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第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて
第四十話: 毛玉と戦う幼児
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――カリカリ、カリカリ……。
「あたま……さわって? あたま……」
――カリカリ、カリカリカリ……。
夜、静まりかえった簡易岩屋の中にそんな小さな音が響き続けている。
ダンジョン内の様子からすると、時刻は【森ノ二刻(二十二時頃)】くらいだろうか。
昼間の疲れを癒やすため、当番の見張り役を除き、皆、既に眠りに就かんとする時間帯だ。
「……って、うるせえ。寝れやしねえ(小声)」
「……もう殺っちまうか? 森からは相当離れてるしよ(小声)」
「何故、奴はどこまでも付いてくるのだ?(小声)」
「知らないよ! あれに聞いとくれ!(小さな怒鳴り声)」
説明の必要は無いだろうが、騒音の正体はあの角無しウサギである。
野営のために築いたかまくら状の岩屋が外側からずっと引っ掻かれているのだ。
「なんとかせんとな……魔術師よ、奴を朝まで眠らせておけるか?」
「夜中ですしね。一匹だけなら目覚めにくいでしょ……いや、雨風ですぐ起きちまうかな」
「それなら、もう一戸、岩屋でも作りますけど? どうします? 仕舞っちゃいます?」
早速、魔術師さんが魔法術【睡の雲】を詠唱すれば、奴は抵抗できずぷぅぷぅと眠りに落ちた。
仕上げとして地の精霊へ請願し、それを密閉するように小さな岩室――ウサギ小屋を築く。
こうして、深夜のダンジョンにやっと静寂が取り戻されたのだった。
「思ったんだけど、いっそ、このままずっと閉じ込めておいたら良いんじゃない?」
「やめとけ、中で餓死でもされて俺らのせいと思われたら適わんぜ」
返す返すも面倒なモンスターである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、例によって早起きした僕は、一人、岩屋の外へと出ていく。
と言っても、ここは何が起こるかも分からぬダンジョン内、当然、遊びに行くわけではない。
見張り番に就いていた神術師さんとノブさんに声を掛け、彼らの目の届く範囲からは離れず、軽く垂直上昇して朝一番の哨戒、日課のストレッチ、五羽のモントリーの世話……というような雑務諸々をこなす。
それら一通りをし終えると、少しばかり手空きの時間が訪れた。
手遊び感覚で目に付くゴミダマ――今朝は割りと少なめだ――を吹き飛ばしたりしていると、夕べ、仕舞い込んだあのウサギ……角無しの妙に静かな様子が気になってきた。
「まだ寝てるのかな? 覗いてみても大丈夫だと思う?」
「ここまで来りゃ、大して危険はねえと思うが、気ぃつけろよ」
「はぁい、地の精霊に我は請う……」
こんもりと盛り上がった岩室の天井を地の精霊術によって少しずつ崩していけば、やがて中にみっしりと詰まった体長七十センチほどもあるクリーム色の毛玉が見えてくる。
『どこがどのパーツなんだか、まるで分からないよな、この生き物』
やはり、まだ眠っているらしく、ゆっくりと小さく身体が膨らんだり縮んだりしている。
起こさないように観察していると、垂れた耳を発見、ようやく頭の位置が判明した。
よく見れば、額の中央には長い毛の中に埋もれて数センチばかり折れた角の根元が残っている。
鋭い部分は無く、分厚いメダルかボタンでも貼り付いているような感じだ。
そのとき、パチリ!と音でもしそうな勢いで突然、角無しの両目が開かれた。
「あたまさわって?」
「わあっ!?」
