を一つ、手に入れることができたのである。
************************************************
何の説明もなく唐突に出てきた固有名詞【ブラッドアノマルルス】について補足。
興味のない方は読み飛ばしても問題ありません。
こいつは吸血コウモリっぽい特徴を持つ巨大なムササビとして考えています。
夜行性で、皮膜を使って宙を舞い、獲物を襲って血を吸うモンスターです。
大して強くはありませんが、めったに会えないレアモンという感じでしょうか。素材が美味し。
――メエェー、メエェー。
「なんだ、これ」
地面からまっすぐ立っている一本の太い支柱、頭上にはキラキラ光を発する大きな傘が広がり、その下を引紐に繋がれたヒツジたちがメーメー鳴きながら、ゆっくりと一方向へ歩き続けていた。
念のため、断っておくが、ここは前世地球の遊園地などではない。
相も変わらず、異世界の屋外型ダンジョン・コユセアラの内部であり、大きな湖の中に浮かぶ小島の中央部、五六十メートルばかり盛り上がった丘の頂上だ。
周囲を取り囲む湖には、いくつもの大きな魚影の他、悠々と胴体をくねらせて泳ぐバカでかい巨大蛇の姿なども見え、このメルヘンチックな光景の場違い感を更に助長してくれている。
つい先ほどまで、水の精霊術【水面歩き】により聖書のイエスよろしく湖の上を歩きながら、生きた心地がしないと漏らしていたことさえ既に記憶の彼方か、皆一様に緊張感を失った表情で立ち尽くすのみだった。
「……っハ! 驚いたよ! こいつはひょっとするとバロメッツじゃないかねえ!?」
と、いち早く気を取り直したジェルザさんが言う。
「なんだ、そのバロメッツ……というのは?」
「領主様は北の出だったかい! それなら聞いたことないかもね! この辺りの冒険者の間じゃ知られた笑い話……んんっ! どうやら冗談なんかじゃなかったみたいだけどさ!」
「へい、南方じゃヒツジは樹に実る。牧草も牧羊犬も羊飼いもいらねえ。畑で水だけやってりゃ羊毛が採れる。ガハハハ、そいつは楽だわな……なんつう、ガキが考えたみてえな馬鹿げた話で」
生きたヒツジが生る樹?
それは何とも夢のある話だ……が、目の前にはそんな光景が確かな現実として顕現している。
改めて見てみれば、中心に建つ支柱はしっかりと地中へ根を張った樹木の幹だった。
広げられた大きな傘のような天井部は、綺麗に重なり合う艶々とした木の葉だ。
引紐と思われたものは幹から伸びる枝だろうか。まるで蔓のように細長く伸縮性もあるようだ。
そして、ヒツジたちは、その枝の先端に繋がれ……いや、生っている巨大な果実であるらしい。
高さ四メートルほどの幹に対し、体高八十センチの灰色っぽいヒツジが十二個も実っている。
「メエーエ」「んメェーエ」「メエエェェェ」
こればかりは、僕の目ではどう見ようとも、ごく普通のヒツジとしか捉えられなかった。
首の後ろから伸びている引紐めいた果序さえ除けば、他には植物的な特徴など見当たらない。
「えっと、これってモンスターじゃないの……?」
「それより気になることが別にあるぞ。まず、これは食えるのか? 本当に水だけで育つのか? どの程度の間隔で収穫できるのだ? どうなのだ?」
「ちょ、ちょお! そこまでは知りやせんぜ。なんせ実在するだなんて思ってもみなかったんで」
「ぬぅん! どうあれ、是が非でも持ち帰らねばならんな」
察するに、こいつは例の魔素とやらが関係している不思議植物なのであろう。
ダンジョンの外で飼育……いや、栽培が可能だとは思えないが、大枯木がそびえ立つ入り口の辺りにでも運んでゆき、上手く根付かせることができるなら、今後の食糧問題は解決へ向かって大きく前進するはずだ。
「ちょいと早いけど、今日はここでキャンプを張ろうかね! 落ち着いて調べたら良いさ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、丘を探索してみると、更に同様の牧羊樹を数本ばかり発見することができた。
どうやら頂上一帯が自生地になっているらしく、実を付けていない若木も僅かながら目に付く。
が、同時に、ここがヒツジを狙う肉食獣やモンスターたちの餌場であることも判明し、激しい戦闘が繰り広げられ……まぁ、それはあえて詳しく語るまでもないか。
苦戦はしたものの、さしたる被害もなく、すべて撃退したというだけで十分だろう。
そう言えば、本日二つ目、コユセアラ通算では三つ目の宝箱を見付けられたことも幸運だった。
「ひひっ、やったな。こいつは大当たりだぜぇ」
「何なんですか、それ?」
「驚け! これがあのブラッドアノマルルスの皮翼よ! しかもでけえ!」
「何ですか、それ?」
宝箱を開けた斥候さんが、中から大きな布のような物を取りだし、広げて見せる。
色は赤、質感はビニールっぽく、特に風も当たっていないのにヒラヒラとはためいている。
「ありゃ? 知らねえか? よく貴族のボンボンが欲しがる素材なんだけどよ」
「うむ、風属性の高級素材だな。【身躱しの衣】や【矢避けの外套】を制作するのに使われる。本来、俺のような貧乏貴族には縁がない代物だが――」
「欲しいんなら、こっちに相場の半値いただくよ! 今回の探索で手に入れた物は山分けにする約束だったはずだからね!」
「分かっておる。悪くないな。考えておこう」
そんなこんなでダンジョン探索の三日目はなかなかの成果と共に終了したのだった。
……と、そうそう。念のため、収穫したヒツジの可食テストをしてみたのだが。
満場一致で、この果実は中身の肉もヒツジそのものだという結論を得た。
食事を摂っている様子などないにも拘わらず一通りの内臓が備わっている珍妙さはさておき、可食部は身体全体の五六割といったところか。
これ一頭……いや、一個で領民全員の腹を一日くらいは紛らわすことができる計算になる。
『三ヶ月以上も続く乾期を乗りきるには、これだけではまだ心許ないかな』
「たぶん、乾期になったらヒツジは死……いや、枯れちゃうんだろうしね。だけど」
ようやく、僕らは大飢饉に対抗するための手段を一つ、手に入れることができたのである。
************************************************
何の説明もなく唐突に出てきた固有名詞【ブラッドアノマルルス】について補足。
興味のない方は読み飛ばしても問題ありません。
こいつは吸血コウモリっぽい特徴を持つ巨大なムササビとして考えています。
夜行性で、皮膜を使って宙を舞い、獲物を襲って血を吸うモンスターです。
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