異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
158 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて

第三十九話: やったか? 羽根と角

しおりを挟む
 僕の振るったスコップは、自分でも驚くほど容易たやすく、飛び出してきたソレを断ち切ってしまう。

「ぷきゅっ!」

 クリーム色をした毛玉が、目の前で二つの影に分かたれ……下草の中へと落ちていく。

――ざわっ!

「シェガロ!」
「バッ――!! ボン!?」
「おいおいおいおい……冗談じゃねえぞっ!」

 いや、確かにうっかりしていたことは認めるにしても、今のは貰い事故のようなものだろう。
 日頃から地の精霊術により刃をぎ澄まし、今は火の精霊術により赤熱させているにしても、僕の持つスコップの威力など、本物の武器とは比ぶべくもないはずなのだ。

『ああもあっさり切れてしまうとは、流石さすがに僕も注意が及んでいなかったよ。すまない』

「うーん、まぁ、やっちゃったものはしょうがないよね。……とりあえずみんなからは離れておこう」
「待ちな! まず森を出る! そこで様子を見るんだ!」

 全員、もはや脇目も振らぬ様子で木立の間を駆け抜け、見渡す限りの草原へ飛び出していく。
 そして、休みも取らず息を荒げたまま、周囲の深い草むらを刈りひらき、防御陣形を組み上げた。
 僕は一人、離れた場所で空中に浮き、周辺警戒をしつつ事態の推移を見守る。

 不幸中の幸いと言えるだろう、見渡す限り、辺りに他の敵の気配はなさそうだ。

「もしも、狂化が始まっていたら――」
「分かってる。僕が一人で別方向へ飛んでいって全部引きつけるから」
「くっ……ぐぅむむむ……頼んだぞ! だが諦めるな! パパが絶対に何とかしてやる!」
「うん、頼りにしてるよ」

 剛胆ごうたんなマティオロ氏やジェルザさんでさえにじみ出る緊張感を隠そうともせず、待つことしばし。

「……来た!?」

 まだ姿は確認できない。
 しかし、森の中より、深い草むらをガサガサと揺らしながら、何かが進み出てきていた。
 それはすぐに草を刈っておいた前方三十メートルほどの距離にまで辿り着き――。

「あたま……さわって?」

 のっそりと、長い毛に包まれた全身を現したのだった。

「ひいいぃぃぃ! 出たあ! や、やっぱり復讐ウサギだあああ!」
「もう盾なんてしまっとけ! キレた奴らァ、射程二十メトリ以上、バカ威力の投槍ジャリドと思えや!」
「群れの規模によっちゃ……どうにか百くれえまでなら……もし、千を超えるなら……」

 その姿を目にした途端、従士見習いが悲鳴を上げ、冒険者たちの間に戦慄せんりつが走る……も。

「あたま……」
「おっ、おん? なんか……こう、ちぃとばかし様子おかしくねえか?」
「確かに、発狂は……してねぇっぽいなぁ」
「アッハ! 後続の気配もなさそうだね! 安心しな! あれ一匹だけだよっ!」

 どうやら、僕らを追いかけてきていたウサギの群れに関しては、上手くけたらしい。
 現れたのはたった一匹、少なくとも昂奮している様子などはまったく見られない。

「さわって?」
「とうか? あいつ……間違いない。さっきやっちゃった奴だ」

 そう、それは、先ほど僕が一刀のもとに斬り伏せた個体だった。
 落ち着いてみれば一目瞭然、特徴的なアレが、しかるべき場所に存在していない。

 出会い頭、スコップの刃により根元から斬り落としてしまった、あの長い一本角・・・が。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 左手の方向、ざっと百メートル向こうに望む木立こだちの外縁をなぞるように、僕たちはゆっくりと草原の中を進んでいる。
 あれから一刻(約二時間)ほど経つが、辺りの様子は、拍子抜けするほど落ち着いていた。

