異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

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第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて

第三十五話: 怪鳥鳴、木立の中より

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 遠間にはまばらと見えていた木立こだちは、近付くにつれ鬱蒼うっそうと広がり続け、まるっきり草原サバナのようなこのダンジョンらしからぬ、ちょっとした森林風景を作り出すこととなった。

 高さ十数メートルほど、水平方向へ幹を広く伸ばし、大きな葉を茂らせたイチジクっぽい樹。
 高さ十メートル近く、鋭いとげの生えた枝に無数の小さな葉を付けたアカシアっぽい樹。
 そして、高さ四五しごメートルほど、細長い幹の上の方に芭蕉ばしょうに似た葉を広げるバナナっぽい樹。

 植物の種類には詳しくないのだが、そんなような樹木が数多く、辺り一帯に立ち並んでいる。
 下草も非常に深くい茂り、徒歩の冒険者たちは胸近くまでが隠れてしまっていた。
 熱帯雨林のジャングルには遠く及ばないにしても、十分に森と呼べる規模ではなかろうか。

「どれも外じゃ見掛けない樹だよね。実がってないからハズレなんだけどさ」
「いいや、後々を考えれば大きな収穫だぞ。果実が生るというのなら植樹を試してみたいものだ」
「こいつなんか、けっこう良い木材になりそうですぜ。村ン周りでも育ちますかね……」

 一人、樹上に浮かび、一面に広がる緑葉の絨毯じゅうたんを見渡せば、まるで雲上の景色である。
 風の精霊術によって音声をやり取りし、問題なく会話が成立してはいるものの、ここからでは密集した枝と葉――林冠りんかんに覆い隠され、地上にいる皆の様子が目視できなくなってきた。

 はぐれたら困るな。周りの様子を確認したら、そろそろ降りていって合流した方が良さそうだ。

 と、考えていたところで、下方の木々の中にいる何物かと……思いがけず目が合った。

「あたまさわって!」

『な! こ、こいつは!?』

「みんな、気を付けて! 樹の上に何か――」

 咄嗟とっさに警告を放つも、その叫びに反応したか、別の何かが眼下の森から飛び出してくる。

――バサバサ! バサバサバサっ!

「ケヒャアアアッ!」
「うわあああ!」

 その数、三体! 人間サイズの……肌色の……って、ちょっと待て! なんだこれ、くっさ

「どうした!? なにがあった、シェガロ!」
「落ち着け、旦那! 樹上に敵だ! まずい! こいつらはっ!」
「あたまさわって!」
「全員! 絶対にやるんじゃないよ! 分かってるね!?」
「「「「「へい、姐御あねご!」」」」」

 そうして、くずし的に乱戦が始まった。

 地上では、どうやらマティオロ氏を始めとする騎羽きば団も戦闘に加わっているようだ。
 キン! キン!という硬い物同士のぶつかる音が絶え間なく響き、時折、怒鳴り声が上がる。
 だが、耳に入ってくるそうした慌ただしい通信音声に意識を向ける余裕は、現在いまの僕にはない。

 宙に浮かぶ僕の周囲を飛び回り、息吐いきつく間も与えず襲いかかってくるのは三羽の怪鳥けちょうだった。

――バッサバッサ! バササササァ!

「臭《くさ》っ!」

 臭い! とにかく臭い! と言うか、汚い! 尋常ではないほどに。

「ギャア! ギャア!」
「うるさい! 触るな! 近寄るな!」

 足先に生えた長く鋭いかぎ爪で攻撃してくるクサイドリどもを、スコップで牽制けんせいして追い払う。
 爪の先には腐肉がこびりついており、引っかかれようものなら一発で破傷風はしょうふうおかされそうだ。

 こいつらの姿は、全体的なシルエットとしては、大きな鳥そのものと言って良いだろう。

 手はなく、両肩から腕のように伸びているのは、それぞれ一メートル以上もある翼だった。
 腰から下は羽毛に覆われ、尻には扇状に広がる尾羽も生えている。
 股下またした――二本の脚に至ってはまさに猛禽類もうきんるいのそれであり、かぎ爪一本一本が刃物のようである。

 にもかかわらず、それらが繋がっている胴体、そして首と頭だけは、ほぼ人間の姿をかたどっていた。
 しかも、体付きこそせぎすながら、顔立ちは比較的整った……裸の女だ。

『いやいや、僕はこれをそんな風に形容したくはない! 断じて!』

 そのき出しの肌は薄汚れた色の斑模様まだらもようを浮かべ、身繕みづくろいなど一切したことがないのだろう、毛髪や羽毛の惨状さんじょうはもはや見るにえない。耳障りな声でギャーギャーとわめき、眉根まゆねしわを寄せ、よだれを垂らして大口を開ききった表情は、ただただ醜悪しゅうあくの一言に尽きた。
 ふるふると揺れる小振りな胸など、本来ならば思わず目を奪われてもおかしくなかろうに……。

冒涜ぼうとくだ! お前ら、世のすべての女性たちに謝れ!』

「ぜんぜん嬉しくない! と言うか、臭いんだってば!」

 不潔で下劣なその性はザコオニ並み……そう、言わば、こいつらは空飛ぶ雌のザコオニだ。

 クサイドリは三羽揃って下方に陣取り、僕が降下して逃げられないよう行く手をふさいでいる。
 こちらが空中戦を苦手としていると一瞬で見抜かれたのか、意地の悪さもザコオニ並みか。

――に我は請うデザイア――……デザ……くぅっ!」

 更には、絶え間ない波状攻撃と凄まじい悪臭をもって精霊術の請願せいがんをも妨げてくる。

「ケヒャア! ギャア! ギャア!」

『何してるんだ!? 早くまとめて叩き落としてしまえ!』

「わかってる……けど……うわっ!」

「シェガロ! 無事か!? ぬぅん、騎羽きばを!」
「あたまさ――プヒ!」
「……ッチ! 旦那、ここは一旦いったん、森から出た方が良いですぜ!」

 参ったな。地上の方でも何やら苦労しているみたいだ。
 ひょっとすると、これは少々面倒なことになるんじゃなかろうか?
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