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第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて
第二十七話: 侘野を進む一行
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予想していた通り、生き物の気配はまるで感じられない。
僕の能力では限界高度ギリギリの地上十メートル以上にまで垂直上昇し、広く見渡してみるも、かなり緑が薄くなってしまった大草原に動く物を見つけることはできなかった。
まぁ、巨大な野獣グレイトホーンでもなければ、数百人もの村人を養うことなど叶わないので、獲物を探すという意味では期待していなかった。故に落胆する気持ちが生じたりもしない。
「どうだい、坊! 周りの様子は!?」
「やっぱり気配もないですね。元々、こっちの方は動物が少なかったんですけど、今は全然」
「よし! ならば、このまま真っ直ぐ最短で進んでゆくぞ、ジェルザよ」
「あいよ! 領主様! ボンクラどもは気を抜くんじゃないよ! 続きな!」
「「「「「へい! 姐御!」」」」」
「僕はこのまま上で見渡しながら付いていけば良いのかな」
風の精霊術を用いて、地上のジェルザさんと声のやり取りをする。
その場で横向きにくるり一回転してみれば、遙か後方には未だ我が村を望むことができた。
『前にザコオニとやり合ったのが、ちょうどこの辺りだったか? こうして見てみると、案外、村からは離れていなかったんだな』
逆に正面へと目を向ければ、背後の村と同じくらいの距離より盛り上がりゆく大きな丘がある。
「あの向こうが大枯木か……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
道中、聞かされたことによると、領主マティオロ氏が直々に乗り出している今回の探索行は、ジェルザさん発案によるものらしい。
夕べの会議の終わり頃、彼女は「坊の力を借りるってのはどうだい!」と切り出し、精霊術を頼りに大草原の本格的な調査に乗り出していくという案を提示した。
彼らからすれば、チートな精霊術を活用しつつ、イナゴ調査の依頼を果たすことができる。
僕らからすれば、今まで手が出せずにいた未開拓地の調査、食糧調達……諸々を中級冒険者の全面協力と護衛の下で――しかも無償で!――行うことができる。
それは、子煩悩な領主夫妻であっても一考せざるを得ない説得力を有していたのだろう。
想像が追いつかないほど広い範囲に被害をもたらしている今回の蝗害だが、流石に果てしない大草原の全域が禿げ上がってしまったわけではない。
我が国の文化圏に属さない未開の蛮族が支配する南東の方角から押し寄せてきたイナゴ群は、他貴族が治めるいくつもの領地と王都が待つ北の方角へと去っていった。
つまり、最も被害が大きいであろう南、そしてこれから被害が拡大して行くであろう東と北、それらに対して西側は壊滅的な被害を免れているのではないかとの予測が可能となる。
しかし、ここで問題が一つ。
我が開拓村の西側へ向かうとすれば、その先に広がっているのは単なる草原などではない。
元々、この辺りに住んでいた者たちが怖れて近付かない荒れ野……。
そこは無数の魔物が我が物顔で跋扈する魔境であり、正真正銘、化外の地なのである。
目指す大枯木は彼方へ続く入り口――門だと言うが、僕はまだそれを見たことがない。
一体、どんな光景が待ち受けていることやら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トビウサギやノネズミといった小動物、ヘビ、ハチの巣……など、十二人の大所帯からすれば一日分の食事がやっとの僅かな獲物を狩りつつ、僕らはようやく丘の中腹まで辿り着いた。
『こっちもイナゴの被害は大きかったな。このメンバーでも収穫がたったこれだけとは』
「まだ雨季は終わってないのに植物も動物も少なすぎだよ。他所よりはいくらかマシだけどさ」
そろそろ村を出発してから一刻半(三時間)くらいになるだろうか。
朝は終わり、次第に陽射しが強くなってくる時間帯【山ノ三刻(午前七時頃)】である。
マティオロ氏、そしてノブさんと部下の若者三人は、それぞれモントリーに騎乗しているが、羽上に荷物を満載し、部下たちに至っては荷車も牽かせているため、その足は速くない。
徒歩で先導する【草刈りの大鎌】に速度を合わせ、スズメらしからぬ並足で進んできていた。
「坊! もうすぐ丘の頂が見えてくる頃だろう!? したら一旦降りてきな!」
「はい? ああ、もう見えますね」
ジェルザさんの指示を受け、宙にいた僕は高度を下げてマティオロ氏とノブさんの傍へ付く。
「この辺りからはいつ魔物が出てきてもおかしくないからな。パパの近くにいるが良い」
「ねえとは思うが、こんな見通しの悪ぃ丘じゃ、登りきったとこを狙って撃ち込んでくるような奴もいたりすんのよ。こっから先はしばらく大鎌の連中に草払いさせときゃいいぜ」
「うん、分かった」
【草刈りの大鎌】の六人は、やや左右に広がって僕らの騎羽を先導してくれている。
先頭のジェルザさんは、トレードマークでもある大きな草刈り鎌を時折振るいながら、道無き道をずんずん進んでいく。
そうして一行が丘の頂へと辿り着こうとする、そのとき!