「……あたま、さわって?」

 それさえ除けば。

「あいつ、まだ付いてきてるね」
「何が狂化の引き金になるか知れん。放っておけ」

 結局、現在に至るまで、あのウサギ自身を含めてモンスターの暴走は起こっていない。
 ひょっとして角を切るくらいなら問題なかったのでは? そう思い、みんなに訊ねてみれば……。

「そいつはねえなあ。あの角は良い素材になるらしくてよ。過去にいろいろ試した奴はいんのよ」
「……生命いのちがいらんらしい」
「まっ、結論としちゃあ、たとえ角だろうと手傷を負わせたら奴らは発狂するんだとよ」
「えー、みんな、戦闘中はガンガン角を叩いてませんでしたか?」
「そりゃ、おめえ、当然、ポッキリいっちまわねえよう気ぃ付けてたぜ」
っても、狙ってやんなけりゃ、そうそう折れるような硬さじゃねえはずなんだけどな」

『考えても仕方なさそうだ。今回は運良く怒らせずに済んだ……そう思っておくとしよう』

「詳しく検証したりするには、あまりにもリスクが大きすぎる生き物だしね」

 背中越しに振り返ると、力なく鳴きながら、とぼとぼと歩く角無しウサギが遠くに見える。

「あたま……あたま、さわって?」
「もう付いてくるなって。怒ってないなら森に戻りなよ。角を折っちゃったことは謝るからさ」

 聞こえるはずも、通じるはずもない言葉をなんともなしに掛けてみたり。

「キャー……ア! キャー……ア!」

 遠くから響いてきたこの高い声は、木立こだちの上を旋回する鳥たちによるものだ。
 そちらへ目を向ければ、傾き始めた太陽を背景に、あのクサイドリたちが空高く旋回していた。

「お? あのハーピィども、なんか小綺麗にしてやがんぞ」
「ひひっ、ああしてりゃ見てくれは悪くねえよなぁ」

 額に手をかざして遠くの小さな影を凝視しつつ、斥候せっこうさんたちがニヤニヤ笑いで話す。

「あの鳥、ハーピィって言うんですか?」
「おう、あんなんでも下級モンスターよ。大抵はもっとずっと小汚ねえんだわ」
「町や村のそばみついちまうと迷惑でなぁ。所構ところかまわず汚物なんかき散らしてよ。それがもう臭えのなんのって……挙げ句の果てに流行病はやりやまいが広がったりな」
「へえ」

 確かに、あんなのが頭の上を飛んでいたら、おちおち食事もしていられないだろう。

「……とどめ刺しておいた方が良かったかなぁ」
「ん? まぁ、ダンジョン中じゃ大した害もない奴らだしな。わざわざ相手にしなくて構わんぜ」
「自分らより数が少なくて弱そうな相手だけしか襲わねえからよ」
「ああ、なるほど」

『やっぱり、あの三羽だよな? もう火傷やけどは治ったんだろうか』

 木立こだちの上をゆったり滑空している三羽のクサイドリたちは、身綺麗みぎれいにしているせいだろうか、どことなく穏やかな表情をしているようにも見えた。
 ちょうど数も合う。僕が単独で闘い、高温スチーム洗浄・・を喰らわしてやった連中に違いない。

「キャー! ケラケラケラケラ……」

 いや、別に情けを掛けたのではなく、ましてや、女の姿にほだされたとかでもないのだ。
 殺したとて何が得られるわけじゃなし、そうする必要はないと判断したまでのこと。

「あたま……さわって?」

 結果的に見れば、それがあのウサギを怒らせずに済む験担げんかつぎになったようにも思われる。

 何はともあれ、窮地きゅうちを無事に切り抜けられて良かったよ。
 この木立はいずれ改めて再調査してみたいところではあるが、今回はここまでだ。

 【紅霧の荒野コユセアラ】探索二日目もじきに切り上げとなる。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

処理中です...