異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

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第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて

第十三話: 開拓村の食事風景

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「今日のかてに感謝を」

 母トゥーニヤの祈念きねんにより料理や食器が浄化されたことを確認し、僕は食前の挨拶をする。
 いかにも宗教儀礼といった風であるが、この世界の上流階級では一般的な光景なのだと言う。

 ただし、こんならしくもない貴族的一幕が我が家に定着している理由は、もっと切実なものだ。
 なんせ、ここは水や食料が常に安全だとは限らない熱帯の開拓地である。
 ヘタな物を口にすれば大袈裟おおげさではなく生命いのちかかわるため、滅菌・消毒なんでもござれの神聖術【聖浄無垢ポフ・ターシュ】への感謝にも自然と身が入ってしまう。

 とは言え、堅苦しいのはここだけだ。

「よおし! 今日は好きなだけ喰っていってくれ。お前たち【草刈りの大鎌おおがま】のおかげで当分の間、食料の心配をせずに済みそうだからな。今朝のメインも昨日仕留めたばかりのグレイトホーンだ」

 父マティオロの声が響けば、それから先の場はもう無礼講ぶれいこうの宴会じみた様相を見せていく。

「ノブロゴ、こっちの栓も抜いて、皆にいでやってくれ」
「へい、旦那」

 二月に一度しか来ない行商頼みの蒸留酒まで開けられ、冒険者たちへと振る舞われていく。

「ひひっ、味がよく分かんねえぜ」
「だな……貴族と卓を囲んで一緒の皿で飲み食いするとか、まだ慣れねえわ」
「バッカ、おめえ! 他の貴族んとこで同じノリになっちまわないよう、そんぐらいにしてろ」
「あ、うちって、まだちゃんと貴族だと思われてるんですね」
「パパー! 私も何か飲みたーい!」

 ノブさんに酒を注がれている彼らが口にするように、成り上がり貴族であるエルキル男爵家うちの気風は、とにかくゆるい。
 元々、大功を認められて叙爵じょしゃくしたばかりであることに加え、国の開拓支援まで受けているため、今のところ、納税や軍務といった貴族の義務を全面的に免除されており、他貴族との付き合いも最低限、そもそも領地から出ることさえ滅多にない。
 こんな状態で貴族らしさなど身に付こうはずがないというわけだ。

 まぁ、中級冒険者ともなれば他の貴族家を知っているだろうし、切り替えるのも難しいか。

 この世界、冒険者の社会的地位は相当高く、なんと、貴族に対して態度や言葉遣いをかしこまらず振る舞う権利が法として定められていたりもするのだが、言うまでもなく、それは身分や礼儀を無視できるという意味ではないのだから。

「招待したのはこちらですし、マナーを気にするような料理でもないですから、あまり気にせず楽しんでください」
「おう! って、そう言うボンの方こそあんま食ってねえな? 肉、取ってやろうか?」
「それなら私に取ってちょうだい」
「お、おう……お嬢はよく食うなあ……」

 父と母に萎縮いしゅくしている彼らも、子どもの僕らに対しては結構気安い。

 テーブルの上の大皿に載せられた肉の塊をナイフで薄くぎ取り、薄い生地きじのパンと合わせて小皿に取り分け、こちらへ差し出してきたのは戦士さんだ。
 粗野な態度と強面こわもてに似合わず、野菜を添えてソースまでかけるマメな仕事ぶりである。
 一皿目ひとさらめは横から催促してきた姉クリスに奪われてしまうも、すかさず二皿目ふたさらめ寄越よこされた。

「うん! いつもながら美味おいしい」
「そのうち、この肉は特産品になるかもなぁ、へへっ」

 これは草原サバナ棲息せいそくする牛とヒツジを掛け合わせたような野獣グレイトホーンの肉だ。
 草食性で割りと大人しい性質をしているのだが、体高二メートル以上に達し、一度ひとたび暴れ出せば村人の手にはとても負えない厄介なモンスターである。
 しかし、肉の美味うまさと量、雌ならばミルクまで手に入るとあって、我が領では移住当初より、重要な食糧資源の一つと見なされているのだった。
 可能ならば牧畜化したいと思いつつ一向に目処めどが立たない……というのは余談か。

