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第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて
第九話: 仕合?に臨む幼児
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一応の領主屋敷である我が家の前に面した広々とした空き地に人だかりが出来始めていた。
朝仕事の帰りに付近を通り掛かった村人たちが、一様にその足を止めていくのである。
やや手前には、父マティオロと冒険者一行【草刈りの大鎌】のメンバーたちがおり、こちらを遠巻きに眺めている。
彼らの視線の先、空き地の中心にいるのは、女冒険者ジェルザさんと相対する僕だ。
僕の手には、愛用している長さ六十センチほどのスコップがある。
対するジェルザさんは、僕の身の丈を遙かに超える長さ一八〇センチはあろう柄の先端付近に七十センチほどの弧状片刃を斜め横向きで取り付けた農具――大型の草刈り鎌を携えている。
もはや農具と呼ぶことに違和感しかない、前世で死神の武器として知られていたソレこそが、彼女たちのパーティー名【草刈りの大鎌】の由来となった得物なのだ。
「ハッハー! その小さな槍が坊の得物かい!?」
「スコップです」
「へえ! 名前もあるのかい! 道具に名を付けるのは好いことだよ! 大事にしな!」
そんな話をしていると、すぐ側に男が一人、あたかもレフェリーか行司か審判かというような佇まいで進み出てきた。
「……この戦いにおいて、互いに決して相手を傷付けぬこと、神に誓うがよい」
「ああ! 誓うよ!」
「誓います」
「……誓約は成されり。フラウ・ペイカ、慈悲深き無貌の創造神レエンパエマよ、聞き届け給え。此は血闘に非ず。遺恨残すことなく、勇健を成す仕合とならんことを。確と聖覧あれ!」
彼は【草刈りの大鎌】メンバーの一人、通称“神術師”である。
今まさに、この世界における魔法の一種――スキル【神聖術】の祈念が行われたのだ。
僕の持つスキル【精霊術】が精霊の力を借りて超常的な現象を引き起こすように、神聖術は“神”へ祈りを捧げて大小様々な奇跡を顕現することができるとされている。
神の奇跡などと言われればうさん臭く聞こえはするものの、ここは実際に創造神が作り上げたファンタジーな異世界である。僕の知る地球の常識からすればありえない、まさしく言葉通り、奇跡としか言いようのない現象だって起こせてしまう。
「ふん!」
突然! 何の警告も合図もなしにジェルザさんの持つ大鎌が振るわれた。
咄嗟にスコップを構えるも、その上から叩きつけられた衝撃が、僕をあっさりと吹き飛ばす。
当たったのは鎌の刃とは逆――背と呼ぶべき柄の部分だったが、何せこっちは身長百センチかそこらの幼児、相手は二メートル近い体躯の女丈夫が振るった長柄武器である。
「「「「「おおおおおっ!」」」」」
「おいおい、姐御……いきなり容赦ねえなっ!」
「ちょっ! 白坊ちゃん、死んでやしないか? 大丈夫なのか?」
「……幼児の生命は儚い。……神よ」
観衆が大きなどよめきを上げる中、軽々と宙に浮かされ、真横へ飛び、地面を転がっていく。
「あったたた……」
「おっと、すまないね! 坊なら受けきるかと思ったんだよ! ん? 今、痛いって言ったかい?」
「いえ、大丈夫です。言葉の綾でした。ちゃんと加護は効いてます」
そう、たった今、とんでもない児童虐待が為されたように思われたが、僕の身には怪我は疎か、ほんの僅かな痛みすら無い。
先ほど、神術師さんが祈念した神聖術【誓和の護り】によって、今この場に限り、僕ら二人に互いの攻撃への絶対的な防御力が授けられているためだ。
……うん、ちょっと意味が分からないよな、いろいろな意味で。
精霊術もけっこうデタラメな効果を発揮することがあるが、神聖術はこう、全体的におかしい。
もう僕は奇跡ということで無理やり納得することにしているけれども。
『てか、そこのお父さん? いま目の前で息子が殴り飛ばされたんですが? 何か無いのか?』
「シェガロ! 現役の冒険者に稽古を付けてもらう滅多にない機会だ。よく胸を貸してもらえ! 怪我の心配はいらんからな。思いっきり楽しむと良いぞ」
「……はーい」
「おっと、言い忘れていたが、シェガロは精霊術で攻撃することを禁ずる。良いな?」
「ええ……それは厳しいなぁ」
「アタシは制限なんてなくたって構わないんだけどね! 噂の精霊術とやらを味わわせとくれよ!」
「駄目だ。それでは武器戦闘の鍛錬にならんからな」
「ハッ! そいつは残念だねえ!」
改めて、僕はジェルザさんの前に立つ。
やれやれ、剣を習い始めて数日の幼児に冒険者の相手なんて務まるはずないだろうに……。
精霊術ありの戦闘訓練――模擬戦ならマティオロ氏と時折しているが、武器で戦うとなると、そもそも体格の違いから来る間合いに差がありすぎる。
大鎌で地面を突き、悠然と構えている前方のジェルザさんを見上げてみるも。
……うん、まず打ち込みができる距離まで近付いていける気さえしない。
はぁ……、とりあえず攻撃以外なら精霊術を使っても良いんだよな?
