156 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて
第三十七話: あたまさわって、藪の中より
しおりを挟む
あれは、まだ僕が白埜松悟という名のオッサンだった前世日本でのことだ。
その日の僕は、数人の友人たちと共に、彼らの中の一人が暮らす一戸建て住宅に集まっていた。
家主の細君と一人娘が出掛けている暇を盗んだ、男たちだけの気楽な週末宅呑み会である。
四角い卓を囲んで定番の大人向けテーブルゲームに興じ、互いに勝ったり負けたり、馬鹿話で盛り上がったりしつつ、十分に用意しておいた酒と肴へ手を伸ばす。
そんな中、ふと、片手をソファの横へ下ろしたとき、そいつはやって来た。
――グイグイ……グイグイ……ぷひ、ぷひ……。
「うわっ! な、なんだ?」
もこもことしてやけに暖かい何物かが、突然、僕のその手にまとわりついてきたのだ。
「ああ、すいません。出てきちゃったッスね。なんかケージの開け方覚えちゃったみたいで」
「なんです、このでかい毛玉は? ちょっ、頭……押し付けるなって……」
「おー! いきなり懐かれたか……さすがショーゴさん! 女子高教師!」
「なつか……え? なんか噛まれてるんですけど? いや、教師は関係ないでしょ」
「俺も懐かれたいんだが。どうして来ないんだ」
「ははは、甘噛みしまくりっスねえ」
「やめろって……この! なんで僕の所ばっかり? うわ、乗ってくるな、暑苦しい」
「あっはっは! 娘が見たら絶対羨ましがるやつだよ。そうだ、ちょっと動画撮らせてください」
「いや、■■■さん。■■さんたちも、笑ってないで助けてよ!」
以来、僕は彼の家に行く度、その巨大な毛玉に延々と絡まれ続けることになるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そう、その毛玉に……目の前で飛び交う奴らの姿は酷似していた。
「あたまさわって!」
その名は、アンゴラウサギ。
手足や顔まで埋もれてしまうほど伸びる非常に長い毛が特徴的な大型のウサギである。
もちろん、これが只のウサギであるのなら、僕とて戦慄したりはしない。
こいつらには一つだけおかしな点が……いや、もっとたくさんあるよな。おかしなところは。
まず、飛びすぎだ! 丸々とした体型に似合わず、樹に登って飛び掛かっていく奴までいるぞ。
うっすらと黄色がかった白い――クリーム色というべきか――毛の色も不自然な気がする。
そもそも鳴き声だよ! なんだ、『頭触れ』って! 明らかに喋ってるよな?
いやいやいや、待て、待て。少し落ち着こう。
何よりもまず挙げるべき特徴は、アレだ……奴らの頭にある。
「あたま!」
そこには、ギラリと黒光りする奴らの武器が生えていた。
額の中央より真っ直ぐ前方へ向かって伸びているソレは、ほとんど胴体の大きさと変わらない五十センチ以上の長さ、先端は鋭く尖って円錐を成し、全体に木工ドリルのような螺旋状の刃を備えていることが見て取れる、つまりは一本の角だ。
『あの形は昔見た一角馬のものとよく似ているが……』
そんな物騒な凶器を突き出し、執拗に探索隊へ向かって飛び掛かっていくウサギたちの数は、およそ十二三匹といったところか。
『あいつが、あのしつこいウサギが武器を身に着け、これほどの数……だと? ゴクリ……』
「パパ! これ、どういう状況なの?」
恐れ戦く僕を他所に、楽天家はある程度の高度を維持しつつマティオロ氏の下へと向かった。
まぁ、見たところ、皆の戦い振りにはどこか違和感がある。状況確認は妥当な判断だろう。
「おお! シェガロ、無事だったか。パパは信じていたぞ」
「うん、ただいま。それで……」
「こいつらはアルミラージっつう厄い魔獣よ。いいか、シェガロ坊! 絶対に殺すな!」
「できれば傷つけることも避けたい」
殺すのも傷つけるのもいけないって? どうしてまた?
