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第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて
第八話: 父の期待、僕は少し休みたい
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朝の鍛錬である木剣の素振りをようやっと終わらせた僕は、膝から地面へ崩れ落ちる。
「地の精霊に我は請う、生命をもたらす大地の主……」
仰向けに大の字となり、ぜひーぜひーと息を吐きながら回復用の精霊術【命の精髄】を掛け、酷使しすぎた身体を休めていく。
これ、ぜ、絶対……オーバーワークだろう……?
幼少期から、こんなハードなトレーニングしていて……大丈夫なんだろうか……。
「今朝もよく頑張ったな、シェガロ! まだ剣の振り方を教え始めてほんの数日だと言うのに、かなり様になってきているぞ。ひょっとすると、お前は剣に関しても天才なのかも知れんな! ……ふむ、明日からはもっと本格的に鍛えてみるか」
「やめて!」
僕の父であるマティオロ氏は脳みそまで筋肉で出来ていそうな――いわゆる脳筋の気がある。
と言うか、僕がまだ五歳の幼児であることを、まさか忘れているわけじゃあるまいな?
しかし、こう見えて彼は、一介の冒険者から貴族にまで成り上がった本物の英雄なのだ。
元は、遙か北方の異国、山間の小さな村で貧しい牧童の子として生まれたのだと言う。
しかし、幼い頃に村をモンスターによって滅ぼされたことで、その運命は一変する。
件のモンスターを討伐した冒険者パーティーに拾われたマティオロ少年は、中級冒険者として若くして名を挙げてゆき、やがて、こちらの国で栄誉ある騎士爵を得るほどの勲功を立てた。
騎士爵というのは貴族の爵位ではなく、本人一代限りの名誉称号なのだが、平民でありながら多くの特権を有する準貴族とでも呼ぶべき身分となる。
僅かとは言え、国から給金が出るし、望めば小さな領地も与えられる。
そこでマティオロ騎士爵も猫の額ほどの開拓村を治めることとなったのだが……これが大成功! なんと、ほんの十年足らずで町規模のポテンシャルにまで発展させてしまうのである。
成功の結果、お貴族様方に睨まれて実質的な領地没取という憂き目に遭うも、替わりに本物の爵位――男爵位を授与され、この南の端の開拓村で再スタートするのだから、英雄譚と考えれば決して悪くない結末だと言えるのではなかろうか。
「でも、そのせいで考え方が前のめり過ぎるんだよ、パパは……」
『しかも、僕ら子どもに自分と同じことができると信じて疑ってなさそうなフシがあるしな』
「親の期待が重い……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地面に寝転がった僕の側で、マティオロ氏が黙々と自分の鍛錬メニューをこなしている。
現役を退いて十数年になるはずだが、その体付きや身のこなしに未だ衰えは感じられない。
実際、草原に棲んでいる獰猛な穴熊や大蛇などを危なげなく仕留められる実力を有しており、なんなら、先日のザコオニごとき村人を率いてあっさり討伐してきてもおかしくなかった。
いや、行こうとしてたのを周囲が必死に止めて、結局、冒険者を雇うことになったんだけどな。
思えば、彼は前世の僕と大して変わらない年齢なんだよなぁ……大した人物だよ。
と、なんとなしに眺めていると、遠くからザカザカ賑やかな複数の物音が聞こえてきた。
「領主様ァ! 戻ったよっ!!」
「おう! ご苦労! 何か報告はあるか?」
「いんや! だいたい片付いてきたね! そろそろアタシらもお役御免だよ!」
もう紹介の必要はないだろうが、ジェルザさん率いる中級冒険者一行【草刈りの大鎌】だ。
いつものように早朝の草原を見回り、ちょうど戻ってきたところらしい。
六人全員が揃っているところを見ると、今朝はフルメンバーで出掛けていたようだ。
寝っ転がったままなのはどうかと思い、身を起こして立ち上がると、僕に向かって小さく手を振っている男たちに気付く。『随分しごかれてんな?』『頑張れよ』という声なき声へ向けて、苦笑いと共に軽く会釈を返した。
側では、鍛錬用の木剣を肩に担ぎ上げたマティオロ氏が、ジェルザさんと向き合っている。
「噂に違わぬ良い働きだ。お前たち、この村を拠点にする気はないか? 悪いようにはせんが?」
「ハっ、そりゃ有り難い申し出だねえ! 冒険者上がりのアンタが治めるココは居心地がいい! けど、やめとくよ! アタシもこいつらも、まだ腰を落ち着けるにゃ早すぎるからさ!」
「ふぅむ、仕方あるまい。冒険者への無理強いは貴族でもできん倣いだしな」
「また仕事があれば、いつでも声を掛けとくれ! ちっとは優先させてもらうよ!」
そう言うと、話は終わりとばかりにジェルザさんは背を向ける、が――。
「ああ、いや! 待て! この後、日中はヒマだろう? 少しばかり頼まれてはくれんか?」
マティオロ氏の呼び止めに応じ、「ん? なんだい!?」とゆったり振り返る。
「なぁに、軽く息子の稽古相手をしてやってほしいのだ」
「息子って、そこの坊のかい!?」
「え? 僕?」
今朝はもうへとへとになるまで鍛錬したよね? 朝仕事も終えた後だよ?
