異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

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第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて

第二十五話: どこまでも食えない奴ら

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 バタバタと強風に揺らされ、ザアザアと豪雨スコールに叩かれる村の集会場、お通夜つやたとえることさえ生温なまぬるく思えるどよぉんヽヽヽヽ……とした空気の中、悲嘆に暮れる村人たちの声が高まっていく。
 ここに集められたのは皆、それなりに人格と能力が優れた村の代表者たちであるはずなのだが、それでも、そろそろ感情を抑えるのも限界のようだ。

「どうして、こんなことに……。今年こそは腹減らさずに冬を越せるって思ってたのによ……」
「うちなんて、これから子供が生まれるんだぞ。食うもんがなきゃ、チクショウ!」
「おしまいだな。……あああぁ、なんもかんも、おしめえだぁ」
「この村ァ、もう――」

「静まれえ!! 泣き言は後だ! まだ話は終わっておらんぞっ!」

 その場に鳴り響くはマティオロ氏の一喝! 元冒険者の戦士職は伊達だてではない。大広間の壁がビリビリと振動するかのような大音声に村人たちはビクリと身をすくませ、慌てて口をつぐんだ。

「あらあら、まあまあ」

 続く母トゥーニヤの声に再び村人たちはビクッ!と身を震わせる。
 何故かマティオロ氏とジェルザさんも慌てたように振り向いて彼女の顔をうかがうが……。

「そう言えば、ママ。イナゴの死骸はどうなってるの? 何かに使えそうなのかな?」

 ふと気になっていたことを口にすれば、ホッという溜息と共に周りの空気が軽く弛緩しかんした。

「まあ、ショーゴちゃん、それを今からお話するところだったの」
「うむ、続けてくれ。頼む」

 皆が落ち着いて聞く態勢に戻ったことを確認し、母トゥーニヤがゆっくりと語り出す。

「あまり勿体もったいぶっていても仕方ありませんから、最初に結論を言ってしまいますわね」

――ゴクリ!

「山のようなイナゴの死骸は、ほとんど有効利用できないようですわ、残念ですけれど」

――あああああぁぁぁっ!

 唾を飲み込み、耳を傾けた一同だったが、その言葉に落胆し、大きなどよめきを上げる。
 だが、それには僕も完全に同じ心持ちだと言わざるを得ない。

「食うこともできんのか? 形を留めている物もか? 何故だ?」
「食えないってこたァ、ないんじゃないかい!? アタシらだってバッタを食うことはあるよ!」
「さすがに畑の肥やしくらいにはなるんじゃないの? ママ」
「いいえ、集めてもらった死骸の山を浄化すると、ほとんど全部が消えて無くなってしまうの」

 神に仕える女神官でもある母トゥーニヤの神聖術【聖浄無垢ポフ・ターシュ】は、使用者が不浄と思うものを選択的に消滅させるというデタラメな効果を持つ。
 意志を持つもの、所有者がいるもの、堅固なもの……などにはなんら効果を及ぼさないのだが、それはともかくとして。

「もう腐っちゃってたとか、汚れてたとかじゃなくて?」
「いいえ、わたくしも気になって調べてみたのですけれど……なんだか全体的に毒があるようなのよ」
「「「毒!?」」」

 詳しい説明を求めてみれば、年老いた一人の村人が母トゥーニヤから話を引き継いだ。
 この村で唯一の薬師くすしであり、低級ながら魔術師としての職能ジョブも持つ老婆だ。

「理由は知らんがの、今みたいに数が増えすぎたイナゴは、その身をしき姿に変えるのじゃ。そうなったら、もう止まらぬのじゃ。群れを成し、遠くまで飛び、それまで見向きもせんかった物まで貪欲どんよくに喰らい始める。樹木、生き物の毛、猛毒の草花、同じ仲間のイナゴまでもじゃ……」
「うへぇ、共食いまでするんだ!?」
「それは要するに、毒草をかじって身体からだん中まで毒にまみれた奴らが――」
「相喰らい、毒素を溜め込んでくってことかい! ハッ! 邪術師の作る呪毒みたいだね!」