「止まんな! なんかいるよっ!」
ジェルザさんのその警告とほぼ同時、未だ見通しが利かない丘の上から何かが飛び出してきた。
右手の方へ展開していた戦士さんの目前に地響きを立てて着地したのは大型の四足獣だ。
「おおっと! あぶねえ、あぶねえ……ゼァッ!」
「ギオアアアッ!」と、何かが軋むような甲高い吠え声を上げながら襲い掛かってこようとした獣に先んじ、戦士さんは腰に差した刀に手を掛け、シャーッ!と鞘から抜き撃ちする。
僅かに弧を描く刃渡り八十センチほどの片刃を持つ曲刀――ヤタガンが、姿勢を低くした獣を真一文字に切り裂くも、意外な俊敏さで飛び退かれ、鼻先にかすり傷を負わせるだけに留まった。
それは一見ライオンかと思えたが、薄く血を浮かべた顔は獣のそれでなく、どちらかと言えば人間に近い。老人……いや、大型で獰猛なサルの類、ヒヒといったところか。
「おうおう、しばらく来ねえ間にこんなもんが棲み着いてたかよ」
「手強いね! おまえたちっ、ぬかるんじゃないよ!」
人面獣……そう思って見てみれば、何やらニヤニヤとにたついた表情にも感じられてくる。
地面すれすれまで頭を低く沈め、逆に尻尾を高く持ち上げている人面獣は「ヒェーシァー」と不気味なしゃがれ声で鳴いた。
僕の能力では限界高度ギリギリの地上十メートル以上にまで垂直上昇し、広く見渡してみるも、かなり緑が薄くなってしまった大草原に動く物を見つけることはできなかった。
まぁ、巨大な野獣グレイトホーンでもなければ、数百人もの村人を養うことなど叶わないので、獲物を探すという意味では期待していなかった。故に落胆する気持ちが生じたりもしない。
「どうだい、坊! 周りの様子は!?」
「やっぱり気配もないですね。元々、こっちの方は動物が少なかったんですけど、今は全然」
「よし! ならば、このまま真っ直ぐ最短で進んでゆくぞ、ジェルザよ」
「あいよ! 領主様! ボンクラどもは気を抜くんじゃないよ! 続きな!」
「「「「「へい! 姐御!」」」」」
「僕はこのまま上で見渡しながら付いていけば良いのかな」
風の精霊術を用いて、地上のジェルザさんと声のやり取りをする。
その場で横向きにくるり一回転してみれば、遙か後方には未だ我が村を望むことができた。
『前にザコオニとやり合ったのが、ちょうどこの辺りだったか? こうして見てみると、案外、村からは離れていなかったんだな』
逆に正面へと目を向ければ、背後の村と同じくらいの距離より盛り上がりゆく大きな丘がある。
「あの向こうが大枯木か……」
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道中、聞かされたことによると、領主マティオロ氏が直々に乗り出している今回の探索行は、ジェルザさん発案によるものらしい。
夕べの会議の終わり頃、彼女は「坊の力を借りるってのはどうだい!」と切り出し、精霊術を頼りに大草原の本格的な調査に乗り出していくという案を提示した。
彼らからすれば、チートな精霊術を活用しつつ、イナゴ調査の依頼を果たすことができる。
僕らからすれば、今まで手が出せずにいた未開拓地の調査、食糧調達……諸々を中級冒険者の全面協力と護衛の下で――しかも無償で!――行うことができる。
それは、子煩悩な領主夫妻であっても一考せざるを得ない説得力を有していたのだろう。
想像が追いつかないほど広い範囲に被害をもたらしている今回の蝗害だが、流石に果てしない大草原の全域が禿げ上がってしまったわけではない。
我が国の文化圏に属さない未開の蛮族が支配する南東の方角から押し寄せてきたイナゴ群は、他貴族が治めるいくつもの領地と王都が待つ北の方角へと去っていった。