なに言ってんの、この人?
「地の精霊に我は請う、生命をもたらす大地の主……」
仰向けに大の字となり、ぜひーぜひーと息を吐きながら回復用の精霊術【命の精髄】を掛け、酷使しすぎた身体を休めていく。
これ、ぜ、絶対……オーバーワークだろう……?
幼少期から、こんなハードなトレーニングしていて……大丈夫なんだろうか……。
「今朝もよく頑張ったな、シェガロ! まだ剣の振り方を教え始めてほんの数日だと言うのに、かなり様になってきているぞ。ひょっとすると、お前は剣に関しても天才なのかも知れんな! ……ふむ、明日からはもっと本格的に鍛えてみるか」
「やめて!」
僕の父であるマティオロ氏は脳みそまで筋肉で出来ていそうな――いわゆる脳筋の気がある。
と言うか、僕がまだ五歳の幼児であることを、まさか忘れているわけじゃあるまいな?
しかし、こう見えて彼は、一介の冒険者から貴族にまで成り上がった本物の英雄なのだ。
元は、遙か北方の異国、山間の小さな村で貧しい牧童の子として生まれたのだと言う。
しかし、幼い頃に村をモンスターによって滅ぼされたことで、その運命は一変する。
件のモンスターを討伐した冒険者パーティーに拾われたマティオロ少年は、中級冒険者として若くして名を挙げてゆき、やがて、こちらの国で栄誉ある騎士爵を得るほどの勲功を立てた。
騎士爵というのは貴族の爵位ではなく、本人一代限りの名誉称号なのだが、平民でありながら多くの特権を有する準貴族とでも呼ぶべき身分となる。
僅かとは言え、国から給金が出るし、望めば小さな領地も与えられる。
そこでマティオロ騎士爵も猫の額ほどの開拓村を治めることとなったのだが……これが大成功! なんと、ほんの十年足らずで町規模のポテンシャルにまで発展させてしまうのである。
成功の結果、お貴族様方に睨まれて実質的な領地没取という憂き目に遭うも、替わりに本物の爵位――男爵位を授与され、この南の端の開拓村で再スタートするのだから、英雄譚と考えれば決して悪くない結末だと言えるのではなかろうか。
「でも、そのせいで考え方が前のめり過ぎるんだよ、パパは……」
『しかも、僕ら子どもに自分と同じことができると信じて疑ってなさそうなフシがあるしな』
「親の期待が重い……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地面に寝転がった僕の側で、マティオロ氏が黙々と自分の鍛錬メニューをこなしている。
現役を退いて十数年になるはずだが、その体付きや身のこなしに未だ衰えは感じられない。
実際、草原に棲んでいる獰猛な穴熊や大蛇などを危なげなく仕留められる実力を有しており、なんなら、先日のザコオニごとき村人を率いてあっさり討伐してきてもおかしくなかった。
いや、行こうとしてたのを周囲が必死に止めて、結局、冒険者を雇うことになったんだけどな。
思えば、彼は前世の僕と大して変わらない年齢なんだよなぁ……大した人物だよ。
と、なんとなしに眺めていると、遠くからザカザカ賑やかな複数の物音が聞こえてきた。
「領主様ァ! 戻ったよっ!!」
「おう! ご苦労! 何か報告はあるか?」
「いんや! だいたい片付いてきたね! そろそろアタシらもお役御免だよ!」
もう紹介の必要はないだろうが、ジェルザさん率いる中級冒険者一行【草刈りの大鎌】だ。
いつものように早朝の草原を見回り、ちょうど戻ってきたところらしい。
六人全員が揃っているところを見ると、今朝はフルメンバーで出掛けていたようだ。
寝っ転がったままなのはどうかと思い、身を起こして立ち上がると、僕に向かって小さく手を振っている男たちに気付く。『随分しごかれてんな?』『頑張れよ』という声なき声へ向けて、苦笑いと共に軽く会釈を返した。
側では、鍛錬用の木剣を肩に担ぎ上げたマティオロ氏が、ジェルザさんと向き合っている。
「噂に違わぬ良い働きだ。お前たち、この村を拠点にする気はないか? 悪いようにはせんが?」
「ハっ、そりゃ有り難い申し出だねえ! 冒険者上がりのアンタが治めるココは居心地がいい! けど、やめとくよ! アタシもこいつらも、まだ腰を落ち着けるにゃ早すぎるからさ!」
「ふぅむ、仕方あるまい。冒険者への無理強いは貴族でもできん倣いだしな」
「また仕事があれば、いつでも声を掛けとくれ! ちっとは優先させてもらうよ!」
そう言うと、話は終わりとばかりにジェルザさんは背を向ける、が――。
「ああ、いや! 待て! この後、日中はヒマだろう? 少しばかり頼まれてはくれんか?」
マティオロ氏の呼び止めに応じ、「ん? なんだい!?」とゆったり振り返る。
「なぁに、軽く息子の稽古相手をしてやってほしいのだ」
「息子って、そこの坊のかい!?」
「え? 僕?」
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なに言ってんの、この人?
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