 聞けば聞くほど浅ましい生き物だな。何と言ったか、前世で言う……そう、餓鬼がきみたいだ。
 と言うか、本当にモンスターのたぐいじゃないのか? あいつら。

「いや、待て。ほとんど全部? 多少は浄化を免れて残るということだな。それはどうなのだ?」
「うふふ、そう言うと思って……入ってきて、メーナバ」
「――へえ、こンれが奥さまの持ってきたイナゴをどぉにか食えるようにしたもんデス」

 母トゥーニヤの合図と同時に集会場の扉が開き、我が家の家政婦メイド――メイおばさんが現れた。
 ひょっとして、今までずっと外で待機していたんだろうか? まぁ、どうでも良いが……。

 彼女が持つ大皿に盛られている無数の小さな物体はまがう事なきイナゴであった。
 はらわたや脚のトゲなどは処理されているようだが、ほぼ原型を留めており、なかなかの抵抗感だな。

「タレに漬け込んでからいためてやりましたデス」

 おそるおそる、皆がそれぞれ一匹二匹ずつ皿からつまみ取り、口へと放り込んでいく。

――カサカサッ、シャスっ……カシャ、クシャ……。

「……不味まずいな」
「ひっどいもんだ! 普通のバッタとはずいぶん違うねえ! あれはもうちょいマシなんだよ!」
「いや、食えんことはないですヨ? 確かに美味うまいもんじゃないですが」
「味はともかくとして、こりゃ食いでがありませんなぁ」
「なんか身が入ってないような気がするんだけど……」

『うーん、僕としては落花生らっかせいの殻だけ噛んでるように感じる。あるいは紙か何か?』

 流石さすがは料理上手のお手伝いメイドさん、見た目に反して味の方は思ったほど悪くはない。
 だが、美味い不味いを論ずる前に、身がすっかすかで食べ物という感じがまったくしないため、全くもって頂けない。硬いはねと後脚ばかりがやけに大きく、細い胴体には何も詰まっていないのだ。

「あらあら」
「ん、んむ、この際、贅沢ぜいたくは言っていられんか……」

 まぁ、こんなんでも飢饉ききんしのぐための非常食と思えば上等な部類かも知れない。
 これまでの乾期では、もっと不味い物を食べなければならないほど飢えたことだってあったし。

真白まっしろ奥さま、こいつはどんぐらい食いつなげる量になりそうですかね?」
「残る量がまちまちで予想しにくいのですけれど、一月ひとつき分くらいにはなるのではないかしら」
「「「ほぉ~っ!」」」

『残った作物と備蓄を合わせれば、ギリギリ餓死者を出さない程度に届くか……? 栄養なんて無さそうだし、まだ足りないか。国の食糧支援が間に合えば……いや、より被害の大きい他領を飛び越えて、数ヶ月以内にこの最南端の辺境にまで送られてくるなんて楽観視はできないよな』

「ふぅ、そう喜べるほどの量ではあるまい。まだまだ他に手立てを講ずる必要がある」
「やっぱりそうだよねぇ」


 その後も現状報告と意見交換は長く続けられた。
 幼児である僕が普段であれば寝床にくような時間になっても、母トゥーニヤですら失念し、顔に掛かったベールの向こう側で形の良い眉を曇らせているようだった。
 やがて、意見が出尽くしたのか皆の口数が減ってゆき、わずかな沈黙が場を支配した瞬間――。

「ひとつ! アタシから提案があるんだけど聞いてもらえるかい?」

 しばらく腕を組んだまま仁王立ちで黙り込んでいたジェルザさんが、そう声を上げた。

 彼女のこの提案は、苦しい状況に置かれた我が開拓村にとって逆転の一手となっていくのだが、連日の疲れもあって遂にうつらうつらヽヽヽヽヽヽ舟を漕ぎ始めてしまった僕が事の次第を知らされるのは、すっかり準備が調ととのえられた翌朝のこととなる。
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