つまり、最も被害が大きいであろう南、そしてこれから被害が拡大して行くであろう東と北、それらに対して西側は壊滅的な被害を免れているのではないかとの予測が可能となる。
しかし、ここで問題が一つ。
我が開拓村の西側へ向かうとすれば、その先に広がっているのは単なる草原などではない。
元々、この辺りに住んでいた者たちが怖れて近付かない荒れ野……。
そこは無数の魔物が我が物顔で跋扈する魔境であり、正真正銘、化外の地なのである。
目指す大枯木は彼方へ続く入り口――門だと言うが、僕はまだそれを見たことがない。
一体、どんな光景が待ち受けていることやら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トビウサギやノネズミといった小動物、ヘビ、ハチの巣……など、十二人の大所帯からすれば一日分の食事がやっとの僅かな獲物を狩りつつ、僕らはようやく丘の中腹まで辿り着いた。
『こっちもイナゴの被害は大きかったな。このメンバーでも収穫がたったこれだけとは』
「まだ雨季は終わってないのに植物も動物も少なすぎだよ。他所よりはいくらかマシだけどさ」
そろそろ村を出発してから一刻半(三時間)くらいになるだろうか。
朝は終わり、次第に陽射しが強くなってくる時間帯【山ノ三刻(午前七時頃)】である。
マティオロ氏、そしてノブさんと部下の若者三人は、それぞれモントリーに騎乗しているが、羽上に荷物を満載し、部下たちに至っては荷車も牽かせているため、その足は速くない。
徒歩で先導する【草刈りの大鎌】に速度を合わせ、スズメらしからぬ並足で進んできていた。
「坊! もうすぐ丘の頂が見えてくる頃だろう!? したら一旦降りてきな!」
「はい? ああ、もう見えますね」
ジェルザさんの指示を受け、宙にいた僕は高度を下げてマティオロ氏とノブさんの傍へ付く。
「この辺りからはいつ魔物が出てきてもおかしくないからな。パパの近くにいるが良い」
「ねえとは思うが、こんな見通しの悪ぃ丘じゃ、登りきったとこを狙って撃ち込んでくるような奴もいたりすんのよ。こっから先はしばらく大鎌の連中に草払いさせときゃいいぜ」
「うん、分かった」
【草刈りの大鎌】の六人は、やや左右に広がって僕らの騎羽を先導してくれている。
先頭のジェルザさんは、トレードマークでもある大きな草刈り鎌を時折振るいながら、道無き道をずんずん進んでいく。
そうして一行が丘の頂へと辿り着こうとする、そのとき!
「止まんな! なんかいるよっ!」
ジェルザさんのその警告とほぼ同時、未だ見通しが利かない丘の上から何かが飛び出してきた。
右手の方へ展開していた戦士さんの目前に地響きを立てて着地したのは大型の四足獣だ。
「おおっと! あぶねえ、あぶねえ……ゼァッ!」
「ギオアアアッ!」と、何かが軋むような甲高い吠え声を上げながら襲い掛かってこようとした獣に先んじ、戦士さんは腰に差した刀に手を掛け、シャーッ!と鞘から抜き撃ちする。
僅かに弧を描く刃渡り八十センチほどの片刃を持つ曲刀――ヤタガンが、姿勢を低くした獣を真一文字に切り裂くも、意外な俊敏さで飛び退かれ、鼻先にかすり傷を負わせるだけに留まった。
それは一見ライオンかと思えたが、薄く血を浮かべた顔は獣のそれでなく、どちらかと言えば人間に近い。老人……いや、大型で獰猛なサルの類、ヒヒといったところか。
「おうおう、しばらく来ねえ間にこんなもんが棲み着いてたかよ」
「手強いね! おまえたちっ、ぬかるんじゃないよ!」
人面獣……そう思って見てみれば、何やらニヤニヤとにたついた表情にも感じられてくる。
地面すれすれまで頭を低く沈め、逆に尻尾を高く持ち上げている人面獣は「ヒェーシァー」と不気味なしゃがれ声で鳴いた。
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