上 下
151 / 197
第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて

第三十二話: 探索風景、実入り無し

しおりを挟む
「あ、魔術師さんの方、回り込んでる! 犬乗り二匹!」
「戦士! カバー!」
「おうとも! ……ったく、ハイエナライダーは面倒くせえな」

 深い草むらに潜む数匹の小鬼ザコオニを相手取る【草刈りの大鎌おおがま】を眼下に収めながら、上空に浮かぶ僕は周囲の異変を見逃さないよう警戒に当たる。

 中級冒険者の彼らにとってザコオニなどもはや敵とも呼べない存在だ。
 数が多く、丈の長い草の中に隠れているため、多少手間取っているように見えたが、気付けば既に大半は仕留められ、犬――いや、ハイエナと言ってたか?――に騎乗した奴らを射手いてさんが射貫いぬけば、それを終了の合図として後の生き残りも散り散りに逃げ去っていった。

「パパ、左手で何か小さく跳ねた。たぶん、口裂くちさけボール。百メトリ(およそ百二十メートル)は離れてるけど一応。あと、ゴミダマも集まってきてるみたいだから早めに離れた方が良いかも」
「うむ、気にめておこう……ジェルザよ! 聞いていたな?」
「はいよ! ゴブリンは魔石ませきを取るだけで良いからね! すぐ先へ進めるよ!」
「……墓穴は不要」
「きっひひっ、こんだけ死体を置いてきゃ、連中の足止めになって丁度いいわなぁ」

 数多くのモンスターが徘徊はいかいするこの異界の地――ダンジョンにおいて、戦闘を長引かせるのはあまり得策とは言えない。
 騒音や血のにおいによって、周辺にいる別のモンスターたちがすぐに集まってきてしまうのだ。
 結果、連戦や乱戦を強制されてしまうため、なるべくならけていきたい事態である。

 倒したザコオニの死体から手早く魔石を回収し、大鎌たちは先に立って草原を進み始めた。


『それにしても、ザコオニは実入りが悪いな。数が多いわ、小賢こざかしいわ……ろくなもんじゃない』

「ちっちゃな魔石以外、何も手に入らないっていうのはなぁ」

 【魔石】というのは、この世界の生き物がもれなく体内に宿している小さな宝石のことだ。
 生き物の種類ごとに色や大きさ、そして蓄える【魔素まそ】の性質が異なっているらしい。
 主に、魔法の道具を作る材料となるのだが、そのまま貴石や貨幣として取引とりひきされることもあり、モンスター退治を生業なりわいとする冒険者にとっては重要な収入源となる。

 ……のだが、残念なことにザコオニの魔石は最低クラスの価値しかないと言う。

『昔見たウサギやウズラの方がまだ大きかったぞ。比べたら欠片かけらみたいなものだ』

「なるべくなら無視していきたいんだけどさ」

『はあ、言ってるそばから見つけてしまった。二時方向、変な形の岩がある辺りに群れてる』

「パパ、ジェルザさん……ザコオニの群れがいる。正面右、まだかなり遠い」
「ゴブリンだな? やれやれ、またか」
「まだこっちに気付いてないなら離れようかね!」

 うっすら立ちこめるもやに紛れ、一行はさっさと進路を変えていく。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そんなこんなで、ダンジョンへ突入してから最初の夜。

 地の精霊術で築いた岩屋ロッジの中で火をき、僕らは囲んで食事をっていた。
 お馴染なじみのザコオニどもを始め、モンスターはどちらかと言えば夜行性であることが多いため、交替で見張り役は立てられているものの、割りとしっかりした建物の中ということもあってか、銘々めいめいくつろいだ雰囲気で過ごしている。
 屋内には、この地の夜の必需品――虫除けのこうが立ちこめているが、誰も彼も気にしていない。

「それじゃ、本当にまだ何にも分かってないんだね、このダンジョンのこと」
「知っての通り、うちには本格的な調査をする余裕などありはせんからな。国と組合ギルドへの報告はもう二年も前に済ませてあるが、まるで冒険者が居着かん」
屋外フィールド型のダンジョンは、危険も旨みも少ねえってんで案外ほっとかれることが多いんですぜ。俺の故郷にも小せえのがありやした」
「今日一日、表層を歩いてみて分かったでしょ。実入りが悪すぎるんすよ、ここは」
「言っちゃ悪いが! 誰も! わざわざ南の果てくんだりに来てまで攻略したかないだろうね!」
「ぐぬぬ……」

