異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
120 / 227
第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて

第六話: 楽天的な僕

しおりを挟む
 ジェルザさんの攻撃を認識した瞬間、僕は垂直ジャンプし、丸太の如き脚を回避していた。

「な、いきなり何すん――!?」

 着地した僕は、すかさず彼女の凶行をとがめる……しかし、堂々たる巨躯きょくを誇るはずの女丈夫じょじょうふは、目を離した隙などほぼ無かったにもかかわらず、またもや眼前より消失しきっていた。

「きゃっ」

 と、背後で小さな悲鳴が上がる。
 振り返って見れば、ざっと五六ごろくメートルも離れた位置に仁王立ちしているジェルザさん。
 彼女の片腕には……ファルが抱き上げられていた。

ボン! アンタは強いし賢いよっ! でもねえ、もしもアタシが魔物だったら、このちびっ子は今頃どうなってたか、そういう想像はできてないみたいだね!」
「わぁ、たかーい! たかーい!」

 いや、分かってはいる。

 草原サバナの深い草むらの中には、何が潜んでいてもおかしくはない。
 冒険者たちが周囲を警戒し、僕が側に付いていたとしても、草の根元に空いた小さな巣穴から恐ろしい毒蛇が飛び出し、ファルへと襲い掛かる……そんなことだってあったかも知れない。
 隅々まで村人たちの目が行き届いた村の中とはわけが違うのだ。

「納得したかい! 自分だけの問題じゃなかったってことをさ!」
「はい」
「ぜるざおねぇちゃん! はやい! すごいねー! さっきのもう一回できる?」
「ちびっ子! アンタもあんま危ないとこに付いてくんじゃないよ! 分かってんのかい!?」
「きゃー! おっきな声!」
「……親に言っとかないとダメみたいだねえ、こりゃあ」

 その後、改めて男たちを叱責し始めたジェルザさんにうながされ、僕たち二人は家路にいた。

 ファルを家まで送り届け、彼女の家族にジェルザさんからの言付け――今朝の出来事を余さず告げると、父親は頭を抱え、母親は目を吊り上げていた。

「ばいばい! また後でね、白ぼっちゃん!」
「うん、じゃあね。……たぶん今日はもう会えないと思うけど」

 いや、この子のことだし、案外ケロッとした顔で遊びにやって来るかも知れないな。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さて、僕の方はまだ朝の仕事が残っているし、後には両親に叱られるイベントも控えている。
 そう考えると、少しばかり気が重くなってきた。

 ……まったく、まるっきり子どものような考えなしの性格が嫌になる。
 女児じょじと一緒になって泥だらけで遊んだり、仮にも三十年以上生きてきた大人なんだぞ、僕は。
 こんなざまを彼女に見られたら、一体どう思われてしまうことか、はぁ……。

「またあの子のことか。そんな風にうじうじヽヽヽヽしてるヘタレより大分だいぶマシだと思うけどね。実際、今の僕は子ども以外のなにでもないんだしさ。おかしいことなんてあるもんか、年相応だよ」

『それはまぁ、外見だけはそうかも知れないが……って、おい! いい加減、ヘタレとか呼ぶのめてもらえないか、楽天家!』

「お前が頭の中でぶつくさヽヽヽヽ日本語を喋るの止めてくれたらね」

『こちとら考えることしかできないし、お前以外に話し相手すらいないんだ。仕方ないだろう。気に入らないなら、そろそろ僕の身体からだを返してくれ』

「やだよ。もう怖いのや痛いのに耐えるときだけ呼び出されるのはまっぴら御免だね。ず~っとしんどいこと押し付けられてきたんだから、今度は役割交替と行こうじゃないか」

『……そこは申し訳ないと思っているよ』

 はたから見る者がいれば、独り言を口にしているようにしか思えないだろう。
 たった一人、村の中を歩く幼児――シェガロは、の思考に対していちいち言葉を返してくる。

 そう、姿なき僕・・・・とシェガロとの間に、疑いようもなく会話が成立しているのだ。

 僕ことシェガロは、前世の記憶を持つ異世界転生者である。

 が、実は、前世の僕である白埜松悟しらの しょうごという男の中には、幼い頃から別の人格が存在していた。
 僕自身、それをハッキリと認識していたわけではない。
 ただ、え難いほどの痛みに見舞われたとき、時折、身体からだから心が追い出され、苦しみにあえぐ自分自身を冷静に俯瞰ふかんしているような気になることがあった。

 では、そのとき、僕の身体を動かしていたのは一体、どこの誰だったのだろうか?

「覚えてないだろうけど、他にもいろいろと僕が肩代わりしてきたんだよ? 感謝してほしいな」

 つまり、今現在、僕の新しい身体からだとなった五歳のシェガロは、厳密に言えばではない。
 この、もう一人の僕“楽天家”なのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

処理中です...