間髪を容《い》れず、後脚でダン!と地面を蹴り、岩室を崩しながらグイッと頭を突き出してくる。
ちょうど角へ手を伸ばしかけていた僕は、躱せば良いものを、つい反射的に受け止めてしまう。
――グイグイ……グイグイ……グググイグイ……。
この有無を言わせぬ圧は、かつて前世で感じたそれとまったく同じ。
異世界のモンスターに地球のアンゴラウサギとの近縁関係などあろうはずもないが、ともあれ、僕は身の丈に迫るほどの巨獣にのし掛かられ、頭を撫でることを余儀なくされてしまった。
「何やってんだ、シェガロ坊。あんま、そいつに構うなって。あぶねえんだからよ」
「好きでやってるんじゃないんだけどねえ」
一応、噛みついたり、角の根元で攻撃したりする気配はなさそうだが……。
『凶器の角と狂化の質さえ無ければ、単にでかくて力の強いアンゴラウサギでしかないようだな。ん? 待てよ? それだけで十分すぎるほどに厄介な生き物なんじゃないか? 実際、これは!』
「でかい! 重い! 暑苦しい! あと手が疲れた! もう離れてくれないかなあ!」
起き出してきた皆が揃って生温かい目を向けてくる中、ひたすらまとわりついてくる角無しの頭を、小一時間もの間、ひたすら撫でさせられていた僕である。
やがて、角無しは満足したのか、潰れたかのように地面にうつ伏せ、ぐったり大人しくなった。
その機を逃さず、再び【睡の雲】で眠らせると、僕らは手早くキャンプを畳んで出立した。
いくら無害に見えようと、肉や毛皮といった生産物が魅力的であろうと、やはり連れ歩くには危険が大きすぎ、殺傷でさえ避けるべき面倒の種だということに変わりはない。
このまま置いていくのが賢明だろう。
少なくとも、迫り来る飢饉の備えになどなりえないのだから。
出発後、一刻(約二時間)ほどが過ぎても、奴が追いかけてくる姿は確認できなかった。
ここまで来れば、もう完全に撒いたと見ても良いのではなかろうか。
いつものように空中に浮かぶ僕は、ホッと胸を撫で下ろしつつ、行く手へと目を向ける。
そこには次の目的地である大きな水場が広がっていた。
「あたま……さわって? あたま……」
――カリカリ、カリカリカリ……。
夜、静まりかえった簡易岩屋の中にそんな小さな音が響き続けている。
ダンジョン内の様子からすると、時刻は【森ノ二刻(二十二時頃)】くらいだろうか。
昼間の疲れを癒やすため、当番の見張り役を除き、皆、既に眠りに就かんとする時間帯だ。
「……って、うるせえ。寝れやしねえ(小声)」
「……もう殺っちまうか? 森からは相当離れてるしよ(小声)」
「何故、奴はどこまでも付いてくるのだ?(小声)」
「知らないよ! あれに聞いとくれ!(小さな怒鳴り声)」
説明の必要は無いだろうが、騒音の正体はあの角無しウサギである。
野営のために築いたかまくら状の岩屋が外側からずっと引っ掻かれているのだ。
「なんとかせんとな……魔術師よ、奴を朝まで眠らせておけるか?」
「夜中ですしね。一匹だけなら目覚めにくいでしょ……いや、雨風ですぐ起きちまうかな」
「それなら、もう一戸、岩屋でも作りますけど? どうします? 仕舞っちゃいます?」
早速、魔術師さんが魔法術【睡の雲】を詠唱すれば、奴は抵抗できずぷぅぷぅと眠りに落ちた。
仕上げとして地の精霊へ請願し、それを密閉するように小さな岩室――ウサギ小屋を築く。
こうして、深夜のダンジョンにやっと静寂が取り戻されたのだった。
「思ったんだけど、いっそ、このままずっと閉じ込めておいたら良いんじゃない?」
「やめとけ、中で餓死でもされて俺らのせいと思われたら適わんぜ」
返す返すも面倒なモンスターである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、例によって早起きした僕は、一人、岩屋の外へと出ていく。