それなら機動力くらいは上げておかなければ話にもならないか。
「風の精霊に我は請う、運べ、帆をもて風を受け」
その請願に応え、僕の身体が地面から数十センチばかりふわりと浮き上がる。
「おっ! 白坊ちゃんが飛んだぞ!」
「いつ見ても不思議だねえ」
見ての通り、空中に浮かび、自在に飛び回ることもできる風の精霊術が、この【風浪の帆】だ。
あまり重い物を運ぶことはできず――そろそろ自分の体重だけでも厳しい――、飛べる高さもせいぜい地上四五メートルとは言え、どれだけ便利な能力なのかは強いて語るまでもないだろう。
この身に生まれ変わった赤子時代、はいはいよりも先に覚え、以来、何かと世話になっている。
仕組みは、実のところ、自分でもよく分かっていないんだけどな。
喩えるなら水中で浮いているような感覚なのだが……ま、なんにせよ空が飛べるわけだ。
「へえ! アタシもいろんな奴を見てきたけど、精霊使いを見るのは初めてだよ! 面白いね!」
「それじゃ、行きますよ」
「よし! 行け! シェガロ! お前の力を見せてやれ!」
一際響く父兄の声を努めて頭から追い出しつつ、僕はジェルザさんへ飛び掛かっていった。
朝仕事の帰りに付近を通り掛かった村人たちが、一様にその足を止めていくのである。
やや手前には、父マティオロと冒険者一行【草刈りの大鎌】のメンバーたちがおり、こちらを遠巻きに眺めている。
彼らの視線の先、空き地の中心にいるのは、女冒険者ジェルザさんと相対する僕だ。
僕の手には、愛用している長さ六十センチほどのスコップがある。
対するジェルザさんは、僕の身の丈を遙かに超える長さ一八〇センチはあろう柄の先端付近に七十センチほどの弧状片刃を斜め横向きで取り付けた農具――大型の草刈り鎌を携えている。
もはや農具と呼ぶことに違和感しかない、前世で死神の武器として知られていたソレこそが、彼女たちのパーティー名【草刈りの大鎌】の由来となった得物なのだ。
「ハッハー! その小さな槍が坊の得物かい!?」
「スコップです」
「へえ! 名前もあるのかい! 道具に名を付けるのは好いことだよ! 大事にしな!」
そんな話をしていると、すぐ側に男が一人、あたかもレフェリーか行司か審判かというような佇まいで進み出てきた。
「……この戦いにおいて、互いに決して相手を傷付けぬこと、神に誓うがよい」
「ああ! 誓うよ!」
「誓います」
「……誓約は成されり。フラウ・ペイカ、慈悲深き無貌の創造神レエンパエマよ、聞き届け給え。此は血闘に非ず。遺恨残すことなく、勇健を成す仕合とならんことを。確と聖覧あれ!」
彼は【草刈りの大鎌】メンバーの一人、通称“神術師”である。
今まさに、この世界における魔法の一種――スキル【神聖術】の祈念が行われたのだ。
僕の持つスキル【精霊術】が精霊の力を借りて超常的な現象を引き起こすように、神聖術は“神”へ祈りを捧げて大小様々な奇跡を顕現することができるとされている。
神の奇跡などと言われればうさん臭く聞こえはするものの、ここは実際に創造神が作り上げたファンタジーな異世界である。僕の知る地球の常識からすればありえない、まさしく言葉通り、奇跡としか言いようのない現象だって起こせてしまう。
「ふん!」
突然! 何の警告も合図もなしにジェルザさんの持つ大鎌が振るわれた。
咄嗟にスコップを構えるも、その上から叩きつけられた衝撃が、僕をあっさりと吹き飛ばす。
当たったのは鎌の刃とは逆――背と呼ぶべき柄の部分だったが、何せこっちは身長百センチかそこらの幼児、相手は二メートル近い体躯の女丈夫が振るった長柄武器である。
