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第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて
第三十七話: あたまさわって、藪の中より
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あれは、まだ僕が白埜松悟という名のオッサンだった前世日本でのことだ。
その日の僕は、数人の友人たちと共に、彼らの中の一人が暮らす一戸建て住宅に集まっていた。
家主の細君と一人娘が出掛けている暇を盗んだ、男たちだけの気楽な週末宅呑み会である。
四角い卓を囲んで定番の大人向けテーブルゲームに興じ、互いに勝ったり負けたり、馬鹿話で盛り上がったりしつつ、十分に用意しておいた酒と肴へ手を伸ばす。
そんな中、ふと、片手をソファの横へ下ろしたとき、そいつはやって来た。
――グイグイ……グイグイ……ぷひ、ぷひ……。
「うわっ! な、なんだ?」
もこもことしてやけに暖かい何物かが、突然、僕のその手にまとわりついてきたのだ。
「ああ、すいません。出てきちゃったッスね。なんかケージの開け方覚えちゃったみたいで」
「なんです、このでかい毛玉は? ちょっ、頭……押し付けるなって……」
「おー! いきなり懐かれたか……さすがショーゴさん! 女子高教師!」
「なつか……え? なんか噛まれてるんですけど? いや、教師は関係ないでしょ」
「俺も懐かれたいんだが。どうして来ないんだ」
「ははは、甘噛みしまくりっスねえ」
「やめろって……この! なんで僕の所ばっかり? うわ、乗ってくるな、暑苦しい」
「あっはっは! 娘が見たら絶対羨ましがるやつだよ。そうだ、ちょっと動画撮らせてください」
「いや、■■■さん。■■さんたちも、笑ってないで助けてよ!」
以来、僕は彼の家に行く度、その巨大な毛玉に延々と絡まれ続けることになるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そう、その毛玉に……目の前で飛び交う奴らの姿は酷似していた。
「あたまさわって!」
その名は、アンゴラウサギ。
手足や顔まで埋もれてしまうほど伸びる非常に長い毛が特徴的な大型のウサギである。
もちろん、これが只のウサギであるのなら、僕とて戦慄したりはしない。
こいつらには一つだけおかしな点が……いや、もっとたくさんあるよな。おかしなところは。
まず、飛びすぎだ! 丸々とした体型に似合わず、樹に登って飛び掛かっていく奴までいるぞ。
うっすらと黄色がかった白い――クリーム色というべきか――毛の色も不自然な気がする。
そもそも鳴き声だよ! なんだ、『頭触れ』って! 明らかに喋ってるよな?
いやいやいや、待て、待て。少し落ち着こう。
何よりもまず挙げるべき特徴は、アレだ……奴らの頭にある。
「あたま!」
そこには、ギラリと黒光りする奴らの武器が生えていた。
額の中央より真っ直ぐ前方へ向かって伸びているソレは、ほとんど胴体の大きさと変わらない五十センチ以上の長さ、先端は鋭く尖って円錐を成し、全体に木工ドリルのような螺旋状の刃を備えていることが見て取れる、つまりは一本の角だ。
『あの形は昔見た一角馬のものとよく似ているが……』
そんな物騒な凶器を突き出し、執拗に探索隊へ向かって飛び掛かっていくウサギたちの数は、およそ十二三匹といったところか。
『あいつが、あのしつこいウサギが武器を身に着け、これほどの数……だと? ゴクリ……』
「パパ! これ、どういう状況なの?」
恐れ戦く僕を他所に、楽天家はある程度の高度を維持しつつマティオロ氏の下へと向かった。
まぁ、見たところ、皆の戦い振りにはどこか違和感がある。状況確認は妥当な判断だろう。
「おお! シェガロ、無事だったか。パパは信じていたぞ」
「うん、ただいま。それで……」
「こいつらはアルミラージっつう厄い魔獣よ。いいか、シェガロ坊! 絶対に殺すな!」
「できれば傷つけることも避けたい」
殺すのも傷つけるのもいけないって? どうしてまた?
「一匹でも殺した途端、森全体……いや、ここはダンジョン全体になンのか? ともかく群れの残りがみんな発狂して襲い掛かってくるようになんのよ。最後の一匹まで、場合によっちゃ他のモンスターも引き連れて、仲間の仇を絶対にぶっ殺すぞ……ってな」
「性格が獰猛になるだけでなく、力も俊敏さも、今とは比べものにならんほど強化されるらしい」
「ええ……こわすぎるんだけど……」
「うむ、それをまともに迎え撃って二匹三匹と殺せば、更に狂化が激しくなるから始末に負えん。そうなったら最後、手を下した者を生贄とし、皆で一目散に逃げる以外にはあるまい」
『なんだ、そりゃ。前世で一昔前にあった暴力団抗争じゃあるまいし……』
「そんな生き物がよく絶滅しないねぇ」
「野生の獣やモンスターからも恐れられているなどという話を聞くな」
「こっちから手ェ出さなきゃ問題ねえはずなんだがよう……ッチ、この森は巣だったか?」
そうして僕に説明をしている間も、マティオロ氏とノブさんはモントリーの背に跨ったまま、飛び掛かってくるぶち切れウサギをいなし続けていた。
マティオロ氏は長めの柄を持つ長剣。ノブさんは長い柄の二叉矛フォーク。羽上で振るわれるそれらが高く硬質な音を響かせる度、飛んでくる黒い角が地面へと叩き落とされる。
「あた――もるすぁ!」
刺されば相当なダメージを受けるだろう角の一撃を確実に受け流しか。
改めて思うが、二人とも本当に大した技量だ。
もちろん、攻撃してきたウサギがまったくの無傷であることは言うまでもないだろう。