「一匹でも殺した途端、森全体……いや、ここはダンジョン全体になンのか? ともかく群れの残りがみんな発狂して襲い掛かってくるようになんのよ。最後の一匹まで、場合によっちゃ他のモンスターも引き連れて、仲間の仇を絶対にぶっ殺すぞ……ってな」
「性格が獰猛になるだけでなく、力も俊敏さも、今とは比べものにならんほど強化されるらしい」
「ええ……こわすぎるんだけど……」
「うむ、それをまともに迎え撃って二匹三匹と殺せば、更に狂化が激しくなるから始末に負えん。そうなったら最後、手を下した者を生贄とし、皆で一目散に逃げる以外にはあるまい」
『なんだ、そりゃ。前世で一昔前にあった暴力団抗争じゃあるまいし……』
「そんな生き物がよく絶滅しないねぇ」
「野生の獣やモンスターからも恐れられているなどという話を聞くな」
「こっちから手ェ出さなきゃ問題ねえはずなんだがよう……ッチ、この森は巣だったか?」
そうして僕に説明をしている間も、マティオロ氏とノブさんはモントリーの背に跨ったまま、飛び掛かってくるぶち切れウサギをいなし続けていた。
マティオロ氏は長めの柄を持つ長剣。ノブさんは長い柄の二叉矛フォーク。羽上で振るわれるそれらが高く硬質な音を響かせる度、飛んでくる黒い角が地面へと叩き落とされる。
「あた――もるすぁ!」
刺されば相当なダメージを受けるだろう角の一撃を確実に受け流しか。
改めて思うが、二人とも本当に大した技量だ。
もちろん、攻撃してきたウサギがまったくの無傷であることは言うまでもないだろう。
「状況は分かったけど、それならどうするの? 話を聞く限り、逃げるしかないんだよね?」
「今は大鎌が機を見計らっている」
と、周りへ目を向ければ、冒険者たちの活躍が目に入ってきた。
その日の僕は、数人の友人たちと共に、彼らの中の一人が暮らす一戸建て住宅に集まっていた。
家主の細君と一人娘が出掛けている暇を盗んだ、男たちだけの気楽な週末宅呑み会である。
四角い卓を囲んで定番の大人向けテーブルゲームに興じ、互いに勝ったり負けたり、馬鹿話で盛り上がったりしつつ、十分に用意しておいた酒と肴へ手を伸ばす。
そんな中、ふと、片手をソファの横へ下ろしたとき、そいつはやって来た。
――グイグイ……グイグイ……ぷひ、ぷひ……。
「うわっ! な、なんだ?」
もこもことしてやけに暖かい何物かが、突然、僕のその手にまとわりついてきたのだ。
「ああ、すいません。出てきちゃったッスね。なんかケージの開け方覚えちゃったみたいで」
「なんです、このでかい毛玉は? ちょっ、頭……押し付けるなって……」
「おー! いきなり懐かれたか……さすがショーゴさん! 女子高教師!」
「なつか……え? なんか噛まれてるんですけど? いや、教師は関係ないでしょ」
「俺も懐かれたいんだが。どうして来ないんだ」
「ははは、甘噛みしまくりっスねえ」
「やめろって……この! なんで僕の所ばっかり? うわ、乗ってくるな、暑苦しい」
「あっはっは! 娘が見たら絶対羨ましがるやつだよ。そうだ、ちょっと動画撮らせてください」
「いや、■■■さん。■■さんたちも、笑ってないで助けてよ!」
以来、僕は彼の家に行く度、その巨大な毛玉に延々と絡まれ続けることになるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そう、その毛玉に……目の前で飛び交う奴らの姿は酷似していた。
「あたまさわって!」
その名は、アンゴラウサギ。
手足や顔まで埋もれてしまうほど伸びる非常に長い毛が特徴的な大型のウサギである。
もちろん、これが只のウサギであるのなら、僕とて戦慄したりはしない。
こいつらには一つだけおかしな点が……いや、もっとたくさんあるよな。おかしなところは。
まず、飛びすぎだ! 丸々とした体型に似合わず、樹に登って飛び掛かっていく奴までいるぞ。
うっすらと黄色がかった白い――クリーム色というべきか――毛の色も不自然な気がする。
そもそも鳴き声だよ! なんだ、『頭触れ』って! 明らかに喋ってるよな?