「「「「「おおおおおっ!」」」」」
「おいおい、姐御……いきなり容赦ねえなっ!」
「ちょっ! 白坊ちゃん、死んでやしないか? 大丈夫なのか?」
「……幼児の生命は儚い。……神よ」
観衆が大きなどよめきを上げる中、軽々と宙に浮かされ、真横へ飛び、地面を転がっていく。
「あったたた……」
「おっと、すまないね! 坊なら受けきるかと思ったんだよ! ん? 今、痛いって言ったかい?」
「いえ、大丈夫です。言葉の綾でした。ちゃんと加護は効いてます」
そう、たった今、とんでもない児童虐待が為されたように思われたが、僕の身には怪我は疎か、ほんの僅かな痛みすら無い。
先ほど、神術師さんが祈念した神聖術【誓和の護り】によって、今この場に限り、僕ら二人に互いの攻撃への絶対的な防御力が授けられているためだ。
……うん、ちょっと意味が分からないよな、いろいろな意味で。
精霊術もけっこうデタラメな効果を発揮することがあるが、神聖術はこう、全体的におかしい。
もう僕は奇跡ということで無理やり納得することにしているけれども。
『てか、そこのお父さん? いま目の前で息子が殴り飛ばされたんですが? 何か無いのか?』
「シェガロ! 現役の冒険者に稽古を付けてもらう滅多にない機会だ。よく胸を貸してもらえ! 怪我の心配はいらんからな。思いっきり楽しむと良いぞ」
「……はーい」
「おっと、言い忘れていたが、シェガロは精霊術で攻撃することを禁ずる。良いな?」
「ええ……それは厳しいなぁ」
「アタシは制限なんてなくたって構わないんだけどね! 噂の精霊術とやらを味わわせとくれよ!」
「駄目だ。それでは武器戦闘の鍛錬にならんからな」
「ハッ! そいつは残念だねえ!」
改めて、僕はジェルザさんの前に立つ。
やれやれ、剣を習い始めて数日の幼児に冒険者の相手なんて務まるはずないだろうに……。
精霊術ありの戦闘訓練――模擬戦ならマティオロ氏と時折しているが、武器で戦うとなると、そもそも体格の違いから来る間合いに差がありすぎる。
大鎌で地面を突き、悠然と構えている前方のジェルザさんを見上げてみるも。
……うん、まず打ち込みができる距離まで近付いていける気さえしない。
はぁ……、とりあえず攻撃以外なら精霊術を使っても良いんだよな?
それなら機動力くらいは上げておかなければ話にもならないか。
「風の精霊に我は請う、運べ、帆をもて風を受け」
その請願に応え、僕の身体が地面から数十センチばかりふわりと浮き上がる。
「おっ! 白坊ちゃんが飛んだぞ!」
「いつ見ても不思議だねえ」
見ての通り、空中に浮かび、自在に飛び回ることもできる風の精霊術が、この【風浪の帆】だ。
あまり重い物を運ぶことはできず――そろそろ自分の体重だけでも厳しい――、飛べる高さもせいぜい地上四五メートルとは言え、どれだけ便利な能力なのかは強いて語るまでもないだろう。
この身に生まれ変わった赤子時代、はいはいよりも先に覚え、以来、何かと世話になっている。
仕組みは、実のところ、自分でもよく分かっていないんだけどな。
喩えるなら水中で浮いているような感覚なのだが……ま、なんにせよ空が飛べるわけだ。
「へえ! アタシもいろんな奴を見てきたけど、精霊使いを見るのは初めてだよ! 面白いね!」
「それじゃ、行きますよ」
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