異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

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第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて

◆閑話: 開拓村のバレンタインデー?

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 バレンタインデーの昼過ぎに思いつき、勢いで一気に書き上げてしまった閑話です。
 バレンタインなのにチョコを取り上げられたことを引きっているショーゴがあわれだったものですから。
 時系列は前話(朝食会)から数日後の未来になります。

************************************************
「白ぼっちゃん、これあげる!」

 その日、仲の良い数人の少年たちを引き連れて村の小路こみちを歩いていた僕のところへ、遠くからとてとてヽヽヽヽと走り寄ってきたファルが、両手で何かを差し出してきた。
 新たにやって来た領民の様子を見るついでに畑仕事を手伝い、割りとぐったりしていた僕は、特に確認もせず反射的にそれを受け取ってしまう。

「これって……」
「好きなんでしょ? 食べていいよ」

「うーん、ありがとう」とりあえず礼を言ってはみたものの、これは……。

『領主直営の試験農園で栽培させてる奴だな。ひょっとして勝手にもいできちゃったのか?』

「ところで、これ、どこから持ってきたの?」
「あのね、石投げて遊んでたらね、鳥が空から落としてきたの」
「ああ、そういうこと……なら良いか。まぁ、このままじゃ食べられないんだけどね」
「そうなのぉ?」

 ファルが手渡してきた物。
 それは直径十センチ、長さ三十センチほどのラグビーボールに似た茶色い果実だった。
 通称カカオポッドと呼ばれる、中に数十個のカカオ豆が詰まった木の実である。
 あえて言うまでもないだろうが、チョコレートの原料となるものだ。

「うん、中の豆を取り出して、少し時間と手間をかけないと美味おいしくならないんだよ」
「そっかー」
「おい! 白坊ちゃん! 俺の妹のプレゼントが食えないってなァどういうことだよ!」

 いきなり僕に食ってかかってきたのはファルの実の兄――イヌオだ。
 その場にいる中では最も大柄な、赤い髪をした中学生くらいの男子である。

「いや、イヌオ。このままじゃ食べられないってだけだから、後で――」
「ファルは俺にだって何かをくれたことはねえんだ。ありがたく食ってやってくれよ」
「えーっと……うん、分かった。じゃあ、みんなうちにおいで」
「「「お屋敷に!?」」」

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ファルとイヌオを始めとする子どもたちを連れて領主屋敷マナーハウス……ごめん、ちょっと見栄を張った。自宅のログハウスに戻ると、僕はお手伝いメイドさんにお願いしてとあるものを作ってもらう。

 数日前の朝食時に出され、哀しくも僕が食べそびれたチョコ菓子を覚えているだろうか?
 あれに使われたカカオ粉末がまだ残っていることを、僕は突き止めていたのだ。
 ファルが持ってきたカカオ豆は流石さすがにすぐには食べられないが、今日のところは、あらかじめ用意されていた加工済みの物で代用させてもらおうじゃないか。

「坊ちゃん、もオ、あんま残ってねんデスけど」
「あれ? もっとあったはずだよね? ……ま、いいか」

 リビングの長椅子に座って待つことしばし、僕らのもとへ人数分の小さなカップ――エスプレッソコーヒーを注ぐデミタスカップのような――が運ばれてきた。

 離れていても分かる甘い匂い。見れば、カップの中には濃褐色の液体が満たされている。
 カカオ粉末に脱脂粉乳と花蜜とバターを加えてよく練り、温めのお湯に溶かした飲み物だ。
 いわゆるココアを想像してもらえれば大きく違わないだろう。
 氷で冷やされ、ミントに似た爽やかなハーブの香りも付けられている。

「「「うわぁ! なにこれ!!」」」
「白ぼっちゃん、なにこれ! のんでもいいの!? さっきのがこれになったの!?」
「うん、ちょっとしかないんだけど、せっかくだからみんなで飲もう」
「「「「「わぁあああ!!」」」」」

 全員揃って凄まじい勢い、だが皆一様にちびりちびりヽヽヽヽヽヽと舐めるように、アイスココアを味わう。

「きゃー! あまーい! ちょっとだけにがいのに、とろっとして、あまぁい!」
「こんなに美味おいしいの初めて飲んだよぅ、キジィ」
「うっ、うう……生きてて良かったよな、サルフ」
「ご、ごくり……くっ、もう飲み込んじまった……」

 うん、こっそり一人で楽しもうと思ってたものだけど、喜んでもらえたのなら何より。
 このココアのレシピはもう完成ってことで良さそうかな。

 と、そのとき!

――バァン!

美味おいしそうなにおいがしますわ!」
「「なにたべてるのー?」」

 まずい! こんな場所でこんな臭いのする物を……迂闊うかつ! あまりにも迂闊! どうすれば!?

「なんだ、チョコじゃないの。今日はもうチョコは結構ですわっ」
「「みのがしたげるねー」」

 吹き抜けとなっているリビングの二階通路に顔をのぞかせたクリス、ラッカ、ルッカの三人――ハイエナの如き姉妹たちは、そんな捨て台詞ぜりふを残して扉の奥へ戻っていった。

 なんだろう? なんにしても助かった。
 いや、もう粉一粒残ってないから、せびられたら面倒なところだったんだ。

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「白ぼっちゃん、ごちそうさま! また飲ませてね」
「うん、機会があったらね」

 ココアを振る舞った後、家の玄関からみんなを見送る。
 扉を閉めて振り返ると、仕事熱心なお手伝いメイドさんが早速リビングの掃除を始めていた。

 さて、どうしよう? 僕は部屋に戻ろう……かな?

 ふと、上を見上げると、二階通路に仁王立ちしていた姉クリスとバッチリ目が合ってしまう。
 くいっとあごをしゃくり、親指だけを立てた拳を背後へ向けて二度三度振っている。

『はいはい、お呼びだね』

 階段を登っていくと、待ち構えていたクリスに手を取られ、強引に脇の扉へと連れ込まれた。

「え? 何?」
「黙って付いてきなさい」

『これは、ヤバイ? さっきココアをあげなかったのがまずかったか?』

 今は誰も使っていない客間でクリスと二人っきりになる。
 すると――。

「ほら、これ! あげるわ」
「え? え?」

 何やら小さな箱が差し出されてきた。

「こないだ、アレ、全部食べちゃったでしょ? ちょっとだけかわいそうだったかな……とかは別に思ってないですけど? たまたま? そう、たまたま材料が余ってるって聞いたから、弟にご褒美ほうびをくれてやるのも姉の度量? なんて思っただけだから! そういうこと!」
「あ、これチョコ?」
「もう! ここで開けんじゃないわよ。後でこっそり食べなさい!」
「わぁ、ありがとう! クリス……クリスタ姉さん」
「ふ、ふん! まぁ、せいぜいこれからも弟道おとうとどうを励みなさいよねっ」

 たまにこういうことをするんだよな、この子は。

 箱の中身は、先日の朝食会で出されたチョコ菓子と同じ物だった。一個だけだが。
 実は劇物だったというようなオチもなく、後日、美味おいしく食べられたことを付け加えておく。

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 もう本日の仕事納しごとおさめだけど、夕食までには大分だいぶ早いかな……という時間帯。
 クリスと別れた後、なんとなしに家の中をうろうろしていたら、気が付けば両親が詰めている執務室の前でたたずんでいた。
 ふわりとお茶の匂いを感じたような? 無意識に引きつけられてしまったのかも知れない。

――コンコンコン。

「シェガロだけど」
「入れ」

 ゆるい我が家であっても、流石さすがにこの部屋だけはノック必須だ。
 扉を開け、中へ入ると大きな丸テーブルを囲むマティオロ氏と母トゥーニヤに迎えられた。
 ちょうど休憩中だったらしく、のんびりとした雰囲気でお茶をきっしている。
 よく見れば、奥の方の長椅子に双子の妹――ラッカとルッカの姿もあった。

「あらあら、いいところに現れましたわね~」

 そう言いながら、母トゥーニヤがこちらへ向かって両手を広げる。

「ママー!」
「まあ、かわいい」

『くうっ! 見ないでくれ! 見ないでくれ!』

「それで、なにかあったの?」
「うふふ、ちょうどショーゴちゃんにお菓子をあげようかと思っていたんですよ」
「お菓子? ラッカとルッカは?」
「「いい~、しょーごにあげゆ~」」
「お昼からクリスちゃんと四人でお茶会をしていたんですけれど食べ過ぎちゃったみたい」
「パパは……」
「俺は甘い物はそれほど食わんのでな」
「……というわけなの」
「へえ、これもチョコなんだ?」

 母に勧められたのは、チョコ味の焼き菓子だった。
 カカオ粉末を混ぜ込んだ雑穀の粉を焼き上げたもので、揚げないドーナツといった感じだ。
 甘さもチョコの風味も控えめだが、夕食前にはちょうどいい。

「おいしい。今日はなんだかチョコ尽くしだったな」

 この前ありつけなかった分がまとめて返ってきたのかもな。
 実際のところは、余ったココア粉末を使いきるタイミングだっただけなんだけど、少しばかり得をした気分になる一日だった。

『前世のバレンタインデーを思い出したよ』
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