と言っても、ここは何が起こるかも分からぬダンジョン内、当然、遊びに行くわけではない。
見張り番に就いていた神術師さんとノブさんに声を掛け、彼らの目の届く範囲からは離れず、軽く垂直上昇して朝一番の哨戒、日課のストレッチ、五羽のモントリーの世話……というような雑務諸々をこなす。
それら一通りをし終えると、少しばかり手空きの時間が訪れた。
手遊び感覚で目に付くゴミダマ――今朝は割りと少なめだ――を吹き飛ばしたりしていると、夕べ、仕舞い込んだあのウサギ……角無しの妙に静かな様子が気になってきた。
「まだ寝てるのかな? 覗いてみても大丈夫だと思う?」
「ここまで来りゃ、大して危険はねえと思うが、気ぃつけろよ」
「はぁい、地の精霊に我は請う……」
こんもりと盛り上がった岩室の天井を地の精霊術によって少しずつ崩していけば、やがて中にみっしりと詰まった体長七十センチほどもあるクリーム色の毛玉が見えてくる。
『どこがどのパーツなんだか、まるで分からないよな、この生き物』
やはり、まだ眠っているらしく、ゆっくりと小さく身体が膨らんだり縮んだりしている。
起こさないように観察していると、垂れた耳を発見、ようやく頭の位置が判明した。
よく見れば、額の中央には長い毛の中に埋もれて数センチばかり折れた角の根元が残っている。
鋭い部分は無く、分厚いメダルかボタンでも貼り付いているような感じだ。
そのとき、パチリ!と音でもしそうな勢いで突然、角無しの両目が開かれた。
「あたまさわって?」
「わあっ!?」
間髪を容《い》れず、後脚でダン!と地面を蹴り、岩室を崩しながらグイッと頭を突き出してくる。
ちょうど角へ手を伸ばしかけていた僕は、躱せば良いものを、つい反射的に受け止めてしまう。
――グイグイ……グイグイ……グググイグイ……。
この有無を言わせぬ圧は、かつて前世で感じたそれとまったく同じ。
異世界のモンスターに地球のアンゴラウサギとの近縁関係などあろうはずもないが、ともあれ、僕は身の丈に迫るほどの巨獣にのし掛かられ、頭を撫でることを余儀なくされてしまった。
「何やってんだ、シェガロ坊。あんま、そいつに構うなって。あぶねえんだからよ」
「好きでやってるんじゃないんだけどねえ」
一応、噛みついたり、角の根元で攻撃したりする気配はなさそうだが……。
『凶器の角と狂化の質さえ無ければ、単にでかくて力の強いアンゴラウサギでしかないようだな。ん? 待てよ? それだけで十分すぎるほどに厄介な生き物なんじゃないか? 実際、これは!』
「でかい! 重い! 暑苦しい! あと手が疲れた! もう離れてくれないかなあ!」
起き出してきた皆が揃って生温かい目を向けてくる中、ひたすらまとわりついてくる角無しの頭を、小一時間もの間、ひたすら撫でさせられていた僕である。
やがて、角無しは満足したのか、潰れたかのように地面にうつ伏せ、ぐったり大人しくなった。
その機を逃さず、再び【睡の雲】で眠らせると、僕らは手早くキャンプを畳んで出立した。
いくら無害に見えようと、肉や毛皮といった生産物が魅力的であろうと、やはり連れ歩くには危険が大きすぎ、殺傷でさえ避けるべき面倒の種だということに変わりはない。
このまま置いていくのが賢明だろう。
少なくとも、迫り来る飢饉の備えになどなりえないのだから。
出発後、一刻(約二時間)ほどが過ぎても、奴が追いかけてくる姿は確認できなかった。
ここまで来れば、もう完全に撒いたと見ても良いのではなかろうか。
いつものように空中に浮かぶ僕は、ホッと胸を撫で下ろしつつ、行く手へと目を向ける。
そこには次の目的地である大きな水場が広がっていた。
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