「状況は分かったけど、それならどうするの? 話を聞く限り、逃げるしかないんだよね?」
「今は大鎌が機を見計らっている」
と、周りへ目を向ければ、冒険者たちの活躍が目に入ってきた。
その日の僕は、数人の友人たちと共に、彼らの中の一人が暮らす一戸建て住宅に集まっていた。
家主の細君と一人娘が出掛けている暇を盗んだ、男たちだけの気楽な週末宅呑み会である。
四角い卓を囲んで定番の大人向けテーブルゲームに興じ、互いに勝ったり負けたり、馬鹿話で盛り上がったりしつつ、十分に用意しておいた酒と肴へ手を伸ばす。
そんな中、ふと、片手をソファの横へ下ろしたとき、そいつはやって来た。
――グイグイ……グイグイ……ぷひ、ぷひ……。
「うわっ! な、なんだ?」
もこもことしてやけに暖かい何物かが、突然、僕のその手にまとわりついてきたのだ。
「ああ、すいません。出てきちゃったッスね。なんかケージの開け方覚えちゃったみたいで」
「なんです、このでかい毛玉は? ちょっ、頭……押し付けるなって……」
「おー! いきなり懐かれたか……さすがショーゴさん! 女子高教師!」
「なつか……え? なんか噛まれてるんですけど? いや、教師は関係ないでしょ」
「俺も懐かれたいんだが。どうして来ないんだ」
「ははは、甘噛みしまくりっスねえ」
「やめろって……この! なんで僕の所ばっかり? うわ、乗ってくるな、暑苦しい」
「あっはっは! 娘が見たら絶対羨ましがるやつだよ。そうだ、ちょっと動画撮らせてください」
「いや、■■■さん。■■さんたちも、笑ってないで助けてよ!」
以来、僕は彼の家に行く度、その巨大な毛玉に延々と絡まれ続けることになるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そう、その毛玉に……目の前で飛び交う奴らの姿は酷似していた。
「あたまさわって!」
その名は、アンゴラウサギ。
手足や顔まで埋もれてしまうほど伸びる非常に長い毛が特徴的な大型のウサギである。
もちろん、これが只のウサギであるのなら、僕とて戦慄したりはしない。
こいつらには一つだけおかしな点が……いや、もっとたくさんあるよな。おかしなところは。
まず、飛びすぎだ! 丸々とした体型に似合わず、樹に登って飛び掛かっていく奴までいるぞ。
うっすらと黄色がかった白い――クリーム色というべきか――毛の色も不自然な気がする。
そもそも鳴き声だよ! なんだ、『頭触れ』って! 明らかに喋ってるよな?
いやいやいや、待て、待て。少し落ち着こう。
何よりもまず挙げるべき特徴は、アレだ……奴らの頭にある。
「あたま!」
そこには、ギラリと黒光りする奴らの武器が生えていた。
額の中央より真っ直ぐ前方へ向かって伸びているソレは、ほとんど胴体の大きさと変わらない五十センチ以上の長さ、先端は鋭く尖って円錐を成し、全体に木工ドリルのような螺旋状の刃を備えていることが見て取れる、つまりは一本の角だ。
『あの形は昔見た一角馬のものとよく似ているが……』
そんな物騒な凶器を突き出し、執拗に探索隊へ向かって飛び掛かっていくウサギたちの数は、およそ十二三匹といったところか。
『あいつが、あのしつこいウサギが武器を身に着け、これほどの数……だと? ゴクリ……』
「パパ! これ、どういう状況なの?」
恐れ戦く僕を他所に、楽天家はある程度の高度を維持しつつマティオロ氏の下へと向かった。
まぁ、見たところ、皆の戦い振りにはどこか違和感がある。状況確認は妥当な判断だろう。
「おお! シェガロ、無事だったか。パパは信じていたぞ」
「うん、ただいま。それで……」
「こいつらはアルミラージっつう厄い魔獣よ。いいか、シェガロ坊! 絶対に殺すな!」
「できれば傷つけることも避けたい」
殺すのも傷つけるのもいけないって? どうしてまた?
「一匹でも殺した途端、森全体……いや、ここはダンジョン全体になンのか? ともかく群れの残りがみんな発狂して襲い掛かってくるようになんのよ。最後の一匹まで、場合によっちゃ他のモンスターも引き連れて、仲間の仇を絶対にぶっ殺すぞ……ってな」
「性格が獰猛になるだけでなく、力も俊敏さも、今とは比べものにならんほど強化されるらしい」
「ええ……こわすぎるんだけど……」
「うむ、それをまともに迎え撃って二匹三匹と殺せば、更に狂化が激しくなるから始末に負えん。そうなったら最後、手を下した者を生贄とし、皆で一目散に逃げる以外にはあるまい」
『なんだ、そりゃ。前世で一昔前にあった暴力団抗争じゃあるまいし……』
「そんな生き物がよく絶滅しないねぇ」
「野生の獣やモンスターからも恐れられているなどという話を聞くな」
「こっちから手ェ出さなきゃ問題ねえはずなんだがよう……ッチ、この森は巣だったか?」
そうして僕に説明をしている間も、マティオロ氏とノブさんはモントリーの背に跨ったまま、飛び掛かってくるぶち切れウサギをいなし続けていた。
マティオロ氏は長めの柄を持つ長剣。ノブさんは長い柄の二叉矛フォーク。羽上で振るわれるそれらが高く硬質な音を響かせる度、飛んでくる黒い角が地面へと叩き落とされる。
「あた――もるすぁ!」
刺されば相当なダメージを受けるだろう角の一撃を確実に受け流しか。
改めて思うが、二人とも本当に大した技量だ。
もちろん、攻撃してきたウサギがまったくの無傷であることは言うまでもないだろう。
「状況は分かったけど、それならどうするの? 話を聞く限り、逃げるしかないんだよね?」
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