 世界中あちこちに少なからず点在する、こうしたダンジョンは、危険なモンスターたちの巣だ。
 しかし、上手く利用できれば、様々な資源を生み出す鉱床となりうる可能性を秘めてもいる。
 ダンジョンの管理義務は、基本的に領有する貴族にあるため、利益を生むことができるのならかなり美味おいしかったりするのである。

 近隣地域には存在しない貴金属を産出したり、山間部にもかかわらず豊富な海産資源を永続的に生み出したりするような有益なダンジョンすら世の中にはあるのだとか。

「まぁ、まったくの手付かずだって言うなら、確かに賭けてみる価値はあるよね」
「うむ、イナゴどもが引き起こした蝗害こうがいによって、これから更にもたらされる未曾有みぞう大飢饉だいききんを乗りきるための何か……それがどこかにあるとするならば!」
「このダンジョンは最有力候補ってわけさ!」

 今のところ、モンスターも含めて毒にも薬にもならなさそうな動植物しか見当たらないのだが、しっかり探せば、禿げ上がった大草原サバナ彷徨さまようよりはマシな収穫が得られる……と思いたい。

「少なくとも、イナゴにやられてねえ草原でさぁ。日持ちのする雑穀ぐらいでも集められりゃ、そんだけで乾期をしのぐのは楽になりますぜ」
「そう言えば、このダンジョンの中って乾期はどうなるの?」
「うん? どうもこうもないな。乾期になれば水場は干上がり、草木は枯れる」
「……その辺りは外と同じなんだね」

 いや、だって時間や空間が異なるとかなんとか言ってたから、少しは期待するだろう?
 もしかしたら乾期が緩やかだったり、一年中、雨季のままだったりするかも知れない……とか。

流石さすがに、僕はそこまでとは思わなかったよ? そんなに都合良い場所なら、パパたちがもっと早くから利用することを考えてるって」

『それもそうか。乾期が苦しいのは、ずっと変わらないこの地の摂理だったな』

 しかし、だとすれば、数百人もの領民を数ヶ月間、飢えさせないための何かとは一体?
 はたして、どんなものが考えられるというのだろうか?
 このまま草刈りの大鎌おおがまがずっといてくれるなら、定期的に訪れて狩猟採集をするなんてこともできるのかも知れないが……。

 なんにせよ、本格的な探索は明日からだ。
 初めてのダンジョンで僕もけっこう心身に疲労が溜まっている。
 今日はゆっくり休ませてもらうとしよう。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ハイエルフの幼女に転生しました。

レイ♪♪
ファンタジー
ネグレクトで、死んでしまったレイカは 神様に転生させてもらって新しい世界で たくさんの人や植物や精霊や獣に愛されていく 死んで、ハイエルフに転生した幼女の話し。 ゆっくり書いて行きます。 感想も待っています。 はげみになります。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

せっかく転生したのに得たスキルは「料理」と「空間厨房」。どちらも外れだそうですが、私は今も生きています。

リーゼロッタ
ファンタジー
享年、30歳。どこにでもいるしがないOLのミライは、学校の成績も平凡、社内成績も平凡。 そんな彼女は、予告なしに突っ込んできた車によって死亡。 そして予告なしに転生。 ついた先は、料理レベルが低すぎるルネイモンド大陸にある「光の森」。 そしてやって来た謎の獣人によってわけの分からん事を言われ、、、 赤い鳥を仲間にし、、、 冒険系ゲームの世界につきもののスキルは外れだった!? スキルが何でも料理に没頭します! 超・謎の世界観とイタリア語由来の名前・品名が特徴です。 合成語多いかも 話の単位は「食」 3月18日 投稿(一食目、二食目) 3月19日 え?なんかこっちのほうが24h.ポイントが多い、、、まあ嬉しいです!

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

碓氷唯
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...