 食べ方は、分厚く切ってステーキにしてしまっても構わないのだが、独特の臭みがあるため、草原サバナで手に入る多種多様なハーブとヨーグルトによって下味を調ととのえるのが、我が家ではすっかり定番となっている。

 今朝のメインメニューは、そうして味付けした肉を主役とする二つの料理だった。

 一つは布状の薄切り肉を太い串にゆっくり巻き付けながらあぶり焼きにしていった料理だ。
 カラッと表面を炙られた薄切り肉が、内側にくるまれていくことで肉汁とあぶらを閉じ込めたまま蒸し焼き状態となり、肉の味すべてを味わい尽くすかのような絶品として仕上げられる。

 四五十しごじゅっセンチほどもある塊肉の形でデン!と大皿に載せられているが、たった今、戦士さんがしたように表面をナイフで小さくぎ取って食べる。
 そのまま食べても良いし、さっぱりしたヨーグルトソースをかけて野菜やパンに挟むのもい。

 もう一つはサイコロ状の一口大に切った肉をこんがり串焼きとした料理である。
 同様に一口大に切って串焼きとした数種類の野菜が付け合わせに添えられている。

 こちらは、かなりスパイスをかせた濃い味付けが特徴だ。
 それでも、どっしりとした肉の旨みは、濃いめの味付けに決して負けてはいない。
 シンプルでありながら、もう一方の回転あぶり焼きに劣らぬ至高の肉料理と言えるだろう。

「ショー……シェガロ、そっちの串取って~」
「肉ばっかり食べ過ぎじゃない、クリス? 野菜も食べなよ。こっちのスープも、はい」
「んっ!」

 最初から冒険者たちをもてなすつもりだったのか、今朝の食事は特別豪勢な上に品目も多く、メインの肉料理二品の他に塩味の冷たい野菜スープ、焼茄子やきなす、豆と雑穀ざっこくのピラフが並んでいる。
 付け合わせの野菜もピーマン、トマト、キュウリ……など彩り豊かだ。
 パンは二種類、薄い生地きじで料理を挟めるポケット状のもの、ゴマをまぶしたリング状のもの、それぞれが数多く用意されていた。

「うんめぇえな! 前から思ってたんだがよ、草原サバナのハーブは肉に合う!」
「こっちの茄子なすもピリッとしたスパイスが良い塩梅あんばいだぜ! おりゃぁ、これに目がなくてな」
「グレイトホーンの肉とハーブは本当にうちの数少ない自慢ですね。ヨーグルトもまろやかで、やっぱりミルクはもっと安定して欲しいよな……」

 そうそう、ドリンクのたぐいは、僕ら子どもの前にはうっすらと干し葡萄ぶどうで香り付けされた氷水が、大人たちの前にはよく冷えた葡萄酒ワインが大きめのピッチャーで置かれている。
 ちなみに先ほどマティオロ氏が振る舞ったのは葡萄から作られたラクと呼ばれる蒸留酒である。非常に高いアルコール度数と甘いハーブの匂いを特徴とする。値段もお高い。すごくお高い。

『ああ、そろそろ僕も酒が飲みたいよなぁ』

「お酒、飲みたいな……」
「ひひっ、ボン、ガキのくせになに言ってんだ。まだ五六年ごろくねんは早いだろ」

『はぁ、つらい……。こう見えて、僕は前世では結構いける口だったんだよ』

 それはさておき、未だ貧しい開拓三年目の我が領地も、食事に関してはマシになってきた。
 片手にパンを持ったまま、串焼き肉を串から直接頬張っていく姉の姿は欠食児童そのものだが、今時分の雨季であれば、見ての通り、たまに豪勢に腹一杯食べられるくらいの蓄えが出来るし、厳しい乾期であっても、僕らが飢えに苦しむほどの状況におちいることは滅多になくなってきている。

 ふむ、スローライフってのは、こういう生活を言うのかも知れないな。

 と、そんな考えが頭をぎった。
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