いやいやいや、待て、待て。少し落ち着こう。
何よりもまず挙げるべき特徴は、アレだ……奴らの頭にある。
「あたま!」
そこには、ギラリと黒光りする奴らの武器が生えていた。
額の中央より真っ直ぐ前方へ向かって伸びているソレは、ほとんど胴体の大きさと変わらない五十センチ以上の長さ、先端は鋭く尖って円錐を成し、全体に木工ドリルのような螺旋状の刃を備えていることが見て取れる、つまりは一本の角だ。
『あの形は昔見た一角馬のものとよく似ているが……』
そんな物騒な凶器を突き出し、執拗に探索隊へ向かって飛び掛かっていくウサギたちの数は、およそ十二三匹といったところか。
『あいつが、あのしつこいウサギが武器を身に着け、これほどの数……だと? ゴクリ……』
「パパ! これ、どういう状況なの?」
恐れ戦く僕を他所に、楽天家はある程度の高度を維持しつつマティオロ氏の下へと向かった。
まぁ、見たところ、皆の戦い振りにはどこか違和感がある。状況確認は妥当な判断だろう。
「おお! シェガロ、無事だったか。パパは信じていたぞ」
「うん、ただいま。それで……」
「こいつらはアルミラージっつう厄い魔獣よ。いいか、シェガロ坊! 絶対に殺すな!」
「できれば傷つけることも避けたい」
殺すのも傷つけるのもいけないって? どうしてまた?
「一匹でも殺した途端、森全体……いや、ここはダンジョン全体になンのか? ともかく群れの残りがみんな発狂して襲い掛かってくるようになんのよ。最後の一匹まで、場合によっちゃ他のモンスターも引き連れて、仲間の仇を絶対にぶっ殺すぞ……ってな」
「性格が獰猛になるだけでなく、力も俊敏さも、今とは比べものにならんほど強化されるらしい」
「ええ……こわすぎるんだけど……」
「うむ、それをまともに迎え撃って二匹三匹と殺せば、更に狂化が激しくなるから始末に負えん。そうなったら最後、手を下した者を生贄とし、皆で一目散に逃げる以外にはあるまい」
『なんだ、そりゃ。前世で一昔前にあった暴力団抗争じゃあるまいし……』
「そんな生き物がよく絶滅しないねぇ」
「野生の獣やモンスターからも恐れられているなどという話を聞くな」
「こっちから手ェ出さなきゃ問題ねえはずなんだがよう……ッチ、この森は巣だったか?」
そうして僕に説明をしている間も、マティオロ氏とノブさんはモントリーの背に跨ったまま、飛び掛かってくるぶち切れウサギをいなし続けていた。
マティオロ氏は長めの柄を持つ長剣。ノブさんは長い柄の二叉矛フォーク。羽上で振るわれるそれらが高く硬質な音を響かせる度、飛んでくる黒い角が地面へと叩き落とされる。
「あた――もるすぁ!」
刺されば相当なダメージを受けるだろう角の一撃を確実に受け流しか。
改めて思うが、二人とも本当に大した技量だ。
もちろん、攻撃してきたウサギがまったくの無傷であることは言うまでもないだろう。
「状況は分かったけど、それならどうするの? 話を聞く限り、逃げるしかないんだよね?」
「今は大鎌が機を見計らっている」
と、周りへ目を向ければ、冒険者たちの活躍が目に入ってきた。
1
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説


断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中


冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる