異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
130 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて

第十六話: いつもと同じ賑やかな朝

しおりを挟む
 テーブルの上へ身を乗り出すようにして、妹たちが口々に言葉を発していく。

「「今日ね、まーまとお花! 見にいくのー」」
「む、外へ行くのか? 大丈夫なのか?」
「うふふ、お昼寝をさせてから、裏庭の木陰まで連れていこうかと思ってますの」
「そうか、うむ! 綺麗な花が咲いていると良いな。んできたらパパにも見せてくれるか?」
「「うん! お花、たのしみー」」

 二歳になった双子の妹ラッカとルッカは、身体からだを動かすのが楽しくて仕方ない時期のようだ。
 ほんの少し前までは子ども部屋の隅で一日中ごろごろしていたものだが、扉の開け方と階段の上り下りをマスターして以降、この二階建てログハウスの中を駈け回るようになっており、正直、見ていてヒヤリとする場面も少なくない。
 暑い最中、広い屋外で疲れるまで遊ばせておくのはい手である。

 ただし、昼間は乳母うばも付いていてくれるとは言え、僕やクリスではこの元気すぎる双子たちの面倒を見ることに多少の不安がある。
 そんな風に屋外へと連れ出せるのは、母トゥーニヤがヒマなときに限られてしまう。
 彼女と一緒のときだけは、比較的、双子も大人しい。

「私は一日中、礼儀作法マナー修辞レトリック……面倒ですわぁ」
「うむ、その気持ちは分かる――」
「あらあら、二人とも。とても大事なことですよ?」
「そ、そうだ! 身に着けておかなければ他家にナメられてしまうからな」
「……もっと魔法を覚えたいのに。小鬼ゴブリンを殺す魔法とか」
「お前の年で三つも詠唱を覚えているのは大したものなのだぞ。流石さすがはパパとママの自慢の娘だ!」
「ショ……シェガロはもっといっぱい使えますもの」
「精霊術は魔法術とは違うようだからな。そんな風に比べられることではない」
「そうだけど……」

 姉のクリスは、こう見えて魔法使いの才能があるらしい。
 村に住んでいる老婆――本業は薬師くすし、魔法は簡単な天気予報くらいしか使えない――に師事し、教本的な魔道書を読み解き、既にいくつかの魔法を習得していたりするのだ。
 開拓村で暮らす一人の娘としては、かなり将来有望だと言えるだろう。
 だが、魔法なんてものは、デビュタントを控えた貴族令嬢の必須スキルとは言い難いわけで。

「クリスタ、人にはそれぞれ役割というものがある。魔法もお前の特別な才能ではあるがな」
「思ったんだけど、そもそも私ってあんましお嬢さまには向いてないんじゃないかしら……? 冒険者とか目指した方が良いのかも……」
「あらあら、まあまあ。そんなことを言わないでちょうだい。クリスちゃんはとても可愛いもの。きっと素敵なレディになれますよ。ママが保障します」
「うむ、俺の娘は世界一可愛い! パパも保障してやろう」
「そ、そう? そんなに? ふふ……ふふり……」
「うふふ、お勉強がんばりましょう、ね?」
「世界一のお嬢さまになるためならしょうがないですわねっ! ふんす!」

 ……まぁ、身内の欲目を抜きにしても、動かず黙ってさえいれば、クリスは深窓の令嬢にしか見えない。
 最低限の礼儀作法を身に着ければ、デビュタントくらいはそつなくこなせることだろう。
 だからドヤ顔でこっちを見ないでくれないかな。一体、何の自慢なのか。

「るっかのほうがかわいいのに」
「らっかのほうがかわいいのに」
「「ねー!」」
「こらこら、妹たち。そういうことは言っちゃいけないよ」

 この子たちはどこでこういう物言いを覚えるんだろう。
 もうちょっと強く注意しておくべき――。

「それで、シェガロはどうだ? 剣術か? 体術か?」

 と、僕の番だ……いや、待ってほしい。何故、その二択になるのかな?
 朝から素振りして模擬試合してようやく朝食を済ませたところなんだけどな。

「暑い中、汗を流すようなことはしたくないから溜池ためいけの拡張でもしてようかな。その後はさっき言ってた畑作りをするとして……ああ、ついでだから、村の子たちを何日か借りて秋蒔あきまき耕地の準備もしておこうか?」
「それはどれも仕事だろう。畑はともかく、あとは好きなことをしていれば良い。剣術をやれ!」
「僕に剣術の趣味はないからね、パパ!?」

 まぁ、村の子たちと遊んでても良いんだが、サボってるみたいでどうにも後ろめたいんだよ。
 封建社会の貴族男子ってのはどんなことをして過ごしてたんだったかな……。
 あ、それこそ武術か。もしくは礼儀作法とか。

「むむ、つい仕事を振ってしまう俺のせいか。シェガロは少し働き過ぎの嫌いがあるな」
「そうですねえ。ショーゴちゃんにやってもらえると早くて正確ですから、わたくしもつい……」
「僕は仕事を貰えた方が気楽なんだけどなぁ」

 実際、仕事はいくらでもあるはずだ。
 領地に人手が足りていない現状、重機並みの作業ができる人材を遊ばせておく余裕はない。
 精霊術をどれだけ使おうと、別段、僕自身が疲れたりすることもないのだから。

「あらあら、ショーゴちゃんはまだ小さいのですから、本当は何もしなくても構わないのですよ。今朝はパパにしごかれていたのでしょう? ジェルザも随分ずいぶん熱心に遊んでくれていたようですし。ね、あなた?」
「うっ!? うむ、そうだな……今日の鍛錬は、思えば少々ハードだった、か」
「あらまあ、そうなのですか?」
「ち、違うぞ!? 別に無茶をさせたわけではないのだ。シェガロは我が家の嫡男なのだからして、当然、将来は武を期待されるだろう。今から鍛えておけば、必ずためになる……と」
「あらあら、うふふ」
「いや、確かにまだ幼すぎると、思わなくもない、が」
「あらあら、まあまあ」
「……す、すまん」
「うふふ、どうして私に謝るのですか? おかしなあなた」

『それにしても、何をしていても良いと言われると、案外、何も思いつかないものだよな』

 いつものイチャイチャ夫婦タイムの雰囲気を察した僕は、考え事に没頭し始めていた。
 仲睦まじいのは大変結構なのだが、寂しい独り身としては、正直、いたたまれないヽヽヽヽヽヽヽものがあり、それらしい空気を感じると条件反射的に流してしまう癖が付きつつあるのだった。

「シェガロ、すまんな」
「え? 何の話? ちょっと聞いてなかった」

 だが、マティオロ氏の謝罪の声により、その思考はすぐに中断されてしまう。
 ふと見れば、母トゥーニヤが口元に穏やかな笑みを浮かべ、僕らのやり取りを見守っている。

「う、うむ……今朝はあー、アレだ。少しばかり疲れたのではないか? 鍛錬はきつかったか?」
「ああ、うん、そうだね」
「そうか……」
「うん」

 マティオロ氏が灰色の目を揺らしながら問いかけてくる。
 普段はあまり見られない自信なさげな表情。僕の身を案じる心が強く伝わってきた。

『おお! 察するところ、これは鍛錬メニューの見直しを提案できる流れなんじゃないか?』

「あの、できれば、明日からはもうちょっと手加減してほしいな、パパ」
「おう! よし、任せておけ!」
「うふふ、二人とも無理をせず頑張ってくださいね~」
「ママ! 私も! 私も頑張りますわ! 褒めて!」
「「ほめて~」」

 大した時間ではないのだが、蚊帳かやの外になっていた姉妹きょうだいたちがしびれを切らし、椅子から降りて父母のもとへと向かっていく。
 どうやら、本日の朝会あさかいはここまでのようだ。

 ずっと壁際に立ったままでいたノブさんとお手伝いメイドさんも姿勢を崩していく。
 完全にゆるみきった場の空気から目をらししつつ、マティオロ氏が締めの言葉を発する。

「それでは、エルキル男爵家一同! 今日も一日、励んでいくぞ!」

 こうして本日も開拓村の一日が動き出すのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

陰で泣くとか無理なので

中田カナ
恋愛
婚約者である王太子殿下のご学友達に陰口を叩かれていたけれど、泣き寝入りなんて趣味じゃない。 ※ 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

(完結)私より妹を優先する夫

青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。 ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。 ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

処理中です...